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元気印

毎日元気に過ごす私の出来事

ヘルシンキとタリンの旅 その3

2018-12-07 21:52:20 | 旅行

12月7日 金曜日

朝食  

7時 まだまだ暗いですが散歩に出ました。足元は氷ついて気をつけて歩かなければ。

100を文字ったライトが。これはエストニア独立100年を表しています。

 9時15分集合。 10時半発のスター船でバルト海をクルーズしてヘルシンキヘ 船中のアウトレットなどでショッピング。船中で昼食は適当にティータイムします。

到着後約2時間ヘルシンキの町を散策。

    

テンッペリアウキオ教会1960年代に岩盤を繰り抜いた地下空間に埋もれる形で実現した、近代建築の教会。外観は、変哲のない岩場にこんもりとドーム屋根が覗かれるだけで、教会だと気づかないほど。中に入ると、岩肌がむき出しになったまあるい空間に、地上からの光を降り注がせていますが、生憎御天気が悪い。

    クリスマスも近いからかリハーサル中。

マリメッコアウトレットショップ

 

日本人経営のムーミンショップと時間がかかり過ぎで男性は気の毒です。マリメッコアウトレットを出ると雪になっていました。

ウスペンスキー寺院。北欧最大のロシア正教の教会、黄金の玉ねぎ屋根が乗ったレンガ造りの教会内部は、シンプルなヘルシンキ大聖堂とは対照的な装飾的できらびやかな空間が広がり、圧巻だそうですが時間がないのです。内部に入りたかった~。。。。残念。

 

ヘルシンキ大聖堂1812年にロ区語シアによって首都がヘルシンキに移された後に建設が始まり、1852年に完成した、天空に浮かぶような美しい白亜の巨大聖堂ですが初日にも目の前のクリスマスマーケット来てます。雪風で説明もそぞろ。初日に説明して欲しかった~!

正面からの眺め。

全員行ったんホテルに戻り解散。トラム体験と夕食14000円のオプションがありましたが不参加。私達は24時間フリーのトラムチケット購入して明日訪問予定のポルヴォーのバスターミナルを探しに行きます。カンピ駅まではホテル前からトラムで二駅。Kマーケットの地下にあります。ここにもクリスマスマーケット開催 

時刻表を写して相談は後ほど。Kスーパーでお買い物。専門店、飲食店も沢山並んでいます。ムーミンショップで色々購入。

疲れた。夕食はビールを買って、ワンタンやチャーハンを注文してフードコートのような所で食べました。バス乗り場も食事スナップ写真も忘れました。

スカンディックパークホテルでお泊りです。お疲れ様。おやすみ。

 

 

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ヘルシンキとタリンの旅 その2

2018-12-06 22:04:08 | 旅行

12月6日 木曜日

朝食ホテルレストラン       ホテル 

暗い中、朝の散歩です。 

  

      

エストニアの首都タリン。世界遺産に登録されたタリン旧市街の魅力を楽しみます。、入り組んだ石畳の路地を説明を聞きながら歩きます。

トームペア城とノッポのヘルマン。トーンペア城は、1227~1229年にドイツ騎士団が建てた石造りの要塞。

   「のっぽのヘルマン塔」と呼ばれる背の高い塔。てっぺんにはエストニアの国旗がはためき、日の出と日没の時刻にはそれを知らせる鐘の音が鳴り響くそうです。

アレクサンドル・ネフスキー聖堂は1901年当時の支配者帝政ロシアによって建てられた。この聖堂は、エストニアの英雄の墓の上に建てられたもので、ロシアの権力を示すとともに、エストニア人の民族運動を抑える目的があったとされています。エストニアが最初に独立した1918年には移転する計画がありましたが、実現することはありませんでした。聖堂内には、イコン(聖像画)やモザイク画の他、日露戦争で戦死したエストニア人の慰霊碑があり、入口を入って右手には、日露戦争で沈没したロシア艦隊を記念したプレートが掛けられています。お葬式のミサが行われていました。内部撮影は禁止で残念です。ロシア正教の二重十字の屋根が特徴的です。

  特徴あるロシア風玉ねぎ型ドームが象徴。   

国会議事堂

郵便局も素敵。ラッパで郵便物到着を知らせていたのでラッパのマークがポストにも付いています。

  

石畳を登り展望台に向かいます。この辺りが旧市街の高台です。

     

トームペアの丘には、美しい旧市街を見下ろせる展望スポットがいくつかあります。そのうち丘の東北端にあるコホトゥオツァ展望台は、バルト海や、旧市街を取り囲む城壁と塔、背の高い聖オレフ教会、そして赤屋根の可愛らしい街並みが一望できるおすすめスポット。2箇所の展望台にいきました。かもめの歓迎を受けます。

       

雪かきのブラシがドアーについています。

     

旧市庁舎広場(ラエコヤ広場)

 市庁舎前にある広場でラエコヤ広場のクリスマスマーケットを通りぬけて

kalewチョコレート店へ      

      

タリン最初の公衆時計として、17世紀に取り付けられたも外壁に大時計がある聖霊教会

1422年に創業され、ヨーロッパ最古の薬局のひとつとして有名な市議会薬局(Raeapteek)。天井も年代を感じさせます。

   

  

タリン旧市街の下町と上町であるトームペアをつなぐ石畳の坂、「長い足」と呼ばれている一本道があります。長靴の形のとゆが目印。

聖カタリーナ通り Katariina Käikという有名な小路らしく、かつてギルドのメンバーが住んでいたところを修復して現在ではアーティストのアトリエやショップが集まっています。工房が並ぶ小径、壁の一部には14〜15世紀頃の墓石が展示されています。

  

  、「セーターの壁」と呼ばれる編み物屋台の軒並み。

 サウナ発祥。

ヴィル門は両側にふたつの塔が並んでいるのが特徴で、当初は何重もの壁があったようですが、19世紀に行われた都市整備により、そのほとんどが取り壊されたそうです。現在はそのうちのふたつだけが残り、旧市街の玄関口として賑わいを見せています。 

 ヴィル門の外にはお花屋さんが並んでいます。日の短い国は家の中を明るくする花は欠かせないのでお安いです。 

昼食 「オルテ・ハンザ」

 

昼食は「オルデ.ハンザ」での中世期の雰囲気の中での食事ですが良く見えないほど暗いです。

   スープでお腹いっぱい。

午後は自由行動 ふとっちょマルガリータを見に行きます。

「太っちょマルガレータ」という愛称を持つ砲塔で、高さ20メートル、直径24メートル、壁の厚さは4.7メートル、銃眼は150以上。1511年から1529年にかけて、タリンの海の玄関口を守る為に建てられました。

  

トラムに乗りロシアのピョートル大帝がエカテリーヌ妃の為に建てたカドリオルグ宮殿(美術館)を調べて行きましたが超残念。休館日でした。外からミロのヴィーナスをチラ見です。エイタリア人建築家のミッケチが設計。バロック様式。

 

インフォメーションに寄りオプショナルで行かれているテッリスキヴィデザイン地区にへの行き方を聞きました。古い建物にアートです。スーパーマーケットも有り夕食を購入してホテ部屋食。お昼の中世期の食事が応えてみんな食欲なしでビールとトマト丸かじりです。(笑) 

   

午後3時過ぎには暗くなり、時間感覚が変。徒歩15分ぐらいでホテルに戻れそうなので歩きました。今日は降ったり止んだりでしたが楽しく過ごしました。

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ヘルシンキとタリンの旅 その1

2018-12-05 23:13:21 | 旅行

 

12月5日 水曜日

 KIX発11:45フィインエアーでヘルシンキに向かいます。 フライト時間9時間25分

時差-7時間  コンフォートシートに変更しました。70€ 約9100円でしたが足元広く、水とマリメッコのポーチの中にアイマスク、ソックス、歯磨きセット、などが入り、ノイズカットのヘッドホンで快適。

  

機内食       

映画3作品見たり、音楽を聴いたりノンビリくつろぎ。

2回目の軽食。

ヘルシンキ到着。雨は小降。着陸どきも雲が厚く何も見えませんでした。午後ー時すぎですが暗です。

ヘルシンキ大聖堂前のクリスマスマーケットが開催されている元老院広場で楽しみます。その後1時間ほどの自由行動。

   

タリン行きの船中での食事をストックマン、デパート地下で購入。

       そしてもう一度集合場所のクリスマスマーケットへ。手作りのチョコレートや帽子、手袋などが売られています。ヘルシンキはバルト海の乙女と呼ばれていますがもう夜中のように真っ暗です。

 

サンタの家に入り記念写真。

タリン行きの船は超満員。クルーズ約2時間を楽しみながらエストニアのタリンへ。  

  下船後バスでエルエルミタージュホテル到着。お休みなさい。

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ウズベキスタンの旅 その8

2018-10-26 19:50:39 | 旅行

10月26日 (金曜)

タシケントを出発したのが20:05 日本時間すでに26日の真夜中0:05です。

KIXには07:35到着。機内では食事をしたり、テレビを見たり、ゲームをしたり、勿論寝ましたがウトウトです。

無事に帰国。幾何学模様のタイルなどモスク世界遺産は忘れることはないでしょう。

異文化に触れて、文化は繋がっていると強く思いました。この行事は中国、マレーシア、ロシア インドなどなど食事を含め結婚式などにおいても風習が同じだわと思う事が多かったです。

お留守番組ありがとう。

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ウズベキスタンの旅 その7

2018-10-25 22:00:24 | 旅行

10月25日(木曜)

朝食を済ませてヒヴァからバス移動で国内線、ウルゲンチ発タシケントに向かいます。1時間半程です。  

  

タシケント市内観光。最後の観光です。

直ぐに昼食です。中華料理になっていますが中国でも韓国でも日本でもないタシケント風。W

     

ナボイ劇場  総床面積1万5000平方メートル、客席1400席を有する煉瓦作り3階建てのビザンチン風建築のオペラハウス。正式名称は「アリシェル・ナボイ劇場」。 建物内部にはいくつかの間やパーティの部屋があり、壁装飾は中央アジアの各地域の特色を生かすよう工夫されている。レーニンによる政権樹立を行なった1917年11月7日の革命30周年にあたる1947年11月までにこの劇場を建設することを決定して建築を進めていた。しかし、第二次世界大戦が始まったため、土台と一部の壁、柱などがつくられた状態で工事が止まっていた。そのため大戦後、日本人捕虜を活用して革命30周年に間に合わせることを命題とし、建築に適した工兵457人の日本兵が強制的に派遣された。ソ連の捕虜になったのは合計60万人とも言われ、満州で捕虜となった日本兵はシベリアなどで森林伐採、道路・鉄道建設に従事しており、この劇場建設の任務は特殊業務であった。歴史を再確認。

     

劇場裏手の記念プレートには以前ウズベク語とロシア語、英語で「日本人捕虜が建てたものである」と書かれていた。これをみた独立後大統領に就任したカリモフ大統領は「ウズベクは日本と戦争をしたことがないし、ウズベクが日本人を捕虜にしたこともない」と指摘し、「捕虜」と使うのはふさわしくないと1996年に新たなプレートに作り変えられた 

ティムール広場まで歩きます。美しい公園で画家達が絵を描き販売しています。ティムール像が中心に立ち、ソ連時代のホテルなども周りのあります。

         

工芸博物館  1937年にオープンした工芸博物館は、現在4000点以上の展覧品があり、博物館の建物自体が最大の美しさを持つ展示品。ウズベキスタン各地の職人によって彫刻された建築装飾は、伝統的な建築工芸のレベルを観覧させる。1907年にロシア公使の私邸として建てられたこの建物は、3度に修復され、1930年までには孤児印、教育センターなど利用。13部屋に広がる19世紀の伝統的な建築工芸、壁が装飾が素晴らしい。

  

結婚式で使われる楽器。絨毯sっや刺繍が素晴らしい。

    

帽子の柄で環境がわかるそうです。独身者、既婚者など。

  

広間では雨乞いの音楽演奏が行われていました。

   

陶器の部屋、家具の部屋など伝統工芸が並んでいます。もちろん御土産店も。

日本人墓地 ソヴィエト時代は土を盛っただけであったがウズベキスタン独立後、遺族関係機関の支援やウズベキスタン政府の協力により、現在のような戦没者名と出身県を刻印した墓石が設けられ、敷地内奥にはこれらウズベキスタン各地に点在する13か所の日本人抑留者墓地の共同慰霊碑が設営されている。 

 

現地のかたで親子代々墓守をしてくれてます。

  

機内食が出るまで時間があるので先ほど昼食でしたが早い夕食をします。

        

お腹は空いていないのに美味しく食べました。2時間前のチェックイン。

 

タシケント発20:05で帰国します。飛行時間は約7時間半。

 

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ウズベキスタンの旅 その6

2018-10-24 22:51:08 | 旅行

10月24日(水曜)

ヒヴァ(イチャンカラ)観光日です。首都タシケントの西約750km、ウルゲンチ市から南西に35kmのアムダリヤ川の下流のオアシスの町。古代ペルシャ時代からカラクム砂漠への出入口として繁栄しました『中央アジアの真珠』ヒヴァは、ペルシャなどの周辺諸国の攻撃によって何度か破壊されているので、現在見ることができるのは17世紀から18世紀に整えられた建造物です

朝食の前にホテルのお庭散策。二階建てで数棟建っています。          

ホテルから徒歩で行けます。

     

アタ・ダルヴァザ門を入ると、すぐ右手に見えます。青の彩紬タイル模様で覆われた、ヒヴァで一番カラフルな美しい塔ですが、残念ながら未完成品です。当時のムハンマド・アミン・ハーン が中央アジアで最も高い109mのミナレットを建てようと、1852年に着工されましたが未完成。色々と理由や伝説がありますが結局26mで終わってしまいました。

   城壁の中には20ものモスクなどがあります。 砂漠の砂が入らないように深く作られています。                

義務教育は11年制。教科書は国からの貸し出し。無料。6年生の数学の本を買いました。

 

クフナ・アルクとは『古い宮殿』という意味で、新しくタシュハウリ宮殿が完成した後に区別する意味でこう呼ばれるようになりました。モスク内にある最古の柱は古代ホレズム王国の都から運ばれたもので2本あり、他にも4本が10〜11世紀、25本が12〜17世紀の古いものだそうです。
          宮殿は公務を行なう謁見や儀式の場、宴会やお客を接待する場、アルズ・ハウリと呼ばれる    

ヒヴァのイチャン・カラの東門近くにあるタシュ・ハウリ宮殿です。
タシュ・ハウリとは『石の庭』の意味で、アラクリ・ハーンによって1830年から1838年にクフナ・アルクに匹敵するものとして建てられた宮殿です。ヒヴァの中でも最も豪華なタイルや柱で飾られているそうです。ハーレム。王の部屋の屋根は一段高く。4人の妃はすべて同格に扱われています。

       

ジュマ・モスク 10世紀に建てられたモスクですが、何回もの修復工事を繰り返し、18世紀末頃に現在の形に。広さは55×46m、高さは5mで、3.15mの間隔で212本の柱が立っていて、明かり窓付きの天井とシンプルな漆喰の壁に囲まれています。柱には一本一本異なる精密な彫刻が施されています。この間隔と本数は、説法者から全員の顔が見えるように、計算されて決められたそうです17世紀に建てられた、ハーンの居城です。

               

昼食 ここのナンは温かく美味しかったです。焼きたてです。

     

自由行動の時この用紙の写真を見せると入場料無料になります。

  

     

 

 

 夏のモスクは七宝タイルの細かい模様で飾られていますアラクリ・ハーンの命令で1838年に建てられた夏のモスクはの七宝タイルの細かい模様で飾られ、6本の柱で支えられています。

  

お買い物もなく、西門から入りましたが帰路はタシュダルヴァザ門からホテルに向かいました。

イスラム・ホジャ・メドレセ 1910年にヒヴァの最後のハーン、イスフェンディヤル・ハーンの大臣イスラム・フッジャによって建てられた、まだ100年足らずの新しいものです。イスラム・フッジャは、ヨーロッパ式の学校、病院、郵便局などを作り、ヒヴァで初めてロシア語の学校を開くなど、とても革新的な人だったそうです。保守派の嫉妬と反発を買い、生き埋めにされて殺されてしまったそうです。自由時間が3時間少しありましたが私達はお買い物も特別なくホテルに戻りシャーしてくつろぎました。 

夕食 は宮殿での食事。ゴージャスなお部屋で旅も6日目になると和気藹々で話が弾みながら楽しい時間です。

 

         

ホテル到着 明日は国内線でタシケントに向かい観光後帰国になります。

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ウズベキスタンの旅 その5

2018-10-23 22:37:25 | 旅行

10月23日(火曜)

朝食を早朝に済ませて7:10発で砂漠縦断です。二人分です。

400Km砂漠縦断です。約7時間 朝ごはんが早かったのでおやつにサンドイッチとジュースのお弁当が出ました。昼食が3時ごろになるからです。   

トイレ休憩は男性は青空?政府がトイレ設置に税金を安くする法律を進めかなりトイレ事情が良くなったようです。コーヒー店併設も有ります。

 

 

現地添乗員さんは日本に6年間留学。皆さんが長時間飽きないように工夫されて色々なことを話してくれます。どんな質問にも丁寧に答えて資料など充実。     

白いのは塩で土の塩で食べることは出来ません。

カラカル・パクスタン共和国に入ります。これのビルの壁面に描かれてる旗でわかります。

昼食場所のユルタ(遊牧民の移動用の住居)に行きました。ユルタは羊の皮で外側が覆われ、中は絨毯が敷き詰めてありカラフルです。

  

        

 メインはピーマンにひき肉とお米がつめられています。

食後はアヤズカラはカラカルパクスタンで最も壮観な城塞の1つを見にの砂漠の中歩きます。アヤズカラのキジルクム砂漠からの眺めは素晴らしい。アヤズカラ遺跡は千年もの間、砂で隠されてきましたが、広さ2.7ヘクタールで長方形の形をしています。壁は10mの高さで一定の間隔で塔があり、2層の回廊と矢狭間が備えられています。下の回廊はアーチ型の天井は失われることなく残っており、その回廊を歩くことが出来ます。アヤズカラ1の建設は紀元前4世紀から始まり、このときには回廊のある壁が作られ、そのあと紀元前3世紀に塔が付け加えられました。その後城塞は1世紀まで使用されていたと考えられていますが、中世の初期には地元の人々の避難場所として使われていたようです。

      

登り詰めると第3の遺跡が見られます。

  

トプラカラは2~3世紀に起源をもつ、ホラズム王の宮殿でした。これは5つの部分から成り立っています。
  ・城壁の内部に規則的に設計された道路の部分
  ・テメノスの部分(テメノスとは:神の使用する領域、礼拝の中心となる神の祭壇を囲む神聖な境内を意味する)
  ・宮殿や寺院として考えられている大きな記念碑的な建築物の部分
  ・外交のための宮殿部分
  ・大きく囲まれた土地は王宮の庭園

  

ラクダ草。棘が有るのですが血を流しながら食べるそうです。

      

盛り上がったところが城壁跡です。

    

ヒヴィァ到着 今日の総走行距離は450Km。半分くらいはガタガタ道。

アジアヒヴァホテル ホテルでの夕食です。

 メインのキイマザラフシャャンはヒヴァ料理です。

    

お疲れ様。

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ウズベキスタンの旅 その4

2018-10-22 22:50:32 | 旅行

10月22日(月曜)

朝食   

ブハラ観光

イスラムは偶像崇拝を禁止しているため、人間や動物をモチーフにすることができません。そのためこのように一定のパターンに従って作図する幾何学模様が高度に発達したのです。整然と、しかし複雑に絡みあう模様と鮮やかな色彩は、いつまで見ていても飽きませんね日干し煉瓦で造られた城壁は、外敵の侵入を防ぐ目的だけではなく、砂漠から押し寄せ る砂をせき止める役割も果たしていました。この城壁からしてすでに個性的な形をしていますね。積み上げられた煉瓦もまるで芸術品のようです。

アルク城  

              玉座  ブハラの町が見降ろせます。 説明を聞きます。 

チャシュマ・アイュブ  カラーンミナレット 1127年に建てられた高さ46mのミナレットは、砂漠を行く隊商の道しるべであり、外敵に対する望楼でもありました。いわゆる「砂漠の灯台」の役割を果たしたのです。

                   カーランミナレットはブハラで最も高いです。

アドゥールアジス・ハーン・メドレッセ

   

昼食 ラブマン 楽器の演奏を楽しみながらの食事です。

    タキ・バザール 独特なドーム状の屋根を持つのは、「タキ」と呼ばれるバザールです。市場兼関所のような役割を果たしていたそうで、16世紀ごろに造られました。新旧織り交ざった建築物が見られるのもブハラの魅力です。

      

    コウノトリのハサミにサインを入れてもらいました。

バラハウザモスク 胡桃の柱が20本建てられてハーン専用の赤い絨毯を敷かれアルク城城から歩いて来られたとか?

  

世界遺産内部のレストランでショウーを見ながらの夕食はウズベク料理 

         プール後のラビハウス。 

ブハラ泊 グランドブハラホテル

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ウズベキスタンの旅 その3

2018-10-21 22:02:54 | 旅行

10月21日 (日曜)

朝食

サマルカンドからシャフリサブスに向かいます。中央アジアにおける主要都市だった歴史を誇り、今日では、14世紀にトルキスタンを席巻したティムールが誕生した場所として知られています。2004年にシャフリサブス歴史地区として世界遺産に登録されました。今日も世界遺産たっぷり楽しみます。

  

     アクサライ宮殿ティムールにより築かれた巨大な夏の宮殿跡です。ドルッティロヴァット建築群
現在残るアーチは38メートルの高さがあります。(かつては50メートルあったそうですバスに乗ってほんの数分移動します。次はドルティロバット建築群を観光します。コク・グムバズ・モスクの青いドームが見えてきました。ここはウルグベクによって建てられたモスクだそうですコク・グムバズ・モスクの向かいに二つの廟があります。向かって右奥にあるのがグンバズィ・サイーダン廟、手前にあるのがシャムスッディン・クラル廟。コク・グンバズ・モスクの内部。綺麗に修復されています。お隣のグンバズィ・サイーダン廟にも入りました。                  

     50年ほど前は日本も新婚旅行はこんな感じでしたね。

昼食 ディムラマ    肉じゃがのような料理です。

   ブハラに向かいます。

ホテルでの夕食ビストロガノフなど、お昼同様デザートが既に置かれています。   

ブハラ泊 グランドブハラホテル

  

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ウズベキスタンの旅 その2

2018-10-20 23:34:39 | 旅行

10月20日(土曜)

朝食   

昨夜は遅くの到着でホテルの外観を写していませんでした。

 内庭から 

サマルカンド観光。

グーリ・アミール廟は外から見るとドーム型の屋根が非常に印象的。廟内は金の装飾。繊細な青いモザイク画に黄金の装飾で埋め尽くされている廟内の壁は、驚くほど豪華です。

        
シャーヒズィンダ廟群  アフラシャブの丘に位置。ティムールの親族や王朝関係者の霊廟やモスクなど11棟があつまる遺跡群。青のモザイク画で装飾された壮大なお墓が11棟も並んでいます。
11棟のお墓は全て同時期に建てられたものではなく、最も古いもので6世紀、最も新しいものでは20世紀に建設されており、何度も改修や修復作業が行われています。この遺跡群、イスラム教の預言者ムハンマドのいとこであるアッバスに関する伝説が残っており、イスラム教の巡礼地としても重要な観光地です。ドームや壁の装飾は全て青に見えますが、近くで見ると-模様や色が少しずつ違っていますよ。

                       

ビビハニム・モスク  1404年にティムール朝の創始者ティムールによって建設された、ビービー・ハーヌム・モスク。中央アジアでも最大級のモスク。周辺諸国から建築家を呼び、多くの労働力を使って167m×109mの面積の巨大モスクを5年間で完成。庭園には、巨大な石で作られた説教台があります。昔ここには、この説教台と同じくらいの大きさのコーランが置かれていました。願い事をしながらこの説教台を3周すると願いが叶うというジンクスがあるそうです

           

ジョブ・バザール ビビハニムモスクのすぐ近くにある、サマルカンド最大のバザールで古くから開かれている。アーケードの下では野菜・果物をはじめとして、香辛料や穀物、生活用品などが所狭しと並べられています。

        

昼食はピラフのようなプロフです。

  

 

ウルグベク天文台 チュパンアタの丘にあります。一部分しか残っていませんが、当時この半径46m、高さ30mの建築物によって取り囲まれていました。また、メインホールには、当時にしては非常に珍しい天体を観測するための施設が設置。天頂儀の半径は約40m、円弧は63mあり、メインの6分儀は驚くべき正確さで子午線を指し示していました。
また、ウルグベクの天文表として知られる綿密な天文表は1018もの星の軌跡が記されており、望遠鏡もない時代にこのような正確な観測をしたとは驚きに値します。今日においてもその素晴らしさは色褪せません。ウルグベクは1年間を365日6時間10分8秒と計算しましたが、今日の最新技術で測定したそれは365日6時間10分9.6秒と、誤差は1分未満にびっくり。

        

紙すき工房 絹のような紙です。工程を見ながら手作業が絹のようにさせるのが良くわかります。  8〜9世紀、サマルカンドは、イスラーム世界最大の紙の生産地。絹のような表面の光沢をもつサマルカンド・ペーパーは、その品質の良さを世界中から称えられていたということです。その後、製紙技術は中東やヨーロッパ各地に伝播していきましたが、ヨーロッパの産業革命を経て、機械生産による紙の普及等の影響で、やがてサマルカンドの製紙生産は停滞し、ついに19世紀半ばには、生産活動は途絶えてしまいました。

  

レギスタン広場は目を見張ります。レギスタン広場には、3つマドラサ(イスラム教の高等教育機関)がありますが、想像以上に大きく、迫力満天。広場から見て、左が最も古いウルグ・ベク・マドラサ、正面がティラカリ・マドラサ、そして右側がシェルドル・マドラサと呼ばれています。鮮やかな青いドーム型の屋根や門のモザイク画、そして砂漠の砂の色を思わせるような建物は感動。

            結婚式がいっぱいおこなわれています。シーズンです。世界遺産のモスクの中はお土産屋さん、レストランです。どの世界遺産も同じです。

観迎セレモニー 華やかで私も舞台に上がり踊りましたよ。

           

グルジア料理

    

食事を終えてレギスタン広場で行われるマッピングショウーを見に。0度ぐらいに気温が下がりとても寒かったです。

  

    

ホテル、エミールハン連泊です。

 

 

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