鉄道模型のある生活ブログ

鉄道模型にかぎらす、なんでも書いてしまいます。

1984年 アメリカ シカゴ その2 アパート

2022年12月09日 | 海外旅行

1984年、シカゴです。

夜アパートについて、翌朝起きたけれど、一体ここはどこなのか? どんなアパートなのかもわからない。

とりえず、朝食を食べに外に出た。

横は公園でとても綺麗。 後ろの建物がアパートで、こちらから見ると立派な建物だ。

 

公園は良いのだけれど、こちらには食べ物屋はないようだ。 公園の向こうはミシガン湖。

 

アパートの裏側。 こちらは汚い。 この何階か忘れたけれど、こちらに面しているのが私の部屋だ。

 

すぎ近くに鉄道が通っていた。 イリノイセントラルだ。 この下を通った向こう側に店があるかもしれない。

 

これが駅のようだけれど、ガード下は暗くて汚い。 

大体、世界中、街の北側は高級住宅地で、南は貧民街とまでは行かなくてもあまり治安が良くないところが多い。 シカゴでもここは南のようで、治安には気をつけろと言われていた。

そこで、このガード下をくぐり抜けるのは怖いので引き返した。 かなり幅のあるガード下なのだ。

でも、やはり、ここを潜らないと食べ物屋はなさそう、朝食が食べられない、と言うことで、この怖いガード下をくぐり抜けると喫茶店があった。 何人かが朝食を食べている。 そこに混ざって食べたのだが、支払いの方法がわからない。 他の人が支払うのを見ながら恐る恐る朝食を済ませたのでした。 海外に行くとわからないことばかりで戸惑うのですが、結果的にそれが思い出に残り面白い。

アパートに戻ると、友人が来てくれて、アパートの管理人にゴミの出し方などを聞いてくれた。 ギャッベージなんて言葉を知らなかったので助かった。 その足で、スーパーに買い出し。 ガード下をくぐって、しばらく行くとスーパーがあって他の店も並んでいた。 そこで、プライパンや生活必需品と、アメリカに来たのだからとステーキ用の肉を買った。

その後、明日からゆくシカゴ大学への行き方を教えてもらいつつ、大学に行って教授に挨拶などをして帰った。

 

さて、夕食

こんなストーブで調理するのだが、一人暮らしはしたことがなかった。 初めての一人暮らしがアメリカで、もちろん料理の経験もなく、適当に頑張る。 これはパンを焼くのに火に近すぎるので、工夫をし焼いているところだ。

 

この日の夕食ではないが、こんな感じでステーキを焼いた。 まあまあ、美味かったのだけれど、後から胃が痛くなった。 固かったのか量が多かったのか、まだ疲れが残っていたのか? 海外で病気は辛いので、その後ステーキはやめた。

この写真は米と鶏ようだ。 米はカリフォルニア米が結構美味しい。 どうやって炊いたのかは覚えていないが、それなりに食べられる料理が作れるようになっていった。

 

つづく

 

 

 

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