最近、この施設の3階に展望が素晴らしい場所があることを発見。此処は6階建てだから、中央部に広いガラス窓の部分を作って眺望を楽しめる設計をされたのだろう。そこは床から1mぐらいが腰板でそこから上は広いガラス窓になっていて遠くの山脈から足下の田園まで存分に眺望を楽しむことができる。
今日は日曜日ということで、読書以外に予定はなし。
朝食後早速眺望を楽しみに行ってきた。広い田園地帯を切り裂くように国道が走っていてそこを片側6本もタイヤを付けた大型トラックが走りその上を十数本電線を乗せた高圧線の鉄塔が建っている。こうした鉄塔を見る度に僕はどのような手順で電線を引いたかな、と考え込んでいるが未だ正解をえていない。ヘリコブター使用は当然としても、鉄塔の間隔が広いので乗せる銅線の重さは相当なものになろうと思っただけで思考が止まってしまう。
田圃を見ていても最近の田植え機の弱点を思うと隅から隅までキチンと稲を植えるには田植え機をどう動かしただろうと考え込んでしまう。田植え機の弱点は方向転換である。特にUターンができない。何しろ小回りが利かないのだ。
景色を見ながらそんなことを考えていると、突然思考が飛んで革命記念日の花火大会の人込みの中へトラックが突っ込み何十人もの人をひき殺したというフランスのことを思い出した。「我々は何処からきたのか?、何者だ。何処へ行くのか?」と悩んだという画家のゴーギャンのことを思い出した。
正に今、この問いは人類に向けられている。「自由と民主主義と云う名の資本主義が破綻している歴史的転換点にいるのかもしれない。何しろフランスは自由と民主主義発祥の地である。こんなことを考えていると、いよいよ暗い気持ちになり、類人猿の中から出てきた人類と云う種は、もしかすると神様の失敗作かも知れない。という気がしてくる。
以上オソマツタロウの「夏の夜の夢」でした。失礼しました。(T)
、 はすいけ
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