伊野上裕伸著『特別室の夜』
本書の著者である伊野上裕伸(いのうえ・ひろのぶ)氏は、1938年(昭和13年)大阪府の生まれ。國學院大学文学部を卒業後、高校教師、興信所調査員等の職業を経て1975年(昭和50年)から損害保険調査員として働く。この職業を通じて、伊野上氏は交通事故、医療、火災調査等多方面の仕事をこなしてきた。三浦和義事件も手がけたそうだ。以上のような経歴を踏まえ、伊野上裕伸は小説の世界に手を染める。「保険調査員 赤い血の流れの果て」で、1994年(平成6年)に第33回オール読物新人賞を受賞した。次いで1996年(平成8年)には、『火の壁』でサントリー大賞読者賞および日本リスクマネジメント学会文学賞を受賞する。著書に『震えるメス 医師会の闇』、『赤ひげの末裔たち 小説お医者さま生態図鑑』等がある。
この小説は、著者が得意とする医療・病院もの。32歳、独身の看護師の深沢理恵は、仕事ぶりと美貌を買われて、東都大学病院から神奈川県の湘南の海を見晴らす豪華な老人病院に引き抜かれた。湘南老荘病院という名称の病院は、リゾートホテルのような施設を誇る。経営者は、相当のやり手として知られた存在。湘南老壮病院には、特別室が15室ある。特別室に入るには、部屋代の差額が日額3万5000円もかかる。この金額は、銀座の高級クラブ座っただけで請求される金額とほぼ同じに設定してあるという。これが病院経営者のコンセプトの一端をあらわす。それでも湘南老荘病院の特別室満室なのには、いくつかの理由がある。そのひとつが、「美人看護師が看護する」ということである。理恵は、結婚により退職した前任の美人看護師の後任だった。
大学病院から転じた深沢理恵は、湘南老荘病院特別室で数々のカルチャーショックに遭遇する。先ず最初の衝撃は、有名俳優の妻、やくざの組長、大手消費者金融会社の会長、歌謡曲の作曲家などの厄介な患者たち。理恵は、彼らの非常識な行動や無理難題に翻弄される。そのうちに起こる一人の患者の不可解な死。この小説は老人医療、介護医療をめぐる暗部を抉るミステリーである。小説の概要を紹介したいところであるが、推理小説という作品の性格から、これ以上の深入りはやめておきたい。損害保険調査員の体験を踏まえて書かれているからであろうが、全体の印象は細部のリアリティがキチンとしており、読み物として比較的よくまとまっている。生損保を問わず、保険業界で働く人々にとって必要な様々な周辺知識を提供してくれる小説であるといえよう。本コラムに本書を登場させた理由は、その辺りにある。
(2007年、文春文庫、629円+税)
本書の著者である伊野上裕伸(いのうえ・ひろのぶ)氏は、1938年(昭和13年)大阪府の生まれ。國學院大学文学部を卒業後、高校教師、興信所調査員等の職業を経て1975年(昭和50年)から損害保険調査員として働く。この職業を通じて、伊野上氏は交通事故、医療、火災調査等多方面の仕事をこなしてきた。三浦和義事件も手がけたそうだ。以上のような経歴を踏まえ、伊野上裕伸は小説の世界に手を染める。「保険調査員 赤い血の流れの果て」で、1994年(平成6年)に第33回オール読物新人賞を受賞した。次いで1996年(平成8年)には、『火の壁』でサントリー大賞読者賞および日本リスクマネジメント学会文学賞を受賞する。著書に『震えるメス 医師会の闇』、『赤ひげの末裔たち 小説お医者さま生態図鑑』等がある。
この小説は、著者が得意とする医療・病院もの。32歳、独身の看護師の深沢理恵は、仕事ぶりと美貌を買われて、東都大学病院から神奈川県の湘南の海を見晴らす豪華な老人病院に引き抜かれた。湘南老荘病院という名称の病院は、リゾートホテルのような施設を誇る。経営者は、相当のやり手として知られた存在。湘南老壮病院には、特別室が15室ある。特別室に入るには、部屋代の差額が日額3万5000円もかかる。この金額は、銀座の高級クラブ座っただけで請求される金額とほぼ同じに設定してあるという。これが病院経営者のコンセプトの一端をあらわす。それでも湘南老荘病院の特別室満室なのには、いくつかの理由がある。そのひとつが、「美人看護師が看護する」ということである。理恵は、結婚により退職した前任の美人看護師の後任だった。
大学病院から転じた深沢理恵は、湘南老荘病院特別室で数々のカルチャーショックに遭遇する。先ず最初の衝撃は、有名俳優の妻、やくざの組長、大手消費者金融会社の会長、歌謡曲の作曲家などの厄介な患者たち。理恵は、彼らの非常識な行動や無理難題に翻弄される。そのうちに起こる一人の患者の不可解な死。この小説は老人医療、介護医療をめぐる暗部を抉るミステリーである。小説の概要を紹介したいところであるが、推理小説という作品の性格から、これ以上の深入りはやめておきたい。損害保険調査員の体験を踏まえて書かれているからであろうが、全体の印象は細部のリアリティがキチンとしており、読み物として比較的よくまとまっている。生損保を問わず、保険業界で働く人々にとって必要な様々な周辺知識を提供してくれる小説であるといえよう。本コラムに本書を登場させた理由は、その辺りにある。
(2007年、文春文庫、629円+税)