
岡田大池の「堤防改修記念碑」がある所まで戻った。辻に向かう下り坂の手前に「史跡 岡田廃寺」という矢印つきの標識が立っている。
岡田廃寺(金剛寺)跡の所在地は倉敷市真備町大字岡田字金剛寺になる。標識こそあるものの地元の人の案内無しで部外者が辿り着くことはまず不可能であろう。寺院跡は穀倉地帯の奥にある。ムクの大木の下に立った私は倉敷市教育委員会による「概説」を読んだ。

岡田廃寺は「吉備真備きびのまきび」の父方の先祖(下道氏)が建立したと言われている。出土した備中式瓦によって白鳳末期の創建とされる。寺院は奈良時代まで続いていたということだから、今からおよそ1300年前の話である。

岡田地区の住民の話では12月にここで左義長(とんど)祭りが行われるそうだ。目的を果たした私は寄り道をせずにひたすら「清音駅」まで歩いた。帰りに要した時間は45分であった。
