9時10分のいつもの各駅停車を待っていた。先頭車両に乗るつもりだった。そこで待つ人の数は大体いつも4〜5人ほど。それは日によって多少違うもののそれほど変動があるものでもなかった。しかし最近はその様相も違ってきていた。今までの倍近い10人前後が乗車を待つようになった。待てよ、一旦非常事態宣言は解除されたけどまた始まったのだ。なるほど、と一人ごちた。
それでも相変わらず車内はガラガラだった。空席は至るところにあって、いつもお気に入りの一番連結側の座席が空いていた。座った。勿論隣の席に人はいない。暫くスマホをいじったあとそれをバッグに仕舞い、バッグに忍ばせてあったプリント用紙を取り出し文章の推考で朱入れ作業を始めた。すでにあらかた終わっていたものだったから10分もしないで終えた。
前の席には、40~50代の男女が仲良く手をつなぎ顔を間近に寄せ何やら会話を交わしている。何気に耳に入ってくる言語は中国語のようだ。会話を楽しむのは、どこの国でも共通。何となくほのぼのしたものを感じた。それにしてもこんな高齢でもイチャつくとは、外国の文化に驚いた。
何の気になしに自分のズボンの膝に視線がいった。…………。うん?
緑色のゴミ? 1センチにも満たない細長いものが膝に付着していた。ふっ。息を吹き掛けた。しかしマスクの中からでは意味がない。それを笑ってくれる者も諭す者もいなかった。心なし揺さぶってみた。それでも落ちない。紙きれでないことはこれでわかった。しかしやけに頑固だった。仕方なく指先でつまんだ。……? 感触は異質だった。少し柔らかく感じて紙ではないのが判った。それが何か確かめるでなくポイっと捨てた。それは足元30センチほど前方に落ちた。車両の中央付近だった。
するとそれは動き始めた。えっ! えー、なになに?
まさに赤塚富士夫のケムンパスの動きそのもの。ケムンパスとつい口から出そうになった。
これでいいのだ‼ などと言ってられない。でも何でケムンパスが……? 暫く、熟考。
あ! 若葉薫る五月。これだ。
家を出るとすぐ道路の両側には高い木立が生い茂っている。その下を歩く。ヒヤッとする空気を感じられて気持ちが良い。
まさに啓蟄の季節。虫が目覚め土の中から出てきて木に昇り木の葉などで成長していく。風がなびいた。毛虫が糸を引きながら降りてくる。
気落ちよさそうにそこを通りかかる、吾輩。