読後感

歴史小説、ホラー、エッセイ、競馬本…。いろんなジャンルで、「書評」までいかない読後感を綴ってみます。

重耳

2006年09月28日 | 歴史小説
                      宮城谷昌光     講談社文庫

 宮城谷作品では「天空の舟」と、これが好きである。氏の作品は、時として主人公が道徳的に立派過ぎてついていけないことがあるが、女好きで安きに流れやすく、復讐を忘れない重耳は実に人間くさい。
 重耳といえば亡命生活が有名なので、そのはるか前から始まったときはもどかしかったが、たちまち引き込まれた。上中下読み通した後も、上巻が一番面白いと重う。曲沃軍が雪の下に沈むかと思える翼攻め、がらあきの曲沃を襲うかく軍、未熟ながら果断な重耳の行動、弧突の水際立った戦略、全く飽きさせない。
 登場人物としては、重耳の祖父、武王・称が魅力的である。冷徹さと情感を併せ持つスケールは圧巻。どこかとぼけた郭偃もいい。畢万なんて文字の語感だけで印象に残る。中巻は、申生の行動がもどかしすぎでやり切れない。下巻は放浪と帰還、そしてしっかり復讐。郭偃との再会がぐっとくる。
 宮城谷作品の復讐物語としては『青雲はるかに』もあるが、あれは放っといても強い秦を助けてのものだけにイマイチ。

真田騒動

2006年09月16日 | 歴史小説
                           池波正太郎   新潮文庫

 信州真田藩を舞台にした、いわゆる「真田もの」短編集。

「信濃大名記」
小野のお通の仲立ちで、大阪の陣の合間に弟・幸村との対面を果たした真田信幸。お通への恋情と、おのれの信条から徳川についたものの、胸の奥に燃える武将の血…。
「碁盤の首」
真田藩に潜入し、脱出した隠密が、囲碁で負け越した同僚に再戦を挑みに来るという話。

 そう、この2編は『真田太平記』に組み込まれて、話にふくらみを持たせているのです。

「錯乱」
真田藩に潜入した隠密をめぐっての、老中・酒井と真田信幸との息づまる謀略戦。ううん、池波さんは(私と同じく)信幸が好きなんですね。
「真田騒動ー恩田木工」
 若き日は治水工事の断行で名をあげながら、次第に殿様に享楽を提供することで出世する原八郎五郎、原の失脚後に殿様が思いつきで採用した自称節約名人(実際は無策かつ酷薄)の田村半右衛門の後を受けて、絶望的な真田藩の財政再建に挑む恩田木工。痛みを伴う改革の成功は、木工の人格・覚悟・頭脳もさることながら、「前のふたりがひどすぎたから」っていうのは、社会人として実感ですね。
「この父その子」
 超節約生活を余儀なくされた殿様の、50過ぎてのロマンスとその後。田村半右衛門はここにも登場して、しょうもない節約術を披露してある男(書くとネタばれ)に張り倒される。
 

造物主の掟

2006年09月10日 | SF
                       J.P.ホーガン   ハヤカワ文庫

 レムの『砂漠の惑星』、セイバーヘーゲン『バーサーカー』シリーズと並んで、「機械が勝手に進化した3大傑作」と、私が勝手に名づけているうちの一冊。
 土星の衛星タイタンに着陸した鉱物採取用の異星人の自動機械がトラブルを起こし、ノイズが入りながら自己修復機能が働くうちに、当初の目的を無視して環境に適応したやつが生き残っていく。そして中世のような社会に達したところで人類に遭遇する。
 3大傑作のうちで一番科学的に怪しいが、それはさておき面白い。機械人間たちが自分のメカニズムを知らないのは奇妙だが、「人類だって、細胞だの遺伝子だの理解したのは最近でねぇか!」という強引な理屈で読者を納得させる。正統派科学者とインチキ心霊学者とのコンビもいい。
 

ビロードの悪魔

2006年09月05日 | その他
                   ジョン・ディクスン・カー  ハヤカワ文庫

 ミステリーの巨人、カーは大好きなのだが、代表作を一つあげよといわれると困る。『皇帝のかぎ煙草入れ』『曲がった蝶番』『ユダの窓』『火刑法廷』…どれも一長一短で人によって意見が分かれるようだ。私の中のNo1は、歴史伝奇ものとでも言うべき本書。かなり分厚い本だが、面白いので一気に読んでしまった。
 歴史学者が過去の謎をとくため悪魔と取引して、300年前の貴族の精神に乗り移り、現代人の知識とフェンシング技術を駆使して活躍するというもの。剣戟の場面が面白いのだが、とくに使用人たちを指揮して作戦を立て、暴徒から屋敷を守る「ベルメルの戦い」は最高!
 ところで、悪魔と取引した人間はたいてい最後はひどい目にあうんだけど、主人公のおっさんは、若い肉体を手に入れるは女にもてるはでいい目をみまくっている。最後に、最高の作品だけど「ミステリー」とは呼びたくない。毒殺トリックが、カーにしてはめちゃショボいんだもの。