読後感

歴史小説、ホラー、エッセイ、競馬本…。いろんなジャンルで、「書評」までいかない読後感を綴ってみます。

存在しなかった惑星

2013年06月13日 | その他
アイザック・アシモフ              ハヤカワ文庫

 久々に本のレビューをやります。SF作家アイザックアシモフによる、17編からなる科学エッセイ集。下の2つが抜群に面白かった。

存在しなかった惑星

 表題作。科学史ドキュメンタリーとでもいうべきか。事実しか書いていないのに、見事なドラマになっている。時は1843年、フランスの天文学者ルヴェリが、当時太陽系の一番外側の惑星とされていた天王星の軌道に、重力の法則からみてズレがあることを発見。彼はそれがさらに外側にある惑星の重力の影響だと主張し、場所まで示した。それを受けた別の天文学者が、そこになんと………海王星を発見したのである!
 科学者として大ホームランである。ノーベル賞があったら(当時はまだない)、物理学賞でも受賞してたんじゃないだろうか。
 調子に乗った(?)ルヴェリは、水星の軌道にもズレがあると主張、その内側にある惑星の存在を予言、その惑星をヴァルカンと名付けた。さあ、世界中の天文学者によるヴァルカン探しが始まった。見つからない……日食のときならもしかして……見つからない。そして20世紀になって、ヴァルカンの存在は否定された。ニュートン物理学では説明できなかった水星の軌道のズレは、アインシュタイン物理学では説明できたのだ。

さまよえる宇宙船

 アシモフは、UFO=宇宙人の乗った宇宙船という説に大反対であり、強烈な嫌悪さえ抱いている。彼のところに送られてきた雑誌に「著名なSF作家のアシモフとアーサー・クラークがUFOに反感を持っているのは驚きだ」というような文章があるのを見て怒り狂う。「アーサーや私がSF作家だからといって、それが自己の知性を喪失したり、SFと何か共通点があるらしい神秘的な新興宗教を信じたりするのが当然だと人々から思われる理由に、どうしてなるのか?」
 反対の根拠は「恒星間旅行に必要なエネルギーは莫大なものだから、どんな生物であれ、広大な宇宙空間を超えて宇宙船を操縦してきながら、何十年にもわたって我々と隠れんぼしているだけというのは、私には想像もつかないことだ」というもの。至極もっともである。
 さらにアシモフは、UFO=宇宙船論者の主張を12のパターンに分け、そのすべてを粉々に論破している(笑)。

 私はよく数十年前のSFを読むのだが、そこで描かれる現代(21世紀初頭)よりも現実の方が進んでいる部分(インターネットや携帯端末)もあれば、現実が遅々として進まない部分もある。後者の代表が、「恒星間旅行」と「意志のある人工知能」だろう。その意味で、アシモフの見解(1980年代のもの)は卓見だったといえる。

ながい眠り

2013年03月29日 | その他
       ヒラリー・ウォー   ハヤカワ・ポケット・ミステリ

 ながらく絶版だったのが2006年にリリースされたらしい。
 ウォーの作品の特徴は 1、派手なアクションやドンパチがない。
2、奇想天外のトリックや異常心理、ン十年前の因縁だのなんだのがない。
 ひたすら地道に証拠を洗い、いろんな可能性を消去法で消していく。その極めつけが本作。空き家から黒こげになった女性の胴体がみつかるのだが、身元すらわからない。途中までは「本当にこの事件解決するんだろうか」って思えた。
 有名なミステリー・レビュー本「夜明けの睡魔」でも、「忘れられた作家」として紹介されている(著者の瀬戸川さんは大好きらしい)。
 どうやら警察小説やハードボイルドのファンからは1が嫌われ、本格推理のファンからは2が嫌われているようだ。私は大好きなんだけどなぁ!ローラー作戦で目撃者捜したり、電話帳くったり。それでいてちゃんと伏線も犯人の意外性もオチもあるしね。
 同じ作者の「事件当夜は雨」も読んだが、「ながい眠り」の方がウォーらしさがあっていい。

イン・ザ・プール

2007年05月02日 | その他
                       奥田英朗      文春文庫

 水泳依存症、陰茎硬直症、ストーカー妄想癖、携帯依存症、強迫神経症…、精神科医の伊良部先生を訪れる患者達にまつわる短編集。軽度の症状なら、私(ガスや電源を何度も確かめる強迫神経症は当てはまるかも)も含め、人ごとではないだろう。
 夜のプールに忍び込む、患者の元妻に怒鳴り込みに行く、患者の目の前で子供と喧嘩する、ライバル病院に石を投げる…、結局は症状を治してしまう伊良部先生の暴走ぶりが楽しい。この先生、デブで色白で声がカン高く、マザコンで金に汚いなどキモい要素満載なため、決して格好良くはみえない。まあ、神経症の治療なんてきくと、私ら素人はそれだけで神経的に参ってしまいそうなので、この本のユルさは救いである。
 先日DVDを見つけたので、借りてみた。面白かった。松尾スズキさん演じる伊良部先生は、イカレポンチぶりは原作以上だけど、見た目はうんと渋い。オダギリジョーが「勃ちっぱなし」を演じているのが可笑しい。原作中3本の短編がもとになっているが、私の好きな「フレンズ」と「コンパニオン」が省かれているのは残念。
 

まっ白な嘘

2007年04月09日 | その他
                  フレドリック・ブラウン   創元推理文庫

 本棚にふと見つけた、小学校時代に買った本。1973年・17版とある。30年以上前に買い、7度にわたる引越しについてきたことになる。ブラウンのSFもいいが、本書はサスペンスものの短編&ショート・ショート。一部を紹介しよう。

「うしろで声が」
 サーカスの人間砲弾乗り、数十メートルのジャンプにも動じない彼が、うしろからかけられた声の恐怖とは。
「叫べ、沈黙よ」
 聞く人のいない森で倒れた木は無音なのか?いる人が耳が聞こえない場合は?では聞こえるかどうかわからない場合は…。「音」をめぐる議論は、恐ろしい殺人のエピローグだった。一番好きな作品。
「四人の盲人」
 「象と四人の盲人」の寓話から解き明かす死亡事件の謎。寓話の意味に忠実な語り手の解釈と、実もふたもないヒントで真実にたどり着く警部。このオチ好きだなぁ。
「むきにくい林檎」
 悪魔的に狡猾な同級生にはめられ続けた男が、成人して家族を殺され、ついに決意した復讐の行方は?

 語り口で勝負する作家ももちろんいいが、ブラウンはプロット(筋立て)で笑わせ、プロットで怖がらせ、プロットで魅せる。

ビロードの悪魔

2006年09月05日 | その他
                   ジョン・ディクスン・カー  ハヤカワ文庫

 ミステリーの巨人、カーは大好きなのだが、代表作を一つあげよといわれると困る。『皇帝のかぎ煙草入れ』『曲がった蝶番』『ユダの窓』『火刑法廷』…どれも一長一短で人によって意見が分かれるようだ。私の中のNo1は、歴史伝奇ものとでも言うべき本書。かなり分厚い本だが、面白いので一気に読んでしまった。
 歴史学者が過去の謎をとくため悪魔と取引して、300年前の貴族の精神に乗り移り、現代人の知識とフェンシング技術を駆使して活躍するというもの。剣戟の場面が面白いのだが、とくに使用人たちを指揮して作戦を立て、暴徒から屋敷を守る「ベルメルの戦い」は最高!
 ところで、悪魔と取引した人間はたいてい最後はひどい目にあうんだけど、主人公のおっさんは、若い肉体を手に入れるは女にもてるはでいい目をみまくっている。最後に、最高の作品だけど「ミステリー」とは呼びたくない。毒殺トリックが、カーにしてはめちゃショボいんだもの。

球界地図を変えた男・根本陸夫

2006年05月03日 | その他
                    田坂貢二    日本経済新聞

 選手としては二流、監督をしてもBクラスばかり。ところがフロントに入ってチーム作りに入るや、広島カープ、西武ライオンズ、そして「我が」福岡ソフトバンクの黄金時代の基礎を築いた男のドキュメンタリー。監督やコーチは現役時代の成績のご褒美、フロントは親会社の意向、といった日本球界にあって、チームづくりのプロとして認識された稀有の存在。
 その温厚にしてしたたかな眼差しは、戦国武将(の名家老)もかくや、と思われる。可笑しいのは、広島時代にコーチとして採用し(あれほどの人だから誰かが見い出したとは思うが)、西武を日本一にした広岡達朗さんとの親交と葛藤。野球に対するとんでもない知見と情熱を有しながら、その激しい性格ゆえにまわりとのトラブルが絶えなかった広岡さんは、根本さんとのコンビゆえに力を発揮できたと思うがいかがだろうか。
 根本さんが生きていれば、楽天の基盤づくりに働いたかも。