読後感

歴史小説、ホラー、エッセイ、競馬本…。いろんなジャンルで、「書評」までいかない読後感を綴ってみます。

『武田信玄』より「江馬党十騎」

2007年08月10日 | 歴史小説
                         新田次郎     新潮文庫

 大作『武田信玄』については語りつくされた感があるし、川中島や三方ヶ原の合戦描写も素晴らしいのだが、私が好きなのは、ところどころに折り込まれる「安部金山査収」や、この「江馬党十騎」などの小さな挿話である。
 奥飛騨地方の領主・江馬時盛は武田信玄に忠誠を誓っているが、越中新川地方を治める長男の輝盛は野心家で、秘かに上杉謙信に通じて独立をもくろんでいる。その動きをつかんだ武田方は、配下の木曾衆に軍監・曽根匠をつけて奥飛騨に派遣する。
 息子の裏切りを知っている時盛の立場は苦しい。「3日待って下されば、必ずや輝盛を呼び戻しまする。」「ならばその間に高原郷の鉱山をお見せ願いたい」。秘中の秘であった鉱山だが、見せるしかない。苦悩の時盛。
 期日を過ぎても輝盛は戻らず、鉱山調査の金山衆に僅かの護衛を残して、場合によっては輝盛と一戦交えるべく越中へ向かう時盛、曽根、木曾衆。そこへ、隣国の三木自綱が平湯金山を襲撃したとの知らせが。もはや腹の探りあいをしている時ではない。江馬党の選りすぐりの十騎が難所を越えて敵の背後を突き、木曾衆・高原衆の奮戦でかろうじて平湯の危機を救う。三木自綱の行動の背後には、やはり高原鉱山を狙う織田信長の意向があったのだ。曽根は最後に言う。「長居は無用。平湯の一戦は、江馬党十騎の決死的な働きによって勝利を得た。江馬時盛が武田に寄せている忠誠心が立証された。輝盛も冷や汗をかいたことであろう」
 戦国武将の駆け引きの冷徹さ・残酷さ、そこで肉親の確執を持つことの苦しさ、一方で貫かれる信義・男気がいい。平湯や新川郡なんてなじみの地名が出てくるのも嬉しい。後に十騎の一人が使者として訪れ、持参した栃餅で信玄が体調を回復し、西上の軍を起こすことになる。