読後感

歴史小説、ホラー、エッセイ、競馬本…。いろんなジャンルで、「書評」までいかない読後感を綴ってみます。

黄土の群星

2007年05月12日 | 歴史小説
                  陳舜臣選・日本ペンクラブ編  光文社文庫

 陳舜臣さんが選んだ、中国各時代を舞台にした短編集。それほど出回ってる本じゃないみたいなので、各作者それぞれの短編集で出会う人の方が多いだろう。

豊饒の門(西周、宮城谷昌光)
 自らは傾きつつある王朝の愚劣な王に殉じながら、自分や王を見事な軍略で葬ることになるライバル・申公の実力を認め、息子には申公に屈することを命じて国の再起を託した鄭公・友。息子の掘突は苦渋の決断で父の策を受け入れ、鄭国の基礎を築くが、したり顔で父の策を自分に伝えた家臣が許せない。宮城谷さんの短編の中でも一番好きである。

盈虚(春秋、中島敦)
 継母を暗殺しようとして逃亡の憂き目に会った坊ちゃん太子。不遇な亡命生活の中でひねくれた中年になった彼は、待望の権力獲得の後、闘鶏の享楽と陰湿な復讐に明け暮れる。息子達との確執に悩むと…、やっぱり放蕩に溺れる(^^;。案の定権力の座を追われた彼は、かつて気まぐれで迫害した貧民夫婦の家に逃げ込んで殺されることになる。春秋特有のセコい権力争いの人物群がなんともいえない。

漆胡尊(漢、井上靖)
 巨大な牛の角のような皮製・漆塗り・革紐でつながれた、正倉院の謎の器物、漆胡尊。
 考古学者の想像の中で、それは西域オアシス国家の若者、匈奴から脱出を図る漢人兵士、辺境の老婆、器物を横流しする小役人、酷吏だった夫の罪滅ぼしに布施をする未亡人、唐土に残った遣唐使、その日本の知人…、千数百年の時を経て正倉院にたどり着く。
 どうやら西域の産で液体を入れる、としかわからない器物から広がるイメージがさすが。

潮音(五代十国、田中芳樹)
 五代十国時代の小国・呉越に出現した早逝の名君・銭弘佐。激情家の弘倧、温厚な弘俶の二人の異母弟の協力を得て、時に苛烈に時に柔軟に、綱紀を粛正し、産業を起こし、外交に工夫をこらし、呉越を豊かな国にしていく。そして、柄にも無く覇王を気取った隣国・南唐の李(ホントに柄にもないんだ、こいつが)の領土拡大の野望を果断な出兵で阻止する。
 五代十国時代はほとんど小説にされていないが、同じく田中氏が描いた楚の茶王(楚の覇王・項羽に比して呼ばれたらしい)こと馬殷(「茶王一代記」中公文庫『チャイナ・イリュージョン』所収)など、ネタは豊富そう。

 他に、始皇帝の死後、末子・胡亥と宦官・趙高の陰謀で生きながら墓に赴く公子を静かに描いた「驪山の夢」(秦、桐谷正)、曹操の後継者・曹否の、父の死を前にした心象風景「曹操の死」(三国、藤水名子)、皇帝の妻になったかに見えた美貌の愛妾の行方をめぐるサスペンス「五台山清涼寺」(清、陳舜臣)など、各作家の本が読みたくなってしょうがなくなる最高のアンソロジーである。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿