一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『パラサイト 半地下の家族』 ……ポン・ジュノ監督の最新作にして傑作……

2020年01月13日 | 映画
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韓国映画で、私が一番好きな作品は、
ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003年)である。


これを超える韓国映画は未だに現れないし、
それほど凄い作品なのだ。
そのポン・ジュノ監督の最新作が『パラサイト 半地下の家族』なのである。
しかも本作は、
2019年・第72回カンヌ国際映画祭で、韓国映画初となるパルムドールを受賞している。
韓国(2019年5月30日公開)では、観客動員1,000万人を突破し、
フランスでは、150万人を突破している。
香港・台湾では歴代パルムドール受賞作品において最多動員数を記録。
さらには6か国で韓国映画の動員記録を塗り替えるなど、
全世界で爆発的盛り上がりをみせているという。
日本では、
2019年12月27日から一部の劇場(東京と大阪の2劇場)で限定先行公開された後、
2020年1月10日から全国公開された。
で、全国公開直後に、映画館に駆けつけたのだった。



過去に度々事業に失敗、計画性も仕事もないが楽天的な父キム・ギテク(ソン・ガンホ)。
そんな甲斐性なしの夫に強くあたる母チュンスク(チャン・ヘジン)。
大学受験に落ち続け、若さも能力も持て余している息子ギウ(チェ・ウシク)。
美大を目指すが上手くいかず、予備校に通うお金もない娘ギジョン(パク・ソダム)。
しがない内職で日々を繋ぐ彼らは、
“ 半地下住宅”で 暮らす貧しい4人家族だ。


“半地下”の家は、暮らしにくい。


窓を開ければ、路上で散布される消毒剤が入ってくる。
電波が悪い。Wi-Fiも弱い。
水圧が低いからトイレが家の一番高い位置に鎮座している。
家族全員、ただただ“普通の暮らし”がしたい。


「僕の代わりに家庭教師をしないか?」
受験経験は豊富だが学歴のないギウは、
ある時、エリート大学生の友人から留学中の代打を頼まれる。
“受験のプロ”のギウが向かった先は、
IT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸だった。


パク一家の心を掴んだギウは、


続いて妹のギジョンを家庭教師として紹介する。


更に、妹のギジョンはある仕掛けをしていき……
“半地下住宅”で暮らすキム一家と、
“ 高台の豪邸”で暮らすパク一家。
この相反する2つの家族が交差した先に、
想像を遥かに超える衝撃の光景が広がっていく……


カンヌ国際映画祭では、公式上映前に、マスコミに対し、
ポン・ジュノ監督からの“ネタバレ厳禁”を乞うメッセージが配布され、
事前にネタバレ記事が出ないように徹底されたという。
その全文がこちら。


【ポン・ジュノ監督からのお願い】

楽しみにしている映画の上映を待っている時、
観客は情報を過剰に得るのを控え、
映画館のロビーではヘッドフォンの音量を上げ、
感想を聞いてしまわないように耳を塞いでいます。

もちろん、『パラサイト 半地下の家族』は、
最後のどんでん返しだけが全ての映画ではありません。
例えば、映画を観終えたばかりの観客が、
「ブルース・ウィリスは幽霊だ!」
と叫んでしまい、
これから映画を観ようとしている観客たちを、
失望と怒りで逆上させてしまうようなハリウッド映画とは明らかに違います。

それでも私は、全ての映画監督が望むように、
観客にはハラハラしながら物語の展開を体験してほしいのです。
大小に関わらず、全ての瞬間において熱く興奮しながら、
映画に驚き、映画に引き込まれてほしいのです。
そこで、みなさんに心からのお願いです。

本作をご紹介頂く際、出来る限り、
兄妹が家庭教師として働き始めるところ以降の展開を語ることは、どうか控えてください。
みなさんの思いやりのあるネタバレ回避は、
これから本作を観る観客と、この映画を作ったチーム一同にとっての素晴らしい贈り物となります。
頭を下げて、改めてもう一度みなさんに懇願をします。
どうか、ネタバレをしないでください。みなさんのご協力に感謝します。


「ネタバレをしないでください」
とお願いしながら、
「ブルース・ウィリスは幽霊だ!」
とハリウッド映画のネタバレをしているのは御愛嬌だが、(爆)
映画『パラサイト 半地下の家族』の存在を知った昨年(2019年)5月以降、
どうやら“ネタバレ厳禁”らしいという噂は私の耳にも届いていたので、
本作に関する資料の類いは一切読まずに、公開日を待った。
そして、本作を大いに楽しませてもらった。


そうは言っても、
タイトルに「パラサイト」(寄生生物、寄生虫)という言葉が使われているので、
なんとなく内容は判る。
ポン・ジュノ監督は、
「兄妹が家庭教師として働き始めるところ以降の展開を語ることは、どうか控えてください」
と語っているが、
まず、息子ギウと娘ギジョンが
IT企業の社長パク・ドンイク一家が暮らす高台の大豪邸に家庭教師として入り込み、
次いで、
父キム・ギテクが運転手として、
母チュンスクが家政婦として入り込む。
そう、貧乏一家の4人がこの大豪邸に“寄生”するのだ。
(ここまでのシナリオは誰でも予測できるだろう)
この後は“予測不能の展開”が待っているのだが、
いろんな映画を見て、いろんな小説を読んで、いろんな人生経験をして、
65年間生きてきた私には、それほど“予測不能の展開”ではなかった。
おそらく、「○○○な展開になるだろう……」と予測できたし、
帰着点も予想できた。
そういう意味では、(私にとっては)それほどの驚きはなかった。
むしろ、ポン・ジュノ監督が何故にそれほどネタバレを恐れるのか疑問に思うほどであった。
ネタバレしても、それほど本作の価値が損なわれるとは思えなかったからだ。
まあ、エンターテインメントとしての面白さに関しては「問題あり」かもしれないが……


この映画は、現在、韓国で問題となっている“格差社会”をテーマにしている。
(まあ、韓国だけでなく、日本を含め、世界共通のテーマではある)
主人公は、半地下に暮らす一家4人。
原題は『Parasite』であるが、
邦題には「半地下の家族」という副題が付いている。
この副題を褒めたポン・ジュノ監督は、次のように語っている。


半地下というのは韓国における非常に独特な住居形態なんですが、今でもソウルの路地裏に行けば結構目にすることができます。貧しい人全員というわけではありませんが、大勢の人が住んでいる住居形態でもあります。これにはとても象徴的な意味があると思います。半地下ということは、別の言い方をすれば半地上とも言える訳です。半地下にいる人たちというのは、地上に出ていって日差しを浴びたいと願っているんですが、一方では下に落ちてしまったら完全な地下に墜落してしまう。その不安も抱えています。「半地下」を強調する邦題は、主人公が置かれているそうした状況をうまく表していると感じます。(『キネマ旬報』2020年1月上・下旬合併号)

『殺人の追憶』では側溝、
『グエムル-漢江の怪物-』では下水溝というように、
ポン・ジュノ監督の他の作品でも半地下が登場しているし、
それぞれに意味を持たせてある。
本作『パラサイト 半地下の家族』でも、
半地下の住居は、貧しさの象徴として使われており、
それに対して、富の象徴として、また半地下の対照的な位置づけとして、
富豪の“高台”の大豪邸が登場する。
この構図は、
黒澤明監督の『天国と地獄』などを持ち出すまでもなく、ごくありふれたものであるが、
これまでは、この両者は区別され、このどちらかがどちらかに入り込むことは稀であった。
本作『パラサイト 半地下の家族』では、
半地下の人間が、高台の人間の家に寄生することで、
格差社会の現実を、より鮮明にあぶり出す。
お互いの臭いを嗅ぐほどに接近した両者は、
互いに嫌悪感を抱くようになり、
驚きの結末へとなだれ込んでいく……


その半地下と高台を結ぶのは、階段。
ポン・ジュノ監督は、本作『パラサイト 半地下の家族』のことを、
“階段映画”(stairway movie)と言っているそうだが、
主人公の4人は、この階段を、よく上り下りする。
貧から富へ、富から貧へ。


この階段で思い出すのは、
昨年(2019年)見た『ジョーカー』。
主人公のアーサーは高台にあるボロボロのアパートで母と2人で暮らしており、
仕事を終えたアーサーは重い足取りで長い階段を上って行く。
だが、ジャーカーに変身したアーサーは、
ダンスしながら軽やかな足取りで階段を下って行く。
『パラサイト 半地下の家族』とは真逆の構図ながら、
物語の成り行きがこの階段に凝縮されており、
〈似ているな~〉
と、思い出した次第。


2019年・第72回カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞作ということで、
前年に受賞した(同じ家族をテーマにした)是枝裕和監督作『万引き家族』のように、
暗くて小難しい感じの映画と思われがちだが、
全然そんなことはなくて、
コメディーであり、ミステリーであり、社会派ドラマであり、ホラー(ちょっとネタバレか?)でもある。
誰もが大いに楽しめる作品なのである。
鑑賞後、私など、
〈えっ、これがパルムドール受賞作なの?〉
と驚いたくらい。
それくらいエンターテインメント性があり、ハラハラドキドキさせられる。
その分、芸術的な感銘はやや薄れたように思った。
本作『パラサイト 半地下の家族』をポン・ジュノ監督の最高傑作とする人もいるが、
傑作とは認めつつも、私は、どちらかというと、
『殺人の追憶』(2003年)や『母なる証明』(2009年)の方が好きだし、
『殺人の追憶』が現時点ので最高傑作だと思っている。
はたして、あなたは……

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