一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『タイトル、拒絶』 ……伊藤沙莉、恒松祐里、モトーラ世理奈がイイぞ……

2020年11月22日 | 映画


『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年10月16日公開)が、
公開から31日間で観客動員1750万5285人、
興行収入233億4929万1050円を記録していることがわかった。
共同で配給を手がける東宝とアニプレックスが、11月16日に発表したもので、
日本での歴代興行収入ランキングは、現在5位。

公開直後、TOHOシネマズ 新宿が1日42回上映するなど、
ケタはずれの上映回数が話題になったが、
佐賀でも20数回上映する映画館もあって、
大いに驚かされた。

ただ、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の上映回数が多いことからくる弊害もあって、
自ずと、他の映画の上映が少なくなり、
シネコンでは、一般受けしないマイナー気味の映画はほとんど上映されなくなった。

伊藤沙莉主演の映画『タイトル、拒絶』は、
それぞれ事情を抱えながらも力強く生きるセックスワーカーの女たちを描いた群像劇で、
劇団「□字ック」主宰の山田佳奈が、
2013年初演の同名舞台を、自らのメガホンで映画化したもので、


キャストも地味だし、
“デリヘル嬢”という題材が題材だし、
タイトルからしても一般人を“拒絶”している印象があり、(笑)
佐賀では絶対上映されないだろうと思っていた。
ところが、公式サイトの劇場情報を見てみると、九州での上映館は、

福岡 福岡中洲大洋(11月13日公開)
佐賀 イオンシネマ佐賀大和(11月13日公開)
宮崎 宮崎キネマ館(順次公開)
沖縄 桜坂劇場(12月19日公開)


の4館のみで、(11月13日公開は2館のみ)
なんと、その中に佐賀の映画館も含まれていたのだ。
驚くと同時に歓喜した。
で、ワクワクしながら映画館に駆けつけたのだった。



雑居ビルにあるデリヘルの事務所。
バブルを彷彿させるような内装が痛々しく残っている部屋で、
華美な化粧と香水のにおいをさせながら喋くっているオンナたち。


カノウ(伊藤沙莉)は、この店でデリヘル嬢たちの世話係をしていた。


オンナたちは、「冷蔵庫に飲み物がない」とか、「あの客は体臭がキツイ」とか、
さまざまな文句を言い始め、
その対応に右往左往するカノウ。
店で一番人気の嬢・マヒル(恒松祐里)が仕事を終えて店へ戻ってくる。


マヒルがいると部屋の空気が一変する。
何があっても楽しそうに笑う彼女を見ながら、
カノウは小学生の頃にクラス会でやった『カチカチ山』を思い出す。
「みんながやりたくて取り合いになるウサギの役。マヒルちゃんはウサギの役だ。みんな賢くて可愛らしいウサギにばかり夢中になる。性悪で嫌われ者のタヌキの役になんて目もくれないのに……」
ある時、若くてモデルのような体系のオンナが入店してきた。


彼女が入店したことにより、店の人気嬢は一変していった。
その不満は他のオンナたちに火をつけ、
店の中での人間関係や、
それぞれの人生背景がガタガタと崩れていくのだった……




山田佳奈の長編映画初監督作ということで、
それに、舞台の映画化ということで、(これまでの経験でこの手の映画に傑作は少ない)
ちょっと心配していた部分はあったが、
最初から“映像”に勢いがあり、
街頭に立って、カノウ(伊藤沙莉)が独白するシーンからスタートし、


疾走するようにセックスワーカーの女たちの日常を描いてみせる98分間で、
一瞬も目が離せないほど面白かったし、
優れた作品だと思った。


先程、
伊藤沙莉主演で、
キャストも地味だし、
“デリヘル嬢”という題材が題材だし、
タイトルからしても一般人を“拒絶”している印象があり……
と書いた。
これは、本作をディスっているわけではなく、
むしろ褒めているのである。
一般受けはしないかもしれないが、
コアな映画ファンには
〈見たい!〉
と思わせる要素が満載なのである。


まず、伊藤沙莉が主演というのが好い。


伊藤沙莉については、このブログでも常々褒めているのでご存じの方も多いと思うが、
脇役であっても独特の存在感があり、
レビューでも一言述べたくなる魅力を持っている。
例えば、映画『寝ても覚めても』(2018年)のレビューでは、

朝子の友人・島春代を演じた伊藤沙莉。


現在放送中のTBSの日曜劇場「この世界の片隅に」(2018年7月15日~)で、
刈谷幸子役として出演しており、



ここでも素晴らしい演技をしているが、
本作においても、ちょっとクセのある個性的な女性を実に巧く演じていた。



と書いているし、
映画『劇場』(2020年)のレビューでは、

劇団「おろか」の元団員で、
永田と仲たがいするものの、友人として彼を心配し続ける青山を演じた伊藤沙莉。



『寝ても覚めても』(2018年)のレビューを書いたときに彼女を褒めたが、
その後、伊藤沙莉という女優が、これほど存在感のある女優になるとは思わなかった。
永田から顔のことを揶揄されるシーンがあるが、
冷静沈着で、自分のことを良く知っており、
何事も客観視できる魅力ある女性を伊藤沙莉は好演していた。



本作『劇場』は、山﨑賢人と松岡茉優との二人芝居のような作品だが、
伊藤沙莉という女優がいるお蔭で、深みのある作品になっている。
永田と劇団を立ち上げた野原を演じた寛一郎も重要な役ではあるが、
寛一郎よりも伊藤沙莉の方が、存在感が数倍もあったように感じた。



と褒め、
映画『ステップ』(2020年)のレビューでは、

健一(山田孝之)の2歳半になる娘・美紀(中野翠咲)が通う保育園の保育士・ケロ先生を演じた伊藤沙莉。


彼女のことを、常々、「存在感のある好い女優」と言い続けてきたが、
本作でのケロ先生の役は殊の外良く、
存在感だけではなく、演技の方でも魅せられた。



出演シーンは前半の短い時間だけなのだが、
その短い時間に自分(伊藤沙莉)のすべてを見せるかのような演技をする。



これほど濃密で強く印象に残る演技をする女優には、久しぶりに逢ったような気がする。
彼女の演技を見るだけでも、本作を見る価値はあると言える。
第7回 「一日の王」映画賞・日本映画(2020年公開作品)ベストテンにおける、
最優秀助演女優賞の有力候補に浮上してきたと言えるだろう。



と絶賛したのだが、
本作『タイトル、拒絶』を見て、
第7回 「一日の王」映画賞・日本映画(2020年公開作品)ベストテンにおける、
最優秀主演女優賞の有力候補にも浮上してきたと言える。
主演のカノウという役を、
「誰にも渡したくなかった」
と話したというその言葉通りに意欲的に演じ、
見る者を惹きつけて離さない。
いやはや大したものだ。



山田佳奈監督の第一の功績は、
主演のカノウに伊藤沙莉をキャスティングしたことにあるが、
他の配役においても、実に的確なキャスティングが行われていて驚かされる。


マヒルを演じた恒松祐里。


1998年10月9日生まれの22歳なのだが、(2020年11月現在)
特筆すべき容姿の持ち主なのに、チャラチャラしたところがなく、
出演作への強い意志が感じられ、いつも感心させられる。
例えば、黒沢清監督作品『散歩する侵略者』(2017年)では、
地球人・立花あきらに乗り移った宇宙人を演じたのだが、
清純で爽やかな印象の彼女から繰り出される残虐ぶりに驚嘆させられ、
レビューでは彼女のことを、
「大いに将来を期待できる女優だと思った」
と記した。
『凪待ち』(2019年)のレビューでは、

美波を演じた恒松祐里も良かった。
『散歩する侵略者』(2017年)での好演が強く印象に残っているが、
本作では、
主人公の郁男と血のつながらない父娘のような絆があるという役どころで、
役柄的にも難しかったのではないかと思われる。

(中略)
白石監督も、

恒松祐里さんは、あの香取さんを相手に堂々とした演技をしてくれて頼もしかったです。今後どんな女優になっていくのかが、ますます楽しみになりました。

と語っていたが、私も同じ気持ちだ。

と書き、
その後も、
『いちごの唄』(2019年)
『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)
『殺さない彼と死なない彼女』(2019年)
『スパイの妻〈劇場版〉』(2020年)
などのレビューでも彼女を論じてきたが、
期待通りに(女優として)成長しているのが嬉しい。
本作『タイトル、拒絶』では、
〈むしろ、恒松祐里が主役ではないか……〉
と思わせるほどの存在感を示し、
暗い過去を背負った若き美しい女性を繊細な演技で表現し、見事であった。



このマヒル(恒松祐里)の妹を演じたのが、モトーラ世理奈。


モトーラ世理奈については、
彼女の主演作『風の電話』のレビューで
……モトーラ世理奈が天才女優であることを証明した傑作……
とのサブタイトルを付して詳しく論じているので、(レビューはコチラから)
ここにはもう書かないが、
『タイトル、拒絶』にモトーラ世理奈をキャスティングしているということだけで、
私は山田佳奈の監督能力を評価するし、
見る目を持った監督と認める。
モトーラ世理奈とは、それほどの女優なのだ。
私にとっては、
私の好きな恒松祐里とモトーラ世理奈が並んで会話しているシーンは、
“奇跡の映像”であった。
このシーンを見るだけでも、この映画は「見る価値あり」である。



シホを演じた片岡礼子。
映画『ステップ』のレビューで、

健一(山田孝之)の義兄・村松良彦(角田晃広)の妻・村松翠を演じた片岡礼子。
ここ数年、
『続・深夜食堂』(2016年)
『友罪』(2018年)
『愛がなんだ』(2019年)
『楽園』(2019年)
『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』(2019年)
『Red』(2020年)
などの作品で鮮烈な印象を残している片岡礼子。
優れた作品、気になる作品にはいつも出演している(ような気がする)女優で、
本作でも、地味ではあるが、なくてはならない存在としてスクリーンの中に居た。
若い頃も魅力的であったが、



50歳に近くなった今の方が、
女優としても、女性としても魅力が増しているような気がする。
彼女の出演作は、どんな作品でも見たくなるのだ。



と書いたが、
私が見たいと思う映画には、いつも出演しているという印象がある。(笑)
彼女がいるだけで、その映画にリアリティが増し、
彼女がいるだけで、その映画に深みが増す。
本作『タイトル、拒絶』でも、
若い“デリヘル嬢”たちの中に、
ベテランの“デリヘル嬢”として片岡礼子という女優が一人いるだけで、
作品に深みが増しているし、作品の価値を高めている。
才能ある監督たちが好んで彼女をキャスティングする理由が解る気がする。



この他、
チカを演じた行平あい佳、


アツコを演じた佐津川愛美、


カナを演じた円井わん、


リユを演じた野崎智子、


ヤヨイを演じた大川原歩、


デリヘルの店長を演じた般若なども、
期待以上の演技で作品を盛り立てていた。


ああ、それから、
良太(田中俊介)とキョウコ(森田想)のコンビも、
若い男女の「あるある話」として面白かったし、


隠し味として、(そうなのか?)
デリヘルのオーナー・設楽をでんでんが演じていたのも良かった。



主演の伊藤沙莉の他、
恒松祐里、モトーラ世理奈、片岡礼子、佐津川愛美、でんでんなど、
(一見ちょっと地味だけれども)映画ファンにとっては垂涎のキャスティングができる山田佳奈監督は、やはり凄い監督だと思うし、
舞台の脚本、演出だけではなく、
小説『されど家族、あらがえど家族、だから家族は』(双葉社、2020年10月刊)も書き、
映画でもオリジナルで勝負できる才能は、今後、もっと注目されていくことだろう。
そういう意味でも、本作『タイトル、拒絶』は、見ておかなければならない作品である。
映画館で、ぜひぜひ。

この記事についてブログを書く
« 鬼ノ鼻山・多久聖廟・西渓公... | トップ | 最近、驚いたこと⑨ ……TVドラ... »