一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『彼らが本気で編むときは、』…生田斗真と柿原りんかの演技が秀逸な傑作…

2017年03月08日 | 映画


荻上直子監督の新作である。


荻上直子監督といえば、
『バーバー吉野』(2003年)
『かもめ食堂』(2006年)
『めがね』(2007年)
『トイレット』(2010年)
『レンタネコ』(2012年)
などが思い出されるが、
(スローライフ的な)その独特の作風で、
「癒されました」「励まされました」と、
女性から圧倒的な支持を得ているという印象が強い。
その分、男性からは、やや物足りなさを指摘する声が多く、
なんだか同じような映画ばかり……という印象を抱かれもしている。
そんな荻上直子監督の新作とあって、
期待半分、不安半分で、映画館へ向かったのだった。


11歳の小学生・トモ(柿原りんか)は、
母親ヒロミ(ミムラ)と二人暮らし。
ある日突然ヒロミが家出をしてしまい、
独りきりになったトモは、叔父であるマキオ(桐谷健太)の家に向かう。


母の家出は初めてではない。
家出の度に、マキオの家に行っているが、
今回、マキオの家に行って驚いた。
マキオがリンコ(生田斗真)という美しい恋人と一緒に暮らしていたからだ。


リンコは、女性への性別適合手術を受けたトランスジェンダー。
そんなリンコの美味しい手料理に安らぎを感じ、


団らんのひとときを過ごすトモ。


母は決して与えてくれなかった家庭の温もりや、


母よりも自分に愛情を注いでくれるリンコの存在に戸惑いながらも、


三人での奇妙な共同生活が始まった……

 


映画を見終わったとき、
私の目には涙が溢れていた。
傑作であった。
〈この映画を見て、本当に良かった〉
と思った。

トランスジェンダーの話である。
TVのバラエティ番組では「オネエ」を見ない日はないほど「オネエ」で溢れているが、
私のように田舎に住む者にとっては、
「オネエ」に接する機会もないし、
日常生活で出会うこともほとんどない。

南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画製作を学び、
海外生活を多く体験している荻上直子監督は、
2012年に、暮らしていたアメリカから帰国後に感じた違和感が、
本作『彼らが本気で編むときは、』を制作するキッカケになったという。
アメリカでは、身近にセクシュアルマイノリティーの友人がたくさんいて、
密にお付き合いをしていたのに、
日本では日常生活で知り合うこともない。
これはおかしいと思っていたとき、
トランスジェンダーの子供を持つ母親が、
子供のためにブラジャーに詰める「ニセ乳」を作ったという新聞記事を目にしたという。

ニセ乳というキーワードが衝撃的で、面白くて。お母さまに話を聞いたら、自分の子どもを愛し、全肯定されているのがすてきでした。(荻上直子監督・談)

この「ニセ乳」のエピソードは、
映画の中でもモチーフとして活かされ、大きな役割を果たしている。


トランスジェンダーの話なので、終始ほんわかムードで進行する筈がない。
小学生のトモは、「変態と一緒に住んでいる」といじめられるし、
リンコもマキオも偏見の目で見られたりもする。
シビアな現実を突きつけられ、悔し涙に暮れることもある。
これまでの荻上直子監督作品にない「攻め」が感じられた。

癒し系、スローライフなどが、私の過去の映画のイメージでした。ならば言いたい。本作『彼らが本気で編むときは、』では、癒やしてなるものか! もはや、生ぬるいものを作る気など一切ありません。この映画は、私の人生においても、映画監督としても、荻上直子、第二部の始まりなのです。

と、荻上直子監督が語るように、
荻上直子監督作品らしいゆったりとした空気感は残しつつも、
内容でかなり「攻めていた」し、
もう一段高い所に到達した作品だと思った。

この映画を傑作たらしめているのは、
荻上直子監督のオリジナル脚本と、素晴らしい演出力にあるが、
リンコに生田斗真を抜擢したキャスティングの良さもあったと思う。
「他は考えられない」という荻上監督たっての希望により、
リンコ役は生田斗真に決定したそうだが、
その生田斗真の演技が抜群であった。
演技だけでなく、雰囲気というか、その存在感までが秀逸であった。

トランスジェンダーをテーマにした映画が日本でつくられることと、その役を、ジャニーズ事務所というアイドルの事務所に所属している僕にオファーしてくれることによって、10~20年前だったら考えられなかったものづくりが動き出そうとしているんだなと意気に感じてやらせてもらうことにしました。

トランスジェンダーの役はまたひとつ挑戦になると思いました。リスキーだとも思いました。はたして僕がやって成立させられるのかって。どうしてもバラエティなどで活躍されているオネエキャラみたいな方々のイメージが強いけれど、ああいうふうにオープンにできる人もいる一方で、カミングアウトできず目立たないように生きている方もいて、『彼らが本気で編むときは、』のリンコは後者のタイプ。実際やってみて、いかに女性性を誇張することなく、動作や喋り方を日常的なものにするか、そのうえで違和感も出す、そのバランスがほんとに難しかったです。

……がんばって女性の世界に溶け込もうとするがゆえに、女性よりも女性らしくなっていくっていうか。その、生まれつきの女性とは違うことに若干のコンプレックスを抱えて生きているところを、僕は大事にしたいと思いました。なによりもリンコは、母親になりたいけれどなれない、その思いにすっと蓋をし続けてきた人だと思うから、その彼女の葛藤や寂しさみたいなものに誠実でありたかった。
(『キネマ旬報2017年3月上旬号』)


生田斗真のこれらの言葉からも分かるように、
誠実にリンコという役に取り組んだが故に、
リンコというトランスジェンダーの悩みだけでなく、
さらに一歩踏み込んだところまでを表現していて素晴らしかった。
リンコは、差別や偏見によって味わう悔しさや怒りなどの負の感情を、
編み物をすることによって、その中に編み込んでいく。


編むのは、同じ形をした“ある物”で、(ここはちょっと笑える)


目標数(108個)を編んだら、供養し、
その先へと進むことを決意している。


そのことを知って、
この映画のタイトル『彼らが本気で編むときは、』を改めて見たとき、
実に好いタイトルだなと思った。



生田斗真と同じくらいに素晴らしいと思ったのは、
小学生のトモを演じた柿原りんかであった。


芦田愛菜のような天才的な演技力、表現力というのではなく、
どこにでもいそうな女の子としての自然な演技で、
見る者を魅了する。


わざとらしさがなく、それでいてシーン毎に表情が違っていて、
その表現力が並みでないことに気づかされる。


あるシーンでは、幼い女の子の表情をするのに、


違うシーンでは、ドキリとするような大人びた表情をする。
〈木村文乃の幼い頃は、こんな女の子ではなかったか……〉
なんて思ったりもした。


リンコと糸電話で話すシーンや、




差別や偏見によって味わう悔しさや怒りを、編み物をすることによって負の感情が過ぎ去るのを待つということをリンコがトモに話すシーンなどは、
この映画の名場面として、いつまでも記憶されることであろう。


『彼らが本気で編むときは、』の制作会社は「パラダイス・カフェ」で、
配給は「スールキートス」となっているので、
大手三社(東宝・松竹・東映)が実効支配している日本アカデミー賞へのノミネートは難しいかもしれないが、他の映画賞でもいいから、
私の希望としては、
生田斗真を、優秀主演男優賞(優秀主演女優賞?)として、


柿原りんかを、優秀助演女優賞としてノミネートしてほしいと思っている。
二人の演技は、それほどに素晴らしいものであったのだ。


その他、
マキオを演じた桐谷健太、


トモの母ヒロミを演じたミムラ、


トモの同級生カイの母ナオミを演じた小池栄子、


リンコと同じ職場で働く佑香を演じた門脇麦、


リンコの母フミコを演じた田中美佐子、


老人ホームの入居者・斉藤を演じた品川徹、


児童相談所職員・金井を演じた江口のりこらが、


しっかりとした演技で本作を支えていた。
ミムラ、小池栄子、門脇麦、江口のりこが好きな私にとっては、
そういう意味でも楽しみの多い映画であった。





最後に、
マキオとヒロミの母・サユリを演じたりりィについて語らなければならない。


りりィが、昨年(2016年)11月11日に肺がんで亡くなったとき、(享年64歳)
私はこのブログ「一日の王」に
……りりィさん、逝く。……
と題して、追悼記事を書いたのだが、
その記事の最後を、次のような言葉で締めくくっている。(全文はコチラから)

りりィの出演作として、
来年(2017年)2月25日公開予定の『彼らが本気で編むときは、』が控えている。
女性として人生を再出発しようとしているトランスジェンダーとその恋人のもとに、
母親に置き去りにされた少女が引き取られてきたことから始まった3人の奇妙な共同生活を描いた作品で、
主演のトランスジェンダーのリンコ役を生田斗真が、
そのパートナーであるマキオ役を桐谷健太が演じている。
私の好きな女優も多く出演している。
『かもめ食堂』などで知られる荻上直子監督の5年ぶりの新作なので、期待できるし、
この作品で、女優・りりィを見送りたいと思っている。


その約束を果たすべく、
今回『彼らが本気で編むときは、』を見に行ったのだった。
『彼らが本気で編むときは、』という映画の存在を知ったのも、
その映画を見たいと思ったのも、
〈りりィの遺作を見届けたい〉
という私の気持ちが大きかった。
昨年(2016年)
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(里中珠代 役)
『湯を沸かすほどの熱い愛』(向田都子 役)
という二つの傑作で素晴らしい演技を魅せ、
遺作となった『彼らが本気で編むときは、』でも、
見る者をうならせる演技で魅了した。
『彼らが本気で編むときは、』は、りりィの遺作に相応しい傑作であった。
生田斗真と柿原りんかの素晴らしい演技と、
りりィの遺作として、
本作は、長く私の記憶に残ることであろう。


多くの人に見てもらいたいと、心から思う。
映画館へ、ぜひぜひ。

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