一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ダンスウィズミー』……三吉彩花が美しい矢口史靖監督の傑作ミュージカル……

2019年08月18日 | 映画

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『ウォーターボーイズ』や、


『スウィングガールズ』などで有名な、


矢口史靖監督作品である。
大好きな監督なので、
矢口史靖監督作品はほとんど見ているし、
このブログにレビューも書いている。
矢口史靖監督作品は、そのほとんどが(原作ものではない)オリジナル作品で、
アイデアに富んだワクワクさせられる作品が多い。
監督としての強い個性を持った人で、
彼の新作は、いつも楽しみにしているのである。


佐賀県の古湯温泉で毎年行われている「古湯映画祭」というものがある。
2年前(2017年)の「古湯映画祭」は、矢口史靖監督特集であった。


矢口史靖監督、西田尚美、田中要次によるトークショーや、


初期の名作『ひみつの花園』(1997年)などを楽しみ、
今も良き想い出として私の心に残っているのだが、


このときのテーマが、
「矢口史靖監督と鈴木さんたち」
であった。
なぜこのタイトルかというと、
(オリジナル脚本で勝負する)矢口史靖監督作品の主人公の苗字は、
そのほとんどが「鈴木」姓だからである。

『裸足のピクニック』(1993年)……鈴木純子
『ひみつの花園』(1997年)……鈴木咲子
『アドレナリンドライブ』(1999年)……鈴木悟
『ウォーターボーイズ』(2001年)……鈴木智
『スウィングガールズ』(2004年)……鈴木友子
『歌謡曲だよ、人生は』第9話「逢いたくて逢いたくて」(2007年)……鈴木夫妻
『ハッピーフライト』(2008年)……鈴木和博
『ロボジー』(2012年)……鈴木重光
『サバイバルファミリー』(2017年)……鈴木義之、鈴木光恵、鈴木賢司、鈴木結衣


……という具合。

※『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』(2014年)だけは、監督初となる原作もので、
三浦しをんによる原作の登場人物名をそのまま使用しているため「鈴木」姓ではない。


矢口史靖監督ファンなら誰でも知っていることではあるが、
たぶん、新作もそうだろうと思いつつ、調べてみると、
本作『ダンスウィズミー』の主人公も、もちろん「鈴木」姓で、
鈴木静香という役名であった。
演じるのは、三吉彩花。


彼女の出演作は『旅立ちの島唄〜十五の春〜』しか知らないが、


背が高く、手足が長く、清潔感、透明感のある女優……という印象があった。
私の好きなタイプの女優であった。


この三吉彩花が演ずる一流商社に勤務するOLが、
音楽を聴くと、歌い、踊らずにはいられない体質となり、
波乱を巻き起こすミュージカルコメディーとのこと。
だから、矢口史靖監督の新作としては、これまで以上に期待し、待っていた。
で、公開初日(8月16日)に映画館に駆けつけたのだった。



一流商社に勤務する鈴木静香(三吉彩花)は、


幼いころの苦い思い出からミュージカルを毛嫌いしている。
ある日、姪っ子と訪れた遊園地で、怪しげな催眠術師のショーを見学し、
“曲が流れた途端に歌って踊らずにはいられなくなる”という催眠を、
催眠術師・マーチン上田(宝田明)にかけられてしまう。


翌日から、静香は、
テレビから流れる音や、携帯電話の着信音など、
ちまたにあふれるあらゆる音楽に、
体が勝手に反応してしまうようになった。


会社の女性みんなが憧れる先輩社員・村上涼介(三浦貴大)とうまくいきかけるが、


この体質を治さない限り、失敗は目に見えている。






催眠術を解いてもらおうと、再び催眠術師のもとを訪れた静香だったが、
そこは既にもぬけの殻だった。
困り果てた彼女は、
催眠術師の助手をしていた千絵(やしろ優)や、


興信所のこズルい調査員・渡辺義雄(ムロツヨシ)と共に、


催眠術師の行方を捜し始めるのだった……




いや~、面白かったですね~
〈この手があったか~〉
と、感心し、唸らされた。
従来のミュージカルの真逆ことをやっていたからだ。


昔からミュージカル映画を観て、「なんで急に歌うの!? 変でしょ!」と違和感を覚えていましたが、同時にそこがおもしろくもあって、街中や生活空間でシレっと終わるのに、誰もツッコまない。その鉄則を破り、「そんなことしたらおかしいだろ!」とツッコませたかったんです。(「月刊エンターテインメントマガジン」2019年8月号)


矢口史靖監督がそう語るとおり、
今までのミュージカル映画とは逆を行き、
ヒロインがミュージカルすればするほどピンチに陥っていく。
これが凄く面白い。
都会のキラキラOLが、どんどんステイタスを剥ぎ取られ、
催眠術を解いてもらおうと、催眠術師の行方を捜し始め、
気がつくと、着の身着のままで、東北や北海道を駆けまわっている。
そう、この映画は、
元の体に戻るため、催眠術師を追って、ヒロインが東京から北に向かって追跡の旅に出るロードムービーでもあるのだ。


主人公・静香(三吉彩花)の住んでいる環境は東京の丸の内のド真ん中で、彼女は全てを手に入れてこのままで幸せだという価値観の中で生きています。それがミュージカルというきっかけで全てを剥ぎ取られ、裸一貫みたいな状態、気が付いたら太った女(やしろ優)と旅をしていたという(笑)。旅先の景色はコンクリートで固められた清潔な場所じゃない。土とか川とか広々とした空の下に放り出される。けれど、何も無くなることが気持ち良くなっていくようにしたかったんです。全部取られて気が付いたら自分の殻も脱いでたみたいに。ロードムービーは景色も変わっていくので、セリフなしでも伝えやすいですよね。(「キネマ旬報」2019年8月下旬号)

矢口史靖監督がこう語るように、
単なるミュージカルコメディではなく、
主人公・静香(三吉彩花)が、自分を発見し、人間的に成長する物語にもなっているのだ。


このような矢口史靖監督の目論見というか思惑を可能にしたのは、
やはり主人公・静香を演じた三吉彩花の、女優としての類い稀な容姿と、表現力があったからだろう。


彼女は日本の女優という雰囲気から少し逸脱してます。背が高く、手足も長くダンスも映える。それに本当に東京の真ん中で、キラキラなOLとして働いていそうに見えました。オーディション中は終始ブスッとして楽しくなさそうで、歌って踊ってくださいって言うと表情がまるで変わるんです。舞台のミュージカルと違い映画ということを考えると、彼女のリアルさが必要でした。(「キネマ旬報」2019年8月下旬号)


こう語る矢口史靖監督は、
『ウォーターボーイズ』で妻夫木聡を、
『スウィングガールズ』で上野樹里を見出した“慧眼の持ち主”で、
本作『ダンスウィズミー』では、
三吉彩花という女優を新たに見出したと言えるだろう。


三吉彩花をキャスティングした第一要因は、
その優れた容姿や表現力であったのだが、
「時間があること」ということも、重要な要件であったらしい。
こう言っては失礼だが、
三吉彩花はまだブレイク前の女優であった。
売れっ子で、スケジュールが詰まっているような女優でなかったことが幸いした。
三吉彩花は、
3ヶ月近くに及んだリハーサルと、
2ヶ月以上に及んだ撮影の日々を耐え抜き、
歌もダンスも吹替えなしで完璧にこなしている。


そんな三吉彩花を、私は大いに褒めたいと思う。


こんなことを書くと、「助平ジジイ」と罵られそうだが、
この映画では、三吉彩花のダンス中に、“パンチラ”シーンがある。
豪奢な自宅マンションのエレベーターから降りた瞬間、
聴こえてきた音楽でいきなり踊り出すシーンでの出来事なのだが、
矢口史靖監督に言わせると、この“パンチラ”シーンは、
どうしても外せない映像シークエンスであったらしい。

マンションで踊り出すシーンで、スカートが翻って、パンツが見えるシーンも外せませんでした。学生の時に、ピナ・バウシュやローザスなどを見て衝撃を受けたんです。ワンピース姿の女性のスカートがめくれ上がって、パンツが丸見えでも踊り続ける無防備さがカッコよかった。静香が無防備にもパンツ丸見えになることは三吉さんにも説明しました。そこに目撃者がいるとエロチックになるけど、周りには誰もいない。催眠状態で取り憑かれたように踊る、映画の最初のダンスシーンなので、そのカットは必要だと。そして衣裳さんとパンツを選び、スカートも作りました。普通のスカートでは、回転した時にふわっと広がるんだけど、裾が重いのか、ちゃんと見えない。カメラアングルを探しても見えなかったのでスカートそのものを改造してもらったんです。(「キネマ旬報」2019年8月下旬号)

努力の甲斐あって、このパンツが見えるシーンは、実に美しく、カッコイイ。
エロさは微塵もない。(私が言うと説得力ないか~)
私が言うことが本当であるかどうか、ぜひ自分の目で確かめてもらいたい。


矢口史靖監督の新作は、
私の期待したとおり、
ワクワクさせられ、最後はハッピーにさせてくれる傑作であった。


映画館で、ぜひぜひ。

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