一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ツユクサ』 ……小林聡美、平岩紙、江口のりこが好い平山秀幸監督作品……

2022年05月30日 | 映画


本作を見たいと思った理由は、ただひとつ。
私の好きな女優である小林聡美、平岩紙、江口のりこが出演していたから。


「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私としては、
この3人が揃って出演している作品は見逃せない……と思ったのだ。
監督は、『愛を乞うひと』『閉鎖病棟 −それぞれの朝−』などの平山秀幸。


10年以上あたため続けてきた企画とのことで、
原作ものではなく、オリジナルストーリー(脚本・安倍照雄)というのも楽しみ。
(2022年)4月29日に公開された作品であるが、
佐賀では、約1ヶ月遅れの5月27日からシアターシエマで公開された。
で、公開直後に鑑賞したのだった。



海に面した、とある小さな田舎町で暮らす五十嵐芙美(小林聡美)。


気の合う職場の友人たち、
櫛本直子(平岩紙)や、


菊地妙子(江口のりこ)と、


ほっこり時間を過ごしたり、


うんと年の離れた親友の少年・櫛本航平(斎藤汰鷹)と遊びに出かけたり、


ある日、隕石に遭遇するというあり得ない出来事を経験したりと、


楽しい毎日を送っている。
しかし彼女がひとりで暮らしているのには、ある哀しい理由があった。
ある日、彼女は、
町に引っ越してきた男性・篠田吾郎(松重豊)と運命的な出会いをする……




好い映画だった。
私が20代、30代だったら、少し物足りなく感じたかもしれない。
だが、前期高齢者になって数年が経つ私にとっては、
とても心に沁みる映画であったし、何度でも見たいと思わせる映画であった。


フライヤーのキャッチコピーに「大人のおとぎ話」とあったし、
公開から1ヶ月過ぎているので、「Yahoo!映画」のユーザーレビューなどでは、
「大人のメルヘンだった」
と書いている人も見かけた。
主演の小林聡美の“ほんわか”としたイメージも手伝って、
私も、なんとなく、そのようなファンタジックな物語を想像していた。
だが、違った。
表面的には、日常の小さな出来事を淡々と綴っているような物語に見えながら、
その裏には、登場人物たちそれぞれに、かなり厳しく過酷な過去や現実があり、
そういったリアルさに裏打ちされた「大人のための物語」であるような気がした。


そのことを実証するために、少しネタバレすると、
主人公の五十嵐芙美(小林聡美)は、子供を喪った過去があり、
そのことに関して(自分に原因があったという)後悔の念もあり、
(たぶんそのことが原因で)離婚して独り暮らしをしており、
アルコール依存症になり、断酒会に参加している。


芙美の職場の友人・櫛本直子(平岩紙)も、離婚経験があり、
再婚相手の貞夫(渋川清彦)に息子・航平(斎藤汰鷹)が馴染めずにいるという悩みがある。


芙美の職場のもう一人の友人・菊地妙子(江口のりこ)も若くして夫を亡くしている。
お寺の住職・菊島純一郎(桃月庵白酒)と恋愛関係にあるが、
ギクシャクしている部分もあり、必ずしも幸福とはいえない。


芙美が出逢うことになる男性・篠田吾郎(松重豊)もまた、
妻を(うつ病による自殺で)亡くしており、
そのことによるショックで、歯科医として働けなくなり、
道路工事の誘導員として働いている。


その他の登場人物、
櫛本直子(平岩紙)の夫・貞夫(渋川清彦)も、


芙美や吾郎の行きつけの店のマスター(泉谷しげる)も、


芙美の職場の工場長・勅使河原(ベンガル)なども、
それぞれワケあり風で、哀しみを抱えていることが感じ取れる。


だが、そんな過酷な過去を持ちながら、深刻にならずに、
それぞれが明るく前向きに生活しており、
言葉や行動にユーモアや可笑しみがあり、笑わされる。
それがとても好い。


芙美(小林聡美)、直子(平岩紙)、妙子(江口のりこ)の関係性は、
柴咲コウ、真木よう子、寺島しのぶが主演した映画『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(2013年)や、


池脇千鶴、江口のりこ、真飛聖が共演したTVドラマ「その女、ジルバ」(2021年)
を思わせ、


(職場仲間の)女性同士の友情にほっこりさせられる。



本作の素敵なところは、“恋愛”の部分もおろそかにしていないこと。
芙美(小林聡美)は、馴染みの店(バー?)で、
ジョギング中に何回か見かけたことがある、草笛が上手な男性・篠田吾郎(松重豊)と、
偶然の再会を果たす。
草笛の練習や、会話を重ねていくなかで、お互いの過去を知る。
相手を理解することで、恋心も芽生え、
2人共に、新たな人生を歩み出すきっかけをもらう。


櫛本直子(平岩紙)は、断酒を決意した芙美にそっと寄り添いつつ、
その一方で、継父にあまり懐かない息子のことを心配してもいる。
再婚相手の貞夫(渋川清彦)の転勤についていくべきかどうかでも悩んでおり、
もしついていかなかったら、夫との関係が壊れてしまうのではないか……と、
本能的に感じている部分がある。


菊地妙子(江口のりこ)は、
夫を亡くすという辛い経験をしながらも、新しい恋に邁進しており、
Tバックショーツを買い込むなど、張り切っている。(笑)


大人の恋ばかりではなく、
櫛本直子(平岩紙)の息子・航平(斎藤汰鷹)の、
同級生に対する淡い初恋からの失恋にいたる様子も描かれており、
キュンとさせられる。


芙美は航平の人生に少なからず関わっていて、
日頃、航平の散髪をしたり、隕石探しに出かけたりと、




なにかにつけて2人は一緒の時間を過ごしてきた。


櫛本家の引っ越しによる航平と芙美の別れのとき、
2人が“ハグ”をするシーンには胸がジーンとなった。
航平は、いつか気づく筈だ。
〈自分の本当の初恋は、あの大好きだった芙美さんではなかったか……〉
と。



本作『ツユクサ』には、
2人の落語家が出演しているのも見所のひとつ。
1人目は、
芙美(小林聡美)が通う断酒会の会長・潮田役を演じる瀧川鯉昇。
断酒会「ひまわり断酒の会」メンバーの悩みを聞き、断酒をサポートする、
人情に厚く面倒見のいい好々爺を演じているのだが、
落語家らしく、ユーモラスなシーンも用意されており、笑わされる。


2人目は、
妙子(江口のりこ)の秘密の恋人の住職・菊島純一郎を演じる桃月庵白酒。
普段は無口な住職として、葬儀や法要でお経を唱えているが、
プライベートではサーフィンを嗜むというギャップのある役。
妙子とのなれそめ時における桃月庵白酒のいやらしい目つきと、
江口のりこの色っぽい項(うなじ)は必見。(笑)



芙美は帰宅途中に落ちてきた隕石にぶつかるのだが、
隕石との衝突は、1億分の1の確率だとか。(そんなもん?)
考えてみるに、
1人の人間と1人の人間の出逢いは、隕石との衝突の確率よりも低いと思うし、
日常生活は、そんな“小さな奇跡”の連続の上に成り立っているような気がする。
映画『ツユクサ』は、そんな人生における“小さな奇跡”に気づかせてくれる作品であった。


小林聡美の、明るく淡々とした中にも、激しい情熱を感じさせる演技、
平岩紙の、さりげなく、そっと哀しみや歓びを差し出すような演技、
江口のりこの、飄々とした、コミカルさを内包した演技、
私の好きな女優たちそれぞれの素晴らしいを演技を楽しみ、
至福の時間を過ごすことができた。
上映時間が95分と、高齢者に優しい尺になっているのも嬉しい。(笑)


本作のエンディングでは、中山千夏の「あなたの心に」が流れ、
彼女の懐かしくも切なく明るい歌声が、見る者の心をそっと包み込む。


齢をとることも悪くない……と思わせてくれた一作であった。

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