一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『NO CALL NO LIFE』 ……優希美青、小西桜子、山田愛奈が眩しい佳作……

2021年03月16日 | 映画


この数年間に公開された青春映画の中では、
山戸結希監督の『溺れるナイフ』(2016年11月5日公開)は最も優れた作品であった。


……山戸結希監督が小松菜奈と菅田将暉の美を抉った傑作……
とのサブタイトルを付けてレビューを書いたし、(レビューはコチラから)
第3回「一日の王」映画賞・日本映画(2016年公開作品)ベストテンでは、
山戸結希監督を最優秀監督賞に選んだ。(コチラを参照)


かように私がその実力を評価した山戸結希監督が企画・プロデュースを手がけ、
自身を含む1980年代後半~90年代生まれの新進女性映画監督15人がメガホンをとった短編オムニバス映画『21世紀の女の子』(2019年2月8日一般公開)は、
実に刺激的で面白い作品であった。(コチラを参照)


15名の新進監督に与えられたのは、
「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」
というテーマで、8分以内の短編を撮り上げること。
エンドロールアニメーションまで含めた15の短編映画を見て、
その挑発的かつ挑戦的な映像世界に酔わされた。

その中の一編に、井樫彩監督作品の『君のシーツ』があった。


主人公の女性(三浦透子)は恋人(小柳友)と同棲しており、
ふたりが眠るベッドはあたたかな光に包まれ、
満ち足りた日常を送っているように見える。
そんな彼女の前に、とつぜん謎の女性(清水くるみ)が現れる……


「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーがゆらいだ瞬間が映っていること」
という山戸結希監督が与えたテーマをストレートに表現した作品であったが、
物語は非常に抽象的で、登場人物の説明も一切なく、
鑑賞者の想像力を試すかのような作品であった。


その井樫彩監督の新作『NO CALL NO LIFE』が公開された。(2021年3月5日公開)
ホリプロ60周年記念作品で、主演は、
「第37回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを 受賞した優希美青と、


「第42回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で審査員特別賞受賞した井上祐貴。


原作は壁井ユカコの同名小説で、


謎の留守電メッセージに導かれて出会った少年少女の刹那的な恋の行方を描いたミステリーラブストーリーという。
髪を染めた少年と、黒髪の少女との組み合わせは、
山戸結希監督の『溺れるナイフ』を彷彿とさせたし、
『溺れるナイフ』級の傑作を期待して映画館へ向かったのだった。



高校3年生の夏、
携帯電話に残された過去からの留守電メッセージに導かれ、
佐倉有海(優希美青)は、


学校一の問題児・春川(井上祐貴)と出会い、


そして恋に落ちた。


親の愛を受けることなく育った有海と春川。


似た者同士のような2人の恋には、恐いものなんて何もないと思っていた。
明日、地球に隕石が衝突して世界中の人類が滅んで2人きりになったって、
困ることは何もないような気がした。
無敵になった気分だった。


……やがて、時を越えた留守電が有海の衝撃の過去を浮かび上がらせる。
一方、母親にも見捨てられ、


学校でも厄介者となり、
警察にまで追われる身となってしまう春川。


それでも2人は、
〈一緒にいれば何かできる。何とかなる!〉
と思っていた。
だが、そんな2人に、あまりにも切ない衝撃の結末が待っていた……




『溺れるナイフ』級の傑作を期待して鑑賞したのだが、
残念ながら、そこまでには至っていなかった。
ホリプロ60周年記念作品であり、
主演の2人のキャスティングもホリプロ内で決定したとのことで、
誰もが、多分、記念作品らしい「キラキラ映画」を想像すると思うが、
まったく違う映画であった。
(ちょっとネタバレになるが)ネグレクトと性的虐待トラウマを抱えた2人の物語で、
内容も少しハードで、「PG12」なのも致し方ないのかなと思わせた。
ただ、ここ数年、この手のドラマは数多くあり、
手垢の付いた題材であったので、新鮮さはなかった。
原作がライトノベルということもあって、内容も軽く、
ファンタジーの部分もあって、リアル感も薄く、
暗い内容だし、
〈ホリプロ60周年記念作品が、はたして、この原作で良かったのか……〉
と、疑問に感じたほど。
ただ、映像は美しいし、音楽の使い方も良かったので、
井樫彩監督の才能は十分に感じられたし、
優希美青、小西桜子、山田愛奈など、
若くて期待されている女優たちの演技を見ることができたのは良かったと思う。



佐倉有海を演じた優希美青。


優希美青という女優を初めて認知したのは、
大九明子監督作品『でーれーガールズ』(2015年2月21日公開)という作品においてであった。


足立梨花とのW主演作であったのだが、
岡山県岡山市を舞台とした“ご当地映画”のような感じで、


1980年と現代の2つの時代における恋と友情を描いた青春物語であった。


傑作ではなかったが、「愛すべき佳作」とも言うべき映画で、
このブログにレビューを書こうと思っていたのだが、
書く機会を逸してしまっていた作品であった。
その後、『ちはやふる -結び-』(2018年3月17日公開)に出演しているのを見ているが、
本作『NO CALL NO LIFE』では、
前2作から成長した演技を見せてくれていて、
特に、ラストシーンは鬼気迫る圧巻の演技で、魅了されたし、感動させられた。



佐倉有海の同級生・日野由希奈を演じた小西桜子。


小西桜子といえば、
三池崇史監督作品『初恋』(2020年2月28日公開)をすぐに思い出すが、



そのレビューで、
「演技力も存在感もイマイチ。今後に期待」
と書いてしまったこともあって、(コラコラ)
注意して見ていたのだが、
演技力も、存在感も、そして美しさも、各段に進歩しているように感じた。
スタイルも良く、美脚で、
20代の小西桜子には大いに期待できると思った。
今年(2021年)は、
『藍に響け』(2021年5月21日公開予定)
『猿楽町で会いましょう』(2021年6月4日公開予定)
などの出演作も控えているので、スクリーンでまた逢えそうである。



佐倉有海の同級生・高木チサコを演じた山田愛奈。


山田愛奈という名ですぐに思い出すのは、
瀬々敬久監督作品『最低。』(2017年11月25日公開)である。


第4回 「一日の王」映画賞・日本映画(2017年公開作品)において、
最優秀作品賞、
最優秀主演女優賞(森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈)を獲得した作品で、
『最低。』のレビューで、私は、次のように記している。

本間あやこを演じた山田愛奈については、
瀬々敬久監督は次のように語っている。


山田愛奈さんは当時新潟に住んでて高校生だったので、わざわざ東京までオーディションを受けに来てて。映画を見ても分かると思うんだけど、テンション高い芝居をオーディションの時点でやっていたので、この人はいけるだろうなと思ってきめたんですよ。演技経験は全くなかったんですけど。(『映画芸術』2017年秋号 第461号)

演技経験が全くなかったとは思えないほど上手かったし、存在感もあった。
キリッとした横顔が印象的で、これからの活躍に期待が持てる人だと感じた。



その期待通り、本作でも、優希美青、小西桜子を凌ぐ存在感で魅せる。
それは、
〈主役は山田愛奈でも良かったかも……〉
と思わせるほど。
作品に恵まれれば、今後、一段と飛躍していくことは間違いない。



春川(井上祐貴)の母・春川愛を演じた桜井ユキ。


私の好きな女優の一人で、本作を見たいと思った理由にひとつに、
「桜井ユキが出演していたから」
というのがあった。
期待していたのに、出演シーンが意外に少なくて残念だったのであるが、
少ないながらも短い時間で観客に強い印象を残す演技は、「さすが!」の一言であった。
連続ドラマ初主演を務めたNHKよるドラ『だから私は推しました』(2019年7月27日~ 9月14日)が好評だったこともあってか、




最近はTVドラマの出演が目立つ。
「G線上のあなたと私」(2019年10月15日~12月17日、TBS)
「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(2020年7月16日~9月24日、フジテレビ)
は、毎週楽しみに観ていたし、
4月から始まる「イチケイのカラス」(2021年4月5日~、フジテレビ)も大いに期待したい。





本作『NO CALL NO LIFE』の監督は、まだ20代半ばの井樫彩。


【井樫彩】(いがし・あや)
1996年、北海道出身。
学生時代に制作した『溶ける』(2016年)が、第 70回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門正式出品。
初長編作「真っ赤な星」(2018年)で劇場デビュー。
山戸結希プロデュース「21世紀の女の子/君のシーツ」(2019年)にも参加し、
TVドラマ「荒ぶる季節の乙女どもよ。」(2020年)でも監督を務めた。
他、監督作にPARCO 2019SSショートムービー、マカロニえんぴつ『ブルーベリー・ナイツ』『恋人ごっこ』MVなどがある。


ホリプロ60周年記念作品であり、
主演の2人のキャスティングもホリプロ内で決定したとのことで、
制約が多い中での演出であったであろうし、
苦労も多かったと思うが、
作品に少なからず瑕疵があったので、少しだけ指摘しておきたい。

いくら無軌道な青春を描くといっても、
最初から常識が欠如していては、常識の破壊にはならない。
監督自身が、常識とは何かをわきまえた上での破壊でなければ、説得力がない。
たとえば、逃亡中に、街中の住人のいないアパートに不法侵入し、


水道を使い、ベランダで花火をし、誰にも気づかれないなんてありえない。
誰かが通報するだろうし、大家さんも見回りに来るはずである。


そして、警察および警官の扱いも軽すぎる。
日本の警察は、居場所をつきとめられないほど無能ではないし、
職質中の女子高生を取り逃がすほど軟弱ではない。

ひと夏の物語ということで、セミが鳴いているのに、葉を落とした落葉樹が映っていた。
秋か冬にロケしているのだろうが、ある程度、植物の知識がないと笑われることになる。
某時代劇映画で、明治以降にやってきた帰化植物が映っていたことがあったが、
どんな監督でも、失笑を買わない程度の植物の知識は必要だ。
植物に限らず、自然界の常識、社会の常識は、監督として心得ておく必要がある。


すべての映像が、感覚のみで撮られていた印象があり、
不自然に感じる部分が多々あり、それだけが残念であった。
まだ20代半ばの若い監督なので、すべてはこれからだと思うし、
端々に才能は感じられるので、これからの作品に期待したい。



本作のレビューのサブタイトルを、
……優希美青、小西桜子、山田愛奈が眩しい佳作……
としたが、
(特に中高年世代は)彼女たちがどんな女優なのかを知っている人はあまりいないのではないか?


私は一般の方々よりはやや多くの映画を見ているので知っていたが、
映画を見る楽しみは、
こういった女優たちとスクリーンで再会することにもあるように思う。
映画を長年見てきて感じるのは、人生と同じく、映画もまた出逢いだということだ。
この出逢いは、
ジャンルを問わず、作品の質を問わず、様々な映画を見れば見るほど多く出逢えることになる。
そのことが、再会の楽しみを増やしていくことにもなる。
優希美青、小西桜子、山田愛奈という若き女優たち、
そして井樫彩監督作品との再会も楽しみに待ちたいと思う。

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