一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『バンクーバーの朝日』 ……奥寺佐渡子の脚本が秀逸な石井裕也監督作品……

2014年12月29日 | 映画
私の好きな石井裕也監督作品で、
脚本が、これまた私の好きな奥寺佐渡子が手掛けていた映画、
『バンクーバーの朝日』を見に行ってきた。
行く前に、一応、「Yahoo!映画」のユーザーレビューに目を通したのだが、
「長すぎる」「退屈だった」「眠くなった」といったレビュー内容と、
点数の低さにちょっとビックリ。
でも、最近は、この「Yahoo!映画」のユーザーレビューはかなり荒れているし、
一般の評価はほとんど当てにならないので、
自分の目でしっかり確かめようと、映画館に向かったのだった。

1900年代初めのカナダ・バンクーバー。
貧しい日本から新天地を目指してカナダにやって来た日本人たちは、
想像を絶する激しい肉体労働や貧しさに加え、差別にも苦しんでいた。
日本人街に誕生した野球チーム「バンクーバー朝日」は、
体格で上回る白人チーム相手に負け続け、万年リーグ最下位だった。
製材所で働くレジー笠原(妻夫木聡)や、



ケイ北本(勝地涼)、


漁業に携わるロイ永西(亀梨和也)、


豆腐屋を自営するトム三宅(上地雄輔)、


ホテルのポーターとして働くフランク野島(池松壮亮)ら選手たちは、


白人チームにばかにされながらも、
必死にプレーしていた。
ある年、キャプテンに就いたレジー笠原は、
偶然ボールがバットに当たって出塁できたことをきっかけに、
バントと盗塁を多用するプレースタイルを思いつく。
その大胆な戦法は「頭脳野球」と呼ばれ、
同時にフェアプレーの精神でひたむきに戦い抜く彼らの姿は、
日系移民たちに勇気や希望をもたらし、
白人社会からも賞賛と人気を勝ち取っていく……



いや~面白かったです。
上映時間132分があっという間だった。
「Yahoo!映画」のユーザーレビューに、
「長すぎる」「退屈だった」「眠くなった」と書き込んだ人たちは、
一体なにを見ていたのだろう……と思ってしまうほど、
退屈とは無縁の秀作であった。
さすが石井裕也監督、
さすが奥寺佐渡子(脚本)と思ったことであった。

石井裕也監督作品を初めて見たのは、
『川の底からこんにちは』(2010年)だった。


そう、満島ひかりが主演した作品。
(で、満島ひかりと2010年10月25日に入籍)
佐賀ではかなり遅れて公開されたので、
このブログにレビューは書いていないが、
とても面白く、優れた作品だった。
その後、
『あぜ道のダンディ』(2011年)、
『ハラがコレなんで』(2011年)を経て、
昨年(2013年)4月に公開された『舟を編む』には唸った。
ブログ「一日の王」のレビューに、私は次のように記している。

今年これまで見た邦画では、間違いなくNO.1の傑作である。
今年はまだ4月の中旬なので(今後どんな傑作・秀作が現れるやも知れないので)、
「今年のNO.1」とは、まだ言えないが、
少なくとも「今年前半のNO.1」とは断言してもイイのではないかと思っている。


地味な作品であったが、
細部にまで目が行き届いた、
本好き、映画好きには堪えられない傑作であった。
主演の松田龍平についても、私は次のように記している。

彼は、この作品で、たぶん、
本年度の各映画賞の主演男優賞にノミネートされるだろう。
もしかしたら、最優秀主演男優賞を獲るかもしれない。
それほどの名演技であった。


私の予言は的中し、
結局、この『舟を編む』が、
第37回日本アカデミー賞の
最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞、
最優秀脚本賞、最優秀録音賞、最優秀編集賞
の計6部門を制覇。
その他、報知映画賞作品賞、日刊スポーツ映画大賞作品賞、芸術選奨新人賞など、
数々の映画賞を受賞し、
アカデミー外国語映画賞日本代表作品にも選出され、
昨年(2013年)上映された邦画のNO.1の栄誉を勝ち得たのである。

今年(2014年)5月に公開された(佐賀では6月公開)、
映画『ぼくたちの家族』も良かった。
『舟を編む』と同様、
劇的な展開は起こらないし、
格好いいヒーローも登場しないのだが、
細部を丁寧に積み上げて、
家族がもつ“業”をリアルに描き出していた。

『舟を編む』『ぼくたちの家族』と同様、
『バンクーバーの朝日』も、
細部を丁寧に積み上げた、感動作になっていた。
ここで言う「感動」は、
ハリウッド映画のような、盛り上げる「感動」ではない。
じわじわと心に染み入るような「感動」なのである。
それが解らない人は、
それを感知できない人は、
もしかすると、退屈と感じたり、長いと感じたりするのかもしれない。
それはとても残念なことだと思った。

妻夫木聡、亀梨和也、勝地涼、上地雄輔、池松壮亮については、
語る人も多いと思うので、
私は、高畑充希、石田えり、貫地谷しほり、本上まなみ、宮崎あおいなど、
女優陣について語ってみたい。

レジー(妻夫木聡)の妹を演じた高畑充希。


日系二世としてハイスクールに通いながら、
裕福な白人家庭でハウスワーカーとして働いている役であったが、
陰の主役は彼女ではないかと思うほど、
出演シーンも多く、存在感があった。


白人たちに、ただ敵意をむき出しにする男たちの中にあって、
白人社会でも日本人が生きていける道を模索する姿に、感動させられた。


高畑充希といえば、
NHKの朝ドラ『ごちそうさん』での西門(川久保)希子役を思い出すが、
その中で歌った「焼氷の唄」を彷彿とさせるようなシーンが、
本作『バンクーバーの朝日』の中にもある。
何を歌うかは、自分の目で(耳で)確かめて……


レジー(妻夫木聡)の母を演じた石田えり。
石田えりといえば、
古い映画ファンは、第5回日本アカデミー賞・優秀主演女優賞、新人俳優賞、報知映画賞新人賞を受賞した『遠雷』(1980年)を思い出す人が多いと思うが、
その他の人たちには、『釣りバカ日誌』シリーズでの、
浜ちゃんの妻・みち子さんを演じていたのが印象に残っているかもしれない。
1989年には、
第13回日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞(『嵐が丘』『ダウンタウン・ヒーローズ』『華の乱』)、報知映画賞助演女優賞、芸術選奨新人賞を、
1991年には、
第15回日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞(『飛ぶ夢をしばらく見ない』『釣りバカ日誌2』)を受賞している優れた女優である。
本作では、家にお金を入れないダメ夫(佐藤浩市)の妻であり、
レジー(妻夫木聡)やエミー(高畑充希)を育てた逞しい母親を、
実に上手く演じていた。


トム三宅(上地雄輔)の妻・ベティを演じた貫地谷しほり。


好きな女優なので、彼女に逢えるのを楽しみに鑑賞していたのであるが、
出演シーンは少ないものの、
野球に夢中で度々店(豆腐屋)を抜けだす夫に小言を言いつつも、
陰ながら夫を支え、応援している妻の役を好演していた。


娼婦・杉山せいを演じた本上まなみ。
娼館らしい建物のバルコニーから、
いつも「バンクーバー朝日」の試合を見ている娼婦の役であったが、
映画の途中に、
幾度となく、彼女が球場を眺めているシーンが挿入されていた。


セリフはほとんどなく、
その表情だけで感情を表現しなければならないという難しい役であったが、
娼婦でありながら、その凛とした佇まい、美しい表情が素晴らしく、
忘れ難い印象を残した。


日系移民の子供たちに日本語を教える日本語学校教師・笹谷トヨ子を演じた宮崎あおい。


石井裕也監督『舟を編む』にも出演していて、
主人公の変人・馬締光也を理解し、いつも静かに見守っている香具矢の役であったが、
その繊細な表現力に魅了された。
本作でも、演技のすべてに神経が行き渡っていて、
ふとした表情、ちょっとした仕草に、魅入らされてしまった。


『バンクーバーの朝日』が、
野球チーム「バンクーバー朝日」の選手たち(男たち)が、ただ活躍するという単純な物語ではなく、
彼らを支え、応援していた“女たちの物語”でもあるのは(ありえているのは)、
ひとえに、奥寺佐渡子の脚本に由るところ大である。


彼女が手掛けた、
『パーマネント野ばら』(2010年)にしても、
『八日目の蝉』(2011年)にしても、
女性映画ともいうべき作品であった。
個性豊かな多くの女性を書き分けた手腕が、
『バンクーバーの朝日』でもいかんなく発揮されているのだ。
出演シーンはそれほど多くはないが、
高畑充希、石田えり、貫地谷しほり、本上まなみ、宮崎あおいが演じた女たちが、
妻夫木聡、勝地涼、亀梨和也、上地雄輔、池松壮亮などが演じた男たちと同じくらいに、
映画鑑賞後にも強く印象に残っているのは、
やはり脚本家・奥寺佐渡子の功績と言えるだろう。
主役を張れる実力のある女優陣が、
出番の少ない脇役を本作で引き受けているのは、
やはり、脚本が奥寺佐渡子であり、
監督が石井裕也だったからではないかと、
私は勝手に推測している。

本作は、監督や脚本家だけではなく、
他のスタッフも優れている。
撮影は、近藤龍人。


『パーマネント野ばら』(2010年、吉田大八監督)
『海炭市叙景』(2010年、熊切和嘉監督)
『マイ・バック・ページ』(2011年、山下敦弘監督)
『桐島、部活やめるってよ』(2012年、吉田大八監督)
『横道世之介』(2013年、沖田修一監督)
『そこのみにて光輝く』(2014年、呉美保監督)
『私の男』(2014年、熊切和嘉監督)
など、
ここ数年、私が高く評価しているこれらの作品は、
すべて近藤龍人の撮影なのだ。
1976年生まれなので、まだ30代。(2014年現在)
この若さで、これだけ評価されている映画カメラマンはとても珍しい。
撮影スタッフに彼の名があったら、
見るべき作品としてチェックしておいた方がイイだろう。


美術は、原田満生。


『亡国のイージス』(2005年)では、
第29回日本アカデミー賞・優秀美術賞を受賞。
『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007年)では、
第31回日本アカデミー賞・優秀美術賞を受賞。
私の好きなポン・ジュノ監督作品『TOKYO! (SHAKING TOKYO)』(2008年)や、
話題作である、『テルマエ・ロマエ』(2012年)や『テルマエ・ロマエ�』(2014年)なども彼が担当している。
『バンクーバーの朝日』では、
美術監督・原田満生によって、
戦前のバンクーバーを再現すべく、
栃木県足利市に巨大なオープンセットを建設。
両翼75mの野球場はもちろん、
日系移民が住んでいた日本人街、その隣にある白人街など、
50棟ものビルや家屋が造られた。
それはそれは見事なセットで、
「本当に日本で撮ったの?」と問いかけたくなるほどの出来栄え。
これも、映画館で、ぜひ確かめてほしい。


ある映画評論家が、
「野球の試合のシーンにスピード感がない」とか、
「バントの多用で勝ち進む展開にしても、昨日まで弱小だったチームがそんな付け焼刃な戦法一つで勝ち進めるわけがない」などと書いていたが、
100年も前の野球の試合に、
CGを使ったような今風な迫力のあるシーンはどう考えてもオカシイし、
「バンクーバー朝日」チームは、バントだけでなく、走塁をからませたり、
守備においては、相手の弱点データを収集し、
野村克也(元)監督ばりのID野球を展開しているのだ。
それに、こう言ってはなんだが、
この映画は、それほど野球のシーンは多くない。(笑)
迫力のある野球のシーンで映画鑑賞者を唸らせようとは、
奥寺佐渡子も石井裕也も、
そもそも思ってはいなかったと思う。
野球のシーンよりも、
登場人物の、日常生活の場面を、
ひとつひとつ丁寧に撮っている。
移民としてバンクーバーに渡った第一世代、
バンクーバーで生まれ育った二世たち、
一人ひとりがどのように生活し、
どのようなことで悩み、どのように行動したかを、
それこそコツコツとバントするように描き出しているのだ。
野球のバントは、その比喩とさえ思えてくるほどに……
細部を大事に撮る手法は、
他の石井裕也監督作品となんら変わりなく、
それ故に、ジワリと沁みてくる感動がある。
この作品が退屈と感じたならば、
刺激の強い映像ばかりを見てきて麻痺したその感性をこそ疑うべきだと思うが……如何。


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