一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『散歩する侵略者』 ……非現実的な設定を絶妙なさじ加減で表現した傑作……

2017年10月03日 | 映画


黒沢清監督作品である。


黒沢清監督作品は、(私にとって)当たり外れがあり、
すべてが好みというわけではない。
(『トウキョウソナタ』は好みだが、『岸辺の旅』は好みではない……という具合)
だから、本作『散歩する侵略者』も、
見に行こうか、行くまいかと、随分悩んだ作品だった。
結局「行こう」と決めたのは、
「私の好きな長澤まさみと松田龍平が出演しているから」という一点に尽きる。
期待半分、不安半分で、映画館へと向かったのだった。



不仲だった夫が、
数日間の行方不明の後、まるで別人のようになって帰ってきた。
急に穏やかで優しくなった夫に戸惑う加瀬鳴海(長澤まさみ)。


鳴海の夫・真治(松田龍平)は、会社を辞め、毎日散歩に出かけていく。
一体何をしているのか……
その頃、町では一家惨殺事件が発生し、奇妙な現象が頻発する。
ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は、
取材中に天野(高杉真宙)という謎の若者に出会い、


二人は事件の鍵を握る女子高校生・立花あきら(恒松祐里)の行方を探し始める。
やがて町は静かに不穏な世界へと姿を変え、事態は思わぬ方向へと動く。


「地球を侵略しに来た」
真治から衝撃の告白を受ける鳴海。
当たり前の日常は、ある日突然終わりを告げるのだった……




宇宙人侵略SFである。
ハリウッド映画のような大スペクタクルではなく、
日常生活にさりげなく宇宙人が登場する映画である。
この手のSF映画が、邦画に最近増えているような気がする。
今年(2017年)見た『美しい星』がそうであったし、
昨年(2016年)見た『団地』もそうであった。
『寄生獣』(2014・2015年)なんかもその範疇に入るかもしれない。
設定が設定だけに、受け入れられない人も多いようで、
Yahoo!映画のユーザーレビューなど見ても、
「リアル感がない」「ツッコミどころ満載」「ご都合主義」「不明瞭」「意味不明」「突飛すぎる」
というような意見が多い。
私はどうだったかというと……
とても面白かった。
(私にとって)当たり外れのある黒沢清監督作品であるが、
「当たり」を引き当てたと言えるほどの感動があった。


私の極私的な意見ではあるが、
「なんでもあり」なのがSFで、
SFに常識やリアル感を求める方がオカシイ。
設定を受け入れた上で、
その中で物語を楽しむ……というのが、私の映画鑑賞法。
近未来の日本を描いた映画『図書館戦争』のレビューを書いたとき、
私は、次のように記している。

原作本や漫画を読んでいなければ、
はっきり言って、荒唐無稽の物語なのだ。
図書隊とメディア良化委員会との衝突で、
内戦でもないのに武器を持って戦う……
この非現実的で、ありえないストーリーを、その設定を、
まずは受け入れること。
それさえできれば、とても面白く、楽しめる作品である。
だが、それができなければ、
ずっと違和感を抱いたまま見続けなければならなくなる。
そういう人にとっては、ただただ苦痛の時間であるかもしれない。


本作『散歩する侵略者』でも、
まったくそのことが言えると思う。
この作品は、元々、
前川知大率いる劇団「イキウメ」の人気舞台『散歩する侵略者』を映画化したものなので、
登場人物も少なく、会話が主体で、哲学的な内容の物語である。
宇宙人たちは、侵略のプロセスとして、
地球人の身体を乗っ取るだけでなく、
「家族」「仕事」「愛」などという“概念”を奪っていく。
概念を抜き取られた地球人は、
様々な呪縛から解放され、自由になる。(笑)
それがやたらと可笑しい。
現代社会への風刺にもなっているし、考えさせられる。
日常で「宇宙人」などと言うと、
多くの人に半笑いでやり過ごされてしまうというのが現実の扱いであるが、
半分冗談みたいな「宇宙人」という単語に、
「どこまで向き合って真剣になれるか」というのが本作の肝なのだ。
それを、黒沢清監督は、よくぞエンターテインメント作品として映像化したと思う。
私としては、『美しい星』や『団地』よりも高く評価したいと思う。


映画『散歩する侵略者』を、より魅力的にしているのは、
主演の二人(長澤まさみ、松田龍平)の演技力だ。
この二人をキャスティングした時点で、本作の成功は約束されたとも言える。



夫の異変に戸惑いながらも夫婦の再生のために奔走する加瀬鳴海を演じた長澤まさみ。


彼女の出演作はよく見ている方だと思うが、
これまでは物語のヒロイン的な役が多く、
女優としての代表作と呼べるような作品がなかったように思う。
しいて挙げるならば、『海街diary』(2015年)と言えようか……
だが、映画『散歩する侵略者』を見て、
本作こそが長澤まさみの(現時点での)代表作ではないかと思った。
それほど、彼女の演技に魅了された。
1987年6月3日生まれなので、現在30歳。(2017年10月現在)
美しく、背も高く(168cm)、
若き頃はアイドル女優のような感じであったが、
『海街diary』の頃より演技力も備わり、
本作で、女優としての輝きが一段と増したように感じた。
来年(2018年)1月20日公開の主演映画『嘘を愛する女』ももうすぐなので、
こちらも楽しみ。


今年(2017年)観たミュージカル『キャバレー』も素晴らしかったので、
舞台の長澤まさみにも期待したい。



侵略者に乗っ取られた夫・加瀬真治を演じた松田龍平。


松田龍平といえば、
第37回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞した『舟を編む』が、
一番に思い出されるが、
『散歩する侵略者』における彼の演技は、
『舟を編む』のときの演技に匹敵するほどの素晴らしさであった。
“半眼”に見えてしまう彼の“無表情”とも言える顔は、
(最近、益々、松田優作に似てきた)
宇宙人の役にピッタリで、
怒りの演技で魅せる長澤まさみの演技との対比も絶妙であった。



一家惨殺事件の取材中に侵略者と出会うジャーナリスト・桜井を演じた長谷川博己。


TVドラマでも映画でも、
異常な設定の中で、事件やもめごとに巻き込まれ、
なんだかいつもエキセントリックに動き回っている印象があるが、
本作でも、宇宙人の二人と共に行動し、
感情表現豊かに激しく動き回っている。
まさに適役。
宇宙人を演じている二人(高杉真宙、恒松祐里)を巧くリードし、
若い俳優の魅力をも引き出している。



地球人・天野に乗り移った宇宙人を演じた高杉真宙。


『PとJK』(2017年3月25日公開)や、
『ReLIFE リライフ』(2017年4月15日公開)など、
青春モノ、学園モノの映画によく出演しており、
つい最近も『トリガール!』(2017年9月1日公開)で見たばかりである。
「痛快TVスカッとジャパン」(フジテレビ系)での、
「胸キュンスカッと」でもよく見かけるが、
美形で、爽やかさが印象的な男優だ。
そんな高杉真宙が演じた宇宙人はというと……これが驚くほどピタリとハマっていた。
美しいが故に、冷たさや非情さが引き立ち、魅力的であった。
青春モノ、学園モノの映画よりも、こちらの方が数段良かった。
将来性を感じさせる演技であったと思う。



地球人・立花あきらに乗り移った宇宙人を演じた恒松祐里。


彼女も、
『くちびるに歌を』(2015年2月28日公開)
『ハルチカ』(2017年3月4日公開)
『サクラダリセット 前篇・後篇』(2017年3月25日・5月13日公開)
など、青春モノ、学園モノの映画によく出演しており、
高杉真宙と同じく「胸キュンスカッと」の常連でもある。
その清純で爽やかな印象の彼女もまた、
そうであるが故に、その残虐ぶりが際立ち、素晴らしかった。
恒松祐里も、大いに将来を期待できる女優だと思った。



長澤まさみ、松田龍平、長谷川博己、高杉真宙、恒松祐里の5人が主要キャストで、
この配役も見事であったのだが、
この他にも(出演シーンは短いものの)、
鳴海(長澤まさみ)の妹・明日美を演じた前田敦子、


真治(松田龍平)が散歩中に出会う近所の住人・丸尾を演じた満島真之介、


鳴海に仕事を依頼している鈴木社長を演じた光石研、


真治に「愛とは何か?」を説く牧師を演じた東出昌大、


医者を演じた小泉今日子、


謎の人物・品川を演じた笹野高史などが、


次々に出てくる。
とっても贅沢な映画なのである。

第4回 「一日の王」映画賞(2017年公開作品)の、
ベストテンにも当然入ってくる作品であるし、
主演女優賞、主演男優賞の候補に、
長澤まさみと松田龍平も挙げられるだろう。
それほどの傑作である。
映画館で、ぜひぜひ。


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