現役時代の蒸機をご存知の方でしたら、
たくさんのカマを目にされていることと思います。
その中でも、初めて見たカマ、よく出会ったカマ、
印象的なシーンを残してくれたカマ、などなど、
機関区ごとかもしれませんし、あるいは線区ごとかもしれませんし、
形式ごとだとか、出会った蒸機の中で一番!だとか、
思い出の中で、思い入れのある固有の機関車というのが
あるのではないかと思います。
これは、蒸機に限ったことではなくて、電機でも同じかもしれません。
私の蒸機撮影の数少ない経験の中で、中央西線にだけは3回足を運びましたが、
木曽のD51の中で、相性がいいといいますか、思い入れのあるカマが
D51401号機でした。
初めて訪れた時は無我夢中というか、わけもわからないうちに
帰ってきたような記憶でしかありませんが、2回目に訪れた時に
一番印象に残るシーンを見せてくれ、3回目に訪ねた時も
元気な姿を見せてくれたカマでした。
その401号機が長野県須坂市に保存されていることを
教えていただいたのは、ブログ友のD51498さんでした。
実は、昨年の夏休みも須坂市に立ち寄っていたのですが
そんなことは露知らず、素通りしていました。
次回機会があったら訪ねようと思っていたのですが、
早くも、この夏休みに立ち寄る機会を得ました。
須坂市の臥竜公園に入り、どこだろうと歩いていると、
なんと!!!D51401は動物園の中だということが分かりました。
この須坂動物園は、カンガルーのハッチで有名だった動物園です。
① えっ???この中にD51401が?
門の外から、腕木式信号機とD51の姿がチラリと見えます。

② はやる気持ちをおさえて、入園料200円を払って入場。
入ってすぐのところに、D51401は居ました!

③ ロッドは錆が目立ち、鉄板も少しはがれていますが、なんとか雄姿を保っていました。

キャブに入ることができます。
④ 大館機関区に在籍したこともあり、旋回窓です。

⑤ 速度計。「検査 昭和47年7月 長野工場」のシールに、当時を偲ぶ名残りが・・・。
ウルウルします。

⑥ いいですねぇ、この角度。

しばしの再会を思いっきり楽しみました。
再掲になりますが、2回目に中央西線を訪れた、昭和47年(1972年)1月6日、
現役で活躍していた頃の雄姿です。
⑦ 薮原に向かって力行する力強い姿。

⑧ ⑦のあと、塩尻から戻ってきて贄川を発車したところ。実はこれ、単機回送です。

最後に会ったのが昭和48年(1973年)3月。
あれから39年と6カ月の歳月を経て嬉しい再会を果たしたD51401号機は、
思いがけず動物園という意外な場所で余生を過ごしていました。
余談ですが、この翌日と本日、この動物園でペンギンの脱走騒ぎがあったようです。
(①~⑥ 2012/8/11 ⑦⑧ 1972/1/6)
たくさんのカマを目にされていることと思います。
その中でも、初めて見たカマ、よく出会ったカマ、
印象的なシーンを残してくれたカマ、などなど、
機関区ごとかもしれませんし、あるいは線区ごとかもしれませんし、
形式ごとだとか、出会った蒸機の中で一番!だとか、
思い出の中で、思い入れのある固有の機関車というのが
あるのではないかと思います。
これは、蒸機に限ったことではなくて、電機でも同じかもしれません。
私の蒸機撮影の数少ない経験の中で、中央西線にだけは3回足を運びましたが、
木曽のD51の中で、相性がいいといいますか、思い入れのあるカマが
D51401号機でした。
初めて訪れた時は無我夢中というか、わけもわからないうちに
帰ってきたような記憶でしかありませんが、2回目に訪れた時に
一番印象に残るシーンを見せてくれ、3回目に訪ねた時も
元気な姿を見せてくれたカマでした。
その401号機が長野県須坂市に保存されていることを
教えていただいたのは、ブログ友のD51498さんでした。
実は、昨年の夏休みも須坂市に立ち寄っていたのですが
そんなことは露知らず、素通りしていました。
次回機会があったら訪ねようと思っていたのですが、
早くも、この夏休みに立ち寄る機会を得ました。
須坂市の臥竜公園に入り、どこだろうと歩いていると、
なんと!!!D51401は動物園の中だということが分かりました。
この須坂動物園は、カンガルーのハッチで有名だった動物園です。
① えっ???この中にD51401が?
門の外から、腕木式信号機とD51の姿がチラリと見えます。

② はやる気持ちをおさえて、入園料200円を払って入場。
入ってすぐのところに、D51401は居ました!

③ ロッドは錆が目立ち、鉄板も少しはがれていますが、なんとか雄姿を保っていました。

キャブに入ることができます。
④ 大館機関区に在籍したこともあり、旋回窓です。

⑤ 速度計。「検査 昭和47年7月 長野工場」のシールに、当時を偲ぶ名残りが・・・。
ウルウルします。

⑥ いいですねぇ、この角度。

しばしの再会を思いっきり楽しみました。
再掲になりますが、2回目に中央西線を訪れた、昭和47年(1972年)1月6日、
現役で活躍していた頃の雄姿です。
⑦ 薮原に向かって力行する力強い姿。

⑧ ⑦のあと、塩尻から戻ってきて贄川を発車したところ。実はこれ、単機回送です。

最後に会ったのが昭和48年(1973年)3月。
あれから39年と6カ月の歳月を経て嬉しい再会を果たしたD51401号機は、
思いがけず動物園という意外な場所で余生を過ごしていました。
余談ですが、この翌日と本日、この動物園でペンギンの脱走騒ぎがあったようです。
(①~⑥ 2012/8/11 ⑦⑧ 1972/1/6)