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たかちねっとブログのアーカイブ

好きな旅と鉄道の記録と記憶を綴ってきたヤフーブログからアーカイブとして移転しました。
よろしくお願いいたします。

只見線アーチ橋を渡るC11混合列車 (1972年)

2012-11-23 23:57:28 | 只見線70s
昭和47年(1972年)4月、只見線を訪ねた時の写真を久しぶりにアップいたします。
 
上野発の夜行急行ばんだい・まつしまに乗って会津に入りました。
前も書いたかもしれませんが、定番の冷凍みかんと、駅弁、お茶を買って
乗りこみました。
 
会津桧原~会津西方間にある、今でも定番の有名な第一橋梁です。
当時は当然歩きですから、たしか、会津桧原から歩いて歩いて、
とても遠くてクタクタになったことを覚えています。
 
鉄橋を渡るC11が牽く混合列車。編成が長くて、やっと入りきった感じです。
イメージ 1

 
このあと、また会津桧原駅に戻るのが遠かったこと・・・
当時は写真1枚撮るのに、とても苦労しました。
 
(1972/4 会津桧原~会津西方)

会津坂下駅の思い出 (C11366号機と)

2012-08-02 23:02:57 | 只見線70s
私は日本酒が(も)好きな方ですが、注文する際に、どこで造られたのか、
お店の方にできるだけ聞くようにしています。
 
数年前のこと、
「福島県は会津坂下にある蔵元さん、○□酒造のお酒です」
と言われた時は、懐かしさがこみあげてきました。
 
只見線の会津坂下(ばんげ)駅・・・
40年前に降り立った日のことが、昨日のことのように思い出されました。
強烈に印象に残っていることは、駅前の広場の先にある大衆食堂の屋根に、
"日本一カレーライスがおいしい店"と、白くペンキ書きされていたことです。
 
当時は、それなりに食べざかりの高校1年生。
「へぇ~っ」と、腹ペコだったし、どんな味なんだろうと興味をそそられ、
ガラガラッと、引き戸を開けて店に入りました。

注文して、待つことしばし、運ばれてきた期待のカレーライスは、、、
見た目は、薄めの色の、まさに家庭のカレーといった感じでした。
これが"日本一"美味いカレー?と、半信半疑で口にしたその味は、、、
う~ん、苦笑い、いえ、泣き笑い? いえ、これ以上、言いません(笑)
腹ペコにとっては、なんでも美味しい!
 
・・・と、そんな思い出が走馬灯のように頭を駆け巡って、
しみじみとお酒をいただきました。
 
さて、当時の写真です。
① 会津坂下駅にて。 C11366号機
イメージ 1

 

② のどかな風景の中を発車
イメージ 2

 

③ さようなら。。。
イメージ 3

 

"天明"や"飛露喜"といったお酒をいただく時は
この"日本一カレーライスがおいしい店"があった会津坂下駅を懐かしく思い出します。
 
(1972/4 会津坂下)

只見線 C11351 (昭和47年 会津桧原)

2012-04-19 22:30:24 | 只見線70s
ここのところ、新旧ともにカラー写真が続きましたので、
本日はモノクロの時代をアップします。
 
昭和47年4月に訪れた只見線、滝谷駅近くの鉄橋で撮影したあと、
アーチ橋の写真を撮るため、次の会津桧原駅に向かいました。
 
① ローカルムード漂う閑静な駅に、C11351牽引の貨物列車がやってきました。
イメージ 1


② 通り過ぎていきました。。。  4月でも、山には雪が残っていました。
イメージ 2

(1972/4 会津桧原)

只見線のC11 (昭和47年 会津滝谷)

2012-04-04 22:30:16 | 只見線70s
昨日に続き、会津を訪れた時の写真をアップします。
 
夜行急行「まつしま・ばんだい」で会津若松に着き、
会津~只見線に乗り換えて会津滝谷に向かいました。
 
滝谷駅の近くにあるこの鉄橋は、今でもよく撮影される鉄橋かと思います。
四月末でも、背景の山には残雪が残っていました。
 
イメージ 1

 
(1972/4/30 会津滝谷)

会津若松区時代のC11312

2012-04-03 21:23:33 | 只見線70s
鉄道100年を迎えた昭和47年(1972年)、
冬1月に中央西線、夏8月に関西本線と九州(筑豊・日豊本線)に
蒸気機関車を訪ねた時の写真は、夜行での珍道中のエピソードを
まじえながらご紹介しておりますが、
その年の春4月、ちょうど40年前の4月は、夜行日帰りで、
只見線にC11を訪ねました。
自由席を確保するため、往路は、比較的すいている臨時夜行急行
「まつしま・ばんだい」に決め、中央西線に行った時と同じ友達と二人、
早めに上野駅に入って駅弁とお茶、それと、定番の冷凍みかんを買い、
ホームに座って待ちました。
当時、旅というと、なぜか決まって冷凍みかんを買ったものでした。

車中、心ときめく出会いや出来事があったわけではありません(笑)。
451系統電車の硬めのボックスシートにおさまって、半分眠ったような
起きてるような時間を過ごすうち、終点の会津若松到着。只見線に
乗り換えました。
往路は期待に胸をふくらませてワクワクしているから覚えているので
しょうか、薄れた記憶の中でも、上野駅の地下ホームに、黄色、水色、
ピンクなどの木製の列車乗車位置案内板がぶら下がり、その前で、
早く時間がすぎないかと、座ったり立ったりして待った時の映像が、
頭によみがえります。
ところが、帰路のこととなると、さっぱり覚えていないから不思議です。
 
本日は、その日撮影した中から一枚、のちに大井川鉄道で復活をとげた
C11312号機の写真です。会津若松区で撮影していました。
イメージ 1

 
足回りなど、ピカピカでした。
すでに引退してしまい、残念です。

(1972/4/30 会津若松)