goo blog サービス終了のお知らせ 

たかちねっとブログのアーカイブ

好きな旅と鉄道の記録と記憶を綴ってきたヤフーブログからアーカイブとして移転しました。
よろしくお願いいたします。

青梅鉄道公園乗換駅

2013-04-21 18:24:56 | 国鉄いろいろ70s
ここ10年来の間に、鉄道をテーマにした施設が
次々とオープンしましたね。
東京にあった交通博物館は閉鎖され、
大宮の鉄道博物館が開館。
中部天竜にあった佐久間レールパークは閉鎖され、
名古屋のリニア館が開館。
 
そして、大阪の交通科学博物館は、閉鎖はされないものの
数年後に梅小路に新しく交通博物館が出来て、展示車両が
移ったりするようです。
 
博物館ではないですが、東京の青梅には、
大阪の交通科学博物館と同じ年の1962年にオープンし、
50年の歴史をもつ青梅鉄道公園があります。
 
展示されていたC515は、鉄道博物館に移ってしまいましたが、
E10など、珍しい機関車が今でも展示されています。
 
その青梅鉄道公園を案内する、
"青梅鉄道公園乗換駅"なる、でっかい立て看が、
とある駅に立っていました。さて、どこでしょう。。。
 
イメージ 1

 
 
正解は、、、立川駅でした。
中央線に乗って、子供を連れて家族で青梅鉄道公園に行こう、
そんな昭和の時代が思い浮かびます。
 
とうにこの看板もなくなりました。
おそらく、駅舎が立て替えられた時になくなったのかと思いますが、
当時は、中央線ホームの東京寄りの先に立っていました。
 
(1971/8月~9月頃)

辰野駅のED19-1号機

2013-02-16 14:24:24 | 国鉄いろいろ70s
ちょうど39年前の昭和49年(1974年)2月16日、
夜行、日帰りで飯田線の撮影に出かけました。
当時は蒸気機関車命でしたが、悲しき受験生の身で、遠出は自粛。
友達に誘われて旧国と旧型電機の撮影に出かけたのでした。
 
前に3号機の写真を掲載したことがありましたが、
本日は辰野駅で捉えた1号機の雄姿です。
 
1. デッキ付きの小柄な車体に、大きく見えるパンタの独特のスタイルがカッコいい。
イメージ 1

 
 
2. タキを連結して、発車を待つED191。
イメージ 2

 
当日会った何台かのED19の中で、スノープラウを装着していたのは1号機だけでした。
 
(1974/2/16 辰野駅)

快走!ED19 (飯田線1974年2月)

2012-09-12 23:21:08 | 国鉄いろいろ70s
昨日アップした、法隆寺境内の新米バスガイドさんの練習風景の一カ月前の2月、
飯田線を訪ねていました。
大垣行き夜行で早すぎる豊橋到着。寒い中を始発まで待ちました。
一度、クモハ52の写真をアップした時に、その時のことを簡単に触れていますので、
よろしければご覧ください (→こちら)。
 
当時の飯田線には、古豪ED18、ED19が頑張っていました。
 
① 雪が一面に残る白い畑の向こうから、ED193がやってきました。
イメージ 1
 
 
② サイドから。
イメージ 2

デッキ付きの姿が可愛らしくも見えたり勇ましくもみえたり、どこか模型のようにも見える
独特のフォルムが印象的でした。
 
(1974/2/16 飯田線 場所不明)
 
 

特急「はと」 (181系)

2012-05-24 22:12:25 | 国鉄いろいろ70s
昭和47年(1972年)8月、九州に蒸気機関車を撮りに行った帰り道、
特急「はと」を撮影しました。
この年の3月に「ひかりは西へ」新幹線は岡山まで開業し、
そして、"はと"はさらに西へ追いやられ、走る区間は岡山~下関間に
なりました。
 
日豊本線を夜行寝台で門司に出て、門司からひたすら東へ。
その先はどうやって帰ったのか、よく覚えていません。
九州周遊券でしたから、急行を乗り継いで帰ったものと思われます。
その帰る途中、停車時間の間に撮影しました。
 
① こだま型を初めて撮りました。クハ181なので、大阪方になります。
イメージ 1


② クロハ181。下関方になります。
イメージ 2


広島より東だということは確かですが、いずれも、どこの駅だか分かりません。
 
九州の旅のネガの最後に写っている2枚です。
この写真を最後に、九州の旅は終わりました。
 
(1972/8/11 山陽本線)

飯田線 クモハ52 (昭和49年)

2012-04-20 23:59:42 | 国鉄いろいろ70s
週末につき、今夜は(も?)外で呑みながら、酒の肴がわりに携帯でブログを
楽しんでいたところ、D51498さんの豊橋クモハ52の写真を拝見、懐かしい~!
豊橋つながりで続いてD51146さんの名鉄パノラマカーの写真が…
これはコラボせねば!と、お酒もほどほどに帰宅。
急きょスキャンしました!
 
昭和49年、すでに蒸気機関車は遠きにありて想うもの。。。となり、
もうすぐ高校3年生の、せいぜい夜行日帰り程度が関の山の受験生の身、
とある2月の一日、友だちと飯田線を訪ねました。

東京から大垣行き夜行で豊橋へ。豊橋到着時間は早すぎ~!(笑)
始発(たしか新城行きだったように思うのですが)まで、寒い明け方に
1時間近く豊橋駅で待って、やっと飯田線へ。
 
クモハ52は雑誌ては見ていましたが、本物を初めて見て、そのスタイルに
ある種の感動みたいなものを覚えました。
 
イメージ 1

 
(1974/2)