哲学者か道化師 -A philosopher / A clown-

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エラリー・クイーン『Xの悲劇』『Yの悲劇』

2008-08-30 | 小説
Xの悲劇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エラリイ クイーン,エラリー・クイーン
早川書房

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Yの悲劇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
エラリイ クイーン,宇野 利泰
早川書房

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「あなた方おふたりの、犯罪とその刑罰を見る態度には、多くの演出家が戯曲とその解釈についておかす誤りと同一のものが見受けられます」(『Xの悲劇』P244)

 ミステリーでは古典で最高傑作の部類に入るだろうと思われるエラリー・クイーンの『Xの悲劇』と『Yの悲劇』を読んだ。これに『Zの悲劇』と『ドルリー・レーン最後の事件』を合わせて、ドルリー・レーンものという一つのシリーズをなすミステリー小説シリーズである。
 言うまでもなく、このシリーズはドルリー・レーンという探偵が主人公のミステリーである。彼は60を越える難聴を理由に引退したシェイクスピア劇役者であるが、読唇術を身に着け40代に見えるほどの若々しく壮健な肉体を維持しながら、エリザベス朝時代を模したニューヨーク郊外(?)の城に隠遁している。その彼が、なぜだか解決困難な事件に興味をもち、警察に特別の権限をもらって探偵稼業をするという探偵小説だ。このようなレーンの来歴から、作中の重要なシーンでレーンが登場人物の変装をして探りを入れたりすることが、特にこの探偵の特徴である。

 『Xの悲劇』は、ニューヨークの満員電車の中で目撃者がいないまま株式仲買人が奇妙な凶器で殺害されるという事件からはじまる一連の犯行とその解決が描かれる。なんとこの事件でドルリー・レーンは、警察に事件のあらましを聞いただけでその最初の事件の犯人が分かってしまうのだが、犯人は分かっているんだけど以後の惨劇を防ぐために警察にはその正体を教えないという思わせぶりな態度をとる。どちらかと言えば、犯人や犯行方法のうんぬんよりはドルリー・レーンの意図の方が気になる推理小説である。作中、レーンは大きなミスをするものの、最後まで読めばレーンがどうしてそんな思わせぶりな態度をとり続けたのか納得せざるをえない。圧縮感があって確かにいい推理小説だった。

 一方の『Yの悲劇』は、あるニューヨークの富豪一家「きちがいハッター家」で主人の自殺と子供が毒入りの飲み物で命を落としかける、マンドリンで未亡人が殺害されるという事件から始まる非常に奇妙な惨劇である。奇妙な殺人現場に意図の見えない犯行、ドルリー・レーンが迫られる倫理的な決断など、いわゆる推理小説のイメージに沿いながらも、探偵が事件を華々しく解き明かすというラストからは外れた、オチがすごい。実はこの事件でも、ドルリー・レーンはかなり最初の方で犯人の正体に気付いているのだが、いやそんなはずはない、もしそうだとしたら何か条件があるはずと、その正体の裏打ちのために駆け回るのである。ここは『Xの悲劇』でほとんど終始余裕を見せ続けた人物と同じとは思えないくらい狼狽している。それでいて、なぜあんなにも奇妙な犯行が行われたのか(なぜマンドリンが凶器に選ばれたのか)など、明晰な論理性によって事件を解き明かすのはさすがと言わざるを得ない。ただ、この小説の裏テーマというものは、今となってはちょっと古い気がするのも確か。というか、探偵という一個人が勝手にしてもいいような判断ではないような。さすがに、「クイーン問題」という言葉を生んだ作者の探偵である。

 解説によれば、日本のミステリー小説ランキングによれば、『Yの悲劇』は高い確率で1位を取るだろうと言われる人気作である。しかし、アメリカでは『Xの悲劇』の方が人気が高いらしい。なるほど、レーンの態度も含め、比較的淡々とした『Xの悲劇』に対し、怪奇趣味を盛り込んだ『Yの悲劇』の方が味は濃い。けれど、僕はドルリー・レーンという人物を一冊のもとに、彼自身が身をささげたシェイクスピア劇の登場人物と同じように、普遍の人物として描いた『Xの悲劇』ほうが好きだなあと思う。同じく解説では、『Yの悲劇』だけ読めばドルリー・レーンものはOKという風潮を嘆いているが、なんといっても『Xの悲劇』から読んでいただきたいと思う。『Xの悲劇』で比較的オーソドックスな探偵ものをやった一方、『Yの悲劇』でそこから逸脱するというギャップもまた魅力的なのだから。さらに言えば、ドルリー・レーンものは続く『Zの悲劇』『ドルリー・レーン最後の事件』も併せて、4冊で一つの長編という側面をもっているものなので、あと2冊も読みたいと思う。

「それにちがいない、あらゆる事実が、それを指向している……それでいて、クェイシー、そんなことは、ありえんのだよ!」『Yの悲劇』(P245)

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