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矢作俊彦『ららら科学の子』

2008-09-29 | 小説
ららら科學の子 (文春文庫)
矢作 俊彦
文藝春秋

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「絶対的な絆。何の損得勘定も絡まずに、世界中が敵に回っても、自分の傍にいてくれる人間の絆。それを、かつて子供だったわたしはこの二人に見ていた。
 だが、彼らは、そんなものをあてにはしていなかった。そんなものでお互いを縛ることはなく、ともに生きてゆくために、ただ必要な努力を続けているだけだった。――誰に求められたわけでもなく、自分自身の誇りとして。だからこそ、彼らは一緒にいられたのだ」(P450)

 矢作俊彦の『ららら科学の子』を読んだ。以前に、福田和也からの評価が高くて知ったのだが(右っぽい福田氏が、よく全共闘をテーマに書いたこの小説を評価したものだと思いもするけど)、最近(?)文庫になったのを知って読んだのだ。

 舞台は現代。全共闘時に警官に対し殺人未遂を犯した主人公は、文化革命時代の中国に高飛びする。しかし、折しも中国も大混乱を迎えており、主人公は片田舎に飛ばされ、そこで妻を娶り、30年の時を過ごすが、ついに蛇頭のルートを通って、世紀を超えた東京に帰ってくる。かつて、SFとして夢想された社会の中で、彼は何を見るのか…。

 久しぶりに小説らしい小説を読んだ気がする。ドルリー・レーンのシリーズもちょっと違うしなあ。人の情念と思想が絡み合った小説というか。この小説のポイントとしては、中国に渡航し30年前から時間が止まっている主人公が、現在の東京の風景を見ることで、旧東京と現東京の風景の中にギャップが出来、現東京の姿が逆照射されるところがあげられる。30年前ではとても信じられなかったことが起こっている一方で、以前から変わっていないような気のするところもあり、主人公は二つの東京の姿に幻惑される。その中で、全共闘とは何だったのかなど、かつての彼の姿を反省するのだ。その一方で、社会批評も秀逸であり、考えさせるところが多い。
 社会や都市の描き方もすばらしいし、蛇頭ややくざまがいの企業が出たりなど、ハードボイルド的な雰囲気も手伝って、ぐいぐいと読み進んだ。エンターテインメント系も含めて、これだけ続きが気になる小説もしばらくなかったような。
 ただ、ちょっと気になったのが、タイトルに引用されている『鉄腕アトム』や『ウルトラマン』など、30年前のサブカルネタがたくさん登場するのだが、この位置づけがちょっと腑に落ちないところがある。30年前に夢想された未来世紀の姿として引用されているのか、人間のようで人間でない存在として、「異邦人」である主人公と重ねられているのか。あるいは、この年代の人が読めば、時代の雰囲気を濃厚に感じ取ったりするのかなあ。まあ、理解しきれないけど、面白いポイントである。
 個人的には、2000年代の日本文学としては、阿部和重と並んでかなりツボ。雰囲気が似ているところもあるから(年は20くらい違うはずだが)、阿部和重が好きな人なら、特に読んでみるといいと思う。

「彼は少女を見て頷いた。帰るところはどこにもない。あのとき、そんな場所は失われていた。ロボット法を犯した少年ロボットと同じ、たまたま一回きりのことを、それと気づかずやり遂げていた。あの嫌な臭いのする貨物船の後部デッキで”東京流れ者”を口ずさんだとき、彼は故郷(クニ)を捨てたのだ。ちょうど映画館が暗くなる瞬間のように。(P504)

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