哲学者か道化師 -A philosopher / A clown-

映画、小説、芸術、その他いろいろ

東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』「リアリティへの不信/物語が多すぎる」

2007-04-30 | 
ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2

講談社

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「現代の物語的想像力は(…)、キャラクターのデータベースの隆盛とコミュニケーション志向メディアの台頭という二つの条件の変化のため、メタ物語的な想像力に広範に侵食されつつある。ひらたく言えば、そこでは制作者も消費者も、ひとつの物語を前にして、つねに他の結末、ほかの展開、ほかのキャラクターの生を想像してしまうし、実際にそのような多様性は、メディアミックスや二次創作として具体的に作品を取り巻いている」(『ゲーム的リアリズムの誕生 動物するポストモダン2』P236)

 この本は、評論家、東浩紀氏の『動物化するポストモダン』の5年越しの続編であり、また氏のこれまでの思索のとりあえずの総決算の本である。出るのは前々知っていたのだが、つい最近出たのを知ったので、レビューを書くには出遅れた感がしている。ま、それはどうでもいいのだが、この本は桜坂洋の『All You Need is Kill』やKIDの『Ever 17~out of infinite~』を例にし、ポストモダン化し、データベースが優勢になり、「物語が成立しない、あるいはあまりにたやすく成立してしまう」(P26)環境に至った現在において、この状況を反映したライトノベルや美少女ゲームをはじめとした作品を、いかに批評していくかという課題に挑戦し、さらにまったく新しい「日本文学史」の構想を示唆している野心的な本である。
 アマゾンの紹介では、東氏自身が直接紹介をし、その下のレビューには反発している意見も書かれている。確かに、この本は一定(大半?)の層(場合によってはオタクも含む)の反発を招かざるを得ないと思うし、僕としてもちょっと突っ込んだほうがいいと思う部分もないわけでもないが、それでも「オタク」というタームに関心を持つ人と、「批評」という営為に関心をもつ人は、とりあえず読んでみる価値があると、僕は思っている。少なくとも、東氏は本気であり、その本気具合は僕にはひしひしと伝わってくる。ちなみに、僕はこの本を読んでいて、自分は割りと保守的なオタクだなと感じた(まあ、『ハルヒ』をほとんど受け入れられないのでその気はもともとあったのだが)。
 というわけで以下は僕の、この本に対する反応である。

 まず、突っ込んでおきたいのだが、東氏の論考の中心的なモチーフを成す「データベース」(とその中に存するデータの類型化)という概念は美少女ゲームのプログラムの例を出され(『動物化するポストモダン』)直感的には了解できるのだが、割とあやふやだし、何にでも転用可能な万能概念である。それに、今に至って概念が拡張されているので、なおさら含意を確定しがたく感じている。実は、僕の大学院の先輩が東氏自身にデータベース概念について質問したことがある、という話を聞いたことがあるのだが、返答は要領を得なかったらしい。質問の趣旨としては、「物語や意味を剥奪されてたとされる、データベース内のデータにしても、やはり物語や意味という負荷がかかるのではないか」というものだったらしい。他にも斎藤環氏が「オタクはデータベースのストックにある萌え要素の組み合わせで萌えるのではなく、デジ子なら「~にょ」という口癖に萌えるのだ」という論をどこかで展開していたはずだ。僕も、萌えはキャラクターを要素の単純な集合・組み合わせに還元できるという考え方には、違和をもっているし、むしろその集合に何を+αできるかということに、萌えやキャラクター性はかかっているのではないかと思っている。第一、ツンデレのようなキャラは、キャラを文脈の上に立たせ、その性格をかなりうまく描写しないと成立しないのではないかと思う。それに、僕がこの作品はあの作品のあの部分と似ていると、ときどきこのBlogに書くように、類型化は伴っても、作品の固有性は、まさにその固有名によって担保されているように考えている。もっとも、僕の批評(と呼んでいいのか、最近かなり不遜ではないかと思っている)は、アニメ作品を念頭においていることが多いので、『ゲーム的リアリズム』とはよって立つ前提が微妙にずれているかもしれない。

 東氏は、Keyの『Air』やFlyngShineの『CROSS†CHANNEL』、KIDの『Ever 17』などの作品を取り上げながら、美少女ゲームの美少女ゲームとしての条件や環境や仕組みを物語の中に取り込む作品を「メタ美少女ゲーム(この本ではあまり使われないながらも、便利で適切な「メタフィクション」という言葉を僕は積極的に用いるが)」として評価しているし、僕もその評価を共有するのだが、果たしてこういう作品が、東氏が新しい可能性を開くというほど、広汎に広まるとは思っていない。というのは、こういうゲームは言わば「裏技」を使って書かれたのであり、こういうジャンルの仕組みを利用したメタフィクションはあまり応用が利かず、量産できず、さらに言えばもう打ち止めですらないかと感じている(田中ロミオの寡作など)。正直、このジャンルで『Ever 17』を超える作品が出る可能性については望むだけ無駄だと思っている。実際、あかべぇそふとつぅの『車輪の国、向日葵の少女』以来、ここ1、2年はそういう仕組みで作られた作品については聞いた覚えがない(田中ロミオ氏が『CROSS†CHANNEL』のスタッフで新作を作っているらしいが)。それに、メタフィクションについても、『向日葵の少女』や工画堂の『symphonic rain』などは、ある程度「叙述トリック」という説明で済まされてしまう可能性もある(「メタフィクション/叙述トリック」という区別を厳密につけられるなら話は別だが)。
 むしろ僕としては、こういう「小技」を使った作品をもちろん評価しつつ、たとえ嘘でも大きな物語を描く意志を持ち続けた作品を擁護したい。たとえばKeyなら『Air』もそうだが、より素朴に「家族」という嘘を突き通した(あまり「家族」という言葉に幻想をもたない僕にも涙させた)『CLANNAD』をこそ、Keyの最高傑作としたい。この作品は、類型化されたキャラクターを配置しながらも、ある一つの人生を描きえた稀有な作品だと思っている。
 あと東氏がメタフィクションの批評について有効だとして提案している「環境分析」(環境分析とは、いわば、作家が言いたかったこと、作家が語ったことそのものを「解釈」するのではなく、作品をいちど作家の意図から切り離したうえで、作品と環境の相互作用を考慮し、作家にその作品をそのように作らせ、そのように語らせることになった、その無意識の力学を「分析」する読解方法(P215))だが、僕は批評とはそもそもジャンルや媒体や作品や読者の連環を基盤として、作品を評価していく営為だと考えていたので、「環境分析」についても既存の構造主義的な批評と同じか、せいぜいその拡張くらいにしか受け取れない。
 本書について、「新しい」と感じることは実はほとんどないというのが本音である。たとえば、美少女ゲームやライトノベルをちょっと意識して読んでいる人(田中ロミオ好きとか)なら、少なからず感じていたはずのことばかり(現に、僕自身の『CROSS†CHANNEL』(2006/6/9)のレビューには同様のことを述べており、東氏の「メタフィクション」の概念で何を言おうとしているかを予想し、ほとんど当てている)。これをどうもうまく一番乗りして整理して書いたなという印象ではある(もっともその整理の手付きがこれ以上なく的確なのだ。『存在論的、郵便的』というデリダを分かりやすく示したデビュー作といい、東氏のもっとも際立った才能は、整理の能力ではないかと思う)(ちなみに、東氏のオタク論は、『動物化するポストモダン』以来かなりの部分を大塚英志氏に負っている。東氏は『ゲーム的リアリズム』で大塚氏の論考に批判を試み、その試みはかなりの説得力を獲得しえているが、それでも大塚氏の偉大さが薄れるわけではない)。それに、この本は別にオタクとその周辺に向けて書いたわけではなく、むしろ伝統的な文学とその周辺に書かれたもののようなので、部外者への紹介ということで、特殊なことを分かりやすく一般的に書いたものなので、僕らには冗長に感じられる文章であるほうが当たり前なのかもしれない。(ちなみにそれでも東氏はいくつかの発明をしている。美少女ゲームの引用の仕方「『作品名』、なになに編、何月何日」。僕はよく作品の引用を載せるが、美少女ゲームの引用については、作品名以上を載せるのは諦めていた)。
 僕が気になったのは、東氏が『涼宮ハルヒ』シリーズを少なからず評価している点で、意外に感じた。この本でも紹介されている『涼宮ハルヒの消失』に関しては、僕も同じように評価しているが、少なくともスニーカー大賞受賞作の『涼宮ハルヒの憂鬱』の時点では、ハルヒ=神、みくる=未来人、有希=宇宙人、一樹=超能力者という、非常に安易な設定の萌え+ドタバタノベルにしか読めないのだ(ただし、『ハルヒ』のファンについてはかなり二層化していて、片や細部のパロディを読み込み、批評的に読める層と、片や素直に萌える安直な層があるような気がしている。思うに『ハルヒ』の成功はその二つの層を両方とも取り込めたからではないか)。それに、主人公のキョンが口ではイヤイヤ言いながらも、ハルヒに振り回されるという、「可愛い女の子にイヤというほど振り回されたい」というこれまた安直な欲望が透けて見えるところも気になるところだ。まあ、こういうジャンルにどっぷりつかっている僕が言っても説得力がないが。
 あとは、オタク系のジャンルの自己言及(=批評)的な作品は、「メタフィクション」に分類されるような「ゲーム的リアリズム」の作品に限らず、たとえば僕がファンの、庄司卓氏の『トウィンクル☆スターシップ』の、宇宙船に主人公の他は女の子ばかり4999人乗っていて、作者は毎回新しい女の子を登場させキャラの書き分けの限界に挑戦すると宣言するという、ともすればアイロニカルにさえ映る試みもありえるのではないかと思っている。これだって「データベース」という環境を明確に扱っている例だろう。そんなわけで、「データベース」や「メタフィクション」「ゲーム的リアリズム」とそれへの批評はオタクたちにとっては、当たり前の前提ですらあるかもしれない。
 最後に付加的に付け加えておきたいのが、この本であまり明確に扱っていない感もするが、美少女ゲームに耽溺するオタクに対する、フェミニズム的な倫理の問題である。これには、筆者はちくちくするところが少なからずあった。この論は、なぜ美少女ゲームの主人公に「ヘタレ」が多いのか(『君が望む永遠』や『School Days』など)、という問題に関係していると僕は感じた。是非この問題を主題として扱った論考を書いてほしいものである。
(蛇足しておくが、ライトノベルならうぶ方丁について言及すべきだとか、アニメの『舞-Hime』シリーズも無視できないはずだ、とかいろいろないものねだりも出来るが、意味がないので明示しない。それに、僕は東氏のオタク作品についての理解に多少異論を出したが、東氏の伝統的な文学の理解については、文学の関係者からこんな程度で済まないほどの異議が噴出するだろう。いずれにせよ、東氏の提出しようとするテーゼを語りきる作業はとてつもない量になるので、新書サイズの論考では簡略化は否めないし、細部を批判してもしかたがない。果たして東氏が今後批判をどうさばいていくかは、見ものだ)

 というわけで、この本は、オタク作品を例として、より広い層に現在の物語の状況について紹介・解説するための本であるが、むしろ(やはりと言うべきか)オタクが自己批評をするために読むべき本だと感じた。正直、僕にも少なからぬ反省点が浮かび上がった。オタクにこそ、是非一度ぶつかってほしい本である。

「(…)筆者がここで「批評的」という言葉にこだわるのは、「批評的=臨界的」(critical)とは、本来、明示的な批判や非難をさすのではなく、文学でも美術でもアニメでもゲームでも、とにかくなにか特定のジャンルにおいて、その可能性を臨界まで引き出そうと試みたがゆえに、逆にジャンルの条件や限界を無意識のうちに顕在化させてしまう、そのようなアクロバティックな創造的行為一般を指す形容詞だったはずだからである」(P323)

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GUST『リーズのアトリエ』 攻略補足。

2007-04-29 | ゲーム
 GUSTのサイトで、『リーズのアトリエ』の問い合わせが多数で大変だということで、特設サイトが出来ている…。これまでGUSTショップで直接ショッピングをしたときに、初回特典が入っていなかったり、特典の生産が間に合わず後に別送できたことがあったり、他のゲームメーカーと同じくらいにはソフトにバグがあったりと、GUSTがとり立ててちゃんとしたゲームメーカーというわけでもなかったのだが、ここまで騒ぎになるとファンである僕としても、うーむとうなってしまうところはある。GUSTは土屋氏をはじめとして、ファンと密接なコミュニケーションを図っていくメーカーなのが(たとえば、メジャータイトル発売の後には、作品の率直な感想を集めるWebアンケートを毎回行っている)逆に裏目に出てしまうかもしれない。この先、『マナケミア』や『アルトネリコ2』が控えているので、悪い影響にならなければいいのだが。

 特設サイトに寄せられたなかでも、特に多い質問には、ちょっと試せばわかるんじゃないかという単純な質問も含まれている。確かに、「はい/いいえ」などちょっと変わったシステムを採用しているが、ゲーマーももうちょっと粘ってみるべきではないかと感じもする。

 というのはいいとして、ごくごく単純な攻略のコツを。(4月22日に書いたのの続き)
・イベント発生の時期は、時期が固定されていてヒントがないのが多いので、いっそ攻略サイト(wiki系。2ちゃんねるのまとめが使い勝手いい)のチャートを見たほうがいいかもしれない。僕は、第一週を攻略サイトを封印してプレイし、結果バッドエンドへ。
・グッドエンドを迎えるには、錬金レベルをとにかく上げて、なるべく早く上級(+4)にする。
・全ボスを撃破するには、とにかく冒険者レベルを上げる。最初のボスはLv35以上、二番目はLv40以上、三番目はLv45(50)以上(最後はまだ知らん)、くらいが目安か。やられるときは一撃なので、技術で補うのは難しいかも。それにしても、ボスの普通攻撃は一桁しか食らわないのに、必殺技を食らうと3~4桁のダメージを食らう仕様をどうにか…。
・ボス戦でも、回復以外のアイテムはあまり役に立たないので、攻撃+必殺技を。特に2ターンに一回使えるマリウスの必殺技が強い。また、リーズの「きゅうしょづき」も。とにかく、攻撃と必殺技と時々回復アイテムという、単調な戦闘を。
・物理攻撃メインの敵はマリウスを盾に、魔法攻撃メインの敵はポワンを盾に。特に二番目のボスはポワンに攻撃を集中させると、ダメージが一桁ばかりで楽になる。
・Lv40を越えるあたりで、連続攻撃が行えるようになるので、ザコ戦も幾分楽になる。
・1ターン目にマリウス、リーズ、その他の順に盾に並べると、2ターン目にマリウスの必殺技でザコを一掃しやすい。また、射程などの問題で攻撃対象が詰まる場合には、ポワンやヒルダなど、任意対象への攻撃のできる魔法使い系を活用する。
・キラキラの砂などの採取アイテムが入手しにくい場合には、錬金レベルを上げてくると採取しやすくなる(気がする)。また、投網やつるはしを活用する。
・戦闘終了後のリザルト・メッセージの画面を「B」ボタンを連打してカットしようとすると、フリーズする可能性高し。カットは余裕を持って1回だけ「B」を押す。

 ここに載せたのは、他の攻略サイトに載ってないコツなので、こんなところである。より詳細なデータに関しては、wiki系などを利用していただきたい。

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GAINAXの赤井孝美が失言で取締役を辞職したらしい…

2007-04-29 | Weblog
 特に取り上げる話でもないのだが、気になったのでちょっと。赤井孝美氏がGAINAXで果たしていた役割についてはしらないし、気にしたこともないのだが、個人的には『星界』シリーズのイラストレーターとしてとても評価している。というのは、アニメ関係のSFだと、無重力空間なのに女の子がミニスカはいていたり、あるいはやたらとボディラインを強調した、全身タイツの延長のようなボディスーツとか、酷いデザインの無重力服が多いのだが、『星界』シリーズのは比較的落ち着いていて、軍服としても納得できるデザインだからだ。

 失言については、やたらと口汚いこともあって直接引用しないが、要するにmixi上で、『グランガラン』の悪評を書いていた人に、GAINAXの社員が「知ったかぶった論評を」と口汚く罵ったのを、赤井氏が「そんなの言うだけ無駄」という旨をやはり口汚く諭し(?)たというものである。

 これが辞職するだけの事件かはともかくとして、僕もこんなブログを書いているわけで、「知ったかぶった論評を」という非難をされても仕方ないような気もしている。自分ではできるだけ真面目に書いているつもりだが、手を抜いて勢いで書いてしまうこともままある。ただまあ、あまりアコギな作りのもの以外は、特に作品を非難しているつもりはない。けど結局、身に覚えのあることなら、こういう非難をされたなら、すいません、と謝るしかないなあとも思う。もちろん、こちらは製作者や販売者に対して消費者なので、商品に対してあれこれいう権利はあるはずだが、だからと言って無反省にそれをしてしまうのも、分別がないなあと思うのである。
 作家で批評家嫌いなのは、松本清張が有名だが、確かに批評家にちくちく言われる作家としては、お前は言いたいことを書き散らしていないで、自分で小説のひとつも書いてみろ、という話なのかもしれない(そういうや、松本清張は代表作に批評家が犯人の小説を書いていた…恨みって怖い)。

 とまあ、反省じみたことを書き、実際少なからずそういう気分にもなっているのだが、しかし作品に対する批判を書くことも、その製作者にとっての利益になるのではないかと思っている。というのは、ギャルゲーなんかがそうだが、レビューサイトで批判されてる作品(といってもまったく批判されてない作品はないが)でも、そのレビューの内容によってはやってみたくなり、実際やったソフトも何本かある。確かに、作品に対する批判はその作品の表向きの価値を下げるかもしれないが、少なくとも批判される限りにおいて有名になり、逆に怖いものみたさな人を一定数数集めてしまうということもありうるはずなのだ(クソゲー大賞など好例だろう)。もちろん、そのバランスのどちらが重いかは一概に言えないが。

 というわけで、一応このブログでは、悪い作品を批判することよりは、良い作品を紹介することに重きを置いているので、とりあえずは今までどおりいくしかない気はする。うまくアニメ製作者と消費者が共栄できる関係性を築いていきたいものである。

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今週の『この青空に約束を―』と『機神大戦ギガンティック・フォーミュラ』

2007-04-27 | アニメ
 他に書くことも見当たらなかったので、仕方なしにアニメのレビューでも。

『この青空に約束を―~ようこそつぐみ寮へ~』
 宮穂編の後編。原作の『この青空に約束を―』はいい話だったが、案外話そのものにはインパクトがなくて、あまり覚えていない。そこで、アニメを観ると、なるほどそういえばこういう話だった、と思い出しつつ楽しめるのである。
 今回の宮穂編で、一応時期的には2月か3月のイベントまで描いているので、それぞれにヒロインのエピソードが並行的に進んでいるかたちになるのだろうか。だとしたら、かなりのハーレム状態だが。
 宮穂編の前編にも、洞窟の航と海巳の相合傘が登場し、海巳エンドへの伏線が張られているので、結局は海巳エンドを描き、そして約束の日を最終回に持ってくるというところだろう。この消化の仕方で、果たして、矛盾をきたさず最後まで通せるかな。しかし、この構成だと、『この青空に』最大のギャグキャラである茜の出番がほとんどないな。合掌。
 相変わらず作画にはすごいのがあるが、それでもゲームのアニメ化としては、特にシナリオに関して十分な出来である。

『機神大戦ギガンティック・フォーミュラ』
 今回は、ロシアのギガンティックとの対決。精神攻撃の描写なんかはまんま『エヴァ』である。しかし、精神攻撃というとなんだか怖そうだが、実はどんな風に苦しいのかはよくわからない。過去の嫌な記憶を思い出すのか、それとも精神的なストレスが増大するのか。まあ、どっちにしてもかなりヤだが。いずれにせよ、基地のスタッフの人間関係等も含めて、妙に『エヴァ』に似ているなとは思う。
 あとこのアニメは『スーパーロボット大戦』パロディ、言ってみれば一人『スパロボ』みたいな要素もあるのではないか。というのは、各ギガンティックのデザイナーがそれぞれ別で、有名なデザイナーも無名なデザイナーもそれぞれ一体ずつ描いている(主人公機のスサノオ十式は無名デザイナー。少なくとも僕ははじめて聞いた)。確かに、『スパロボ』みたいに、それぞれのロボットのデザインが極限まで違う設定を、またアニメに置きなおしてみるというのは興味深い試みかもしれないが、今のところ、各ロボットの存在感があまりない気がする。キャラクターも含めて、作品に登場するものに、輪郭が見えないところが残念。たぶん2クールやるだろうし、いずれロボットのバトルロワイヤルも別な形の戦いに発展するだろうから、それからを楽しみにしたい。

 あと、最近見始めた『Saint October』がなんだか面白い。特にグッとくるところがあるわけではないのだが、妙にキッチュなもののツボを抑えている。『極上生徒会』といい、コナミが製作したアニメは、こういうアニメが多くてよい。

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アーサー・C・クラーク『2010年宇宙の旅』

2007-04-25 | 小説
2010年宇宙の旅

早川書房

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「しかし彼が天才だからといって、だれも困るわけではないし、あまりに明白すぎるものに目をつけるには、ときには天才が必要だった」(『2010年宇宙の旅』P315)
「ハルみたいに複雑なシステムにあっては、あらゆる結果を予見することは不可能です」(P332)
「そして銀河系全域にわたって、精神以上に貴重なものを見出すことができなかった彼らは、いたるところで、そのあけぼのを促す事業についた。彼らは星々の畑の農夫となり――種をまき、ときには収穫を得た。/そしてときには冷酷に、助走さえもした」(P379)

 『2001年宇宙の旅』に引き続き、『2010年宇宙の旅』を読了。就活やる気ねえなあと自分に突っ込んでみる。

 『2010年宇宙の旅』は映画『2001年宇宙の旅』の続編である、と断るのは、『2010年』が小説版『2001年』とは設定が異なっているからである。というのは小説『2001年宇宙の旅』ではデイブ・ボーマン艦長らは土星を目指すのだが、映画『2001年宇宙の旅』では木星を目指している。これは、もともとの話のプランでは土星に行かせるつもりだったのだが、スタンリー・キューブリック(クーブリック)が映画を撮った当時の技術では土星の環の満足な映像が撮れなかったので、木星に行くことになったためである(ちなみに、今では木星にもごく薄い環が発見されている)。というわけで、小説『2001年』の単純な続編と思って『2010年』を読むと混乱することになる(ただし、『2061年宇宙の旅』『3001年宇宙の旅』と続くこのシリーズは、執筆当時の科学の知見を積極的に取り入れているので、科学設定が前の話と後の話で食い違っていることがあるらしい)。

 あらすじとしては、『2001年』のヘイウッド・フロイド博士が、ソ連の宇宙船に乗り込んで、ディスカバリー号が浮かび、デイブ・ボーマンが消えた木星圏に行って調査を行う話である。そして、同じく木星圏に向かう中国の宇宙船やスター・チャイルド(どっかで聞いた名だ(笑)。そういや『機動戦士ガンダム』の歌にも『スターチルドレン』というのがあったはずだ)になって地球圏に帰還するデイブ・ボーマン、そしてモノリスの引き起こす脅威の現象(この現象は『銀河旋風ブライガーの「大アトゥーム計画」のもとネタでもあろうが)と、色々と大変なことが起こる。いささか謎多くして終わった感の『2001年』の解決編とも読める内容である。

 SFとして、小説としては実に禁欲的だった『2001年』と比べると、フロイド艦長とソ連人クルーとの掛け合いなど、人間関係がだいぶ描かれるようになったと思う。しかし、科学技術や惑星や衛星についての記述の多かった『2001年』の方が(すでに映画を観てあらすじを知っていたにもかかわらず)興奮が大きかったような気がする。同じ作者の作品に対して言うのも何だが、異星起源の生命体やHALのような人工知能という、宇宙における知性や精神というモチーフの描き方について、2番煎じという印象はある。『2001年』を読んで楽しめた人は是非読むべきだが、『2010年』を単体で読む意味はないと言っていいだろう。
 あとはまあ、暗にだが、クラークは「神」や「UFO」や「宇宙人」という存在/概念についての、ありうる解釈を提示しているのもおもしろい。

 僕が読んでて、クラークがうらやましいのは、当時の最先端の科学技術を参照しつつ、その知見を小説につぎ込んで、実に情報量の多いSF小説を書いているところだろうか。『2001年』の執筆時には、映画の製作を見つつそれをフィードバックして小説を書くというぜいたくな小説作法を取れたとクラーク自身述べているが、『2010年』だって、労力はあろうが、十分ぜいたくな小説作法だと思う。

 というわけで、次回は『2061年宇宙の旅』たぶん、来週か再来週には読み終えるだろう。

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今週の『sola』と『らき☆すた』

2007-04-24 | アニメ
『sola』
 二回観損ねていた『sola』をやっと見られた。製作会社はノーマッドだが、七尾奈留キャラクターのせいか、妙にアニメ版『D.C.』っぽい雰囲気である。あと、病弱ネタと家族ネタがあるところは、元Keyの久弥直樹の原案ということで、かなりそれっぽい。
 まあ、それでも今回見た限り、謎の少女との成り行きの同棲と、おせっかい焼きの幼馴染のからみと、割と普通の萌えアニメぽかったが、特に気に入ったのは一点、能登麻美子の演じる四方茉莉である。調べた限り、能登氏の萌えアニメヒロインというのは、案外はじめてのようなのだが、かなりはまっている。うまくは説明できないが、非常に良い感じである。むしろ、今までこういう役がこなかったのが、不思議なくらい。あとは出番が短かったけれど、中原麻衣演じる森宮蒼乃も気になる。セオリーでいけば、義理の姉だろうが。
 まあ、とにかく今期でもっともまともな萌えアニメだろう。

『らき☆すた』
 うーむ、僕はこの『らき☆すた』を認めていいのか迷っている。アニメとしてのはかなり丁寧につくられているが、エピソードは女の子同士(?かなりオタクだが)の日常の会話を切り取ってきて、多少私小説風に羅列した感じ。人にもよるのだろうが、僕はそんなに面白いとは思わない。また、キャラクターが踊って、声優が合唱するというアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』で話題になった演出やEDでは過去のアニメのテーマを平野綾が熱唱(もはや、キャラの声質は捨てている…)。それに、『魁!クロマティ高校』(講談社)や『ぱにぽに(だっしゅ)』(スクウェア・エニックス)の露骨な引用。しかも、OPをまた「オリコン1位」キャンペーンで売ろうとする、話題と動員先行の角川商法…。DVD一巻につき2話収録のコストパフォーマンスの悪さ。その内出るであろう、キャラクターソングの数々…。まあ、このアニメは「角川商法」の一言で説明してもいいのだが。
 ただまあ、あまり重要なことではないものの、このアニメであまり関心しないのは、主人公たちがアニメやゲームに言及するときに、自分たちは「リアル」の人間たちだと思っていることである。たとえば、『ぱにぽにだっしゅ』では、主人公たちは自分たちが「リアル」の人間だと一応思っているが、各所にドラマの撮影現場のような演出がしてあって、この演出を真に受ければレベッカ先生たち登場人物は、ただアニメを「演じている」に過ぎないのである。僕はここに、サブカルチャーの最果てとしての、ギャグアニメの批評性をみるのだが、『らき☆すた』の登場人物たちは、自分たちも十分オタクの妄想に過ぎないにも関わらず、作品内でオタクのイシューに触れることで、そのことによって自分たちは「リアル」の人間だと思っている、少なくとも、製作側はそういうふうに作っているのだ。まあ、同考えても気にするようなことではないのだが、『ぱにぽにだっしゅ』を見ている製作者サイドとしては、演出的に後退しているのではないかと思ってしまう。
 まあ、そんなこんなは気にしないでも、とにかく「角川商法」。

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今週の『アイドルマスター Xenoglossia』と『ヒロイック・エイジ』

2007-04-23 | アニメ
『アイドルマスター Xenoglossia』
 今回のセクハラ被害者は、伊織。こういうところの雰囲気は、監督や脚本が変わっても『舞-Hime』シリーズを引き継いでる。
 今回のエピソードを見る限り、アイドルマスター(パイロット)とアイドル(ロボット)の絆が、作品の一つのテーマになってくるよう。こういうところの設定は、本当に『トップをねらえ2!』に似ているし、『ブレンパワード』を彷彿させるようなセリフもあった。アイドルマスターが今のところ10代の女の子ばかりで、特殊な素質が必要ということは、そのうちアイドルを動かせなくなるアイドルマスターが出てくるのかな。だとすれば、今ネーブラを共用している二人のうち、真の適正が失われて伊織が専属となり、また敵方の組織で用いられているヌービアムも千早の適正が失われ、紆余曲折の末に敵方に属した雪歩がのり、春香のインベルと戦うみたいな展開が想像できる。今のところ、既存のロボットアニメやSFアニメの設定を寄せ集めてきたような感じではあるが、この先、離陸してどうオリジナリティを確立できるかが勝負。

『ヒロイック・エイジ』
 毎回、アバンタイトルで設定が明かされていく。こうされると、なんかストーリーと設定が乖離しているようであまりいい印象を受けない。しかも明かされた設定によれば、宇宙を支配しようとする銀の種族に鉄の種族たる人類が独立を求めて戦うという、かなりよくあるパターンのように思える。こちらもどう離陸するか。
 しかし今回のエピソードは、アルゴノートが立ち寄ったコロニー(?)は中立地帯だが、実際には銀の種族に操られていて、アルゴノートの寄航のせいで、危険に晒されてしまう、という話なのだが、『機動戦士 ガンダムSEED』のヘリオポリスとアルテミスのエピソードを足して二で割ったような既視感が。登場人物が案外少ないこともあって、案外話に広がりが見えないのである。これは、うぶ方丁のテコ入れ待ちかなあ。

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GUST『リーズのアトリエ オルドールの錬金術士』感想、攻略あるいはストレスを1/2にして楽しむ方法

2007-04-22 | ゲーム
リーズのアトリエ~オルドールの錬金術士~オリジナルサウンドトラック プレミアムパック
ゲーム・ミュージック, 片霧烈火
ソニーミュージックエンタテインメント

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リーズのアトリエ~オルドールの錬金術士~オリジナルサウンドトラック
ゲーム・ミュージック, 片霧烈火
ソニーミュージックエンタテインメント

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 『リーズのアトリエ』をとりあえず一週終えたのだが、あえなくバッドエンド。これまで、「ザールブルグ」シリーズ以外はほとんどの「アトリエ」をやったのに、あえなく撃沈。たぶん、攻略本とかサイトとかを見ずに初見でやったら、かなりの人がグッドエンドまで辿りつけないのでは。初心者向けと銘打ったわりには、難しい。そして、いろいろ言われていることだが、あまり面白くないかもしれない。というのは、ディレクターこそ、「グラムナート」シリーズ以前の作品を手がけていた人が務めているが、基本的には外注で、「アトリエ」ファンを裏切っているような気もなきにしもあらず。特に僕はGBAソフトの『マリー、エリー&アニスのアトリエ~そよ風の伝言』でハマり、アトリエファンになった人なので、ひさしぶりの携帯ゲーム機での「アトリエ」に期待していた。そして、ガストは資金面などの貧弱さから、グラフィックとかが弱い代わりに、ゲーム性の高いゲームを作れるゲーム会社だと思っていたので、比較的安価で、純粋なゲーム性を追及してつくれるニンテンドーDSのソフトには、うってつけだとすら思っていた。それが、こんな結果になり、残念なわけなのである。
 しかし、無数の欠点に目をつぶってみると、元祖「アトリエ」的な面白さはちゃんとあることに気づく。ちゃんとゲームとしては成立しているのだ。思うに、ディレクターこそ健在だったものの、スタッフが外注のせいで、全体的なクオリティ=完成度が落ちたのではないか。僕は勘違いしていたんだけど、『リーズのアトリエ』が発売延期になったのは、「原因不明の不具合」とか「完成度」を高めるため、といったまあふつーの理由である。そうした発売延期以前のゲーム開発画像(ネット上のゲーム情報サイト)と実際のゲームを比べてみると、実際のゲームのほうがシステムが簡素になっているのがわかる。つまり、タッチパネルなどのDS特有の機能を生かしたゲーム作りをしていたのだが、そうしているとバグがどうしようにもならなくなったので、ゲームの機能を削って、なんとか発売にこぎつけたのではないかと思うのである(Windows Vistaにも似たような話があった)。

 という次第なので、GUST信者の僕としては、美点も少なからずあった『リーズのアトリエ』をせめて拾い直せるようなことを考えてみたい。
(お勧め度としては、無理してやらなくていいよ、というとこか)。

 美点
・キャラクターは、「イリス」シリーズや『アルトネリコ』より良いと思う。また、シナリオも伏線が張ってあってちょっと良いかもしれない。
・調合時に、ランダムでミニゲームがあるが、タッチペンの微妙な操作やマイクへの「吹き込み」を利用したものなど、DSの機能を生かそうとした試みが随所にみられる。
・土屋暁らのオリジナルGUSTサウンドには及ばないが、それでも片霧烈火の歌うテーマ曲『タカラモノ』とそのアレンジ、タイトル画面の曲など、凡百のRPGの音楽よりよっぽどクオリティが高い(ただし、サントラを買う場合には、『マリー、エリー&アニスのアトリエ』のサウンドが入った「プレミアムパック」をお勧めする。GBA品質のサウンドなのに結構聴ける)。個人的には、テーマ曲の『タカラモノ』は、あるいはゲームのシナリオそのものよりもドラマを感じる名曲。また、戦闘の自ターンのテーマである「一獲千金大作戦!」はゲームとサントラでは音質違いのせいか、結構印象が違う。サントラで一分弱の短い曲だが、ちょっとハマる。
・主人公、ヒロイン級の声優ばかり配置し、多すぎず少なすぎない(?この辺は好みも多いが)声入りセリフの量。

 汚点
・全体的にシステムの動きが遅い。様々な作業を処理しなければならない「アトリエ」においては、明らかに欠点。
・中途半端な採集、および戦闘システム。
・採集時のアイテム取得が少ない。
・バグが多い。
・借金返済の8億強は普通にやったら(?)四週かかる。
・セーブが自由に取れない。
・武器の調合(武装錬金!)が出来ない(?)。

以下はプレイを快適にし、また攻略のコツとなるアドバイス。
基本
・セリフは最速にする。
・採集や戦闘はボタン、街中や調合はタッチペンが操作しやすい。

コツ、基本的に、作業の「効率!」が問題。
・水やプチアイフェや岩類など、よく用いるかつ店で売ってない(=入手しにくい)アイテムは、極力節約。あと、店で買えるアイテムは買い置き推奨。クリア時点でアイテムが余っても、次の週にお金になって帰ってくるので、無駄にはならない。
・調合は、単位時間あたりの生産量がもっとも多くなるように作る。かつ、それ以上の数のアイテムを作る場合には、そのセットを複数回にわけてやる(たとえば、一回の調合で「アイゼンバール×6」を作るよりも、二回に分けて「アイゼンバール×3」×2と作ったほうが、錬金経験値が多くもらえる。
・仲間は前半に満遍なく友好値を上げて、後半はマリウス、ポワン、エレオールのような、対ボス用の強キャラを育てる。
・調合依頼は、極論を言えば、友好値や人気稼ぎ以外では受けなくても可。特に希少な材料を使ったり、手間がかかるものは。金稼ぎはモンスター退治のほうが割がいいかも。
・8億稼ぐのは、基本的にイベント以外では無理なので、お金は普通に使っていい。中盤くらいからは、お金には困らなくなるはず。
・バグ=フリーズ回避のため、「リターンドア」は使わない。また、こまめにセーブを。
・このゲームの三大要素。錬金レベルと戦闘レベルと希少材料。おまけに時間。8億の金はどうにもならん。
・材料集めの効率があがるので、つるはしととあみは作れるようになったら常備。
・ドラゴン狩りなどのアイテム集めは、運だのみになるので、アクセサリーで運を上げつつ、セーブとってリセット&ロード。
・割と錬金レベルでイベントが進行する気がするので、新しいレシピや移動地などのゲーム進行がひと段落したら、店で買える材料でアイテムをこまめに作り、錬金レベルを上げてから、広場とか山羊亭を見に行く。
・採集にこまめに行ってアイテムを集めるよりも、希少アイテムを使う調合は節約したほうがいい。特に、このゲームでは水が希少。
・チートっぽいが、グレイゴに10個ずつアイテムを渡すイベントは、いちいちフレールと往還していたら時間がかかるので、レジエン石、グラセン石、ほしのかけら、カステラ、チョコラット、ジュエルアイス、あたしのケーキ各×10はなるべくまとめて持っていく。前半三つは採取が難しいが、後半四つはフレールに行く頃にはだいたい作れるようになっているので、作ってもっていく。こうすることで、強武器を早く買えるようになるので、戦力アップ(もっともあまり武具、防具でパワーアップの実感はないが)。
・作れるようになったら、妖精の腕輪をすぐ作る。すると妖精さんのところで、ミツロウとかを購入できるようになる。また、一個だけ作れば、それ以上は意味はない。
・戦闘レベル上げは、なかまを呼ぶきのこを利用して、一回の戦闘でたくさん稼ぐことを目指す。

 とりあえず、今のところ思いつくのはこのくらい。もし付け加えてほしいことがあれば、コメントに載せてほしい。
 とはいえ、一周してとりあえず燃焼したので、今週は来週に迫った公務員試験の勉強をば。それが終わったときのストレス解消に(?)『リーズのアトリエ』を再びやりたい。
 最後に一応、バグを一掃し、ゲームバランスを直し(一周に一つしか作れないものの、億単位で売却できる超高価な調合アイテムをいくつか設定して、ちゃんと一周で8億稼げるようにするとか)、追加要素を加えた「完全版」を希望。あるいは、今回の反省を生かしつつ、GUSTオリジナルスタッフで『オルドールの錬金術士2』を製作。

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バージニア工科大の事件とか 相次ぐ銃犯罪

2007-04-20 | Weblog
 あまりこういう品のないことは書きたくないのだが…。
 昨日の朝日新聞の夕刊の一面に出ていた、チェ容疑者が「TV局にビデオ郵送」していたという記事なのだが、そのビデオの映像が写真として写っているのですね。それが、両手に一丁ずつ拳銃をもって鳥打帽を前後逆にかぶり上目づかいにこちらを睨むというもので、僕は笑ってしまった。こういっちゃなんだが、今時アニメのキャラクターにもない姿である。9.11以来、現実に起こる出来事の(知的な?)水準がサブカルチャーと同程度のものになった、というような意見が散見されるが、確かに、サブカルチャーのイメージ自体が犯罪を引き起こしたりはしないものの、サブカルチャーのイメージを「借りた」犯罪というのは、確かにあると思う。特に、この事件に関しては。自殺した犯人が何を考えていたかについては、さすがに遠くはなれた言語も異なるこの国からでは想像するのは難しい。

 長崎市長襲撃とか、今日の暴力団の立てこもり事件とか、日本でも相次いで銃犯罪が起こっているわけなのだが、一体なんなんだろうと首を傾げてしまう。安全神話が崩れたとか、どうしようにもなく身のない議論をしても仕方ないわけだが、なんというか、こういう「力」を誇示した事件のリアリティや説得力みたいなものが増していっているような気がする。要するに「死んじゃえば/殺しちゃえば終わりでしょ」みたいな。あるいは、「生きるか/死ぬか」という二分法にリアリティを見出してしまう人がいるのかもしれない。
 まあ、こういうのも「銃」というキーワードで結びつけただけの身のない議論であるが、確かに「拳銃」というのは、銃や刃物の所持を禁じられたこの国に限らず、日常においては「最強の個人兵装」といって過言ではない。そんな身も蓋もない「暴力」の塊である銃を日常から放逐することは、安全における重大な課題だ。この課題について、僕は貢献する術をもたないが、少なくとも銃を用いることを「卑怯」だと思う感性くらいは持ち続けたい。

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GUST『リーズのアトリエ~オルドールの錬金術士~』ファーストインプレッション

2007-04-19 | ゲーム
リーズのアトリエ ~オルドールの錬金術士~(通常版)

ガスト

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 今日発売の『リーズのアトリエ~オルドールの錬金術士』をやっている。一つベンチャー企業から内定をもらったとはいえ、まだ就活中であることには変わらないにもかかわらず、である。こうやって人は人生を棒にふっていくのかもしれない。

 本当はGUSTの直販で買いたかったのだが、発売二週間前に予約しようと思ったらすでに各エディション軒並み売り切れで、普通にビックカメラで買ってしまった。こちらのほうが安くはつくが、直販特典がつかない。

 でまあ『リーズ』だが、割と今までのアトリエシリーズと雰囲気が違っているような気がする。キャラクターデザインが変わっているが、明らかにGUSTがこれまで採用してきたキャラクターデザインと同じ雰囲気だし、ゲームシステムとかも『ザールブルグ』シリーズなどの、『イリス』ではないアトリエシリーズとほとんど一緒。だけど何か違う。
 違う雰囲気をもった理由をいくつか考えてみたが、一つは、リーズをはじめ登場人物たちが「現代っ子」な雰囲気だろうか。リーズはお姫様なのだが、王様の贅沢がたたって王国は破産し、銀行に国ごと差し押さえられそうになっている。城を抜け出したリーズは、錬金術でお金を稼ごうとするのだが、こういうわけで、目を$$の形に光らせたり、お金にうるさい(かわいい程度)。他のキャラクターも多かれ少なかれ、現代的な悩みを持っていて、割とオタクチックな趣味だった、『イリス』や『アルトネリコ』のキャラクターと比べると、「夢をみていない」。
 あとそれ以上に、これまでの作品とはスタッフが変わっているのかもしれないと思いもした。たとえば、タイトル画面の前に「ガスト」以外の会社名が入ってて、ゲーム製作の少なからずを他社に委託しているのかもしれない。まあ、この辺は憶測の域は出ないが、製作スタッフが入れ替わったんじゃないか、と思わせるくらいには、何かが違うのである。
 違ったことでよくなった点は、キャラの掛け合いなどのセリフ回し。これまでのガストのゲームはくさいセリフを平然という輩がたくさんいたが、『リーズ』はリーズたちが現代っ子のせいか、そういうくさみがなくて、キャラのちょっと毒の入った掛け合いを素直に楽しめる。悪くなった点は、たくさんの作業をこなさなければいけないアトリエシリーズのわりに、システムがゆっくり動いていて、ちょっとストレスがたまる。
 
 上記以上に、『リーズのアトリエ』の特徴は、『イリス』や『アルトネリコ』に比べて、男の幻想が薄れたので、女の子視点で楽しめるシナリオになったと思う。また、これも含め、テキストに(僕なんかはちょっとたるくなってしまうくらいに)かなり平仮名が使われて、小学生でも無理なく読めるテキストになっている。まあ、ニンテンドーDSというハードの特性を考えたら、女性や子供に配慮してしすぎることはないといったところか。システムの説明がちょっと足りてない気もするが、総じて「アトリエシリーズの初心者へ」というコンセプトは達成できているように思う。ゲーマーに勧められるかは解らないが、面白さいかんでは、女の子や子供にも勧められるだろう。なお、ほとんど発声しないセリフばかりだが、DSで、しかも有名声優ばかり集めて、声を入れているのはすごいかも。DSって声入るんだー、と素直に感心した。

 多少もっさりとした動作は気になるが、序盤から伏線が張られていて、シナリオの展開が楽しみである。また、ひょっとしたら、リーズが誰かとストロベリー展開になるような気もなきにしもあらず(今のところ、候補三人)。後は、GUSTの定評ある音楽だが、うーむ、いまいちふるっていないかも。サントラは買おうと思うが(携帯ゲーム機なのに、サントラが出るというのがまたすごい)、プレミアムパックを買って、むしろ『マリー、エリー&アニスのアトリエ』のBGMを楽しみにしようかと思う。

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今週の『アイドルマスター Xenoglossia』と『ヒロイック・エイジ』

2007-04-18 | アニメ
『アイドルマスター Xenoglossia』
 今回も春香にはセクハラの嵐…。「ピンク」は…。
 それはさておいて、設定が少し明かされてかなり見やすくなった。やっぱり、敵組織「トゥリアビータ」が存在するわけだが、どういう点で対立しているのか。月の名残の隕石を破壊する組織「モンデンキンド」に敵対するのだから、やはり月が崩壊した謎をめぐって話が展開するのかなあという感じ。まあ、学校(廃校?)の地下にある秘密基地など『ライジンオー』を思い出しますな。もっともあれは、学校が変形して秘密基地になってたけど。
 アイドルの試験は、偽装で、実はロボットのパイロットを探していたとのこと。適格者が絞られるとはいえ、そんなのでパイロット集めて士気をたもてるのだろうかとちょっと突っ込んだ。人類を守る役の割には、生活が質素だし。
 アイドル・オーディションを利用してパイロット集めということは、女性しかアイドルマスターになれないということで、乙Himeみたいな設定があるのだろう。アイドルとアイドルマスターの設定なんかは『トップをねらえ2!』のバスターマシンとトップレスの関係を思い出す。
 とまあ、一部謎が明かされたおかげで、もっと大きな謎がたくさんでてきたというところ。

『ヒロイック・エイジ』
 こちらも、OP前のプロローグで、ほとんどの謎が明かされてしまった。過去に英雄の種族が他の種族に戦争を吹っかけるのだが、黄金の種族にとめられて、最後に残った5体の英雄の種族は、それぞれの種族の個体にやどり、力を貸すノドスになったと。しかも、青銅の種族は銀の種族に従えられて、鉄の種族こと人類と戦争を続けている。地球は、銀の種族に占領されて、地球の奪還が人類の悲願と。うーむ、妙な固有名詞が多いけれど、割と普通の星間戦争ものじゃんという気はした。ところどころ『テッカマン ブレード』に似ているし。
 思うにこの作品のテーマは、文化的な人類と野生的なエイジの意思疎通や、人類と他の種族の意思疎通など、考え方の違うもの同士のコミュニケーションではないか。
 エイジの描いた絵やワープの描写など、映像はかなりいいのだが、どうも脚本が振るわない。また、後半くらいでうぶ方丁が出張ってきたりしなければいいのだが…。

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壁井ユカコ『鳥籠荘の今日も眠たい住人たち2』

2007-04-16 | ライトノベル
鳥籠荘の今日も眠たい住人たち 2 (2)

メディアワークス

このアイテムの詳細を見る

「まだ嫌だった、負けを認めるのは。だってまだたったの三日だ。たった三日前に二人で話した夢が一つも実現しないまま、世間知らずの子供のおままごとで終わってしまうなんて認めたくなかった」(P184)

 壁井ユカコ氏の『鳥籠荘の今日も眠たい住人たち』の2巻である。なんか、前回よりも腐女子度アップ(失礼)。

 あいかわらず、心情を丁寧に描いた作風だが、今作のモチーフは同作者の『NO CALL NO LIFE』とかぶっていること多し。また、番外編的な話の第2章「ザリガニ/万引き/スケッチブック」がいい感じなのだが、これのネタが第3章でばらされて、ああなるほどとうなずくこと至極。全体的には、順当に巻を重ねたかなというところだ。

 実はあんまり書くことはないのだけど、プロローグとエピローグと帯に「君は自分が今、本当に生きてるって言い切れる?」みたいな問いがあるのだが、これはいかなる意味か。1巻にも同様のセリフがあったけど、少なくともこれまでの2巻の中では、この問いに該当するモチーフは作中で明示されなかったと思う。最後まで読んで解る、なにかしらのネタが仕込まれているのか。気になるところだ。
 シリーズものの2巻目ということもあり、取り立てて新規読者に勧めることはしないが、壁井氏のファンなら買って後悔はしない。壁井氏の本を今まで読んだことないけど、これから読もうかなという人には電撃文庫の『カスタム・チャイルド』を入門書として勧める。

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今月の新アニメ『らき☆すた』『ぼくらの』『英国恋物語エマ 第二幕』

2007-04-15 | アニメ
 今月始まるアニメもこれで最後。というか、多すぎてフォローしきれないし、したいわけでもないのだが…。どうでもいいアニメは切り捨てて、まともなものだけを見ることにしたい。

『らき☆すた』
 原作未見。ほのぼのというよりゆるゆるした日常を描く作品で、まあ『あずまんが大王』からの系列に連なるものなのだが、あまりおもしろくない。こうこうだから面白いから見てくれ、という説得力がある作品ではなくて、波長の合って面白いと思う人だけ人だけついてきてくれというスタンスなのかもしれない。インターネットラジオで聞いている『らっきー☆ちゃんねる』という『らき☆すた』の宣伝ラジオが面白くて期待していただけに、期待はずれ感が強い。というのは、『らっきー☆ちゃんねる』は小神あきらという「14歳のスーパーアイドル」というめちゃくちゃテンションの高いキャラがメインパーソナリティーとしてやっているのだが、これが『らき☆すた』のテンションとは正反対で面白い。一応『らき☆すた』でも『らっきー☆ちゃんねる』というコーナーがあってあきらが登場しているんだけと、早々に腹黒ネタに走って不発…。京都アニメーションなのになあ(OPが「また」踊っているらしいが、不覚にも見損ねた)。というわけで、アニメよりも宣伝ラジオのほうが面白いという、わけのわからない番組に。むしろインターネットラジオ『らっきー☆ちゃんねる』を勧めたい。

『ぼくらの』
 原作は『なるたる』の原作者のマンガ。しかし僕はどちらも知らない。どうも設定勝ちしたアニメのようで、15人の少年少女がある日「ゲーム」への参加を契約してしまい、ロボットに乗って一人ずつ敵と戦うのだが、その一人は勝っても死んでしまい、かといって負けたり逃げたりしてしまうと世界が滅んでしまうという超設定。「私」対「世界」というセカイ系設定である。まあ、僕も「世界」を描けるジャンルはSFだと思っているけれど(ミステリーは認識、ファンタジーは倫理、純文学は心情、ライトノベルは青春)、セカイ系は極端すぎてちょい苦手なんだよなあ。作者の傾向からしてかなり修羅場が描かれるはずなので、それからを期待したい。

『英国恋物語エマ 第二幕』
 『第一幕』は今Gyaoで見ているが、案外ふつーの身分物恋愛物語に思える。そして『第二幕』の第一話は『第一幕』の総集編。どうも『第一幕』ではジェントリとメイドの恋は身分の壁に阻まれてうまくいかなかったのだけど、最後にやり直せるきっかけになるかな、という出会いがあったところで終わったらしい。
 昔の恋愛事情を、今の価値観から裁いていくという手口がちょっと気に入らないが(というのは、身分制恋愛の時代にはその時代なりのリアリティがあったのだから)、まあ丁寧に作られたアニメではある。身分制の恋愛なりのリアリティをぎりぎりまで描いて、その正当性にも共感しつつ、その中であえて反抗する姿を描くくらいの粘りを期待したい。

 今クールのアニメで、見ようと思うのは『ヒロイック・エイジ』と『エル・カサド』と『アイドルマスター Xenoglossia』と『この青空に約束を―~つぐみ寮にようこそ~』くらいかな。案外不発な気がする。もっとも『グレンラガン』を寝坊して二回とも見ていないのだが。あとは、ぼちぼちと。

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今週の『この青空に約束を―ようこそつぐみ寮へ』

2007-04-14 | アニメ
 今回も作画がイマイチで、ガキの描いたものかと思うような酷い絵もあったけど、話は面白かった。考えてみれば、凛奈シナリオの山はこのマラソン大会でほとんど過ぎていて、あとは赤い石の話と学園祭の演劇か。まあ、演劇の話も良かったけど。
 今回も脚本は、原作の良さにひっぱられた感じだけど、今まで悪いやつっぽかった凛奈が本当はいい子であり(ま、ツンデレ)、凛奈がつぐみ寮を受け入れるシーンなんかは結構良かった。話の良さでいえば、今クールのアニメで髄一だろう。しかし、尺の関係もあるのだろうが、ギャグが弱くて残念。航がゴールしたあとの「ちゃちゃーちゃーん…」もなかったし。前回の「初対面だよね!」も含めて、本作最高のギャグキャラの茜がイマイチ立っていない。これは残念。たぶん1クールぽっきりだろうから、茜編とかないよなあ。

 ところで、『この青空に約束を』のシナリオを一本の話にまとめようと思ったら2つの方法があると思うのですよ。一つはもちろん、海己から始まり海己に終わる、航の恋愛遍歴を過去の話を深くえぐりながら語っていく話。これは、海己を名実ともに真ヒロインにする話。もうひとつは、凛奈の赤い石の話を前面にもってきて、この謎解き&勘違いで話を展開し、実は航が子供の頃に約束した相手は茜だったというオチをつけること。まあ、この筋でいくと、かなりシナリオを工夫して作らなければならないので、やはり普通に前者の物語でいくのだろうか。しかし、逆に言えば、この二つ以外のシナリオは認めがたい。『この青空に約束を―』のせっかく綿密に張り巡らされた伏線を利用しないゆえ。

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GUST『アルトネリコ2 世界に響く少女たちの創造詩(メタファリカ)』の発売告知

2007-04-14 | ゲーム
 数日前から「アルトネリコ+続編」で検索してここに来る人がいて、何かと思ってたら、本当でしたな。バンプレスト×GUSTから『アルトネリコ2 世界に響く少女たちの創造詩(メタファリカ)』の発売が決定。前作の『アルトネリコ 世界の終わりで詩い続ける少女』も大それた名前だったけど、今回はもっとすごい(笑)。こんなBLOGだから、あまり出来ることはないのだけど、GUSTはもともと応援しているゲーム会社なので、できるだけ応援しようと思います。
 それにしても発売延期になっていた『リーズのアトリエ~オルドールの錬金術師~』の発売が来週に迫ってきたとはいえ、『マナケミア~学園の魔術師~』と合わせてGUSTで開発中のソフトが3本も溜まっているというのは大丈夫なのかな(といっても、『リーズ』の発売延期は、DSソフトの生産は任天堂しかできないのに、任天堂が自社ソフトの生産を優先させたからじゃないかと疑っている。現に、『リーズ』の発売延期告知には「完成度を高めるため」とか「納得の出来るものを」といったソフトの開発延期の言い訳常套句がなかったし。まあ、あまり確度の高い情報ではないので、あまり真に受けないでほしい)。『イリスのアトリエ グランファンタズム』はやっぱり、『イリス』シリーズ前二作と比べてもイマイチという感じが否めなかったけど、あれはスケジュールをつめ過ぎたゆえの失敗じゃないかと思っているので、今のスケジュールはちょっと不安。
 それでも『アルトネリコ』が魅力的なのは、ブランド力は資金の弱いけどまともなゲームを作れるGUSTと、ブランド力や資金はあるんだけど『スパロボ』と『サモンナイト』シリーズしかまともなソフトを作れない(失礼)バンプレストが互いの短所を補えるから。それに、やはり『アルトネリコ』の思い切った世界観は魅力である。イラストを見る限り、前回の島世界(ソル・シエールだっけ?)とは違う世界みたいだから、かつて失われたと思っていた大陸の一つかなあ。ライナーたちはともかく、ほぼ不老不死のシュレリア様などはでるんじゃないか。戦闘システムなども『1』は良く出来ていたので、今回も期待。あとは、コスモスフィア・パートと、某ギャルゲーレビューサイトでネタになった、きわどいセリフの数々だが、今回は自粛(?)するだろうか。GUSTはプロットは良いんだけれど、脚本がイマイチ。

 しかし考えてみれば、『1』はもともとメディアミックスを狙った企画だったとはいえ、数々のCDやラジオCD、小説やマンガをしつこく出し続け、アルポータルとして『アルトネリコ』をプッシュし続けていたわけで、まあ続編は出るんだろうなあと(要望の声も多かったし)思っていたが、本当に出るとなると感慨深い。『アトリエ』シリーズがそろそろネタ切れ感が漂ってきたから、『アルトネリコ』シリーズというGUSTのもう一つの看板ができてよかった。ほんと、我がことのようにうれしい。

 あ、ちなみにアルポータルの「トウコウスフィア」は面白いです。

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