扉への道

泉明 香鈴(せんめい かりん)申します。
香り善き、鈴音(りんね)を拠り所に、「今」を明め「ここ」に在る

死について

2010年05月27日 14時27分23秒 | 気づき
このblogを読んでいただく事に当たり

「はじめ・・・」にを読んでもらえるとうれしいです。

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今、一人で部屋に居る。

外に、出て事故をしてしまったとする。

そして・・・・

死・・・・

誰かが、それを見つけてオオゴトになる。

部屋で、自殺する。

見つかるまではまったく分からない

1ヶ月


半年


一年


もしかしたら、忘れ去られている。


でも、mixi・ブログ

に書くと誰かが分かる。


死するものは、自分の存在を認めてほしいのでは?

でも、その感情は自分とは?

という疑問。

この世の存在価値。

仕事での関係。

「分かってほしい」とジタバタする思考の叫び

その他いろいろな不安が、混ざり合い押し出されてくる。


もし、その思考がなくなると人間は、楽に死ねるのではないかと私は考える。

死があるから生きる。

ただ、生きることが困難なときはどうすればよいのか?


受け入れ、そして手放す。


インスピレーション・ひらめきが伝えようとしているに意識を持つ。


私は、完璧だ。

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この文章を読んだ方、どう思うかは、あなた次第。

判断しず、感情をそのまま感じで、執着しず流れに任せてみてください。

何か、気付くかも知れません。

皆様に、常に「今いる」ことを……