Photo NEWS

北海道の江別より最新NEWSをお届けします。

信仰による祈り

2008-09-30 16:33:39 | 今日の聖書の御ことば

信仰による祈は、病む人を回復させます。 

     ヤコブの手紙 5章 15節

短いみ言葉ですが、すごい力を感じます。

イエスさまは十字架を負われました。十字架の上でご自分の命を捨てられました。

私たちは例外なく、この地上で生きる時間に限りがあります。けれど、イエスさまが十字架の上で捨てられた命によって、それを信じる者には永遠の命が与えられます。イエスさまが命を捨てられたのは、私たちの限りある命を永遠の命へ変えてくださるためでした。

その負われた十字架は、永遠の命を与えてくださるだけでなく、私たちの病をも、ともに負ってくださった十字架でした。

ですから、イエス・キリストを信じている人が、病気の人の癒しを祈る時、十字架の恵みがそこに現れるのです。

私も長年、自律神経失調症で苦しみました。けれどクリスチャンの友人が祈ってくれたり、友人が示された御言葉を私に送ってくれたりしました。友人を通して神様の恵みが現われました。私は癒されたのです。それも完全にです。


秋:食欲の秋

2008-09-30 16:10:17 | 江別から感謝を

P1030148 お隣は、庭に小さな菜園を作っています。

トマトとかサヤインゲンとか色々。

とうきびも作っています。いただいちゃいました。\(^o^)/

それも もぎたてを茹でて、あつあつのをいただきました。感謝\(^o^)/ 甘くてとっても美味しい!(●^o^●)

P1030160 P1030161 秋はお天気も変わりやすいですね。左:今日のお昼頃のです。朝から晴れ渡り、深い青色の秋の空でした。 右:今、夕方4時過ぎです。札幌は既に、ぽつぽつ降り出しているようです。

本州では台風の影響を受けそうですが、どうぞお気をつけください。

      今日一日元気で、喜びに満ち溢れた一日となりますように。


孤児

2008-09-29 16:29:05 | 今日の聖書の御ことば

父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、

孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、

この世から自分をきよく守ることです。

    ヤコブの手紙 1章 27節

私たちの群れ(主の十字架クリスチャンセンター)では、教会を土台にして、色々な働きをしています。

海外宣教、神学校、、新聞、出版、賛美、コンピューター、孤児院などの働きがあります。神様はこれらを通して、さらに一般の人々へ、神様の存在、愛、恵みを流そうとしております。現に、これらを通して、多くの方が教会へ来られ、信仰の告白をされ、さらに神様の働きを担うようになっています。

今、アフリカのザンビアにある、礎の石孤児院に遣わされている宣教師が一時帰国していますが、この方もその一人です。

名古屋の本屋さんで見た、礎の石孤児院の本を通して教会へ来るようになり、救われ、ザンビアの礎の石孤児院の宣教師として遣わされて行きました。

一時帰国されている間、全国で開かれている孤児院報告会に積極的に参加され、報告、証をしてくださっています。

日本に居ては、想像もできない環境の中で、孤児院の働きを担っています。神様の助け無しに、祈り無しにはできない働きです。また、私たちの執り成しと献金も。 

平均寿命38歳という現状の中、今8人の子供たちがいます。神様が開かれた孤児院で元気に育っています。

10月2日、宣教師はザンビアに帰国します。みんな待っているでしょうね。さらに祈り、また捧げものをもって執り成して行きます。


秋:紅葉

2008-09-29 15:59:35 | 江別から感謝を

P1030155 P1030156 二件の銀行へ行って来ました。郵貯銀行を普通の銀行としての名で呼ぶのにまだ慣れていません。郵便局・・・と言ってしまいます。反省!

近くの公園を通って行きました。お天気も良く暖かでした。

気温差が大きくなってきているので、紅葉もすすんでいます。公園の散歩道にある山桜の木も少し紅葉していました。

P1030153 白樺もだいぶ葉を落としています。黄色く色づいていますが、色づく前に落ちてしまうみたいです。

今日のように、お天気も良く、暖かな日は、散歩に最高です。わずかな時間でもこのようにきれいな紅葉の中を歩ける恵みを感謝します。

秋の深まりを感じます。

       今日一日元気で、喜びに満ち溢れた一日となりますように。


祝おうではないか

2008-09-28 17:56:14 | 今日の聖書の御ことば

『急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。

それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。

そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか

この息子は、死んでいたのが生き返り、

いなくなっていたのが見つかったのだから。』

     ルカの福音書 15章 22節~24節

放蕩息子のところです。

親から財産を譲り受け、その財産のすべてを湯水のように使い果たし、飢え死にしそうになりました。その時この息子は父親のもとへ帰ります。息子としてではなく、雇い人の一人にしてもらおうと。

ところが、帰ってきた息子を見るなり父親は息子に走り寄って抱きしめました。

そして息子は、父親に対して、神に対して犯した罪の故に、息子としての資格は無い・・・と言いました。

父親はそんな息子の言葉など耳に入らないほど喜んだのです。そして言った言葉が今日の御言葉です。

神様に背を向け続けていたとしても、悔い改め、神様の下へ帰るなら、神様はこのようにして迎えてくださいます。そして「祝おうではないか」と言って下さるのです。

いつでも神様の下へ帰る道を、神様ご自身が用意して待っていて下さるのです。

いつでもです。