以下は本日発売された週刊新潮の掉尾を飾る高山正之の連載コラムからである。
本論文も彼が戦後の世界で唯一無二のジャーナリストであることを証明している。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
冤罪新聞
前の東京五輪から間もないころ静岡市の味噌会社で一家4人殺しがあった。
その犯人とされ、長らく死刑囚監房にあった袴田巌の再審が始まったが、それを報ずる朝日新聞のハチャメチャに驚かされた。
再審の日の朝刊はI面トップに「神さま僕は犯人ではありません」の見出しがぶち抜く。
夕刊も再審法廷を受けて1面トップなのはまあいいとして翌日朝刊。
これも1面トップに加え2面全面を袴田で埋めつくしていた。
三連荘(チャン)の1面トップは村上友里ら8人の署名記事で構成される。
大した規模の専従班がついたものだ。
再審は来春まで何回か審理して判決に至るが、この紙面建てはもう冤罪無罪が確定と言っている。
そんなにお先っ走りしていいものか。
元最高検次長、伊藤鉄男が同紙に寄せた談話にあるように「再審開始イコール無罪ではない」のに。
それに袴田事件は日本の冤罪パターンである「古畑種基鑑定」に外れる。
古畑さんは悪い人ではない。
血液学の泰斗で、A型B型の他にO型因子があることを証明した人だ。
ノーベル賞級の偉大な頭脳だったが、ただ東大法医学の権威としてやった数々の鑑定が悉く外れて冤罪の山を作ってしまった。
もし袴田事件も古畑鑑定だったら冤罪確定でいいが事件当時は第一線を退いて科警研所長。
全然絡んでいない。
それに袴田が控訴中の1971年に古畑鑑定の最初のボロが出ている。
弘前大教授夫人殺し事件で、古畑鑑定により別人が服役した後に真犯人が名乗り出てきた。
言い訳もできない鑑定ミスだった。
これを機に古畑鑑定が吟味され、財田川、松山、島田各事件で死刑判決を受けていた3人が相次いで再審無罪になった。
そういう時期。
つまり検察も判事も他山の石を眺めつつ、袴田事件に対応していた。
滅多ないい加減はできない時代だった。
もう一つ。
朝日が専従班を組んで大騒ぎしたケースは悉く外れるという歴史的ジンクスもある。
古畑鑑定の最初のケースは国鉄総裁の下山定則の列車飛び込み自殺だった。
古畑は現場知らずで、轢断死体に出血が少ないのを知らなかった。
鑑定は「誰かが下山の血を抜いて殺した」死後轢断だった。
みな笑ったが朝日は古畑を信じて矢田喜美雄記者らを専従にし、独自の取材で米軍防諜部隊が関わった犯行と断定した。
米軍は「国際的冤罪だ」と随分激怒したと聞く。
70年代、首都圏で10人のOLを犯し、殺害の上放火する事件が続いた。
千葉県警がやっと小野悦男を逮捕すると朝日は共同通信と組んで専従班を置き「自供を強要した冤罪だ」と大騒ぎした。
裁判官は今度のLGBT裁判でも分かるように意外に俗世に弱い。
小野の裁判でも控訴審の竪山眞一は朝日をまともな新聞と思い込み、その主張通りに「自白は信用できない」と無罪を宣した。
朝日は娑婆に戻った小野に「冤罪のヒーロー」の称号を与えて祝福した。
しかし小野はすぐ11人目の幼女を犯し、12人目の女を殺して首を切って胴体を燃やした。
小野は冤罪でもヒーローでもなかった。
実際、朝日が専従班を置いてキャンペーンを張ると、まず碌な結果はなかった。
慰安婦の嘘は2012年の党首討論会で安倍さんが朝日の捏造と指摘するまで30年続いた。
それに続くのが岩垂弘ら専従班が20年打った「北朝鮮は地上の楽園」キャンペーンで、9万人余が死に勝る地獄に送り帰された。
逃げ帰った日本人妻が北を訴えた控訴審判決が先日出て、朝日が加担した「虚偽宣伝」も訴えの対象になるという判断を示した。
無責任な朝日に今度こそ引導が渡されんことを。
そんなわけで袴田巌事件関係者も「朝日が味方だ」なんて喜んでいるととんだことになる。
冤罪を信じるなら朝日には「書くな」と言ってやるがいい。
2023/11/9 in Osaka