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上山田温泉(長野県千曲市)

2013-10-17 19:08:19 | 温泉街

2013年10月10日 長野県

上山田温泉 

長野県千曲市

明治中期に千曲川の河川敷に戸倉温泉、上山田温泉が相次いで開湯され、善光寺参りの精進落としの湯として賑わった。例年、千曲川の水害に見舞われて一時は移転を余儀なくされたが、明治末期から大正時代にかけて堤防や温泉施設の整備が進み、大正後期には現在の温泉街・繁華街が成立した。戦後間もないころは傷病兵の湯治場となり、最盛期の昭和後期には企業の団体客など年間130万人以上の観光客が訪れた。Wikipediaより

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千曲川 (大正橋)

 

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恋しの湯伝説

戸倉上山田温泉街に入る千曲川渡る橋「大正橋」の舗道には「赤い小石」が99個埋められております。
その昔、離ればなれになった恋人を心配し観音様にお参りしたところ、「恋しいあの人が踏んだ千曲の赤い小石を百個拾えば帰ってくる」とのお告げを信じ、毎日河原で赤い小石を拾い、最後の一つを拾い上げた時、石の下から温泉がわき出てきて、恋人も戻ってきたというラブストーリー。以来、この「いで湯」は「小石(恋し)の湯」と呼ばれています。 中央ホテルホームページより

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獅子ヶ岩(鼻)

この岩塊は、約2000万年前にこの地方が入海だった頃、その海底にたまった三紀層の泥岩である。それが、熱の変質作用を受けて硬い赤みを帯びた岩となり、その地層中へ大成岩(マグマ)の石英斑岩が貫入して形成された。現在、冠着山東尾根が約4Km千曲川に突き出す地形となり、その先端が獅子ヶ鼻と呼ばれている。獅子は、百獣の王と言われるように天下を治める王者の如く、愛情の中にも厳しい風格を備え、千曲川のすさぶ川風にもめげず断崖上に臥している。明治十一年、獅子ヶ鼻から荒砥沢の出会いまでの明治新道が開削された。その獅子が鼻の岩の割れ目に、幾百年となく変わらぬ姿で深く根を下ろしたヒモロの木(ビャクシンまたはシンパク)を神木として祀り、この岩を守護として残し道を切り開いたと言われている。以来、この岩を「獅子ヶ鼻」と呼び、神の縁り代と言われるヒモロ木と共に大切に祀ってきたものです。 説明版より

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佐良志奈神社

允恭天皇(433年頃)の創建といわれ、地元の人々からは“若宮様”と呼ばれ、親しまれる佐良志奈神社。 作家・志賀直哉の「豊年蟲」にも描かれている神社です。 千曲市観光協会ホームページより

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▲「とぐら」

▲「KAMIYAMADA」

▲「ちくまがわ」

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