中年おじさんの散策part2-3

東京都内・海外の散策を楽しんでいる叔父さん。いろいろなところを散策し記憶として記録しています。よろしかったらご覧ください

散策(案内)34 「東京中心部北 572」 上野駅界隈

2021-01-31 22:02:50 | 東京中心 北

このブログは「中年おじさんの散策」2の継続版です

この企画は 私が引率します sosamu@ya2.so-net.ne.jp

参加したい方はご連絡ください。090-3436-8532 ネットでカルチャー(散策・グルメ)

 

200911
東京都台東区上野
上野駅界隈
 上野には様々な顔があります。パンダ橋が出来てからは反対側に行きやすくなりました。公園では演奏する人々がいます。文化の香りが高いこの町では、コルビュジェの建物が似合います

 

20180508 東京北東 祭り・碑

東京都台東区東上野        

上野駅界隈

 地形は、上野恩賜公園のある上野山が北区の方面から伸びる上野台地(武蔵野台地の分脈)の先端部分にあたる。下谷地域に属する。正確には台地である上野山は標高20mほどの高さをもち、上野の街は上野山の東と南に開けている。上野台地の西には東京大学の位置する文京区の本郷台地があり、上野公園西南部にある不忍池はもともと両台地の間の谷(谷中・根津)を流れてきた谷田川(藍染川)が流れ込む場所に自然に形成された池である。現在では谷田川は地表から消滅し、不忍池も面積を縮小させている。   広域地名としては浅草と共に上野・浅草副都心を形成する、上野駅を中心とする一帯の地域を指す。 ここで言う上野エリアは、台東区上野、北上野、東上野、上野公園などからなり、日本最初の公園である上野恩賜公園(上野公園)や、デパートや飲食店などが集まる繁華街、喫茶店発祥の地を地域内に持つ。また上野は戦前から男娼が集まったゲイ・タウンとしても知られる。  ああ上野駅  

 

 

 

 

 

20170415 東京北東 シンボル
東京都台東区東上野
        上野駅界隈
 地形は、上野恩賜公園のある上野山が北区の方面から伸びる上野台地(武蔵野台地の分脈)の先端部分にあたる。下谷地域に属する。正確には台地である上野山は標高20mほどの高さをもち、上野の街は上野山の東と南に開けている。上野台地の西には東京大学の位置する文京区の本郷台地があり、上野公園西南部にある不忍池はもともと両台地の間の谷(谷中・根津)を流れてきた谷田川(藍染川)が流れ込む場所に自然に形成された池である。現在では谷田川は地表から消滅し、不忍池も面積を縮小させている。
  広域地名としては浅草と共に上野・浅草副都心を形成する、上野駅を中心とする一帯の地域を指す。 ここで言う上野エリアは、台東区上野、北上野、東上野、上野公園などからなり、日本最初の公園である上野恩賜公園(上野公園)や、デパートや飲食店などが集まる繁華街、喫茶店発祥の地を地域内に持つ。また上野は戦前から男娼が集まったゲイ・タウンとしても知られる。

 

 

 

 

 

20151113  東京北東・商店街
東京都台東区上野
        上野駅界隈
 アメヤ横丁(アメヤよこちょう)は、日本の一地名。東京都台東区のJR東日本・御徒町駅 - 上野駅間の山手線の高架橋西側と高架下の約500メートルを中心に約400店を有する商店街である[1]。正式名称はアメ横商店街連合会(アメよこ しょうてんがい れんごうかい)であるが、アメヤ横丁のほか、アメ横(アメよこ)、上野アメ横(うえのアメよこ)、アメ横商店街(アメよこ しょうてんがい)などと通称されることが多く、商店街の看板にも「アメ横」と表示されているものがある。
  名前の由来は2説あり、ひとつは、終戦直後の砂糖の手に入りにくかった時代、「芋あめ」を売る店が並んだためという説がある。もうひとつは、アメリカ進駐軍の放出物資を売る店も多かったことからである[1][2]。現在でも、アメヤ横丁問屋街には、飴などの菓子類を売る店がある。

 

 

 

 

 


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