三酔人の独り言

ルポライター・星徹のブログです。歴史認識と国内政治に関わる問題を中心に。他のテーマについても。

植木千可子『平和のための戦争論』から考える

2015-05-30 19:12:45 | 外交・安全保障
 2か月ほど前、植木千可子『平和のための戦争論~集団的自衛権は何をもたらすのか?』(ちくま新書/2015年2月)を読んだ。「安全保障に関する基本を確認しつつ、現在進行中の問題に当てはめて考える」という点では「役立つ本」だな、と思った。

■植木千可子(うえき・ちかこ) 早稲田大学教授。マサチューセッツ工科大学(MIT)国際研究センター・安全保障プログラム客員研究員。専門は国際関係と安全保障。

 以下、私が関心を持った箇所のみを取り上げ、考えた事を記していきたい。
*<   >内は本書からの引用。[   ]内は引用者(星徹)が補った。

(1)米中は軍事的に敵対し続けるのか? 米国にとっての日本の価値は?
<覇権国は、2番手の台頭と挑戦を予測すると、挑戦国を押さえ込もうとする。当然、2番手の不満はいっそう強くなる。>(P45)

*その3つの例(P45~46)
・第1次世界大戦勃発当時の英国とドイツの関係。
・第2次世界大戦勃発当時の米国(+英国等)と日本の関係。
・現在の米国と中国の関係

<しかし、米中の覇権交代があるとしても、そこには、これまでの覇権交代と決定的に違う点がある。それは、アメリカと中国が核保有国(中略)という点だ。>(P46)

<[米国にとって、]日本の戦略的な重要性が下がっている。冷戦終結は、日本の戦略的な価値を下げた。さらに過去約20年の経済低迷は日本の魅力を半減させた。加えて、沖縄の在日米軍基地は、かつてのような軍事的な聖域ではない。中国に近すぎるのだ。中国のミサイルと戦闘機の射程に入るため、戦時下では、在日米軍基地は脆弱だという指摘がある。もし、これが本当だとすると、基地使用の代わりに日本を防衛する、という「契約」は成り立たなくなる。>(P211)

【(1)の考察】
 第2次世界大戦後の軍事・安全保障環境は、それ以前とは大きく異なる様相を呈している。特に大きな変化を2つ挙げるとすれば、核兵器を保有する国が(米国以外にも)次々と登場したこと、そしてミサイルの性能が飛躍的に向上したこと、ではないか。これらは密接に結び付いている面もある。

 「総合的な軍事力」という事で言えば、米国の力は圧倒的であり、中国のそれを大きく上回る。それでは、米国は中国を軍事的に恐れることなく、強気一辺倒に出ることができるか? 否。現状を見れば分かるとおり、なかなかそうはいかないようだ。それは先の2点とも関係するのだが、それだけではないだろう。経済はますますグローバル化し、国家同士の相互依存関係がますます深まってきている(*複合的相互依存関係の深化)、という事も大きく関係しているはずだ(*当ブログ2014.5.9「複合的相互依存関係の重要性」 参照))。

 だから、米国と中国の双方にとって(*特に米国にとっては)、直接的な軍事衝突・戦争は極力避けたいはずだ。軍事的にも政治・経済的にも、そういった事はますます「利に合わない」状況になっているのだ(*中国については不安要因もあるが)。

 現在、勢いを増す中国と軍事超大国である米国は、東・東南アジアに於いて覇権争いのとば口(入口)に立っている。米国と中国は、軍事的ガチンコ対決にまで至るのか?

 もちろん、そう簡単に未来予測など出来ない。突発的で小規模なイザコザや軍事衝突は、十分に予想できる。しかし、両国(*特に米国)の政治中枢が理性的に国益を考えれば、「そんな愚かなことをすべきではない」といった方向に収斂する可能性が高いのではないか。最終的には、両国で安全保障協定でも結び、「縄張り」の共同管理や地域分割といった方向に進む可能性が、最も高いのではないか。そういった方向性が、双方にとって最も合理的な選択のように見えてくるのだ。もちろん、国の中枢にいる人々や国民一般が、いつも理性的に判断するとは限らないのだが。

 もし米中両国がこのように「縄張り協定」のような形に収斂して行けば、日本はどうなるのか? 尖閣諸島などの領有権は、どうなるのか?

 米国の「黙認」の下、中国が望む方向で事が進んで行く可能性が高まるのではないか。米国にとって、日本より中国の方が総合的に「魅力的」に映るのであれば、日本の立場は厳しいものとなるだろう。

 だから、日本の外交・安全保障が米国一辺倒になり、米国の安保政策に振り回されれば、大きなリスクをしょい込むことになる、と思うのだ。日本は、上記のような可能性を含めてあらゆる場面に対応できるよう、常にリスクヘッジ(*危険や不確実性の回避)を念頭に置き、より合理的でバランスの取れた外交・安全保障政策を追求していく必要がある。

 私は現時点では、以下のような外交・安全保障政策を追求する必要がある、と思っている。

日本の限られた防衛予算と人員・装備は、もちろん憲法の枠内でだが、できる限り有効に使うべき。日本にとっての最重要事は、他国からの軍事的な侵攻・侵略を許さないことだ。「米国の戦争(の準備)」のために振り回されることで、本丸の国防体制が疎(おろそ)かになるようなことは、あってはならない。目的を明確にし、常に検証が必要なのだ。

*日本がこの「徹底自衛」の方針を追求すれば、米国にとっても大きなメリットになるはずだ。
*米国の「要請」によって自衛隊が南シナ海等にコミットすれば、日本周辺(*東シナ海など)は手薄になる可能性が高まるのでは。

日米安保体制に基づく安全保障体制は(当面は)基本的に維持するが、「憲法の枠内」という原則は堅持すべきだ。安倍晋三政権が確立を目指す安全保障法制は、「憲法の枠外」にあるゆえ、現在は取るべき道ではない。

*米国への貢献としては、在日米軍基地の提供と「自衛力の徹底」(*上記①)で十分なはずだ。

そうは言っても、世界的に考えれば、「自分の国だけ安全で幸せであればよい」という訳にはいかない。憲法の枠内で、国連を中心とする国際協力活動(*PKOなど)に積極的に参加する必要がある。国連の改革にも、積極的に関わる。

こういった方向性を追求する中で、憲法の枠内に収まらない可能性のある場合は、国民的議論(*国会を含む)を経た上で、憲法改定の可否を判断する。可であれば進み、否であれば停止または一歩後退する。ただし、「解釈改憲→同時並行で(又は「後に」)明文改憲」のごときゴマカシは認めない。

(2)国連の集団安全保障が機能しない中での憲法9条
<日本国憲法は、もともと、国連の集団安全保障が機能していることを前提にしている。国連の集団安全保障の考え方は、加盟国間で相互不侵略を誓約し、どこかの国がそれに違反して侵略行為を行った場合、加盟国全体で被侵略国を助け、侵略国を制裁するというものだ。だから、個別の国は独自の軍備を持つ必要がない。ところが、国連常備軍は存在せず、国連の集団安全保障機能は限定的だ。前提が崩れ、日本の防衛政策は今日まで憲法の拡大解釈を重ねて綱渡りのような状態を続けてきた。世界は、結局、集団安全保障ではなく、同盟などの勢力均衡によって安定を保ってきた。>(P62)

【(2)の考察】
 国連中心の集団安全保障体制がもし整っていれば、敗戦から間もない日本は、たとえ対外的に「丸腰」(*完全非武装)に近い状態であったとしても、大きな問題は無かったのかもしれない。しかしそれでも、戦後復興が進んで経済大国になるにつれて、自らが恩恵を受ける集団安全保障体制のための「応分の負担」が求められるようになったはずだ。つまり、たとえ「国連中心の集団安全保障体制の確立」といった前提があったとしても、憲法9条にまつわる問題は、現在のそれとはまた「別の形」で浮上していた可能性が高い、と思うのだ。

 憲法9条を「国語として素直に」読み込めば、大方の人は、「現在のような自衛隊の存在も、それに基づく法体系も、憲法に反する」という結論に至るかもしれない。しかし日本は、「安全保障上の止(や)むに止まれぬ事情」を大きな理由として(*正当か否かは別だが)、憲法9条を「綱渡りのように」(*見方によっては「誤魔化しながら」)進んできた、と言えるだろう。
 
 この事には、賛否両論がある。ただ、必要最小限度の「国防」を任務とする限りでの自衛隊に対しては、現在では多くの国民が好意的に受け止めているようだ(*各種世論調査の結果より)。しかし近年、政府やその周辺の人々は、「これがギリギリの線だ」と繰り返しつつ、「国防」というタテマエの下で、拡大解釈と既成事実を次々と積み重ねているようだ。

 昨年6月までの日本政府は、集団的自衛権行使を含む「海外での武力行使」は、「最後の砦(?)」として容認してこなかった。しかし、「2014.7.1閣議決定」によってその「砦」は壊され、突破口は開かれた。
 
 この憲法上かつ安全保障上の大きな変更は、国防のための「止(や)むに止まれぬ」事情があっての事ではない。安倍首相らが「やりたい」と念願しているだけであり、近代立憲主義とそれに基づく憲法を蔑(ないがし)ろにしてまで強行する緊急性も必要性も無いのだ。
 
 私たちは、安倍政権とそれを支える与党(自民・公明)の暴挙を阻止した上で、真の安全保障論議を始める必要がある。

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