fu-tenのへび

そう、ゴルフ好き,ラグビー好き、スポーツ大好き。音楽も好き

泣きたい夜だってある。

2007-10-17 | ラグビー
 今日は、一日東京人。両国で昼に仕事を済ませ、2時過ぎに麹町にて日本一
有名な知事である、あのひとのセミナーを「同じ営業として」聴きに。5時過ぎに
工藤さんの病室へお見舞いに行った。

 工藤さんに何をしてあげられるのか?と考えた結果、本郷の試合のDVDとラグビーボールを模った本郷ペンダントTOPを持参した。

 40分ほど話をさせていただいた。(もちろん、通常の状態ではなかったことを
お察しください)その中で、印象に残った言葉がいくつもあったので、関係者の
皆さんにはここで伝えなければならないでしょう。

 あらためて聞いても、工藤さんは本郷のことを「うち」と言うこと。これは
身内の「うち」、仲間内の「うち」、この一言にも本郷ラガーに対しての、
思い入れと愛情を感じました。

 そして、他の話は曖昧な部分もあるなかで、はっきりとした口調で
「11月4日は成蹊ですね。」帰り際には、
「また、グランドでお会いしましょう」ともおっしゃいました。

 僕は選手でもないのに、「必ず花園に行きますから。応援に来てください。」
と言うと、大きく頷いておられました。面会のほとんどの時間を、僕の右手を
しっかりと握り締めながら、一緒にDVDを見ました。すると、
「この試合は、いい試合だったね。」とか「コウヘイは、体が大きくなったね。」
とも、おっしゃっていました。

 「今までこれといった大病もしたことないのに。」とおっしゃられた言葉に
凛として生きてこられた工藤さんの悔しさが、滲み出ておりました。しかし、
これからリハビリをすれば、元気なお姿になっていくとは思います。

 帰り道、なぜか車の中で涙が止まらなくなり、選手でない自分が歯がゆく
思いました。工藤さんとの男と男の約束は、自分の力で果たすことはできない。
それが悔しくて、なのか?よくわからない。けれど、泣きたい夜には間違いない。

静かなるサポーター。

2007-10-17 | ラグビー
 工藤さんと初めてお話したのはいつだったろうか?本郷のグランドで何度も
顔を合わせるうちに、自然にお話するようになったと思う。
天候が悪い時や、対戦相手があまり強くない時は、父母の応援も少なくなるもの
なのだが、工藤さんはいつでも必ず観に来てくれるし、試合の30分以上前から
必ず練習を見守っていた。

 県外だろうが、菅平だろうが、もしかして出席率は一番に近いのではなかろうか?本郷OBとは聞いていたが、ラグビー部OBというわけではなく、僕から
見ても「いいじいちゃん」なご年齢でもあるのに、「本郷ラグビーファミリー」が
生きがいであるとお聞きしたこともあった。

 工藤さんは、実は選手の名前はもちろん、選手の特徴まで良くご存知だ。
「彼は、○○に強いんですよね。」時に、勝負の話になると、やさしい風貌から
想像できないほど鋭い眼光になる時がある。

 関東大会の辰巳の森会場でのこと、応援者の場所がグランドの端のごく一部に
制限されたとき、工藤さんは大会本部席へ抗議をしてくれた。そのお陰か、グランドの外ではあるが、自由に観戦することが許された。

「せっかく県外から、わざわざ観に来ているのに、あんな場所からしか応援できないのではかわいそうだ。協会にも言わないといけない。」

やさしい口調ではあったが、「芯の通った男の強さ」を感じた。少しずついろんな
お話をしていただけに、日曜日に入院されていることを聞いてショックだった。

「車椅子でも花園につれて行く」とお嬢さんがおっしゃっていた。いろんな人の
想いが、彼らの知らないところに存在する。


PS、本日お見舞いに行こうと思います。本郷の試合のDVDを持って。