金谷武洋の『日本語に主語はいらない』

英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を論破する

第33回 「国語か、日本語か」

2005-11-25 01:01:09 | 日本語ものがたり
 我々が日本の学校で習ったときは「国語」だったのに、その同じ言語が外国語として学ばれると「日本語」と呼ばれるのは何故だろう。これは国際化時代の日本の言語として不自然ではないか、という声が次第に大きくなってきた。そう言えば、近年ベストセラーになった大野晋氏の『日本語練習帳』(岩波新書:1999年)と斎藤孝氏の『声に出して読みたい日本語』(草思社:2001年)は、日本人向けに書かれた本であるが両方とも「日本語」の方を選んでいる。これも一つの時代の流れというものだろう。国内と海外での日本語学習者数が百万単位で報告される世の中となったのだ。

 2003年春には、さらに象徴的な出来事があった。発足以来半世紀を越え、2500名の会員を抱える「国語学会」が名称を「日本語学会」と変えたのである。改称に先立って、学会のシンポジウムでは激論が交わされたそうだが、結局会員の郵便投票の結果、決定された。新聞によれば、投票総数(1170票)の内、改称賛成が776票と過半数(66%)を占めたらしい。つまり2/3が「日本語」派だった。

 朝日新聞(2003年1月7日)によれば、こうした流れと並行して、日本の大学も「国語・国文学科」から「日本語・日本文学科」に変えるところが目立つそうだ。これでは「将来、国語辞典が日本語辞典になるかも」と記者が書くのも無理はない。小中学校ではいまだに「国語」が定着しているが、これまで研究者の「総本山」と見なされてきた国語学会が日本語学会と改称されたことの影響は大きいだろう。考えてみると、例えばここカナダでは、母語であろうが外国語であろうが英語はEnglishだし、フランス語だってそうだ。English(英語)はもともとEngland(英国)一国の言葉だったが、今や国境を越えて他の多くの国の公用語(official language)(の一つ)となっている。特にカナダやスイスの様に公用語が複数ある場合、英語やフランス語などとそれぞれの言語名で呼ぶのが当然で、「国語」では何のことか分からない。

 さて、ここまでが枕である。今回は典型的な「国語の間違い」と「日本語の間違い」を御紹介したい。言い換えれば前者が「日本人の間違い」で、後者が「外国人学習者の間違い」である。前者はインターネットで見つけてきた。

 先ず「国語の間違い」から。 慣用句の「流れに棹さす」や「役不足」「確信犯」の意味を、日本人(大人)の何と60%前後が誤って理解しているという意外な事実が文化庁の日本語に関する最近の世論調査で分かった。この小文をお読みの皆さんは大丈夫だろうか。せっかくだからこれはクイズとして、正解は次回までのお楽しみにしよう。今回はそれとは別に、子供が童謡や唱歌の歌詞を間違って解釈するという話題。(もしお心当たりがあれば、直すのに遅すぎることはありません)

(1)「兎追いしかの山」の「追いし」。これは有名な例だが「美味しい」と思って歌っている子供がいる。「し」は古語なのだから、分からないのも当然。(2)「あした浜辺をさまよえば」の「あした」。「朝」が正しく「明日」は間違い。(3)「夕焼け小焼けの赤トンボ。おわれて見たのはいつの日か」の「おわれて」。「(背)負われて」が正、「追われて」は誤。(4)「しゃぼん玉飛んだ。屋根まで飛んだ」の「屋根まで」。これを「屋根も一緒に」と、台風の歌だと思った子供がいたらしい。本当は作詞者の野口雨情が、生まれてすぐ死んだ子供をしゃぼん玉に託した歌なのだそうだ。そう聞いてみると「生まれてすぐにこわれて消えた」に悲しさが込み上げてくる。(5)「仰げば尊し我が師の恩(…)今こそ別れめ」の「別れめ」。私はこれを「別れ目」だと確信して大声で歌っていたが、これまた勘違い。最後の「め」は何と古語の意志の助動詞「む」の已然形で「こそ」の係結びだと知って驚いた。古語を知らない子供に正しく理解しろと言う方が無理なのではあるまいか。

 続いて「日本語の間違い」。これは日本語教師の友人がEメールで送ってきたものだが、ご覧の様に傑作揃いである。友人によると全て実例なのだそうだ。

問:「あたかも」を使って例文をつくりなさい。
答え:冷蔵庫に牛肉があたかもしれない。
問:「どんより」を使って例文を作りなさい。
答え:私はうどんよりそばが好きだ。
問:「まさか~ろう」を使って例文を作りなさい。
答え:まさかりかついだきんたろう。
問:「うってかわって」を使って例文を作りなさい。
答え:彼は麻薬をうってかわってしまった。

 うーん、ちょっと出来過ぎている感じがしないでも。茶目っ気のある優秀な学習者が作ったのかも知れない。あるいは作者は教師だったりして。真偽はともかく、私は腹を抱えて笑ってしまった。日本語も笑いながら学んだ方が学習効果がある。こんな傑作なら、間違いだって日本語教室でどんどん紹介したいものだ。(2004年11月)

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1 コメント

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「言いまつがい」 (たき)
2007-02-14 07:22:30
新潮文庫の「言いまつがい」(糸井重里監修:2004)を読んでいたら、童謡の「赤い靴」の「異人さんに連れられて」の所を「いいじぃさん」と勘違いし、「良いお爺さんも誘拐するかもしれないっていう教訓の歌だと思ってました」という投稿が紹介されていた。かと思うと、この同じところを「いち、にっ、さん、しっ」と勢いよく歌っていたと告白する人も。「赤い靴をはいた女の子4人が、てっきり連れ去られたものだ、と…」この2つの間違いは、恐らく「異人」という言葉が「外人」に置き換えられて、耳慣れないことばになってしまったせいに違いない。(13/2/2007)
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