金谷武洋の『日本語に主語はいらない』

英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を論破する

第38回 「恩師のアドヴァイス」

2006-01-01 10:03:30 | 日本語ものがたり
 カナダ連邦政府の公用語は英仏二言語ということは知っていても、東部のケベック州では公用語は仏語だけということは日本ではあまり知られていない様だ。南にアメリカ合衆国という巨大な隣人を持つカナダは、絶えず国としての文化的独自性を守る必要に迫られている。幸いこの広大な国は日本はおろかアメリカと比べても州権が強く、アメリカ的な「人種のるつぼ」と区別して「モザイク」を謳い文句にしている。人によっては「サラダ・ボール」や「パッチワーク」などとも言うが。ケベック州が「唯一の公用語」という法律的手段をやむなく取ってフランス語とその文化を守っていること自体がカナダ的「分権主義」の表れで、異色のケベック州の存在はこの国の大きな特徴にも、また外国人にとっての魅力にもなっていると思う。

 数えてみるとカナダに住んで今年で28年目になる。ケベック市に7年、モントリオールに21年とずっとケベック州だ。全く時の早さにあきれる。大河セント・ローレンスと王の山(マウント・ロイヤル)に挟まれたこの美しい街に来てからはずっとモントリオール大学で日本語を教え、また時間の許す限り、大好きな通訳の仕事も楽しんでいる。そんな経歴から、今回は、比較的知られていないケベック州の素顔をご紹介してみたい。

 枕として、私がカナダ東部のケベックに来ることになったきっかけと、なぜここに留まることになったのか、その経緯を少しお話ししたい。私は生まれも育ちも北海道、つまり道産子である。15歳で初めて親元を離れ、3年間の寮生活を送ったのは函館ラサール高校。そこにケベッコワの修道士(ブラザー)が数人いた。大学からは東京へ。第二外国語はフランス語とした。さて、幸運にも国際ロータリークラブの奨学金を大学4年の時に戴いたのだが、さあ迷った。本命のフランスに行くか、高校以来多少付き合いもある新大陸のケベックにするか。この時相談に行った大学の恩師、仏文学の阿部良雄先生のアドヴァイスが忘れられない。「金谷君は、フランス語を本当にマスターしたいですか」と尋ねられた。「はい」と私が答えると「じゃ、私ならケベックにしますね」と宣う。「どうしてですか?」「ケベックには日本人はそういないでしょう。君のフランス語はきっと本物になりますよ」「でも、先生。ここだけの話、ケベックのフランス語は、かなりの方言だと聞きましたが……」私の心配顔に先生あははと笑って「それはフランス人の言う悪口でしょう。大丈夫ですよ」今日、モントリオールで充実した生活をエンジョイしている私は、阿部先生に大恩を感じている。カナダ人以外に、フランス人にも随分通訳をしてきたが、先生の言われた通り、意志の疎通には全く問題がない。「ここで覚えたフランス語?まさか!」と、「中華思想のフランス人」が本当に言うことまで先生はお見通しなのだった。教訓:フランス人と仏語系カナダ人(=ケベッコワ)は別世界の住人なり。

 さて、24才で遠路はるばるやってきたケベックに、あろうことか、私はぞっこん惚れてしまったのである。かくて一年の予定が、結局「帰化」してしまう結果となってしまった。一体これほどまでに私を魅了したのは何だったのだろうか。一言で言うならそれはケベック社会に横溢するエネルギーである。パワーである。とにかく元気なケベッコワが多い。思いつくものだけ挙げても、歌手のセリーン・ディオン、ホッケーの「スーパー・マリオ」ことマリオ・ルミュー、F-1レーサーのヴィルヌーブ、ピアノのアンドレ・ガニョン。どれをとっても国際スターである。日本でも大評判の、「動物を一切使わない」太陽サーカス団だってある。冬季五輪ではカナダのメダルは毎回半分以上がケベック選手が独占してしまう。世界のフランス語の歌手は大半がケベッコワだという記事も読んだことがある。

 この元気なケベッコワ達。私はそのパワーの底にケベック社会の「マルチ二重性」がある、と思う。まず第一に、ヨーロッパ的に洗練された文化vs北米の豊かな生活レベルの二重性。「I.D.カードはフランス、クレジットカードはアメリカ」と言われるのはこのことである。

 第二には仏語と英語の二重性。私もカナダ各地を旅行してきたが、ケベック州ほど英仏どちらも通じる州はないと言っていいだろう。連邦政府が理想として掲げているバイリンガリズム(二言語主義)もそれを実際に生活の中で感じられるのはケベック州だけと言っていい。それもその筈、ケベック州がたかだか一世代前の60年台に「静かな革命」と言われる社会変動期を経て経済的にテイクオフするまでは「職場では英語、家では仏語」という二重言語生活のケベッコワが多かったのである。いまでも州第一の都市のモントリオールにはバイリンガルが集中している。ケベックでは、正直な話、英語ぐらい出来ないと話にならないのである。州内なら病院でも店でも裁判所でも英語で殆んど様が足せるが(首都オタワ以外の)他の州の都会でフランス語を使っても、先ず返事はPardon?であろう。日本人に英語で話しかけるようなものだろうか。つまり、学校で習うが話せない。

 まだある。第三に連邦主義と分権主義の二重性。ケベックと言えば先ず「独立運動」というイメージが強いようだが、1995年の(2度目の)レフェランダムで独立賛成派が1%以内の僅差で破れたことでも分かる様に、州民の気持ちは全体として二つに分かれている。と言うことは、連邦主義者(つまり独立反対派)のパワーもケベックでは「大変元気」なのである。信じられないかも知れないが、2006年までの38年間で、連邦政府の首相(つまりカナダ首相)は通算すると37年間もケベッコワだったのだ。実に97%である。つまりトリュドー以来、長期政権はマルルーニ、クレチアン、マルタンと全てケベッコワである。(ただしマルタンは英語州オンタリオのウィンザー生まれ) この間、英語系ではクラーク、ターナー、(初の女性首相の)キム・キャンベルと「ちらほら見え隠れ」したが、いずれもお粗末な選挙戦でたちまちにして破れ去り、この三人分を合計してもやっと一年という低迷ぶりであった。ようやく2006年1月に西部カナダ出身にハーパーが総選挙で勝利し、少数与党ながら政権の座に着いて現在に至っている。

 さて、こういった一連の「二重性」を悪しき「矛盾」として否定するのではなく、逆手に取ってパワーの源とする社会には「違いに対する寛容」が醸し出されるのは自然なことだろう。よくカナダ各地の邦字新聞などで日本人が差別されたなどという投稿記事を見かけては、私など「同じカナダでこうも違うか」と思ってしまう。自分はこの26年でただの一度も「肌の色のせいで」差別されたことはないことは断言出来る。

 もう一つ言えば、この州では女性も「元気印」である。大臣クラスも大勢いるし、エリザベス女王を代表するカナダ総督はハイチ生まれの黒人女性、ケベック州の副総督も(車椅子の)女性だ。モントリオール大学などでは、手許のちょっと古い統計ですら、学士号をとった学生5493名の内、女子学生が3402名で62%を占めている。大学院(修士・博士)でも女性の方が51%と男子を追い越した。さらに注目に値するのは選択した学部でこれまで圧倒的に男子学生の牙城だった学部で女子が男子を抜いていることである。例外は工学部(男子76%)のみとなってしまい、女子が経営学部で52%、法学部は61%、歯科学部で58%、獣医学部で66%、極め付けはエリートの行く医学部における77%である。早い話、私達夫婦のホームドクター、歯医者、会計士、公証人、弁護士など全て女性である。今、日本でも話題になっている夫婦別姓などケベック州では他の州に先がけてとっくに実施しているし、日本の様に「別姓も許可する」ではなく、当地では「法律上は別姓にしなくてはいけない」のである。勿論社会生活上で便宜上変えるのは本人の自由だが。(因みに韓国や中国では昔から別性である)寛容さと言えば、同性愛者などに対する寛容さも挙げたい。今や、自分が同性愛者であるということを隠さない男性や女性が多いし、それを多くの州民は大騒ぎすることなく受け入れている。一時は間違いなくケベック州の時期首相と言われていたにも拘らず、2007年3月の州議会選挙に敗退した責任を取ってケベック党党首のを辞任したアンドレ・ボワクレールもゲイであることを隠さなかったし、マスコミもそれをとやかく言わなかった。

 我がモントリオールの日本語教室でも学生達の多くは考え方が大人である。自分の意見を静かに語り、他人に優しく、寛容である。私もこれら、自分から見ると年下の学生から多くのことを学んできた。精神的に成長した「年下の大人」を相手に、やりがいのある仕事が出来るのは本当に幸せと思う。すこし以前のことだが、ペルーの日本大使館で起きた人質事件の印象を聞いてみたら、案の定、学生の殆ど全員が「ゲリラ全員の射殺」に義憤を感じていた。彼等は、北米大陸に生活しながら、いわゆるアメリカの物質文明に毒されることを嫌い、ヨーロッパと北米の狭間で「自分とは何か」を真摯に考えている。そのせいで政治的関心も高い。ケベックのクオリティ・ライフ、所謂 "Joie de vivre "「生きる喜び」を今後も支えていくのはこういった若者たちなのに違いない。(2008年1月)

*この記事は、バンクーバーで発行されている邦字月刊誌「ふれいざー」1997年7月号に掲載されたものに追記の上、転載したものです。


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2 コメント

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はじめまして (高橋)
2008-01-27 08:20:54
はじめまして。「ふれいざー」での金谷先生の連載はいつも読ませていただいておりました。
私は「ふれいざー」に連載された「カナダ人物列伝」の「本物の」著者の高橋と申します。ふれいざー編集部には「自分がカナダ人物列伝の本当の著者だ」と言っている変な人がいるそうですが。
(ホームページはこちらhttp://bluejays.ld.infoseek.co.jp/

>間違いなくケベック州の時期首相と言われているアンドレ・ボワクレールもゲイであることを隠さないし、マスコミもそれをとやかく言わない

2007年のケベック州議会選挙では、何やらマイナリティ民族問題やセクシャルマイナリティ問題が俎上に上ったようですが。基本的に、ボワクレール氏の一人相撲という感じがしました。
ボワクレール党首は、ケベック党党首として唯一政権を獲れなかった人となりました。
http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/archive/c52288
余談ですが、厳密にはケベックは東部ではなく中部です。
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ふれいざー (たき)
2008-01-28 04:54:22
高橋さん、こんにちは。

懐かしいですね。ふれいざー。宮坂さんに数年お世話になりました。

書き込み、ありがとうございます。おっしゃる様に、ちょっと内容が古くなってましたので書き加え「(…)ゲイであることを隠さなかったし、マスコミもそれをとやかく言わなかった」と過去形にしました。
またハーパー政権のことも追記しました。感謝致します。

ケベック州はやはりカナダ全体で見ると東部だと思います。沿岸州やNFLは勿論そうですが。
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