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"bokuttenani - ぼくってなに" هيا بنا إلى الاحلامات

"判断留保"
“僕らしくなくても僕は僕なんだ 君らしくなくても君は君なんだ” 【ハイロウズのNo.1】

言葉の壁、わからないもの・わからないことへの苛立ち

2020-02-05 03:33:46 | homo - 人間
自分がこんなに怒りっぽくて、気の小さい人間だとは。

ヨルダンの障害児施設で活動中。
サッカーをしている時のこと、生徒が少し乱暴すぎると感じたので、一旦落ち着かせようとして、手を引いた。
ちょっと、激しすぎるとおれは思ったから。
そしたら、生徒が怒ってしまった。

言葉で言っても伝わらず(言いたいことも十分に表現できてさえいない)
生徒が言ってることも完全には理解できず。
生徒はすごい怒っていて、それに対して、おれは何を怒っているのかも完全に理解できていないのに、
自分が激昂してしまった。

日ごろの色んなイライラを全て、その一人の生徒の振る舞いに対して、発散してしまった気もする。
道端で投げかけられる言葉や、郵便局で「コロナ」保菌者扱いされたり、
同僚にさえ、「あなたは日本人か中国人か?」ってもう、一年以上一緒に働いているのに聞かれたり
タクシーの運転手に毎日毎日絡まれたり、

ちょっと、いやかなり、もっと、寛容にならなければ
寛容になりたい
広い心、必要

反応しない心
落ち着いた心
気にしない心





言いたいことを表現しきれない
相手の言ってることがわからない
こいつは、結構な重大なことで、
「わからない」ということがネガティブな気持ちを増幅してしまう
「わからない」ものを「わからない」ままにせずに、ネガティブな方向に妄想して暴走させてしまう。
自分の感情が暴走。



大人同士の、国家同士の喧嘩もこんな風に起こってんじゃないかとか、思う。
相手の思いがわからないと、
お互いの思いを理解し合わないと、
理解できなくても、尊重し合わないと

大変だ

「いまじん 想像する」 言葉と心

2020-02-01 16:38:56 | homo - 人間
いまじん
想像する

土の下の世界
水、虫、菌、根っこ・・・・・・・
根を茎を伝って水!が葉っぱに達する、太陽の光を受ける、そのエネルギー使って光合成!する。今、俺の首元を照らして身も心もちょっと温めてくれてるこの太陽エネルギーを使って、葉緑体先輩は分子の構造大手術!を行なって、有機物を合成してしまう!水と二酸化炭素と光エネルギーから!

こういうのを自分で触って体験したわけでもないし、見たわけでも聴いたわけでも無いけれど、言葉や図から僕らは学びました。抽象化された情報を通して。

エッセンスを抽出して簡略化して表現する

「葉緑体」「光合成」「DNA」「細胞分裂」「窒素同化」「分解」「呼吸」「アポトーシス(細胞の自死)」

言葉は抽象化する、記号化する。
記号化の力はすごい。
複雑怪奇で表現不可能な出来事を簡略化して、そこに含まれる関係や仕組み、動き(デュナーミク 笑)をシンプルに考えたり理解する助けになる!

と、ともに、本物の体験・感覚が持つ生々しさは、その言葉を用いる各自の想像力や意識や気分に応じて再現される。そうはいっても「光合成」とか「DNA」とか直に体験することなんて、できそうも無いけど(「万物の声をきく」というゴール・D・ロジャーさんやヴィパッサナーの先生とかなら出来そう)。

誰かが既に噛み砕いて簡略化してくれた情報(本とかテレビ)とかから僕らは色んな知識を得るけれど。でも、「ゴキブリは怖い」という思いを持つよりもずっと昔の小さい頃に、「なんか動く黒いやつ」を見つけて、手でつかんで眺めたりして確かめていた子供の頃が誰にもあったかもしれない。剃刀の刃先をつかんで血まみれになったり、崖を這いつくばって登って枝が手のひらに突き刺さって恐れ慄いたり、サボテンの葉っぱを食べて嘔吐したり、鼻の穴にビービー弾を詰め込んだりして存在を確かめていた子供の頃がきっとあったに違いない。

言葉にしてしまう前に、生の感覚を大切にしよう。
言葉で受け取って了解してしまう前に、自分で感じて考えて確かめてみよう。
「世界を自分の体で確かめなさい」って五十嵐大介の『魔女』が言ってた。

算数はめっちゃ得意だけど、詩の宿題は一行も書けずに途方に暮れた頃を思い出しつつ。だって、「詩」って何?感じたことって何?思ったことって何?ってなるし! 言葉と心がまだつながってなかったのか。それとも、今の自分があまりにも、安易にいい加減に、心を表現する言葉を選びすぎている気はする。「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」っていつも思って「忙しい」から。星の王子さまに「あんたなんて人間じゃなくてキノコだよ」って怒られる。星空も見上げず
花も愛でずに暮らしていると。

言葉の世界への出口をもたない感覚や感性があるなら、そんなものは大切にしたい!


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映画『円卓』めっちゃ良かったなー。「いまじん」。「想像する」。こんなに優しい映画を見られて良かった。俺は優しいと感じた。

言葉と心:表面と内面:表れる言動と心情の対応人それぞれ違う

2019-11-09 17:44:40 | homo - 人間
人に何か言われた時に凄く、嫌な気分になったり、凄く怒ってしまうことは自分はよくあるんだけど、それは、その言葉を使うときの自分の心境や状況を相手に当てはめて想像しちゃってるからではないかと。

自分がいま例えば誰かに「中指を立てる」としたら(そんなことしないけど!)それは相当な状況・心境なわけで、だから自分が「中指を立てられた!」時に相手がそういう心境・状況になってるんじゃないかって、思っちゃう?感じちゃう?けど、相手はもっと軽はずみだったりする。

表に現れる言葉や行動・仕草・表情と心の奥で感じている思考や感情は各人の間で一致してない。当たり前だけど。人それぞれ。(こんな易しそうで難しいことをを理解して実践して振る舞えたら「えらい!」大人たちの無益な争いも減るのではないかと) 「中指を立てた!」(しないけど!)時の俺の心情と、近所の悪ガキ!(ごめん)の心情は違う。どんな気持ちかは知らんけど! ================
でもごめんなさい。ぼくも小学生の時にバスの中から外を歩いている外国人に中指を立ててしまいました。その人はめっちゃ怒っていたので、こんなことはもう2度とすまい、と、思った。そして申し訳ない。その時のクソガキ(私)の心情は、漫画で読んだか友達がやってるの見たかはわすれたけど、ちょっと「やってみたかった」だけ。ごめんなさい。公園でデートしてるカップルに遠くからなんか叫んで逃げたりもしていたごめんなさい(なにを叫んだかは覚えてない)。「ふぁっきゅー」とかも友達同士で言ってたし、友達じゃない人にも言ってたかも知れない。それはなんか外国語の響きが面白かっただけな気もする。ごめんなさい。

想像以上に、度を越して馬鹿だった(というか、空っぽ?。なんも考えてない?わけでもない。なんか、「カッコいい!」とか思ってた。やっぱり馬鹿だ。休み時間の度に繰り返される戦闘ごっこは、髪の毛掴まれても、太もも蹴られてめっちゃ痛くても止むことはなかったですが、ある時、思ったよりも軽かった友達を投げ倒してしまって、顔面から床に激突させてしまった時に、「もうこんな恐ろしいことはやめよう」と思った気もする。 ======================
あと空気銃でチームに別れて撃ち合うやつとか、ジャンケンで負けた子から、前面にでて、一列に後ろ向きで並んで、ボール蹴りつけるやつとか。なんでそんなことしてた。それは、怖いガキ大将みたいな奴がいて、誘いを断れなかったからかも。子供の世界は恐ろしい。大人だけじゃなくて、自分の力ではどうにもならない、謎の、未知の、無気味な力がいっぱいある。
話がとても逸れました。。。 ====================== あと自分はもう一個気をつけたい。嫌なことがあった時に「この人たちに期待しても甲斐がない」って必要以上に、決めつけて心を閉ざしてしまうことがある。それは自分の心を守ためではあるけど、やりすぎだ、やっぱり。事実、というか、現実、起こる事を脚色せずに、素直に受け入れることもそれではできなくなってしまう。変な色眼鏡で、ネガティブな設定で物事を解釈してしまう。それは寂しい。

だからなにが怒っても、平静に!穏やかに! 動揺せずに受け流すというか、反応しないというか、したいけど、むずかしいけど。 =================
怒っちゃうけど。へこんじゃうけど。
ぼちぼちで!

【小説の翻訳】『ハイファに戻って』ガッサーン・カナファーニー 1/10ぐらい

2019-06-26 17:16:36 | homo - 人間
後ほど、また、整理して修正しようと思います




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視線の先に武装した兵士達が立っている
遠くから爆発音が聞こえる
銃声が続く
ハンドルが手の中で震える

通りを渡る少年を見かけた時に
恐ろしい過去が声や物音と共に蘇る
20年前に起こったことが今、初めて、詳細に思い出される
今また、その時を生き直しているかのように

1948年 4月21日 水曜日の朝

ハイファでは特別な事件はなく
しかし、神秘的な緊張に支配されていた

Ahead his car standing armed soldiers
Comes sound of the explosion from far away
After comes the gunshots
And here comes the past in every detail
For the first time in this 20 years
As if he is living that time again now
Of the 20 years ago

Morning, Wednesday, 21st, April, 1948

Yet not was involved in something remarkable
Although was it under some kind of strange tension
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Google翻訳に頼りました。
この作品は大昔に、ラジオドラマで初めて聞きました(NHK FMシアター)。パレスチナが、イスラエルがどこにあるのかも、国名であることも知らなかった頃に。かなりの衝撃を受けた物語でした。。衝撃というか、なんだろう、なんだろう、なんとも言えないので言わない方がいいみたいです。パレスチナ人の夫婦がハイファに戻って色んな物事と直面する話です(ごめんなさい。。。)。

ガッサーンはパレスチナ人作家で、36歳の時に自動車内で爆殺されました。ハイファは北西部の海沿いの街です。
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When Mr.S returned to suburb of Haifa via Jerusalem,
He was feeling like his tounge tied up and kept silent,
And sorrow coming up from inside.
He knew she was crying silently without even looking at her when the idea of “coming back” came to his mind.
Suddenly came the sound of the sea, same as it had been,
No, he did not even remember anything about the past.
But in his mind he was feeling that stone walls are falling and piling up on one another.
Also a lot of matters and events had come to his mind, and his body was filled up with them.
He said to himself “Sofia”, the name of his wife,
she was also feeling same as his husband,
and crying.




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サイードは自動車でエルサレムを経由してハイファの郊外にたどり着いた。舌が縛られているように感じて黙っている。悲しみが内側から登ってくる。「戻って来たのだ」という考えが彼の頭に巡った時、彼女が黙って泣いていることは見なくともわかっていた。ふいに海の音が聞こえて来た。かつてと同じ音だ。違う、彼は以前のことはもう覚えていなかった。しかし彼の頭の中では石の壁が崩れ落ちて次々に積み重なるようだった。その上に様々な物事や出来事も到来し、積み重なり彼の体はいっぱいになった。彼は「そふぃーいや」と妻の名前を独りごちた。彼女も隣で同じことを感じて泣いていた。








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ラームアッラーを朝に出発してから彼も彼女も話を止めなかった。
車の窓ガラス過ごしに、眼下に畑が広がる。
この暑さは耐え難いものだ。
横顔が燃えるように熱い、まるで車輪の下で焼けついているアスファルトのようだ。
そして頭上には、大地に怒りの油を注ぐ、この酷い六月の太陽、太陽。


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彼は、道中ずっと妻と、話した、話した、話した、あらゆる事柄について。戦争のこと、敗北のこと、トラクターで壊されたマンダルバウム門のこと。そしてダマスカスの川と運河にまで到達した敵のことについて何時間も。また、停戦のこと、ラジオのこと、兵士による物資や家具の略奪のこと、クウェートにいる叔父の息子(いとこ)が心配なこと、荷物をまとめて逃げ出した隣人のこと、アウグスト・ビクトリア病院の近くの丘でたった3人だけで戦っていたアラブ人兵士のこと、制服を脱いでエルサレムの通りで戦っていた男たちのこと、ラーム・アッラーの一番大きなホテルの近くであっという間に殺された農夫のこと。彼の妻もまた別のたくさんの物事を道中ずっと話しており、二人の話が止むことはなかった。そして今、ハイファの入り口にたどり着き、二人は沈黙した。その瞬間に、二人は、なぜここに来たのかという目的について、一文字足りとも話すことはしないと誓い合った。

ここがハイファだ
20年ぶりの
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1967年の6月30日の真昼、車は白のヨルダンナンバーをつけたグレーのフィアットで、北へ向かっていた。「アーメルの息子」という名の牧草地を抜けて。20年前のことだ。そして、ハイファの南口へ向けて海岸沿いの道を走っていく。小さな通りを抜けて、幹線道路に入っていく時に、彼は自分の中にあった壁が全て崩れていくのを感じた。涙のカーテンで目の前の道は見えなくなった。彼は無意識に口にした
「ソフィア、これがハイファだよ、ソフィア!」
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汗をかいた手の中でハンドルが重くなっているように感じた。彼は妻に「わかっている、ハイファは、私を拒んでいる」と言いたかった。しかし少し考えを変えてこう言った「知っているか? 私は、この20年ずっとマンデルバウム門が開く日のことを想っていた。。。だが、反対側から開くなんてことは全く想像していなかった。そんなことは一度もない。だから、本当に反対側から彼らが門を開いた時に、それは恐ろしくて馬鹿げたことだと思ったんだ。本当に屈辱的なことだと。。。全ての門は一つの正しい方向から開かれなければいけないし、反対側から開いたならそれはまだ閉まっているのと同じことだ。こんなことを言ったら狂っていると思うかもしれないが、でもこれが真実だ。」
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彼は妻の方に向き直った。しかし、彼女は聞いていない。窓の外を見つめていた。右手に広がる農場や、左手に広がる海を眺めていた。20年以上ずっと離れていた風景、しかしいつも想い描いていた風景が今現実に目の前にある。「またこの景色を見ることになるなんて、まるで思っていなかったわ。」「お前が見ているんじゃない、彼らがお前に見せているんだ」そして彼女はーこんなことは今でなかったがー感情を抑えきれずに突然叫んだ。「さっきまでずっと続いていたこの「哲学」はなんだったの?門のこと、様々な光景のこと、そのほかの諸々は。私はいったいあなたになにが起きたの?」「私になにが起きたんだ?」

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彼は自分自身に震えながら語りかけた。しかし、感情を抑えて静かにこう言った
「彼らは占領を終えるとすぐに突然に国境を開いた。そんなことは歴史上のどんな戦争でもなかったことだ。1948年の四月に起きたひどい出来事をそして今も起こっているひどい出来ことを知っているか?どうしてだ?私やお前の目が暗い(黒い)からか?違う、これは戦争の一部だ。彼らは我々にこう言うんだ。『さあどうぞ。私たちが君たちよりもどんなに優れていて威厳があるかを見たまえ。君たちは我々に支え、我々を支持するべきなのだ。。。。』だがお前も見たように何も変わっていないんだ。。。我々だったらもっと上手くやれたかもしれないのに。。。。」
「じゃあ、どうしてあなたは戻ってきたの?」
彼は憤って彼女を一瞥して沈黙した。
彼女も知っていた。なんでそんなことを聞いたのか。彼女がそもそも戻ろうと言ったのだ。これらの事柄は20年間ずっと避けてきたわだいだったが、火山が噴火するように過去の出来事が一気に噴き出してきたのだった。。。

ハイファの中心部を走っていると、まるでまだ戦争の香りそこにあるように感じた。ある意味ではその通りだ。神秘的でエキゾチックで挑発的なことだ。彼は自分の顔が固く険しくなていくように感じた。しばらく車を走らせていると、街の様子が何も変わっていないことを認めた。そこここに置かれている石や交差点、そのまた向こうの交差点。。。いつも1946年モデルの緑のフォードで走った道だ。まるで20年間ずっとここにいているかのように道も光景も知っている。20年間の苦しい年月がなかったかのように、以前のように今、車を走らせている。

彼の頭の中から様々の名前が離散していった。埃の厚い層が吹き飛んでいくように。ニスナーシの谷、ファイサル王通り、ハナーティール広場、ハリーサ、ハーダール。。。様々の記憶がまた到来する。彼はまだ執着している。薄暗い声で妻に尋ねた
「それで、どこから始めようか?」
しかし、彼女は黙っていた。まるで沈黙しているかのように泣いている彼女の暗い泣き声を聞いた。同じ苦しみを彼も味わっている。その苦しみを完全に知ることはできないこともわかっている。それでもそれが大きな苦しみであることはわかっている。20年間ずっとあった苦しみだ。そして今、その苦しみは大きな巨人:その内臓、頭、心臓、記憶、思考。。。そのどれもが信じることができないほどに大きな巨人、そいつが今彼女の未来を支配している。彼はその苦しみがどんな意味持ちうるかを今まで考えなかったことをおかしなことだと思った。そして、その苦しみがどれほど彼女の顔のしわ、瞳、心に潜んでいるのかを考えなかったことを。そして彼女が今までどんなことを味わってきたのか、今まで暮らした全部の小屋で(?)、そして子供達やサイードや彼女自身に投げかけてきた視線の中に。そしてその全てがいま、破片と忘却と悲しみの中かから噴き出している。そして少なくとも彼の人生で2回は経験した苦い敗北の瓦礫の上に積み重なっていく。

突然過去は鋭いナイフのようにやって来た:車ファイサル王通りの端を走っていた(ほとんどの通りの名前は以前と変わっていない)。左へ港の方へと下っていくジャンクションへ向かって。そして右側へニスナース渓谷の方へ向かう。バリケードの向こうのジャンクションに立っている武装した兵士のグループを見つけた時。視線の端に彼らをとらえた時、遠くから爆発音が聞こえた。銃声が後に続き、ハンドルは彼の手の中で突然震えた。(不明な一文)。車の先に通りを渡る少年を見つけた時に、恐ろしい過去が音とともに一気に蘇って来た。この20年間で初めて、起こったことを詳細に、そして、今またその瞬間を生きているかのように思い出した。

第4日(水曜日)の朝、21日、二イサーン(四月)、1948年。

ハイファは特別な事には巻き込まれず、しかし神秘的な緊張感に支配されていた。


【アラビア語・・・とアラブとの出会い】

2019-06-18 07:38:08 | homo - 人間
【アラビア語・・・とアラブとの出会い】
アラブに興味を持つようになったのは、誰かの旅行記で「イエメンでめっちゃ親切にさ接待された」とか(なんだこの俗な理由 笑)、2001年に911があってなんとなくアラブの人たちの側に立ってみたいというよくわかんない考えがあったり、オバマさんのカイロのスピーチの「あっさらーむあれいこむ」を聞いたりして、ちょっとずつです(オバマさんのスピーチを読んだ時は興奮したものです。「あなた方に平安を」?なんじゃこの素敵な挨拶は?アメリカの大統領がアフリカ系だし、そんでアラビア語の挨拶。。。。色々希望をかんじました^^)。中東今回が初めてですが、7年ぐらい前にフランスのアラブ研究所(美術館?)でシリア人の職員女性と交わしたのが僕の最初の「あっさらーむあれいこむ(あなたに平安を)」でした。とくに、そこがアラブではなくフランスだったからもあると思うけど、彼女は「あんたアラビア語話せるの?」とめっちゃ喜んでいました。「ごめん話せない」だったけど。そこでは、お土産で、オマル・ハイヤームの詩をアラビア語書道で描いた本を何冊か買ったけど、ちょっと値引きしてくれました。(ルバイヤート(アラビア語で四行詩集の意味。詩そのものはペルシャ語で書かれてる。飲酒詩集の感じ。生命の喜び、宇宙の喜び、自然との交歓、というイメージを僕は持ちます。オマルはペルシャ人で、安全のためにムスリムを装ってメッカ巡礼もしたそうです)


アラビック書道
https://www.pinterest.com/mahery76/arabic-calligraphy/

フランスにはかなりアラブからの移民の方が住んでいるようでした。公園でお土産に買ったコーラン(っぽい装飾の小さな本)を読めないのに何となく眺めたりして、アラブ人っぽいおっちゃんたちの気を引こうとしたり(笑)」アラブのスイーツもフランスで初体験。「なんじゃこの砂糖のかたまりは・・・・」と思ったよ!!

その後近くのモスクに。初めてのモスク。「居場所」「拠り所」という感じがしました。めっちゃコーラン勉強してる人おるし。でもなんか寝そべってる人もおるし。くつろぎ、というか、各々の時間を感じました。ここでもここぞとばかりに「あっさらーむあれいこむ」連発(汗)。何か喋りたかったけど、「近所に美味しいレストランはありますか?(はる たぁりふーな まとあむ らずぃーずん?)」しか思い出せず 笑。リビア人のおっちゃんがシュワルマー(?)屋さんに連れて行ってくれました。シュワルマー(?)半分個したけど 笑。仕事がなくて、川辺でずっと座ってるおじさんもいました。

昔アラビア語を勉強してた時は「読み書き」は完全放棄していました。だってん「こんなん無理!」って思った。でも、「これは難しいものだから時間と労力を費やさねば成らない」という覚悟があれば、出来るようにはなるんだな。

アラブ人であることとムスリムであることは、なんかごっちゃになりがちで、俺も未だにごっちゃになります、混乱させてたらすみません。。。

ジブリの「紅の豚」の冒頭ででテロップが色んな言語で流れるんだけど、ひとつだけ右から流れてきて、「ねぇねぇお母さんこれ何? これ何?」になった。それがアラビア語との出逢いだ多分。

写真コーランの解説書です。半年前に、首都で礼拝の仕方とその前の体の清め方を教えてもらった時にモスクの方がくれました。僕はムスリムにはなってないです。今回はコーランのことをちょっと書こうと思ったけど、アラブのとの出会いで力つきました。