"bokuttenani - ぼくってなに" هيا بِنَا الى الاحلامات

que sais-je
“僕らしくなくても僕は僕なんだ 君らしくなくても君は君なんだ” 【ハイロウズのNo.1】

いきものたちの世界と人間たちの世界

2020-01-11 15:36:54 | mundus - world - 世界
都市で生まれて、都市で育ったけど、例えばこれから進学しようとする時とか、就職しようとする時とか、もっと大きくなった人がその後の生活の道を考えようとした時に、自然とつながって生きるような道を選べるような模索できるような、そういうきっかけになる場所があるのはいいことだと思う。実はいっぱいあるんだろう、世界中に。「パーマカルチャー」とか「村」とか「キブツ」とか。最近ネットのおかげで目に見えるようになったのかな。大昔からある生活の知恵(食べ物を発酵・保存したり、自然の素材から住居や衣服を作ってメンテナンスしたり)を繋いでいったり。協力隊が終わったらそういうことをしたいな、なんとなく。自分は自給自足しつつ(いきなりハードル高 笑)そういうのを学んだり体験したりする人たちを受け入れらる場所を作ったり、手伝ったりしたいな。よし、口に出してみたぞ 笑

都市にすべて飲み込まれて、土も山肌も全部コンクリートで固められて、そういう選択肢すらなくなってしまったら悲しい。「都市か原生林」かではないんだし。その間もあるんだし。その間は大事なものだと思う。人間の世界と生き物たちの世界が完全に別々に分かれてしまわないためにも。都市に生活している人たちにとっても、水も空気も食べ物もこの世界から自然から直接やって来るものだってことを、身をもって実感するための機会は大切なはずだ。「普通」に考えて、魚や植物が生きているところを上から土砂で埋めるとかしないと思うけど、だから「普通」が一つじゃないんだね。俺だって、色んな「普通」を踏みにじって傷つけまくってるんだな。






「都市」とか「社会」とか「世界」とか、そういう言葉は大層に感じて荷が重いので本当は使いたくないけれど、他の表現がわからない。



平常のバイタリティーが低すぎるので、まずは、元気な心と体!! 😅
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2020-01-09 16:13:59 | universum - 宇宙
海はすごい
体液を共有してるみたいだ
一つの海の中にみんな溶け合っている
体の中と外がつながってる
海という環境がそのまま体の中まで細胞の中までつながってる
細胞の一つ一つが直接環境につながってるみたい
細胞の一つ一つが海に裸で浸って、さらされているみたい

陸上の生物だって同じかな
水ほど目に見えるものでもないけれど
大気を共有している
吸う息と
吐く息と
つながっている
食べ物を大地から頂いて
それらは太陽の光や水や何かでできている
太陽の光は行き渡る
風も行き渡る
この雲はどこから来たのか
いまここに降る雨水はどの海から昇ったのか

みんなつがなってる

命は意外と簡単に終わる
エビに喰われたり、イカに喰われたり、シャチに喰われたり、鯨に喰われたり
喰って喰われて

海にぷかぷかと浮いた白いブヨブヨな巨大な物体に群がる魚たち鳥たち
そのブヨブヨは巨大な 鯨 の亡骸です。
どんだけのエネルギーの塊か
サメも海鳥も飛び魚もシャチもみんな集まる

そして「鯨骨生物群集」と呼ばれるのは深海に沈んだ鯨の骨に群がる生物たち
鯨の体は脂肪分がとても多いため、脂肪の分解過程で発生するメタンや硫化水素などをエネルギー源とする特殊な細菌が増殖し、独自の生態系を成すそうです
火山口とか、ガラパゴスみたいな離島とか、火星とか、そういう隔離された独自の生態系

命とは何ですかね
それは定義するものではなくて
生きるものだろう
感じるものだろう

いまここで起こっていること
反応し合って変化し合うエネルギー反応の連続
連鎖する反応が全て終わって収束した後に冷たい宇宙が残るのか



もう何も起こらない世界
時間も空間もない世界

もう何も感じない世界
喜びも苦しみもない世界

もう世界ですらないかもしれない世界




何も起こらないはずだけど

そこからまた宇宙は始まるかもしれない

人間の世界では「理に叶った」ことばかりが信じられているが
「理」は人間の思考に宿るものだから
人間だけがいつも「理」を求めているのだから

宇宙の始まりには
「理」
はいらない

理由も、筋道も、必然性も、何もいらない




起こることはただ起こるだけ
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形のないものについて考えるのは楽しいな!

2019-11-30 17:57:59 | mundus - world - 世界
3文字語幹 فعل = ف، ع، ل の場合
動詞の派生型と分詞・動名詞

0 فعل، فاعل، مفعول
، فعل، فعلة، مفعل، مفعلة، فعالة، فعيل، فعول،

1 فععل، مفععل، تفعيل \ تفعلة،
2 تفعل، متفععل، تفععل،
3 فاعل، مفاعل، مفاعلة \ فعال
4 تفاعل،متفاعل، تفاعل،
5 أفعل، مفعل، إفعال،
6 انفعل، منفعل، انفعال،
7 افتعل، مفتعل، افتعال،
8 افعلل، مفعلل، افعلال
9 استفعل، مستفعل، استفعال

あと、2文字語幹、4文字語幹の言葉もある、ちょっとパターンがかわる

DNAみたいだ
文字1文字1文字にいみはない
3文字セット(2文字セット・4文字セット)で初めて意味を持つ

最初は、一つの文章のなかで、どれが動詞でどれが形容詞かもわからず、どの単語がどの単語とどのように作用してるのかその関係が全然意味不明だったけど、10の派生型と分詞・動名詞などのパターンを把握しとくと、だいぶ見通しが良くなる。文字は1文字1文字対等じゃなくて、文法上の機能を担う文字と、単語そのものの意味(語幹)を担う文字があるから


アラビア語はとても複雑だとか思いそうだが
日本語も相当クレイジーな言語だ 笑
漢字1文字の中にすでに物語がある

言葉に限らないけど学習に必要なことは
「理解」よりも「慣れ」のような気がする
自分がそのシステムにどれだけ馴染むか
そのシステムが自分の中にどれだけ馴染むか

言葉は例えば言語同士の翻訳・変換は厳密には正確じゃない
(でもとっかかりにはなる。あとで体験を通して言葉の意味を確かめ修得するための)
言葉は事象・物語・感覚・感情などの体験を表すものだから(と思う)その言葉が具体的にどのようなシチュエーションでどのような体験の中で使われているのか、色んな色んな具体的な場面のなかからその言葉が表す抽象的な本質、エッセンスを感じ取っていく。机の上で学んだことは体験を通して確かめればいいだけだ。

日本人同士だって本当にある言葉を同じ意味で使っているかは疑わしい。実際に共通認識を得られておらず異なった意味で使われている言葉もいっぱいある。

言語における「間違い」とは何か
いつのまにか「辞書」のルールの世界に閉じ込められて生きている
いつのまにか「法律」のルールの世界に閉じ込められて生きているのと同じように
(いや法律様には多大に守ってもらっておりますが)

まあでも「人間」「日本人」であることを押し付けられてるからね
「パスポート」がないと地球上を自由に移動できない世の中だからね
(それで守られておりますから、有難いことだから)
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言葉と心:表面と内面:表れる言動と心情の対応人それぞれ違う

2019-11-09 17:44:40 | homo - 人間
人に何か言われた時に凄く、嫌な気分になったり、凄く怒ってしまうことは自分はよくあるんだけど、それは、その言葉を使うときの自分の心境や状況を相手に当てはめて想像しちゃってるからではないかと。

自分がいま例えば誰かに「中指を立てる」としたら(そんなことしないけど!)それは相当な状況・心境なわけで、だから自分が「中指を立てられた!」時に相手がそういう心境・状況になってるんじゃないかって、思っちゃう?感じちゃう?けど、相手はもっと軽はずみだったりする。

表に現れる言葉や行動・仕草・表情と心の奥で感じている思考や感情は各人の間で一致してない。当たり前だけど。人それぞれ。(こんな易しそうで難しいことをを理解して実践して振る舞えたら「えらい!」大人たちの無益な争いも減るのではないかと) 「中指を立てた!」(しないけど!)時の俺の心情と、近所の悪ガキ!(ごめん)の心情は違う。どんな気持ちかは知らんけど! ================
でもごめんなさい。ぼくも小学生の時にバスの中から外を歩いている外国人に中指を立ててしまいました。その人はめっちゃ怒っていたので、こんなことはもう2度とすまい、と、思った。そして申し訳ない。その時のクソガキ(私)の心情は、漫画で読んだか友達がやってるの見たかはわすれたけど、ちょっと「やってみたかった」だけ。ごめんなさい。公園でデートしてるカップルに遠くからなんか叫んで逃げたりもしていたごめんなさい(なにを叫んだかは覚えてない)。「ふぁっきゅー」とかも友達同士で言ってたし、友達じゃない人にも言ってたかも知れない。それはなんか外国語の響きが面白かっただけな気もする。ごめんなさい。

想像以上に、度を越して馬鹿だった(というか、空っぽ?。なんも考えてない?わけでもない。なんか、「カッコいい!」とか思ってた。やっぱり馬鹿だ。休み時間の度に繰り返される戦闘ごっこは、髪の毛掴まれても、太もも蹴られてめっちゃ痛くても止むことはなかったですが、ある時、思ったよりも軽かった友達を投げ倒してしまって、顔面から床に激突させてしまった時に、「もうこんな恐ろしいことはやめよう」と思った気もする。 ======================
あと空気銃でチームに別れて撃ち合うやつとか、ジャンケンで負けた子から、前面にでて、一列に後ろ向きで並んで、ボール蹴りつけるやつとか。なんでそんなことしてた。それは、怖いガキ大将みたいな奴がいて、誘いを断れなかったからかも。子供の世界は恐ろしい。大人だけじゃなくて、自分の力ではどうにもならない、謎の、未知の、無気味な力がいっぱいある。
話がとても逸れました。。。 ====================== あと自分はもう一個気をつけたい。嫌なことがあった時に「この人たちに期待しても甲斐がない」って必要以上に、決めつけて心を閉ざしてしまうことがある。それは自分の心を守ためではあるけど、やりすぎだ、やっぱり。事実、というか、現実、起こる事を脚色せずに、素直に受け入れることもそれではできなくなってしまう。変な色眼鏡で、ネガティブな設定で物事を解釈してしまう。それは寂しい。

だからなにが怒っても、平静に!穏やかに! 動揺せずに受け流すというか、反応しないというか、したいけど、むずかしいけど。 =================
怒っちゃうけど。へこんじゃうけど。
ぼちぼちで!
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フィルター、色眼鏡、言葉、目に見える世界、秩序

2019-10-20 11:17:45 | mundus - world - 世界
「かーねるーびーねるばーねるーくーねるーこーねるかーねるー」
これは私が子供の時にオリンピックで金メダルを取ったのカールルイスのインタビュー物真似していた時の「言葉」です。


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鍋は鍋(料理の道具)にしか見えないし、靴は靴(履いて歩くもの)にしか見えないし、植木鉢は植木鉢 にしか見えないし、じゃがいもをみたらビタミンCがどうとか芽に毒があるとかちゃんと茹でないと固くて気持ち悪いとか、そんなことしか思い浮かばない。何も知らなかった頃には戻れない。自分の中に知識と情報がたくさんたまって、秩序やシステムや論理や法則は全部、外の世界じゃなくて、自分の中に構築されていく。構築されればされるほど、見える世界はどんどん窮屈で、お決まりで、当たり前で、全てが「なにかの目的のための決まった用途を持った道具」みたいに見えてくる。

それはつまらないし、つまらないじゃなくて迷惑なので。だって、自分の価値観やシステムを適用して、物事や他者を評価して、避難したり断罪するなんて最悪じゃないですか。だけど、忙しくなったり色んなプレッシャー(そんなの妄想かもしれないのに)に押されたりして、余裕がなくなると、「もう面倒くさいから俺のルールでいいや。俺の価値観でいいや!えいや!」ってなっちゃうんだなー私は。ごめんなさい。

ので、頭を空っぽにして、心を空っぽにしたら、赤ん坊のような心で物事を感じることができるでしょうか?

フィルター
色眼鏡
先入観
固定観念



言語は面白いよね。日本語でも外国語でも、それを理解できなかったときに聞いていたものは、もう聞けないのかなー。その響きはどんなだったっけ?


「かーねるーびーねるばーねるーくーねるーこーねるかーねるー」

これは私が子供の時にオリンピックで金メダルを取ったのカールルイスのインタビュー物真似していた時の「言葉」です。もはや擬音語ですね。英語だけど、ただの「音」しかなかった頃。それでも、人間の喉から出てくる音なのでやっぱり雨音や風の音とは違う。
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