木曽路の南の玄関口
名古屋方面から木曽路へクルマで旅をすると、
国道19号の中津川・落合の市街地を抜けた先、
木曽路の入口に当たる地点に案内モニュメントが立っています。
これを目にすると“いよいよこれから木曽路だ”と
気分が一新される方も多いのではないでしょうか。
このモニュメントは、
現代の木曽路のメイン道路・国道19号に立てられているもの。
十数年前に木曽の広域で景観保護の観点から看板を統一する事業があり、
そのときに当時長野県だった山口村の岐阜県との県境に立てられました。
宿場などで見かける格子戸をモチーフにしています。
余談ですが、この看板のすぐ脇に、
わが山口特産開発の本社と「おふくろ工房」があります。
左側に写っている建物です。
そしてこの先100mほどの国道右側に少し奥まって「木曽ごへー本舗」があり、
道の駅賤母は、さらにここから7Kmほど木曽寄りになります。
そして、こことは別の場所に木曽路の入口のモニュメントがもう一つ。
旧中山道、馬籠宿に入る手前、新茶屋という小さな集落に、
「是より北 木曽路」と彫られた石碑があります。
島崎藤村の揮毫による石碑です。
これが中山道時代の玄関口、というわけですが、
島崎藤村といえば、明治後期から昭和前期にかけての文豪。
藤村の揮毫ということは
この石碑がいつ頃建立されたものか確認していませんが、
それ以前にはこうした石碑はなかったのでしょうか。
残念ながら、ワタシはそれを知りません。
名古屋方面から木曽路へクルマで旅をすると、
国道19号の中津川・落合の市街地を抜けた先、
木曽路の入口に当たる地点に案内モニュメントが立っています。
これを目にすると“いよいよこれから木曽路だ”と
気分が一新される方も多いのではないでしょうか。
このモニュメントは、
現代の木曽路のメイン道路・国道19号に立てられているもの。
十数年前に木曽の広域で景観保護の観点から看板を統一する事業があり、
そのときに当時長野県だった山口村の岐阜県との県境に立てられました。
宿場などで見かける格子戸をモチーフにしています。
余談ですが、この看板のすぐ脇に、
わが山口特産開発の本社と「おふくろ工房」があります。
左側に写っている建物です。
そしてこの先100mほどの国道右側に少し奥まって「木曽ごへー本舗」があり、
道の駅賤母は、さらにここから7Kmほど木曽寄りになります。
そして、こことは別の場所に木曽路の入口のモニュメントがもう一つ。
旧中山道、馬籠宿に入る手前、新茶屋という小さな集落に、
「是より北 木曽路」と彫られた石碑があります。
島崎藤村の揮毫による石碑です。
これが中山道時代の玄関口、というわけですが、
島崎藤村といえば、明治後期から昭和前期にかけての文豪。
藤村の揮毫ということは
この石碑がいつ頃建立されたものか確認していませんが、
それ以前にはこうした石碑はなかったのでしょうか。
残念ながら、ワタシはそれを知りません。