散歩の時間

東武東上線をたどりながら池袋から秩父湖まで散歩をします。その様子をスライドショーでご紹介します。

住所表示板

2009-09-12 23:18:20 | その他
最近はあまり出かけていないのでネタがありません。

それで散歩の部品のようなものを出してみようかと。

これは古い家に貼られていた古い住所表示板です。

角が錆びているのが趣深いです。

銀行がスポンサーになっているのが面白いです。

この銀行は地元で、今でもちゃんと営業していますよ。

くぐりもの 

2009-08-29 10:38:58 | Weblog
散歩用語(?)での「くぐりもの」というのは、道が何かをくぐっているもののことなのですね。

トンネルのようなものなわけですが、山を貫くトンネルはトンネルという別枠に分類しているので、もっと簡単な身近なくぐるものを指します。

例えば、線路の下をくぐるものとか、神社の鳥居なんかが「くぐりもの」に入ります。

散歩の途中でこれがあるとちょっとうれしい気がするものです。

今回は線路の下をくぐるものです。東川口のあたりにあります。



こちら側からみたところです。左の土手の内側は用水です。下の写真。



用水の上の鉄橋は武蔵野線です。




あちら側から見たところです。右側の桜の横が用水です。

これの見どころはどこかというと、まず、高さです。

この線路のくぐりものは今まで私が見てきた中で一番高さが低いものでした。

なんと、1.8メートル。

多分これ以下のものは、実用にならないでしょうから、これより低いものはないと思われます。

なんたって、ちょっと背が高い人は頭をぶつけてしまう高さです。

軽自動車が通るところを見ましたが、天井まで2センチあるかないかでした。

「す、すごい!!」

ゆっくり通らないと、ガッコンと揺れたらこすりそうです。

天井を調べてみると、やっぱり青や白のペンキがついています。

「あー、いっぱいこすっている。」

どうしてだか顔が笑ってしまうのですね。



高さの他には、くぐりもののあるたたずまいも大事です。

少しカーブしていた方がかっこいい。

こちらから見える、あちら側の景色も大事です。

ここは、少しカーブしていて、それから、くぐるためにぐっと沈み込んでいるところがとてもよかったです。

あと、写真ではすごい田舎に見えますが、用水の反対側は、10階建てくらいのマンションです。

マンションの前は何もない荒野って感じの調整地が広がっています。

風通しは最高でしょう。

雷見物にもよさそうです。

こんな立地はそうはないと思います。

ちょっと住んでみたいマンションです。





国道254号線 川越バイパスの風景

2009-08-09 23:04:09 | その他
この土日は寄居に行って来ました。

寄居に行く時必ず通るのが国道254号線の川越バイパスです。

ここは以前はいつも渋滞していていやなところでしたが、最近は道を拡げたりして随分速く通り抜けられるようになりました。

ここは両側に、新車の販売店やファミレスやゴルフのショップやガソリンスタンドやユニクロや、ブックオフや、パチンコ屋や、ゲームセンターや、スーパー銭湯や会社や工場や、いろいろびっしりとお店が並ぶ、よくある感じの面白くもなんともない国道だったわけなのです。

でも、その面白くない眺めは、短い間にどんどん変わっています。

通るたびに変わっています。

今回すごいなと思ったのは、新車のディーラーさんです。

土曜の午前という時間、どこのディーラーさんもお客さんがいっぱい入っています。

特にホンダはどうしたの?っていうくらいの大盛況!!

プリウスがもう買えないからホンダなのかなって。

他のメーカーも、お客さんがいないディーラーってなかったと思います。

ワーゲンや、トヨタの最高級車のディーラーさんにもお客さんいました。

すごいなと思ったことです。

何しろうちはまだ新車を買ったことがないので、車というのは外に並んでいるのを選ぶもんだし、お店の人とは外で立ち話をするもんだと思っています。

パワーウインドや、オートロックのついた車には1回しか乗ったことがありません。

次に買うときは、せめてエアバックは欲しいと思うのです。



そんな車やさんの賑わいに反して、道沿いには閉店した店舗や建物が以前より多くなっているようでした。

2年ぐらい前からぼちぼち増え始めていましたが、そういうお店が新しくリニューアルして始まるということもなく、どんどん空き家が増えている感じです。

川越のバイパスを通るだけでも、世の中が見える気がします。








写真は気を取り直して、わたくしのお気に入りのファミレス「徳樹庵」の下足札とお部屋のインテリア。

今回はおなかが空いていたので、うっかりお料理の写真を撮り忘れたのだけど、ランチの鉄火丼(780円)がとてもよかったです。

ほんとに「徳樹庵」はえらい。

北区志茂と、赤羽駅周辺の散歩

2009-05-26 23:56:19 | 普通の散歩
最近は、ほとんど近所ネタばかりとなっています。

同じところを何回も歩いて面白いかと言うと、面白いです。

街並みはどんどん変わっていきます。

こんな不景気でもちょっとした広い土地はすぐに何件かの建売になっていきます。

新しい家にはすぐに若いファミリーが引っ越してきます。

新しい家の数だけどこかに空き家ができているということだから・・・・えーと、世の中はどうなっていくんだろう??? 

なんて考えると、もしかしたら世の中には古い空き家がたくさん余っているのかもしれないなんて思うのです。

それから、私はよその家の庭先のサボテンもチェックしています。

今はサボテンに花が咲く時期なので、咲いていそうなサボテンを目指していくのですが、この前まであった、人の背丈より高い柱サボテンが今日はなくなっていたりする。

うー残念。

でも、この前と一本違う通りを歩いたら、しぶい銭湯があったりする。

気にいった同じ街を何回も歩くから、建て替えられて変わる街並みや、四季折々の草や木の違いが分かって面白いと言うのがあります。



写真は古いコンクリ製の遊具が現役の公園、でも子供がいるのを見たことはない。今はへびいちごの赤い実が足元に広がって静かな公園を演出している。


この写真はどこがいいかというと、コンクリの隙間から生えた草に日が当っているところや、共産党のポスターがいいと思う。



赤羽は北口は古いままの商店街が最近まで残っていたのだけど、今は駅前ロータリーに面したところを高い建物にするらしくて壊して建て替えていました。

この一角は赤羽小学校の校門のすぐ横が妖しい飲み屋通りだったりするし、古い小さい路地がアーケード風になっていて入り口のあたりには立ち飲みが出来るおでんやさんなど最近はほとんど見かけない風俗が生きています。

なかなか大変に庶民的で良かったので、どのくらい変わってしまうのか心配です。

奥の方はそのままにしておいてくれるといいな、と思うのです。



ここいらへんを通ると必ず「まるますや」という川魚料理の飲み屋さんの前に出ます。

ここはいつもお昼からもうお客さんがいっぱいで、午後4時とか、まだ明るい夕方などにも、もちろんすでにお客さんでいっぱいになっています。

昭和30年代とか、40年代とかの雰囲気で、鯉のあらいや、なまずのから揚げ、大根がこっくりとしょうゆ色に煮えてる牛筋の煮込みとか、どじょう鍋とか、うなぎの骨とか、うどのぬたとか、たまねぎのフライとか、もういろいろ、老若男女(老と男が多い)がありとあらゆるおつまみを食べながら、ビールや焼酎を飲んで狭いカウンターにひしめいてそれぞれが勝手なことをしゃべっているわけです。

ザワザワとしているのだけど、うるさいと言うのでもなく、今時は開け放した入り口から良い風が入ってきます。

みんな、気持ちが和んでいい気分なのがお店の空気になっている感じなのですね。

給仕をしてくれるおばちゃんがまたいいんだわ。

超人的な記憶力と手際の良さで、ビールと小鉢を並べ、「あいよ」って軽やかに注文を聞き、おつまみを置いていくんです。



雨の日に東京散歩 2

2009-05-08 10:19:08 | 普通の散歩
春日通りと中山道が交差する交差点には古い高層の都営住宅があって、北側の壁には「都営何とかアパート」って縦に日本語で字が書いてあります。

今時はメゾンだの、シャトーだの、アーバンだのと、出来るだけ素敵な感じをイメージした名前がついているものなのに、この実用性のみでつけられた名前と言うのは今ではかえってすごいインパクトです。

地下鉄の入口も暗い緑色のタイルを張った時代を感じるもので、昔に続く穴に降りるって感じでいいです。

左側の細い道を入っていくと今はやっていないけど1階がマーケットになっていたみたいで、古い看板のかかった閉まった入口があります。

そのまま道なりに適当に歩いていくと、古い家がたくさん残った落ち着いた住宅地になります。

このあたりは東大の裏側で、そのせいか分からないけど、昭和の初めころの映画に出てきそうな旅館や、下宿屋風の建物がたくさん残っていてこれはもう本当にすごいことだと思います。

通りからガラス戸の開け放たれた玄関とホールのあたりがが見えます。

玄関は掃き清められ、ほとんどの内装材が天然の木材のようなのでホールは暗い色調なのですが、床も壁も磨き込まれて黒光りしています。

新しいきれいな明るいホテルとは違って、古いけど掃除が行き届き、長年大切に手をかけてきた空間は空気が違います。

お客を迎える意気込みのような緊迫感があります。

そういう旅館や、古い民家や大きく育った植木などに年月を感じながら歩いていきました。



小雨がふるこどもの日だったので、私達は傘を差していたのだけど、途中、合羽を着た、若いおとうさんと、小学3、4年生くらいの女の子と、5,6才位の男の子が3人で街並み探検散歩をやっているのを見かけました。

男の子が転んで膝をすりむいてしまったので、道の端によけてお父さんがばんそうこうを貼ってあげていました。

ばんそうこうを持っているお父さんというのも用意のいいことだと思ったことです。

傘ではなくて、合羽というのがいいです。

傘をさして歩いたのでは特別なイベントになりません。

お母さんはどうしたんだろう? と思いました。

お母さんは雨の日に用もないのに外を歩くのなんか嫌いなのかしら?

いえいえ、きっと赤ちゃんがいて世話をしなくてはいけないのでおとうさんと子ども達を出してあげたのですね。

なんて話を考えていて、私も小学生の時はよく父親と東京の街を歩いたものだと思い出しました。

街並み探検隊なんて特別なものではなくて、休みで暇だから歩きに行こうという感じです。

思えば今気が付いたけど、うちの母親もただ歩くという時には一度も一緒に来たことはありませんでした。

昔は、そんなことは大人の女の人はしないことだったのだと思うのです。

健康ブームでお年よりはよく街を歩いていますが、今だってほとんどの女の人は用もないのに歩いたりはしないのだと思います。

女性は散歩はしないものなのかもしれません。

うちの父親は下町(上野)生まれなので、私を連れて昔よく歩いたのも、日暮里から上野、御徒町、秋葉原、神田、あと、浅草とか時々都電に乗って銀座の辺りまで行くこともありましたが下町が多かったようです。。

それで覚えているのが、秋葉原か神田の辺りだと思うのですが、国電(昔はJRのことをそう呼びました。)のガードの下の小さいコーヒーショップに入ったときのことです。

そこは、カウンターと止まり木みたいな丸い小さい椅子が7,8個あるだけで、天井の方からはゴーゴー電車が通る音がして、ちっとも洒落ていないし、メニューは飲み物とホットドックくらいしかないお店でした。

そこに入って父はコーヒーを頼んで、私にはココアかミルクかなにか、それからカウンターの端にあったガラス瓶に入ったドーナツを買ってくれました。

小ぶりで、べーキングパウダーを使って膨らました硬いタイプのもので、グラニュー糖がまぶさった甘いドーナツです。

昔の子供は今ほどふんだんにおやつを食べられたりはしなかったので、いつも甘いものに強く憧れていました。

それで、私はあっという間にドーナツを食べてしまい、指なんかなめていたのかもしれません。

そして父は「もう一つ食べるか?」と言って、もう一つ買ってくれたのです。

そうやって、ドーナツを3個食べたように思うのです。

暗黙の了解ごとで、何か買ってもらうときは一つに決まっていたのにです。

母には子供にドーナツを3個も食べさせるなんて思いもつかないのです。

父との、そんなことを何十年も経った今も覚えているのです。 




もしかしたら、雨の日に合羽を着てお父さんと散歩をした男の子は、転んですりむいたことを覚えているかもしれません。

または、女の子の方が、弟が転んだことや、道端のよその家のガレージのあたりのことなど覚えているかもしれません。

若いお父さんは子供達とお昼は何を食べたのでしょう?

古いお蕎麦屋さんにはいったでしょうか? それとも、マクドナルドでいつものセットを頼んだでしょうか?

小さいころのことというのは、何が思い出に残るのか分からないものなのです。

お父さん頑張れ! と、心の中でよく分からない応援をしたのでした。




なんてこともほんの一瞬の通りすがりにあったのでした。

小雨の降る日の散歩というのもなかなかいいものでした。



雨の日に東京散歩 1

2009-05-05 23:27:26 | 普通の散歩
5月5日 こどもの日 曇りのち雨


神保町、九段坂下、後楽園、本郷、白山、と歩いてみました。

久しぶりの雨でした。

朝の天気予報では雨は昼からということでしたが、思ったよりも早く降り始めました。

乾いた歩道に時折小雨がパラパラ降って、雨の降り始めの、あの埃臭さが立ち昇りました。

すぐに街中が濡れてしまえば、「降り始めは独特の埃臭さがあるよね」なんて話して雨の趣のひとつになるというものなのに、いつまでもパラパラしているものだからいつまでも埃臭くて困りました。

まず最初に行った神保町は、書泉グランデの横の入り口の前に、いつもコーヒーの良い香りがしているブラジルがあって、その左隣は小宮山書店のガレージセール場になっています。

ここでは1冊でも500円、2冊でも500円、3冊でも500円、という値段設定で、表通りの店からはみ出た本が、間口の広い薄暗いガレージに詰め込まれて売られています。

なんだかすごく入りやすいので、道を歩く人がついでみたいに入っていきます。

ここにはよく”太陽”という雑誌が出ているのですが、この日も黄色くなった背表紙の太陽が一杯並んでいてすごいのでした。

眺めていたら思わず1976年の温泉の特集号を買ってしまいました。

北海道の秘境の湯、などというのが紹介されていて、この前行った北海道とは全然違うのでした。

つげ義春の漫画の世界とそうは違わない感じなのでした。

と思ったら、本当につげ義春が挿絵を描いていたのでびっくり。

しばしタイムスリップを楽しむことができそうです。






西に少し歩くと九段下で、そこから神田川沿いを南に進むことにしました。

特に何もないようですが、少年画報社とか、出版関係の古びたビルが休日の雨の日にはひっそりとしています。

神田川沿いは、きれいな歩道が整備されて、ホテルメトロポリタンエドモントという、すんごい名前のきれいなホテルもあったりするのですが、やっぱり上を走る高速道路が川を暗い感じにしています。

きれいな新しいホテルと、高速道路と、古びたビルと、暗い川と、東京って感じですね。

水道橋を過ぎて、夜のゲームのためにもう人がたくさん並んでいる東京ドームを半周して、ちょっと疲れたので文京区役所の1階のコーヒーショップで一休みです。

コーヒーを飲んでいると、時々、後楽園のジェットコースターが高いところから急降下するときの”ゴー”という音と、「キャー」という悲鳴が同時に響きます。

私はジェットコースターなんか絶対に乗りたくないけど、人が出すそういう怖いのと面白いのが入り混じった悲鳴を聞くのは、ちょっと臨場感が味わえて面白いです。

春日の駅がすぐだし、もう帰ろうと思ったのだけど、休んだらまた歩けそうな感じがしたので、もう少し足を伸ばして本郷から白山の裏通りを歩くことにしました。



田んぼでめだか見物

2009-04-13 15:53:20 | 普通の散歩


最近は寄居へ行く途中ネタばかりとなっています。

ここも途中の田んぼ。

通年、水のある用水路があるのでメダカがいます。

4月はまだ早いかな、と思ったのですが、いっぱいいました。

写真には写らないのでお見せできないのが残念です。

私は淡水魚好きなので、20年くらい前からあちこちの田んぼやちょっとした川をチェックしています。

メダカはすぐ見える魚なので楽しいのですが、20年前でもそうはいないのでした。

ましてや、群れで目の前をわーわー通り過ぎるのはなかなか見ることはできません。

でもここはすごい。

群れが次々に通り過ぎていきます。

なんとも言えない、嬉しくて楽しくて幸せな気持ちになります。

何なんだろう? こんなことでこんなにうれしいなんて。



これは田植え前の田んぼです。

この辺では5月の連休ころに田植えをするので、今はこんな状態でした。

この田んぼはすごいひび割れで、ここに水を入れるところを想像すると、まず、ひび割れに沿って水がだんだん浸みて行って面白いのではないかと思います。

そんなものを見物してきました。

白鳥の飛来地 2

2009-03-02 10:58:53 | その他


この前は、川島の毎年白鳥が来て、町も看板を出して管理もしている白鳥飛来地に行ってきました。

ところが、埼玉北部の川には結構白鳥が来ているみたいなのです。

あれから、寄居に行く途中の花園橋を渡るときに川を眺めたら、白鳥らしい白いものが見えるのでした。

今回は花園橋のすぐ下にいるのが見えたのでちょっと見てみました。

橋のすぐ下、道からもすぐの所なので川岸はすぐそこです。

こういうところはゴミがいっぱいの汚い川岸になっています。

少し遠くにいるのを、「おーい」と呼んだり、手をたたいたりして呼びました。

そういう呼び方でいいのかどうかは分りませんが、他に思いつかないのでした。

白鳥がこちらを向いてゆっくり近づいてきたので、今度はパンの袋を見せて呼びます。

パンの袋を餌と認識したかどうかわかりませんが、やはり他に思いつかないのでした。

そして、だいぶ近くまで来たところで、パンをちぎって投げてみました。

すると、今度は完全に餌と認識したようで、急にスピードをあげて近くまでやってきました。



白鳥は4羽だけです。

親子のようです。

一番左の若いもんは気が強そうです。

くちばしを少しだけ開けて「ハー!」と、気合いの入った声を出します。

餌をはやくよこせ、か、自分に餌をくれ、みたいなことを言いたいらしいです。

親が食べると、しっぽのほうにかみつくしぐさをします。

白鳥もそんなにおとなしくて優しいわけではないようです。

2枚の食パンを4羽にあげたので、いいおやつになったのではと思うですが、足りないようでした。


川越 白鳥の飛来地

2009-02-16 21:31:44 | その他
冬になると埼玉には、何箇所か白鳥が来るところがあります。

川越の少し先、川島(かわじま)というところをいつも通るのですが、川越街道に「白鳥飛来地」という看板があるのです。

いつもちょっと気になっていたのですが、先日、とうとう行ってみました。

北海道に行ったときに、白鳥にパンをあげたことあったので、パンもちゃんと持っていきました。

そこは、看板が一つあって、臨時の駐車場があるだけでした。

駐車場の前の土手をあがって下りたら、枯れた背の高い草原で、草原を左右に分けるように細い道がついていて、ほんの10メートルくらい先が川原でした。

あまり広くはないけれど、小さい丸い石が並んだきれいな川原でした。

この川原は一見何のへんてつもないのですが、ごみが一つも落ちていないのでした。

川原というのはたいがい汚いものなのに、火を燃したあともなく、汚くなっていたりもしていないのです。

なんでもない場所に見えて、白鳥のためにちゃんと掃除をしたり管理をしてくれているのですね。



日曜日だったからでしょうか、中年の夫婦などが4,5組来ていました。(そういう私達も中年の夫婦だけど)

大きな望遠レンズのついたカメラを持ったアマチュアカメラマンも2,3人いて静かに盛り上がっているようでした。



白鳥は30羽から40羽くらいいたでしょうか。

人がいる川原の前にちゃんとみんなで浮かんでいるのでした。

パンをあげると、ここの白鳥は激しく先を争うようなことはしないのでした。

浅い水辺の最前列にはえらそうな白鳥が何羽か立っていてにらみを利かしているようでした。

このえらい白鳥は先にえさを食べる権利があるようなのです。

でも、白鳥はえさを食べるためにすばしこく移動したりしません。

その場所から首を動かすくらいで食べられる時だけ食べるのです。

だからえらい白鳥もえさを先に食べる権利はあるのでしょうが、届かない場所のパンは別のえさの近くにいる白鳥が食べるのです。

そういう時、えらい白鳥は少し怒った風にえさを食べた白鳥を見るのでした。


きらきら光る水面に浮かんだ白い白鳥と、川原では10数人のおじさんとおばさんが静かに相対しているのです。

風のない暖かな日で、のどかな平和な景色でした。


上野 カレーのエース

2009-01-18 22:51:50 | 普通の散歩
2009年1月11日(日)はれ




用があって、久々に上野に行きました。

西郷会館は廃ビルのままそこにありました。

ちょうどお昼ころ、大きい通りの正面に面した建物の半分くらいが日に当たってとても明るくなります。

明るく照らされた建物の窓はみんな真っ暗で、拭かれなくなって汚れたガラスが目立って哀れです。

人間は哀しい景色もすきなのだと思うときです。(いや、私だけかも)

そんな古びてシャッターの下りた昭和の建物が、上野の駅前にあるのも今しばらくではと思います。

アメ横の入り口の前で大勢の人や車が行きかう賑わいと、対照的に静かに廃れているのは得がたい風景です。

そう思うと、よく見ておかねば、と少し焦ったりして。

交通量の多い、あわただしい交差点で、アメ横の方に渡る大勢の人の流れの中で、横を見ながら焦っているのは私だけだと思います。

そうやって、交差点を渡って、どこでお昼を食べようかと思って見ると、すぐ左手に新しい聚楽があるのですが、新しいものには入らないわけです。

それでアメ横は混んでるので、ガードをくぐった後ろの通りに何となく進んでいきました。

ここも何度も通ったはずなのに、今日は入り口のあたりのカレー屋さんに目が留まりました。



「カレーのエース」

名前が今時ではない風情をかもします。

お店のたたずまい、見本の並んだウインドウの角の丸さなどがよいようです。

値段もとても安い。400円から600円くらい。

迷わずお店に入って割りと高い方のメニューの”かつカレー”500円を食べました。

食券式なのは今時風かも。

カウンター式のテーブルの前の椅子は固定式の丸いやつですが、隣の人との間がゆったり目にとってあって楽です。

テーブルの下、膝の前にバッグを置ける小さい棚があるのはよくあるけどいいですね。

照明は暗めで、音楽はかかってなかったような?よく分からないのですが。

音楽がないのはよかったのではないかと思うのです。

そういえば、吉野家とか松屋とか和風のファストフードって音楽なかったかも。

何か静かな感じだったので、あっという間に食べて帰るカレー屋さんなのですが、時間がゆっくりに感じられたのです。

お父さんが7,8歳の男の子を連れて入ってきました。

お父さんは大盛りかつカレー、男の子は普通のカレー、慣れた感じで静かに食べています。

ファミレスのようなところばかりでなく、子供もこういうところにもたまには来るといいです。

500円のかつカレーですから値段どうりなのですが、値段どうりの的確さがあります。

かつのお肉はとても薄い(100円分だし)カレーが少し足りない感じでご飯があまるのですが、前に並んだ福神漬けや、ラッキョウで最後のご飯の何口かを締めると完了したという気がするのです。

味は中辛で薄めのルーは、固めのご飯にさらりと絡んで私は好きな加減でした。

お店を出てから私はかなり賛辞を述べたのだけど、旦那はぽってりと濃いカレーが好みなので一言「普通」と言っていました。

多分私だけが絶賛する安くておいしい街のカレー屋さんでした。









北海道旅行の後ろ側2

2008-12-21 23:38:14 | その他
ツアーのこと

3日バスに乗っていろいろなところに連れて行ってもらったのですが、観光のために立ち寄る場所は大きな観光地でお土産を眺めてトイレによるのがメインの活動なのでした。

この観光活動が、世の中でダサいとか言われて問題視されたりするわけですが、そういう団体活動のありようといったものも、私の見たいもののひとつではあります。

わたしは、平素は寂れた観光地を眺めることを目的としているので、そのわびしさ、時間の流れ、旅情を味わいたい。

ところが、バスが寄る観光地というのは、ちっとも寂れていないのです。

観光地の中のスターと言うようなよい観光地ばかりなわけです。

摩周湖など、「晴れた日に見られるのはとても運がよいのですよ。」と言われていても、展望台に出て写真を撮るとすぐにお土産コーナーに取って返すのですね。

もっとも、ほんの15分で景色を見て写真を撮ってお土産を眺めて買って、トイレに行かなければならないので、忙しいのですけど。

でも、なら、25分あったらどうなるかと言うと、時間が余ってお土産を山ほど買ってしまう人や、飽きて退屈そうにする人などが出そうです。

15分は、バス会社がお客さんを観察して見つけ出した絶妙の時間なのだと思うのです。

そして、その中に参加してしまうと、みんなが移動してしまうと何だか寂しくなって落ち着かないのです。

ちゃんと集合時間は聞いているのだからそれまではどこで何をしようと勝手なわけですが、目の隅にちゃんとみんなの姿を捉えているのですね。

何と言うのか、世の中はすごい速さで移り変わっているので、いち早く新しい旅行の型に移った人(個人旅行)がスマートみたいな価値感があり、新しい型を会得した人は旧式のツアー人(団体)を馬鹿にするところがないですか?

ツアーも、進化しているようですし、自分が参加していて、ツアーはダサいというのはいやだっていうのはありますが、ツアーもそれほど悪くないです。

全てお任せしている安心感やら、なんとなく出来てくる同じツアーの人達との交流や、一生懸命世話をしてくれる仕事の人たちを見たりするのもよいものです。

何しろお昼にビールを飲んだってかまわないのだし。

でも、周りを見て飲まなかったのだけど、そこには周りに配慮する快感があるのですね。

農耕民族を2000年やってきた日本人の血でしょうか。




知床のこと

移動中はガイドさんはちゃんと仕事をしてくださいまして、知床について一通りのことを教わりました。

4年前に世界遺産に登録されたわけですが、主な理由は流氷が来るという得意な場所だったからなのでした。

知床を世界遺産に登録して地元を活性化させよう、というような活動は平成3年から始まったそうですが、ただ開発して知床を一大観光地にしようというのとは少し違うようでした。

自然の残る知床を大事に観光資源化して、地元が儲かればもちろんよいけど、自然保護もアピールしていこうみたいな感じでしょうか。

アムール川から流れ出る真水がオホーツク海の海水を下が塩水で上は真水という2層構造にして海が凍りやすくなっているために流氷がくるのだそうです。

だから、オホーツクの海は潮の香りがしないそうです。

そういわれればそうかもしれないと思ったわけです。

その流氷も後17年後だったか? 温暖化の影響で来なくなるかもしれないといわれているそうです。

そんなこんなの知床知識、折々に少しづつ何回も教えてもらったので、よく分かって興味深くあたりを眺めることが出来ました。

ガイドさんの話題はNHKのテレビ番組みたいな内容だったと言えば言えるでしょうか。

そういう風に、知床についてちゃんとお客さんに伝えようとしているみたいだったと思うのです。



女満別の”メルヘンの丘”

メルヘンの丘は、多分国道だろうと思われる大きな道路沿いの、なんでもない畑なのでした。

言われてみれば、松の木が9本生えているなだらかな傾斜の畑は、上手に写真を撮れば素敵なのかも、と思えるのでした。

ガイドさんもこれを紹介するのに、とても恐縮して、「○○さんという写真家さんがこのあたりの風景を写真で紹介して有名になったもので・・」、見たいな説明でした。

写真ではきれいな景色でも、どうしても周りのいろいろなものが目に見えていますから、実際は「そう言われて見ればねぇ」てなことになっています。

ところが、今日の夜(12月23日)たまたまですが、黒澤映画の「夢」を見ていたのです。

そうしたら、メルヘンの丘がほんの2秒くらいですが映りました。

映画の中では初夏かと思われる季節でしたが、それはのびのびと明るい素晴らしい風景でした。

ガイドさんから、映画の「夢」に使われた景色と聞いていたので、見たらすぐに分かりました。

写真家という人は、ごちゃごちゃいろいろなものが見えている景色の中から素敵な部分をよく見つけ出すものだと感心したのでした。

それとも、平成2年の時は、本当に素晴らしい景色だったのかしら?などとも考えたのでした。

北海道旅行の後ろ側

2008-12-19 13:21:15 | その他
今回パックツアーなるもので北海道へ観光に行ってきたわけです。

でも、何かが違う感じなのです。

観光地にツアーで行く観光ってものは、こんなんじゃないはずでした。

全体的に何もかもがすごくグレードが高いのです。

まず割と身近で世話をしてくれる役の添乗員さんが、物腰穏やかではきはきと話をして、まめまめしく気の付く非常に頼りになる人でした。

お客を観光スポットでバスから降ろすと、あちこちに散らばった羊を集める羊飼いのように目を光らせ、集合時間が近づくとそれとなく声をかけ、最後の一人をどこからか連れてきたりしているのです。

なので旅行の予定は、とてつもなく正確に実行されていきました。

もっとも、北海道は渋滞はないし、信号はないし、バスは予定どうりに走りやすいのは確かだと思いますけど。

バスのガイドさんつき観光というのも久々でしたが、少人数なのに長い道中を飽きさせないように観光情報だけでなく、地元の情報なども取り混ぜて面白い話題を提供してくれました。

私の中ではバスガイドさんは土地の民謡を歌ったりするものでした。

今時は民謡なんかは歌わないようです。

えっそれって古すぎるって。


女満別の人口は6000人で小学校が2校あるって言ってました。

広い所に散らばって住んでいるのでスクールバスが出ているのだそうです。

でも、自分の車で送り迎えをする人も多くなってスクールバスには少しの子供しか乗っていないそうです。

それから、遠足の時など観光バスで出かけるのですが、児童の親に「どういう風に楽しませてくれるか見せてもらうわ。」みたいに言われるそうです。

そんな地元ネタもちょこっと話してくれました。


もちろん一部の親だと思いますが、昔はそんなことを言う人はいなかったでしょう。

今時の親はえらいんですね。いい仕事をしろよ、みたいなことをバスのガイドさんに言うんですね。

北海道の人も、もう素朴な田舎の人ではないのだと思いました。

いえ、田舎者扱いしているわけではないんです。

寄居にもよく行っているので、寄居の小学生が朝、集団登校するところを見るのですが、きちんと一列に並んで、道で会った人には大きな声で挨拶をしているのです。(挨拶をされたのは私です。)

埼玉の子供達はまだとてもえらいのです。

東京のうちの近くの小学生とは全然違うわけです。(うちの子供が通った学校なのだけど)

見たわけではありませんが、子供がえらいと親もえらいのではないかと思うわけです。

情報化社会だからなのでしょうか。

東京と地方は、違うようでいて人の意識は同じように変っていっているのかもしれないとおもったのでした。

日本中のある部分が、同じように変化してきているのを感じたのでした。


ところで、

おみやげというものは、大昔は”何とかまんじゅう”と”何とかせんべい”、少し昔は”何んとか村のまるまるクッキー”や”何とかおばさんの野菜サブレ”とかでした。

そして、過大包装で、消費期限のはんこがいい加減に曲がって押されていたりするのでした。

本編にも書きましたが、今の流行は、”生キャラメル”と、じゃがポックル”限定品!!なのでした。

なにやらお土産も高級化しているようなのです。

生キャラメルは要冷蔵で消費期限も短かそうです。

北海道と言えば、”白い恋人たち”だったのに。

いや、今でもばりばり健在で高級だけど、今回はちょっと影が薄くなっていましたね。

でも、今回、私的には、白鳥公園の”白鳥にあげるパンの耳100円”の売り場で、ちょっと目にとまって買ったロマンス製菓の”甘酒キャンディー”が一番です。

もう本当にクリーミーで味も香りも甘酒そのものです。

地味なパッケージでおみやげとしての押し出しはありませんでしたが、真面目な正しいやさしい味なのでした。

というか、最初からお土産ではないようですね。

地元のコンビニには198円で売っているようです。

ロマンス製菓という名前は、何かちょっといかがわしい感じです。

いかにも地方でお土産とか作っていそうな2流な感じですが、調べてみたら、歴史も古く地元で長くお菓子を作っている由緒のある会社のようです。

ロマンス製菓ね、あー急に何か歴史とロマンを感じるよい名前のような気がしてきました。

つい、名前だけでで勝手に変な風に誤解して思い込む癖があります。気をつけなくっちゃと思います。

それで、考えた末に、ネットショップを検索して10個ばかり買ってしまいました。

本当なら、「あの時は思いがけずにおいしい飴があったわねぇ」なんて、余裕の思い出話をするのが理想なのです。

本体を取り寄せてしまっては旅の思い出にならないじゃないですか。

そして、たくさん食べ過ぎて飽きて普通の飴にランク落ちしそうな予感があります。

今までも、飽食の日本で、そうやっておいしいものを狭めて、失ってきてしまったのではなかったか。

また、同じ愚行を繰り返すことになってしまったのでした。

北海道旅行

2008-12-17 15:17:35 | その他
旅行会社のパックツアーで北海道は知床・網走2泊3日の旅、というのに行って来ました。

今回は次男を連れての親子3人です。

団体旅行のようなものは、大昔に行った修学旅行とか、社員旅行とか以来かもしれません。

でも、パックツアー=団体、かと思うとそうでもありませんでした。

着いた日は、私たちの他には関西から来たという熟年ご夫婦が一組でしたから、総勢5人で50人乗りの大型バスで知床へ向かったのでした。

翌日は朝の8時から最初の観光プログラムが始りました。

少し走ると、バスは雪の坂道の途中で止まり、私達5人は道に降ろされて、「それじゃ行ってらっしゃい」とバスは行ってしまいました。



これは、フレペの滝という、海辺の断崖からいきなり流れ落ちる滝を見に行く約1,5キロの雪上散歩でした。

ちゃんとネイチャーガイドさんも付いてくれて、万が一熊が出ても大丈夫というものでしたが、熊は出ませんでした。

気温は-5度とか。

でも、すごい厚着をした上に、靴の中にもホカロンを装着していたのでちっとも寒くありませんでした。





鹿を間近で見たり、雪の上にはたくさんの動物の足跡があり、ガイドさんの話も面白くて、とても楽しい散歩でした。

メインのフレペの滝は、「乙女の涙」とも呼ばれているそうで、そんな名前では大した滝ではないだろうと思っていたのですが、どうして、崖からいきなり海に注ぐ様子はなかなかのものでした。(半分以上凍っていた)

朝の冷たい空気は気持ちよく、耳の横で鳴る風の音も久しく忘れていた音でした。

それで、あーもうちょっと歩きたいな、というところでバスの待つ自然センターに着いてしまったのでした。


あと、面白かったのは、北海道は中国からの観光客がたくさん来るらしくて、どこの施設にも中国語の表示がたくさんあることでした。

トイレの使い方などには、特にたくさんの注意事項があるらしくて、何行も書かれた大きな掲示が目に付きました。

トイレットペーパーのことは”衛生用紙”というらしいです。

全部漢字なので、おおよそのことは分かる気がするのです。

つい、何て書いてあるのか解読し始めたりしてトイレに長居をしたのは私だけでしょうか。

そんなこんなでいろいろおもしろいことだらけなのでした。






ツアーだの団体だのというのは、世間には冷たい視線で眺める向きもあるかもしれません。

団体旅行のかっこ悪さとか、あるのかもしれませんが、3日目に一緒だったおじさんばかりの団体さんも、朝はちゃんと挨拶をしあうし、エレベーターは静かに待っていたし、ちゃんとした人たちでした。

網走監獄の見学の時はガイドさん付きでまわった40人の団体さんでしたが、腰の曲がったおじいさんは速いペースで回るコースに歩くのが大変そうでした。

農閑期に休養に来た農家の人達なのかな、と思いましたが、長い間重労働をしてきた体なのでしょう、それでも遅れないで黙ってみんなと一緒に歩いていました。

昔の人は根性が違うのでしょうね。

根性といえば、網走監獄には桁違いの根性の人がいたようで、伝説のように語り伝えられています。

網走監獄はとっても面白いところでした。



そういうわけで、旅行者が楽しく安全な旅を満喫するために、当たり前だけどたくさんの人が働いているのでした。

飛行場で迎えてくれる添乗員さんも、バスの運転手さんやガイドさんも、旅館の人も、みんな本当に一生懸命誠意を持って世話をしてくれるのでした。

バスで巡る旅というのは、知らなかったのですが、朝、旅館を出発する時に宿の人たちは玄関で並んで見送りをしてくれるのですね。

-5度とかの外に短時間とはいえスーツ姿で出て見送りをするのです。(あっでも、私ももし旅館で働く人だったら寒ければ寒いほど力が入るかもと思うけど。)

雪上散歩のネイチャーガイドさんもバスが見えなくなるまで手を振ってくれましたし、お昼を食べたおすし屋さんも5人だけなのに出てきてお見送りをしてくれました。

そうすると、バスのガイドさんがさりげなく、「お店の方がお見送りに出ていますので手を振ってあげてくださいね。」と、教えてくれるのですね。

個人で勝手に行く旅行ではそういうことは全くないので感動するほどではないにしても面白いしよいです。



それにバスの中では、有力お土産情報なども詳しく教えてもらえるので(営業をしているとも言うかも)、どこで何を買えばよいのか分かって本当に助かるのです。

今、北海道ではよしたけさんの生キャラメルというのが人気NO1で、限られた場所でしか売っていないし入荷してもすぐに売り切れるのだとか。

人気NO2は、カルビーが作っている”じゃがポックル”というフライドポテトのお菓子。

どちらもお1人様何個という購入制限つきの限定品なのでした。

じゃあお土産はそれだね、ということで買い求めましたが、おかげでどちらも女満別の飛行場で順調にに買えたのでした。



パックツアー、いいです。

個人旅行では考えられないことだったのですが、思いがけず多くの人と触れ合うことになりました。

やっぱり同じツアーの人たちとは仲良くしようって思いますしね。

旅館もご飯もお風呂も文句ないです。

日本人は本当によい仕事をする真面目な人達なのだと改めて思ったのでした。

不景気だし、いやな事件を毎日目にするこのごろですが、みんな頑張って働いて日本を支えています。

北海道の人たちにはそういうわけで大変お世話になったのでした。


浅草地下街

2008-11-06 14:32:44 | 普通の散歩



11月4日(火)晴れ

浅草です。

もしかして、浅草で一番昔のままの場所かもしれません。

今回は東武の駅前から入って、新仲見世の入り口横に出ました。

左側の道路を少し向こうの方に渡るだけなのですが、すごく面白いです。

新仲見世側の入り口の横は、今は富士そばになっていますが、昔は「都まんじゅう」のお店でした。

ガラス張りの中に、おまんじゅうを作る自動機械があって、おまんじゅうが次々と焼けてくるのが見えるのでした。

子供の時はそれがすごく面白かったので、いつもしばらくながめていました。

でも、都まんじゅうはあまり買ってもらえなかったと思います。

うちでは舟和の芋ようかんとあんこ玉を買う決まりだったようなのです。



熊谷の馬車道に行ってみた。

2008-10-26 22:50:16 | その他
ずっと気になっていた馬車道チェーンの洋食部門、レストラン馬車道に行ってみることにしました。

洋食レストランの馬車道は、川越街道沿い、川島と言うところにある、ベイシアのモールにもあって、少し前に入ったことがありました。

見た目は四角い普通の感じのものですが、中はとてもよかったのです。

個室ではないのですが、席はついたてで区切ってあり、他のお客さんがそれほど気になることはありません。

個別席がいっぱいになると、パーティールームというホテルの結婚式場の宴会場のような部屋で、普通に並んだ席へ案内されるのですが、その部屋がまたいい部屋です。

パーティールームは装飾的なのにすっきりと素晴らしい空間に作られています。

インテリアのコンセプトは明治の鹿鳴館時代とか、大正ロマンとかいう感じでしょうか。

今時は高級なんて言葉は、すっかり使い古されてちっとも高級じゃないものを表す言葉になってしまいましたが、上手に高級感が生きています。

こんな田んぼの中のモールにある普通のたたずまいなのに、中は結構よかったのでした。



だから、それじゃあ熊谷の方にあるという本店にも行ってみなくちゃ、ということになりました。

それで、雨が降りそうな日曜日にわざわざ出かけたのです。

写真は17号線沿いの吹上店です。

広い敷地の真ん中に建つ建物は、周りの植木の手入れも行き届き、よいたたずまいです。

でも、ずいぶん木が大きく育っているからずいぶん前からあるみたいです。

中に入ると、川島のお店と同じように衝立で仕切ってはあるのだけど、通路がやや狭い感じで、席も小さいみたいです。

隣のお客さんがとても近い感じです。

でもパーティールームはこちらの方がもっと素晴らしかったです。

川島とそんなには変わらないのだけど、窓のある壁は、アールデコの意匠の窓枠が、渋い木枠におさまって大正時代の洋館の雰囲気を出しています。

窓のない方の壁には、大きな日本画のあやめの有名な絵に似たものが飾られて、それがすごい高級感をだしています。

奥の壁にはステンドグラス風の大きな両開き扉があって、明るい光がはいっています。

洗面所のタイルも淡いブルーの花柄でいいです。

でも、全体的に古びているのでした。

10年位は経っている感じです。

私が知らなかっただけで、馬車道というレストランはずーっと前から埼玉にあったのですね。

埼玉の熊谷という地名は天気予報で夏になるとよく聞く地名です。

日本一暑い所として有名です。

熊谷ねぇ、たいしたところではないだろうと、ちょっとばかにしていたのです。

でも、こんないいお店が10年も前からあって、埼玉の人は普通に利用していたのですね。

東京の板橋、完全に負けています。

そういえば、17号線沿いは、ニュータイプのファミレレスがたくさん建っていました。

馬車道チェーンのはいから亭という焼き肉屋や、モダンパスタはお店ごとに建物が少しづつ変えてありました。

埼玉の方がファミレスの新時代は早くから始まっていたのではないでしょうか?

もう埼玉には、次の時代の素敵なファミレスが目白押しなのでした。