また私は世人が植物に趣味を持てば次の三徳があることを主張する。すなわち、
第一に、人間の本性が良くなる。野に山にわれらの周囲に咲き誇る草花を見れば、何人もあの優しい自然の美に打たれて、和やかな心にならぬものはあるまい。氷が春風に融けるごとくに、怒りもさっそくに解けるであろう。またあわせて心が詩的にもなり美的にもなる。
第二に、健康になる。植物に趣味を持って山野に草や木をさがし求むれば、自然に戸外の運動が足るようになる。あわせて日光浴ができ、紫外線に触れ、したがって知らず識らずの間に健康が増進せられる。
第三に、人生に寂寞を感じない。もしも世界中の人間がわれに背くとも、あえて悲観するには及ばぬ。わが周囲にある草木は永遠の恋人としてわれに優しく笑みかけるのであろう。
惟うに、私はようこそ生まれつき植物に愛を持って来たものだと、またと得がたいその幸福を天に感謝している次第である。
――牧野富太郎「植物知識」
「もしも世界中の人間がわれに背くとも、あえて悲観するには及ばぬ。わが周囲にある草木は永遠の恋人としてわれに優しく笑みかけるのであろう。」というが、もしそんなことになりゃ、草木どころではなく、草葉の陰のことを考えなくてはならぬ。