宝島のチュー太郎

酒屋なのだが、迷バーテンダーでもある、
燗酒大好きオヤジの妄想的随想録

例えばこんな【1】

2023年08月27日 19時07分44秒 | つくりバナシ
 若い頃、それも色々ある。
例えば、なんとかビギナーの位置は越えたが、男としてまだまだ初心者と呼ばれても仕方ない頃に出逢った異性のこと。
そうさなあ、例えば愛媛の田舎から東京に出てきた六大学の学生の生活の中で、偶然が重なった出逢いから親密に至る過程の断面図。
そんな瞬間を文章化してみたらどうだろう?

 恥ずかしながら、もう10年余り、【小説のようなもの】を書きたいと思ってきた。
実力の有無は別として、意欲はあるんだなぁ、これが。
まあ、老後の趣味と思って貰ってもいい。

 一人称か三人称か。
ここはやっぱ、かつての庄司薫ふうはどうだろう?
さうさう、【赤ずきんちゃん気をつけて】?だったかな。

時代背景はやはり、表現するに無理のないオンタイム、すなわち1978年前後・・・



【プロローグ】

 今から話す物語は僕が明治大学の4年生だった頃の淡い記憶のトレースだ。

 小説家に憧れはしても、その実力のないことも、また、これまでただの一度もトライしたこともないのだから、気力すらもないことは僕自身が一番良く知っている。

でも、どうせ何かを書くのなら、表現したいのなら、いつもいつも書き殴るのではなく、少し襟を正して取り組んでみるのも面白いんじゃないかと思ったんだ。

 そもそも小説というものがどういうものなのかを知らない僕には、何をどう始めればいいのか、それすら皆目見当がつかない。

恐らくは、まずテーマありきで、それを背骨に手足をつけてストーリーを組み立てる。
もしその舞台が、自分の経験してないものなら、徹底して取材する。

こんな感じじゃないかと想像するのだけど、そんなもの何もない。
取材をする気力や能力がないのだから、自分の経験の範囲で書く外はない。

 すると、いきおい、私小説か?ということになるが、僕はその響きがあまり好きではない。

だから、私小説ではない・・・が経験がものを言ってるかもしれない。

なにはともあれ、そんなレベルでもいいから、少し真面目に文章をいじってみたくなったのだ。




【1】

海を見ていた。
1980年2月、とある日曜日の午後、季節はずれで人影の少ない由比ヶ浜。
とは言え、風のない小春日和は、ぎこちないカップルには如何にもデート向きらしい気候の昼下がりだった。

 海を見下ろす海岸添いの公園のベンチに腰掛けた僕の隣には、小夜子が並んで座っている。
そして、僕と同じように海を見ている。

 小夜子とは、その前の月、新宿のディスコで出会った。
僕は時々、職場の同僚と週末に出掛けては、ラストまでひたすら踊りまくることで、ストレスを発散するようなところがあった。

 ディスコという場所は、ナンパ目的の男も多い。それは事実だ。
ただ、僕たちはそういうタイプではない。
硬派というほどではないが、軟派でもない。
いや、正直言うと、女の子に声を掛ける勇気がなかっただけなのかも知れない。

ともあれ、純粋に踊って大汗をかいて、チークタイムになると、席に戻って、食べて飲むというごくありきたりな楽しみ方を追求するタイプが僕たちなのである。

 なのに、その夜は何故か隣で踊っている女の子と目が合った。
黒いワンピースに包まれたスレンダーな体。
そして、クールな顔立ち。
個性的な美人。
それが小夜子だった。

いつもなら、また独りで踊り続けるところ、何故か自然に向き合って踊った。
女の子も、特に嫌がる風もなく、さりとて積極的に近づいてくるでもなく、ごくフランクな距離を保ったまま、二人は踊り続けた。

 やがて、ダンス曲からスローバラードに変わり、それと同時に照明が暗くなる。
いつもの僕なら、とっとと席に戻るところだ。

だが、その夜の僕はどういう訳か、ごく自然に女の子の手を引いていた。


漆黒のストレートヘアから、シトラスの香りがした。
華奢なその体は、強く抱くと折れそうだった。

 どんな会話を交わしたかは、実のところよく覚えてない。
でもその後、彼女の友人たちに強引に連れ去られる頃には、彼女が沖縄出身だということと、僕より三つ年下だということと、彼女の電話番号、これらを聞き出していたのだから、ポイントは押さえていたのだろう。


 翌日電話を掛けてみた。
どうやらその帰り道、彼女の友人たちに釘を刺されたらしい。

「あの男は、どうみてもプレイボーイだからやめときな」こんなことを言われたというのである。
え?この僕がプレイボーイだって?
ほぉそう見る向きもあるんだ。

「で、君はそのアドバイスに従うの?」と僕。
「う~ん、大丈夫だよね?」と彼女。

こうして僕たちは、次の週末に新宿でデートする約束を取り付けた。


 ただここで、問題点が一つ。
僕は彼女の顔をハッキリ覚えてない。
ディスコタイムでは向き合ってても、チークタイムで顔を見ることはほとんどない。
だって、相手の耳許で息を吹きかけるように囁くのがチークタイムなんだから。
だから、いくら思い出そうとしても、脳裏にその顔が浮かんでこないんだ。

 やっぱ、この辺りがプレイボーイ?
まさかね。


 新宿駅の東口、ガード下の通路に一番近い出口を待ち合わせ場所に決めた。
夜がこれから始まろうとする新宿駅の雑踏の中から、どうやって顔を覚えてない女を見つけ出せばいいのだろう?
少なからず心配だった。

それが杞憂であったことは、人混みの中からこちらに近づいてくる女の子の顔を見てすぐに判った。
そうだよ、これが小夜子だよ。

まずは【バグパイプ】で食事をしようと決めていた。
スコッチが色々あって、ムール貝のグリルなんかのメニューがある割にリーズナブルな価格。
僕が好きな店。
そこで僕たちは盛り上がった。
そして酔った。

その夜から、僕たちは、いわゆるステディな関係になった。
新大久保のラブホテルで抱いた小夜子の浅黒くて締まった体、そしてその密度の濃いヘアは、これまでに触れたことのないオブジェ。
勿論、僕は素直に興奮した。
しかし、簡単すぎる。
これじゃあまるでプレイボーイの仕業だ。
僕はそんな器じゃない。

じゃあ、夜ばかりじゃなくて、日曜をずっと一緒に過ごそうよ、ということにもなる。

東京には海がない。
晴海埠頭?
あれは海じゃない。

よし、じゃあ鎌倉へドライブしよう。

社会人一年生のくせに、僕は車を持っていた。
といっても、それは、埼玉に住む叔父の車を、その兄である父が、頼まれて買うことになったもので、僕自身がお金を出した訳ではない。 


次の日曜の朝、小夜子の指定した吉祥寺の駅前に迎えにいって、首都高から横羽線を快適に走る。
実は僕は学生時代最後のバイトで、とあるちっちゃな広告代理店のメッセンジャーとしてスカGを与えられて、都内の中心部は我が物顔で走ってたから、運転はお手のものだったんだ。

でも、何故か浮き立つような楽しさはない。
ステディを自認する若い男女が、冬とはいえ、快晴の空の下、日曜日にドライブしてるんだから、本当ならもっと楽しい筈じゃないかな?

その理由は、僕自身はハッキリしていた。
それは、ケイのせいなんだ。

小夜子はケイじゃない。

並んで海を眺めながら、小夜子がポツリと言った。

「私、実はまだ忘れられない人がいるんだ、ゴメンね」
「そうか、悲しいな。なんてな、俺も同じだ、これ笑うところかな」

そうか、小夜子もそうだったのか。
だから、手放しで楽しめないんだ。

やっぱ、ディスコでの僕らしくない行動は、神様のいたずらだったんだ。
小夜子といながら、僕はケイのことを考えている。
小夜子は小夜子で、誰か僕の全然知らない奴のことを考えている。
こんな淋しいデートってあるだろうか?

この年のヒットチャートは、「大都会」と「さよなら」がデッドヒートを繰り返していた。
だから、ドライブの間に幾度と無く、カーラジオから流れる「さよなら」。
その旋律と歌詞は、忘れたい思い出を強引に僕の前に押しやってくる。

ケイ、今何してる?




 実はこの文章、数年前に書き始めて、途中で挫折したもの。
死ぬまでに完結したいと思っている。

なので再度、加筆しながらトレースする。
従って、暫く続く・・・







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