宝島のチュー太郎

酒屋なのだが、迷バーテンダーでもある、
燗酒大好きオヤジの妄想的随想録

さよなら/オフコース

2024年02月10日 20時26分00秒 | つくりバナシ





海を見ていた。
1980年2月、とある日曜日の午後、季節はずれで人影の少ない由比ヶ浜。
とは言え、風のない小春日和は、ぎこちないカップルには如何にもデート向きらしい気候の昼下がりだった。

 海を見下ろす海岸添いの公園のベンチに腰掛けた僕の隣には、まりえが並んで座っている。
そして、僕と同じように海を見ている。

 まりえとは、その前の月、新宿のディスコで出会った。
僕には時々、職場の同僚と週末の仕事上がりに、ラストまでひたすら踊り狂うことで、ストレスを発散するようなところがあった。

 ディスコという場所は、ナンパ目的の男も多い。それは事実だ。
ただ、僕たちはそういうタイプではない。
硬派というほどではないが、軟派でもない。
いや、正直言うと、女の子に声を掛ける勇気がなかっただけなのかも知れない。

ともあれ、純粋に踊ってぐっしょりと汗をかいて、チークタイムになると、席に戻って食べて飲むというごくありきたりな楽しみ方を追求するタイプが僕たちなのである。

 なのに、その夜は何故か隣で踊っている女の子と目が合った。
黒いワンピースに包まれたスレンダーな体。
そして、クールな顔立ち。
個性的な美人。
それがまりえだった。

いつもなら、また独りで踊り続けるところ、そのときは何故か自然に向き合って踊った。
女の子も、特に嫌がる風もなく、さりとて積極的に近づいてくるでもなく、ごくフランクな距離を保ったまま、二人は踊り続けた。

 やがて、ダンス曲からスローバラードに変わり、それと同時に照明が暗くなる。
いつもの僕なら、とっとと席に戻るところだ。

だが、その夜の僕はどういう訳か、ごく自然に女の子の手を引いていた。


漆黒のストレートヘアから、シトラスの香りがした。
華奢なその体は、強く抱くと折れそうだった。

 どんな会話を交わしたかは、実のところよく覚えてない。
でもその後、彼女の友人たちに強引に連れ去られる頃には、彼女が沖縄出身だということと、僕より三つ年下だということと、彼女の電話番号、これらを聞き出していたのだから、ポイントは押さえていたのだろう。


 翌日電話を掛けてみた。
どうやらその帰り道、彼女の友人たちに釘を刺されたらしい。

「あの男は、どうみてもプレイボーイだからやめときな」こんなことを言われたというのである。
え?この僕がプレイボーイだって?
ほぉそう見る向きもあるんだ。

「で、キミはそのアドバイスに従うの?」
「う~ん、大丈夫だよね?」

こうして僕たちは、次の週末に新宿でデートする約束を交わした。


 ただここで、問題点が一つ。
僕は彼女の顔をハッキリ覚えてない。
ディスコタイムでは向き合ってても、チークタイムで顔を見ることはほとんどない。
だって、相手の耳許で息を吹きかけるように囁くのがチークタイムなんだから。
だから、いくら思い出そうとしても、脳裏にその顔が浮かんでこないんだ。

 やっぱ、この辺りがプレイボーイ?
まさかね。


 新宿駅の東口、ガード下の通路に一番近い出口を待ち合わせ場所に決めた。
夜がこれから始まろうとする新宿駅の雑踏の中から、どうやって顔を覚えてない女を見つけ出せばいいのだろう?
少なからず心配だった。

それが杞憂であったことは、人混みの中からこちらに近づいてくる女の子の顔を見てすぐに判った。
そうだよ、これがまりえだよ。

まずは【バグパイプ】で食事をしようと決めていた。
スコッチが色々あって、ムール貝のグリルなんかのメニューがある割にリーズナブルな価格。
僕が好きな店。
そこで僕たちは盛り上がった。
そして酔った。

その夜から、僕たちは、いわゆるステディな関係になった。
新大久保のラブホテルで抱いたまりえの浅黒くて締まった体、そしてその密度の濃いヘアは、これまでに触れたことのないオブジェ。
勿論、僕は素直に興奮した。
しかし、簡単すぎる。
これじゃあまるでプレイボーイの仕業だ。
僕はそんな器じゃない。

じゃあ、夜ばかりじゃなくて、日曜をずっと一緒に過ごそうよ、ということにもなる。

東京には海がない。
晴海埠頭?
あれは海じゃない。

よし、じゃあ鎌倉へドライブしよう。

社会人一年生のくせに、僕は車を持っていた。
といっても、それは、埼玉に住む叔父の車を、その兄である父が、頼まれて買うことになったもので、僕自身がお金を出した訳ではない。 


次の日曜の朝、まりえの指定した吉祥寺の駅前に迎えにいって、首都高から横羽線を快適に走る。
実は僕は学生時代最後のバイトで、とあるちっちゃな広告代理店のメッセンジャーとして白いスカGを与えられて、都内の中心部を我が物顔で走ってたから、運転はお手のものだったんだ。

でも、何故か浮き立つような楽しさはない。
ステディを自認する若い男女が、冬とはいえ、快晴の空の下、日曜日にドライブしてるんだから、本当ならもっと楽しい筈じゃないかな?

その理由は、僕自身はハッキリしていた。
それは、ケイのせいなんだ。

まりえはケイじゃない。

並んで海を眺めながら、まりえがポツリと言った。

「私、実はまだ忘れられない人がいるの、ゴメンね」
「そうか、それは辛いね、なんてね、実はボクも同じなんだ」

そうか、まりえもそうだったのか。
だから、手放しで楽しめないんだ。

やっぱ、ディスコでの僕らしくない行動は、神様のいたずらだったんだ。
まりえといながら、僕はケイのことを考えている。
まりえはまりえで、誰か僕の全然知らない奴のことを考えている。
こんな淋しいデートってあるだろうか?

この年のこの頃ヒットチャートトップは、「大都会」と「さよなら」がデッドヒートを繰り返していた。
だから、ドライブの間に幾度と無く、カーラジオから流れる「さよなら」。
その旋律と歌詞は、忘れたい思い出を強引に僕の前に押しやってくる。

ケイ、今何してる?









さよなら/オフコース






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