手作りの趣味を持つ「お絵描きやさん」

北海道産のパートナーNと暮らすワーキングババ
娘3人・孫ッチが3人、休みなし
品川生まれの品川育ちです

コメ展なるもの その参

2014年07月01日 | 日記

「コメ展」は、佐藤卓さんと竹村真一さんの展覧会のディレクションで行われていました。 

農業ならではの観点、デザイナーからの観点などから様々な作品・展示がされています。 

コメ屋の娘という立場で育ったからこそ、コメは大事に!と叩きこまれて来たので

コメそのものを「食べない・使わない」作品を見るとどうしても違和感が拭えません(つω`*) 

その中で「コメの雲」という作品。

天井に近いため、じっくり見ていく人が少ないように感じました。

太陽の光・雲からの雨によって地上でコメが育つエネルギーになります。 

中心から円を描くように24節気の幟が下がっています。

中心はコメの雲。その下には何もありません。

作品の「中心に何もない」事が日本にとって大事な意味があるためなのだそうです。 

稲穂に見立てた「コメの道」。 結構大きいんですよ、コレ。 

麦・ススキ・竹・サトウキビ・トウモロコシ・・・すべてイネ科です。

それらを人間が長い時間をかけて品種改良したりしながら今の美味しいコメになってきました。

そのコメ作りの営みが一つの「道」なのでしょう。

稲穂の形にされたのがイイですね!さすが「コメ展」です。 

      

コメから作られた日本酒のラベルが沢山壁に貼られていました。 

特にコメのイメージが大きいものを載せてみました。

七本槍は稲穂そのままですが、なぜ?赤とんぼ・・・? ですよね~。

山で避暑をしていたとんぼが赤く色づき里山に下りてくる、それはコメの収穫時期に重なり、とんぼは「稲の霊」とも言われています。

赤とんぼは「アキアカネ」という名前が本名?です。

私が中学生の頃に東北に行った時、空が赤く染まるほどアキアカネがいましたが、現在は減少傾向にあるそうです。

早く回復して欲しいですね、心配です。

「コメ粒もじもじ」 のコーナーです。

Nは何を書くのか?気になったので見ていましたが「用意されているペンの芯が太くて書きにくい」のだそうです。 

↑これは私が書いたもの。内容は自己紹介にしました。 

コンセプトは「一粒一粒のコメのありがたさを感じながら、コメへの想いを綴ってください」とのこと。

ジッと見つめながら書かせて頂きました。「米屋の娘」と。 

「米」の真ん中の縦棒がない字が大きく貼られていて、自分が縦棒の代わりに立つ

「『米』になりたい」 です。

「Nに立ってみてよ」 と言ってみたところ、こんな格好で止まってしまいました。

そ~か、そ~か。このまま撮影してあげよう。

何だか2画目と6画目がNに刺さっているみたいですし、3画目は腹を貫通しているイタそうな「米」になってしまいました(>_<。)

3才くらいの女の子がやっていたのは超~!可愛かったです♪

こんな垂幕も作られていて、ちょっと欲しかった。

垂幕にバイバイと見送られて「コメ展」はオシマイです。

コメに対する色々な側面を見せてくださったコメ農家の方々やデザイナーの方々、ありがとうございました。 

来た時と同じ道を通って駅まで行きます。

東京ミッドタウンのインドメーション前にある、白い大理石「意心帰」。

石には楕円に穴が開けられていて、そこに座ると大地に帰った気分を味わうために作られたものだそうです。

子どもたちが地上の光の中で石を中心に何度も走り回っていました。

地上、ミッドタウン西交差点から六本木交差点を見たところです。

東京ミッドタウンは防衛庁・陸上自衛隊駐屯地跡地に建てられたもので、

それ以前は米軍将校の宿舎であり、明治時代から戦前までは日本陸軍の駐屯地だったそうです。

今では外国人が多かったりする街のイメージですが

江戸時代、武家地からお屋敷町に変化し、湧き水に恵まれていたため金魚の養殖が盛んだったとのことです。

だから「六本木 金魚」という名前がエンターテインメントレストランに付いたのでしょうか?

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歴史的にも国際的にも動きの大きかった土地でコメという日本の根本を考える企画展に行った記録でした。