星を数えながら

日々の出来事や感じたこと、聖書の言葉など
小さくても星のようにキラリ☆光ることを
分かち合えればいいなぁ。

突然のことで④

2009年01月31日 10時13分16秒 | 驚いたこと
(続き)
手術室から出てきた母は、
もう麻酔が覚めていて、会話を始めたので驚いた。
しかも、手術前のあの気弱な母の姿はどこかへ飛んで行き、
「本当に手術直後の人間か!」と思うほどしゃべり続けていた(笑)

後で調べたのだが、「くも膜下血腫」だと危険性は一気に上がるが、
「慢性硬膜下血腫」は、以下のように医師がwebで説明していた。

 「慢性硬膜下血腫は、適正な脳外科的治療により、
  完全に元の状態に戻る数少ない疾患で、
  脳外科医にとっては今どき珍しい? 
  患者さんに感謝されることの多い、
  職業冥利(みょうり)に尽きる病気の代表的なものです」

私が「くも膜下」と姉から聞いて、教会員に連絡した時、
看護師をしている方は「危険だ」と感じたらしい。
「くも膜」と「硬膜」。一字違いだが大きく違うようだ。
今回のことで、頭蓋骨に近い方から硬膜、くも膜、軟膜と
3種類の脳を包む(守る?)膜があることを知った。



昨日お見舞いに行った時などは、完全にいつもの調子を取り戻し、
同部屋にいるちょっと認知症気味の方のお世話をしたり、
いろんな方と友だちになっていたり、
ところ構わず、相手構わず、福音を宣べ伝えていたり、
花粉症気味の私に「そんなんは祈りで追い出したらいい!」と、
さらにパワーアップした母になっていた・・・。

突然のことで驚いたり、不安になったりもしたが、
「くも膜でなくて良かった~」と胸を撫で下ろしつつ、
皆さんの祈りに支えられて、今日、無事に退院することとなった。
ご心配をおかけしました。またお祈り下さりありがとうございます。

追伸:
今回「突然のことで①~④」シリーズで、
水仙の画像を挿入している。
それは季節がらということもあるが、
幼少の頃、母が私たち兄弟5人に水仙の花を描かせて壁に貼り、
仕事から帰ってきた父が、一枚一枚に寸評していたのを
何故か思い出していたのだった。

突然のことで③

2009年01月30日 09時25分10秒 | 驚いたこと
(続き)
手術前に別室にて、担当医から説明を聞いた。
まだ40代半ばぐらいの若い医師で、
(30代の私が言うのもおかしな話しだが!)
時々お会いする医師独特の「偉さ」を少しも感じさせない。

姉の電話では「くも膜下出血」と聞いていたが、
医師の説明では「慢性硬膜下血腫」とのことだった。
「くも膜」と「硬膜」の違いをその時は知らなかったのだが、
改めて医師から「危険な手術ではない」と言われ安心した。

ほぼ標準語で話される感じのいい医師で、
自然体で話される何かの拍子に「~けん」という方言が出た。
(例:菅原文太の「朝日ソーラーじゃけん」の「けん」)
その瞬間「この医師は岡山、広島、山口あたりの出身だ」と思い、
山口出身の母にとっても良かったなぁと思った。



手術前の説明で、確率がとても低くて、
医師自身も「私も経験したことはないですが」と言われる
危険な事態の説明を念のためにしてくれる。

ほぼ起こり得ないであろう事態の説明であり、
万が一のために「説明はしましたよ」という
病院側の説明責任であることは百も承知している。
しかし全くの素人の私にとっては、
少しの不安を抱きつつ同意書にサインをするのであった。

そんな時、唯1人の頼みであり、母を託す担当医が、
誠実な人柄で、患者や家族の緊張を解こうとしてくれて、
さらに同郷らしきあたたかい「なまり」が、
手術前の私に少しの余裕を与えてくれたのだった。
(まだ続きます)

突然のことで②

2009年01月29日 08時56分39秒 | 驚いたこと
(続き)
姉からの連絡を受けて、早速2人で病院に向かった。
病室での慰めにでもなればと、
途中で花粉の出ないフラワーアレンジメントを買った。

「リスクは高くない」という言葉に少々安心しながら、
熱心すぎる(?)ほどの信仰を持つ母のことだから、
「大丈夫!病気なんて聖霊の力でイチコロ!
 来てくれなくても良かったのに」と、
きっと笑いながらそんな言葉を言うのではと思っていた。

病院に着き、聞いていた部屋番号に母の姿を見つけた。
しかし母と少し会話を交わすのだが、
いつもの元気なエネルギッシュな母とは全然違うのだ。
いろいろと説明をしてくれるのだが、
脳に血がたまっているせいか、言葉も出にくく、
その内容もよく分からないところがあった。

私は、こんなに元気のない母の姿を生まれて初めて見た。
もちろん元気がない時は誰にでもあるだろう。
しかし母は何があってもへこたれる人ではなかった。

子ども5人を育ててきた母、
3人の子どもを乗せて自転車を走らせていた母、
父の会社が倒産して多くの借財を抱えても
保険と化粧品のセールスをしながら家計を支えた母、
そのために1日10キロ程は自転車をこいでいた母、
夏休みになると嫌がる子どもたちをたたき起こして
家庭礼拝を実行していた母、
とにかく気持ちが折れるということを見たことがなかった。



しかしこんなに弱気になっている母は初めてだった。
もうすぐ医師の説明が始まる手術前の病室で、
母は私の祈る言葉にすがるようにうなずいていた。
本来なら、自分の手術であっても、
自ら祈る勢いのある母のはずなのだが。
(続く)

追伸:
続きを知らない方、念のためですが、
母の命に別状はありませんので(笑)

突然のことで①

2009年01月28日 08時28分16秒 | 驚いたこと
先週金曜日のお昼前、姉から電話があり、
「くも膜下出血で入院して、夕方手術になると思う。
 リスクの高いものじゃないらしいから」
と言うのだ。???

しかも「携帯の充電が切れそうやから、
そっちからかけ直して」とも言う。???
携帯って受け取る側の方が電池量は少なく済むのか???
(そんなことはないだろう)

慌てている様子もないのだが、5W1Hがないから、
誰が手術を受けるのか、さっぱり分からないのだ。
「リスクの高いものじゃないから」という言葉だけを
唯一の頼りにしながら、落ち着いて電話をかけ直した。

よくよく聞いてみると、私の母が病院に運ばれ、
右半身のしびれがあり、言葉も少々出にくくなっており、
頭に血がたまっているとのことだった。

入院した病院は、私の所から車で40分ほどのところ。
すぐにでも駆けつけようかと思ったが、
手術前まで姉が母のそばにいて、
私たちは手術に立ち会うということで連携が取れた。

「たまっている血を抜く手術」と姉が言ったので、
「血を抜いた後、血管はどうするの?つなぐの?
 まだ出血は続いてるの?後遺症はどうなる?」
いろいろと質問をするのだが、姉もよく分かっていないらしい。

姉との電話の内容は要領を得ないものだったが、
実家の近くに姉夫婦が住んでくれていることはありがたい。



早速、教会役員と祈祷部の方々に携帯メールを送り、
手術が守られるように、後遺症が残らないようにと
とりなしの祈りをお願いした。

突然のことでいろいろと不安もわいてきたが、
こんな時、共に祈って下さる兄姉がいるということは、
大きな支えだなぁとつくづく思う。
(続く)



小さなことも

2009年01月27日 09時52分50秒 | 嬉しかったこと
年末に1年間の感謝を振り返る時があった。
いつも皆を明るくさせ、笑わせてくれるNさんが、
「今年は宝くじが2回も当たりました!
 そして温泉のタダ券も当たりました!
 神様がこんな恵みを用意してくれるなんて感謝です」
と、いつものように無意識に皆を和ませていた。

私も一緒になって笑っていたのだが、内心は
「神様の恵みって、そんな小さなものじゃないと思うけどなぁ。
 宝くじに当たろうが、当たらなかろうが、
 (3億なら話しは別だが、多分1万円ぐらい)
 恵みって、そんなことじゃないと思うけどなぁ」と、
ボンフェッファーの「安価な恵み」などを思い起こしていた。

年が明け、私が携帯の機種変更をし、受け取りに行っている間、
妻は買い物をしたレシートをもって、福引をガラガラまわしていた。
そして新携帯の説明を受けている私のそばに来て、
恥ずかしそうな顔をしながら「当たった、1等賞」と言うのだ!

「えっ、ハワイ旅行でも当たった?(考えが古い・笑)
さっきのカラン、カランってあの音、そう?」
と尋ねると、「3000円の商品券」とのこと。
それでも携帯ショップの店員も一緒になって喜んでくれた。




「いっつもそのまま回してるけど、
 いったん少しだけ後ろに回して前に回すと、
 コロンって赤い玉が出てきた!」
と3000円商品券の武勇伝を語る妻。

帰りの車の中で、「年末年始、一生懸命に頑張ったから、
これは神様のプレゼントやなぁ。恵みやなぁ。感謝やなぁ」
と夫婦で会話をした時に、前述のNさんの宝くじを思い出したのだ!

Nさん、ごめんなさい。
たった3千円でも、私たちは神様の恵みだなぁと嬉しかった。
どんな小さなことでも、何事においても、
全てのことにおいて、神様に感謝することを
聖書は教えているのだから。


新携帯②

2009年01月24日 09時48分01秒 | 考えたこと
携帯の購入に関して、「???」と思ったことがある。
今回、2007年の夏バージョンということで、
既に製造していないもの、
在庫限りのものを「実質0円」で購入した。

近くのSoftBankショップ、家電製品店、ショッピングモールなど、
購入するにあたって5ヶ所の店をまわった。
(っと言っても、ショッピングモールの中に
 家電製品店と専門店が入っていたので、実質は3か所だ)

「実質0円」とは、機種代金と同じ額を
回線使用料や基本料から差し引いてくれるということだ。
(ただし基本料や回線使用料が機種代金の分割金額より下回ったら、
 それ以上の差し引きはないということだった)
ここまでは納得できたし、Wホワイトに入っているので、
結局、機種代金は「実質0円」だから契約に入った。

しかし「店頭手渡し頭金料」(不正確かも?)なるものが、
8000円もかかると言う。ここからが「???」だ。
8000円かかることを説明したそのすぐ後で、
「でも、このプラント、あのプランにご加入下さり、
 そして年間費も申込料も無料のクレジットカードを作って下さり、
 そこから電話料金を引き落としにして頂くと、
 この8000円はかからず、かなりお得になります。
 これらのプランも1か月だけで解約しても大丈夫です」
と女性の店員が少々早口でのたまわれたのだ。

そして多くの方が、そのようにしていて、とてもお得だと、
話されたが、隣で聞いていた妻は「何だかややこしい」と言う。
そんな表情をしている大蔵大臣が、予想外の8000円を出すわけがない。
そして私は「この頭金の8000円とは、何の頭金ですか?」
と尋ねてみたら、この女性店員は、ちゃんと説明できなかったのだ!

「機種代金は24か月の分割で、しかもそれは実質0円なので、
 機種代金の頭金というのはおかしいですよね~。
 しかも店頭お持ち帰りに何で頭金が必要なんですか?
 事務手数料は別途なので、何の頭金ですか?」
とたたみかけるように問うても、確かな返事はなく、
「この代金は、店によって違います」と答えられた。

その一言で、店によって違うなら他店へ行こうと私は立ち上がり、
「それでは、今回はなかったということで。
 また別の機会によろしくね」と言って店を後にした。

結局、幾つものプランに入ってもらうことと、
クレジット会社から何らかのマージンをもらう、
そのための意味不明の名前のついた8000円だったのだろう。

その後に行ったイオンの携帯ショップでは、
とっても丁寧に説明をしてくれて、
我が妻でもよく分かっていたし(失礼)、
しかも意味不明の頭金8000円はかからなかったのだ!

同じものを買うのに、こうも対応が違うのもおかしな話しだ。
私のように気が弱くて素直で信じ安いお客さんは、
「そういうものか」と店員の言いなりになってしまう(笑)
これからは、絶対イオンさんでお願いしようと思う。
去年加湿器を購入する際に感じたマイナス感は、
これで一気に吹き飛んだ!

ついでに宣伝しておきます(笑)
イオンモールりんくう泉南


新携帯①

2009年01月23日 08時29分48秒 | 嬉しかったこと
先週、携帯を機種変更した!
去年から2度か3度、
「2011年に2Gのサービスは終了します。
 今3Gに機種変更すると、こんな特典が・・・」
という葉書がSftoBankから届いていた。

結婚前から今の機種を使っているから、もう4年以上だろう。
けっこう頑張っていると自分でも思っていた。
それでも故障しているわけでもないし、
機種変更には毎月毎月の支払がかさむし、
「絶対これが欲しい」と思わせる機種も出てこないし、
いろいろと忙しいし、と結局そのままにしておいた。

最近の機種のラインナップは、SftoBankより他社の方が
私の好みに合っているように思う。
私は、基本的に胸ポケに入る小さな携帯が好きだ。
また折り畳み式よりも、そのまま使えるものを好む。

もしauユーザーだったら、スポーツタイプを選ぶのに。
たとえば、こういう感じ↓


しか~し、クリスマス、年末年始、洗礼式、結婚式、成人式、
その他教区や教団の仕事をほぼ片付けてホッとした先週、
ついに大蔵大臣の許可もおりたので、購入を決意したのだった!

以前から変更するならと、機種は決めていた。SoftBank 816SHだ!
2007年夏バージョンだが、スリムでスライド、デザインもGooD。
そして去年の秋に、少しだけ製造し、入荷していることもチェック済み。
まさに決定的だったのが、去年の暮れには、
本体価格「実質0円」の表示を見たことだった。



しかしこの数日の間に欲しかった色が売り切れ、しかも製造中止、
結局3-4件ショップをまわって、Goldに落ち着いた。
色は、いつか慣れていくだろうといことで妥協した。
(これを逃すと、次回の新機種を待つか、
 それでも私のお気に入りは出ないかもしれないし、
 新機種はけっこう値が張るので)

機種変更した時の嬉しさって、何とも言えない。
何度も開けたり閉めたり、開けたり閉めたり(笑)
画面に張られているセロファンシートも貼ったままだ(笑)

2Gではおそらく無理だった他社携帯との絵文字メールもできる。
30半ばの男性が、そう多用はしないけれど(笑)
この携帯も最低3年以上は使うつもりだ!


成人者祝福式②

2009年01月22日 10時32分19秒 | 関西教区
(昨日の続き)

所属教会牧師としての「一言メッセージ」を
事前に準備できなかった私は、
一番前の席に座りながら、大きく深呼吸をした。

深呼吸をする時は、「聖霊による深呼吸」を心がけている。
そこで思ったことは、「牧師は教会の代表だから、
教会員みんなの気持ちを代弁するように語れば良い」
そう思って語り始めたのだ。

一言一句、正確ではないが、だいたいこんな感じだったかな。

「○○さん、成人おめでとうございます。
 昨年の京都での成人者祝福式で、牧師からの一言メッセージ、
 来年は私が言うとなると、きっと泣くのではと思っていました。
 しかし今回、会場教会の奉仕が忙しく、涙は・・・(笑)

 それでも今日、教区長と一緒に祝福を祈っている時、
 とても込み上げてくるものがありました。

 ○○ちゃんは(何故かちゃん付けに変わった!)、
 神様からの賜物がたくさんあります。
 (ある牧師の顔が、フムフムとうなづいているのが分かった)
 ヴィオラを弾いたり、ヴィオラを弾いたり、
 ヴィオラを弾いたり・・・(笑)

 しかしたとえその賜物が用いられなかったとしても、
 (ここで先ほどの牧師の顔が、ちょっと怪訝そうになった)
 たとえ用いられなくなったとしても、
 それでも私たちは、○○ちゃんの存在、
 ○○ちゃんがここにいること、それだけで嬉しいんです。

 11年前、今年で12年になるでしょうか。
 先に天国に行ったお父さんの祈り、そしてお母さんの愛、
 教会員の祈りと支えの中で、今日の日を迎えることができて、
 私たちはとっても嬉しいです。おめでとうございます」



「私たちはとっても嬉しい」
恐らく教会員のみんなも同じ気持ちだったと思う。

後で何人かの人に「先生、泣かしたらあかんやん~」と言われた。
自分が泣くかもしれないと思っていたぐらいで、
反対に大粒の涙を流させてしまったようだった(笑)

今から思うと「あのことも、このことも」言えば良かった、
と考えるのだが、きっと言わなくて良かったのだろう。
言葉を事前に準備できなくて申し訳なかったと思うのだが、
結果的に、聖霊によって深呼吸をして、良かったのだろう!

成人者祝福式①

2009年01月21日 08時54分57秒 | 関西教区
先週の月曜日、関西教区の成人者祝福式がもたれた。
今回は、10年振りに私たちの教会が会場ということで、
いろいろと諸準備をさせて頂いた。

私たちの教会からも成人者がいるので、
「関西教区の方々がこぞってお祝いに来てくれる」、
そんな感覚で喜んで準備をさせて頂いた!

祝福式も聖会も、大変素晴らしく、
教会での祝福式って本物の祝福だなぁと実感した。



私が最も自分の役割を果たさなければいけないことは、
成人者の所属教会の牧師として「一言メッセージ」を話すことだ。
昨年の様子を見ながら、「話しながら泣くかも」と思い、
既に去年の段階から涙ぐんでいた(笑)

しかし今回は、講師が前日から宿泊するということで、
「一言メッセージ」のために準備をする時間がなかった・・・。
私は何でも用意周到にするタイプなのに・・・。

他の牧師が、ニーバーの言葉を引用して
「置かれたところで咲きなさい」と言われたり、
「神の兵士として歩んで下さい」とお勧めしたり、
「神の国と神の義を第一に・・・」と聖書の言葉を贈ったり、
サプライズで親しい方の手紙を読まれたり、
さすが先輩の牧師先生たち、みんな牧師らしい言葉だった。

自分の番を待ちながら、「主よ~、主よ~」と
主の名を呼びつつ、「何を話そうか」と考えていたのだ。
(長くなるので、明日に続く)


いい青年に

2009年01月20日 08時50分18秒 | 友だち・人物のこと
先日の結婚式のために、わざわざ横浜から訪れてくれたI師。
小学生の頃に家族で韓国から日本にやって来て、
電柱に貼っていた韓国クワイヤーのコンサートのポスターを見て、
私たちの教会に訪れてくれたのが最初だろう。

その時から礼拝を共にし、一緒に奉仕をし、
よくバイキングにも食べに行ったのを思い出す。
その後、他教団で伝道師となるべく、
私たちの群れから巣立って行ったI師。

本人には直接言わないのだが(笑)、
これがまた「いいやつ」なのである!
こんなに好青年になるなんて、私の予想外だった。
(これは、失礼な表現なのか???
 想定内と言う方が失礼なような???)

昨年、結婚することを聞いた時、
「I師と結婚する人は、本当に幸せだろうなぁ」、
心の底からそう思ったものだった。

新婚旅行の帰りに泉佐野に寄ってくれて、
奥様を紹介してくれた。
また今回は、礼拝で奥様にお証しもお願いした。
そして感じたことは、
「こんな素敵な人と結婚して、I師は幸せやなぁ」
という率直な思いだった(笑)

礼拝では、神のものを神に返していくこと、
捧げることができる、そのことが自体が喜びであり、
神に返していくことの幸いを丁寧に語ってくれた。
「アーメン」と私はうなづいていた。


イサクのように「井戸を掘りに行く」と巣立ったI師。
多くの人を潤す涸れることのない命の水を示すため、
これからも一歩一歩、歩んで行くんだなぁと、
I師夫妻の祝福を心から祈っている今日この頃だった。