背寒日誌

2019年7月12日より再開。日々感じたこと、観たこと、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

映画女優、入江たか子(その2)~『禍福』

2012年07月09日 09時02分30秒 | 映画女優入江たか子
 『禍福』(1937年 東宝、入江ぷろ、高田プロ製作)は、菊池寛原作の大メロドラマである。前後篇合わせて二時間半を越す大作だが、話の展開が面白く、見飽きることのない作品だった。タイトルは、諺の「禍福はあざなえる縄の如し」から採ったものだと思うが、束の間の幸福が一転して不幸のどん底に落ちるといった内容である。
 入江たか子は悲劇の女性、優柔不断なダメ男に翻弄されるヒロイン船田豊美を演じる。監督は成瀬巳喜男、この手の作品を撮らせたら右に出る者がいない名匠である。ダメ男の皆川を演じるのは高田稔で、どことなく風貌が戦後の成瀬作品『浮雲』の森雅之に似ている。端正な顔立ちで渋みのある二枚目と言ったよいか。入江たか子と高田稔の初共演作は『月よりの使者』(1934年 田坂具隆監督)である。

  
『禍福』逢初夢子と入江たか子     『月よりの使者』高田稔と入江たか子

 『禍福』は三大女優の競演作でもある。ヒロイン入江たか子の豊美に、逢初夢子の三千子、竹久千恵子の百合恵がからむ。豊美役の入江たか子は終始着物で通し、古風な日本人女性のタイプで、男に裏切られ悲嘆に暮れていたが、開き直ってからの執念が凄かった。やさしい面立ちと丁寧な言葉遣いとは裏腹に、心の中では復讐の鬼と化するのだ。三千子(逢初)、百合恵(竹久)はいわゆるモガ(モダンガール)で、二人とも洋装で通し、行動派で自己主張の強いタイプ。三千子は豊美の女学校時代からの親友で、レズ的なほど仲が良く、二人に男の恋人が出来てから、結局三千子の方は結婚するが、豊美の方は皆川に裏切られ、子供まで孕まされて未婚の母になる。百合恵(竹久)は、皆川の郷里の裕福な家の娘。皆川の実家が金策に窮し、無理やり押し付けられた見合いの相手が百合恵だった。はじめ皆川は見合いを嫌がっていたのだが、美貌の百合恵に会って気持ちがぐらつき、東京に居る恋人の豊美を捨て、婚約してしまう。
 皆川は大学を出て外交官になり、百合恵と結婚し、東京の邸宅に住む。一方、豊美は恋に破れ、家出して、洋装店で働きながら自活することになるのだが、その洋装店で顧客の百合恵と出会い、二人は親しくなる。ある日、豊美は百合恵が皆川の結婚相手であることを知って驚き、内緒で店を辞める。そして豊美は臨月になり、皆川との間に出来た女子を出産。下町の菓子屋に住み込んで暮らしていると、ある日、百合恵が居場所を突き止めて訪ねて来る。皆川がフランスに半年滞在することになったので、自分の邸宅に住むようにしきりに勧める。豊美は復讐の決意を固め、皆川の渡仏後子供を連れて百合恵の邸宅へ移り住むのだった。
 いかにも菊池寛の原作らしく、意外性の連続で、ストーリーのあざとさなど意にも介せずといった調子でぐいぐい進めていくので、いつの間にか引き込まれてしまう。
 男の身勝手と見えすいた弁解、それを見抜く女の勘の良さ。真面目な顔をしてしらじらしいウソをつく皆川というダメ男を演じた高田稔が良く、また頼りなさそうで実はしたたかなヒロイン豊美を演じた入江たか子も素晴らしかった。親友の逢初夢子がまた良く、結婚したばかりの夫そっちのけで、豊美に対し親身になって尽く姿が健気なのだ。百合恵役の竹久千恵子は、矛盾した役柄がつかめないまま終ってしまった感じだった。
 ほかに共演者では、北林谷栄が洋装店の同僚で登場。老け役ではなく年齢相当の役を演じていた。豊美の父に御橋公、母に伊藤智子、皆川の父に丸山定夫、母に英百合子、三千子の夫早川に大川平八郎、友人太田に嵯峨善兵、洋装店の女主人に清川玉枝、菓子屋(今川焼屋)のおかみさんに清川虹子。
 脚色は岩崎文隆(どういう人物かは不明)、撮影は三浦光雄。
 『禍福』は、監督の成瀬巳喜男らしさ出た、一見に値する映画である。

<データ>  *注
『禍福』
(東宝+入江+高田+ユニット作品)
配給:東宝映画株式会社
原作:菊池寛 主婦之友連載
演出:成瀬巳喜男
製作主任:篠勝三
脚色:岩崎文隆
撮影:三浦光雄
録音:鈴木勇
装置:北猛夫
編輯:後藤敏男
音楽:仁木他喜雄
演奏:P.C.L.管絃楽團
主題歌:コロムビアレコード
 「我が子思へば」「女の味方は女だけ」
 作詞:西條八十 作曲:江口夜詩
出演者:入江たか子(船田豊美)、竹久千惠子(眞山百合恵)、
逢初夢子[東京發声](瀧澤三千子)、高田稔(皆川慎太郎)、
大川平八郎(早川達雄)、丸山定夫(慎太郎の父)、御橋公(豊美の父)、
汐見洋(百合恵の父)、嵯峨善兵(友人太田)、生方明(慎太郎の弟昌二)、
伊東薫(慎太郎の弟昌助)、英百合子(慎太郎の母)、伊藤智子(豊美の母)、
堀越節子(慎太郎の妹節子)、清川玉枝(成澤夫人)、三條利喜江(百合恵の母)、
神田千鶴子(友人)、梅園龍子(友人)、山縣直代(友人)

『禍福』後篇
*上記クレジットとほぼ同じだが、
撮影:鈴木博
音楽:伊藤昇
に代わり、主題歌はなし。
*出演者では、逢初夢子の役名が早川三千子に変わり、
北林谷栄(本田さん)、清川虹子(おともさん)が加わり、
御橋、汐見、生方、英、三條、神田、梅園、山縣はなし


映画女優、入江たか子(その1)

2012年07月08日 13時07分50秒 | 映画女優入江たか子
 昨年(2011年)は映画女優入江たか子の生誕100年だった。が、大きな催しは全くなく一年が過ぎてしまった。フィルムセンターでも回顧特集はなかった。田中絹代の生誕100年特集は大々的に行なったのに、昭和映画女優史上その功績の点では田中絹代に決して劣らぬ入江たか子の特集をやらないとはどういうことなのか、と疑問に感じた。やはり、田中絹代と比べて戦後の活躍度が違うこと、そして入江たか子の全盛期(昭和3年から十年代)を知っている日本人がほぼ絶滅してしまったことが大きいのだろうと思う。
 小さな上映会では、昨年5月にマツダ映画社主催の無声映画鑑賞会で澤登翠さんの活弁で『滝の白糸』(1933年 溝口健二監督)を上映した。『滝の白糸』は、入江たか子の主演作品では、ほぼ原型をとどめて今でも残っている最も古い無声映画である。この映画は、早世した名優岡田時彦との共演作でもあり、監督が溝口健二ということで、あちこちで時々上映されており、DVDも発売されているので、ご覧になった方も多いだろう。


『滝の白糸』入江たか子と岡田時彦

 今年3月17日(土)に、神田駿河台の文化学院で、入江たか子生誕100年を記念して入江若葉さんのトーク・イヴェントがあった。入江たか子・若葉さん母娘はともに文化学院の卒業生であり、2011年はまた同校の創立90周年でもあるため、公開講座の第一回として催されたのだった。私は親しくさせていただいている入江若葉さんからこのイヴェントのチラシをいただき、お声を掛けられていたので喜んで出席した。あいにくの雨模様だったが、たくさんの方が詰めかけた。聞き手は山根貞男さんで、若葉さんが語る母・入江たか子についてのトークを興味深くまた心暖まる思いで拝聴した。


文化学院での入江若葉さんのトーク

 私事になるが、この数年、私は映画監督の内田吐夢と田坂具隆に強い関心を覚え、また二人が在籍していた戦前の日活(日活京都と日活多摩川)のことを勉強したりしているが、この二監督と入江たか子は切っても切れぬ関係なのである。だから当然、入江たか子についても関心があり、資料や映像を集めたりしてきた。が、どうも私はいろいろなことに好奇心を持ち過ぎて、どれも中途半端に終ってしまう傾向があり、最近はとくに反省することが多い。読んだ本も観た映画も数ヶ月経つと内容をほとんど忘れてしまうのだ。また、集めた書籍やコピーやソフトもそのまま打っちゃっておくと置き場所が分らなくなるといった始末である。
 そんなわけで、女優入江たか子について私がこれまで勉強したことや入江若葉さんからお聞きしたことや、これまでに観た彼女の映画やこれから観る映画のことなどを、備忘録のようにこのブログに書き綴っておこうと思った次第である。