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風のよーにすぎてく毎日

病気と不健康のはざまで実益ゼロ道楽趣味生活。

わ。

2011-10-02 | 病気と健康


1年も、ここご無沙汰してたようだ。

それなのに細々とアクセスあるのが、不思議。
すみません。←つい謝りたくなるね。

先日、ボトックス打ってきた。
前回、うった時は、少し量を増やしていただいたので、そのせいか数日後(かな?)肩がいたく腕があがらなくなった。

首が頭をささえられなくなったのだと、ボトックスのせいにしたのだが、真相はわからない。
今回は、今のところその兆候はない。

先日、数年画像保存していた外付けのhddが、永眠してしまった。
復元のソフトを2本も買ってやってみたが、ダメ。

父母の写真も消えた。
大体は、関係ない通行人などのスナップばかりなので、ダメならいいやと思えるけど、個人的な写真も消えてしまったのは、悔やみきれない。

バックあップとってなかった。
前にも一度、hddが読み込めなくなったことがあったのだが、そのときは、復元ソフトで、元にもどった。


体力考

2010-09-03 | 病気と健康

天王洲

長生きした親を見送って、わかったこと。

親たちは、足腰弱るのを恐れてよく歩いていた。
ても晩年の数年は、結局足腰弱り、室内は、なんとかヨチヨチ歩きしてたが、近所の買い物にもいけなくなった。
驚いた。
やはり、歳とるとどうしても足腰弱るのかと思った。

また近所の顔みしりの老婦人は、40年毎日ウオーキングをしてきたのに、ひざが痛くなり、駅までの徒歩も難しくなったと言ってた。

なんだ、いくら歩いても足腰不自由するのか?とがっかりしたのだが、本屋で立ち読みした健康雑誌で、ただ歩くだけでは歩くための筋力が不足するのかもしれんと疑惑をもった。

自分は、首がおかしくなってから、運動もしてないし、外出もしなくなってる。
正確には、首がおかしくなる前から、運動はしてないが。

時々一念発起してストレッチなどしてみるが、長続きしないの繰り返し。

このままでは、自分の足腰の寿命は、短いのは予測つく。

少し歩くと腰と背中にどっしり負担なのが近年ひどくなってた。
特にヒップが疲れる。
すぐに座りたくなり、電車の中では、すわることばかり考える。
なんでヒップなんか疲れるんだ?とわけわからなかった。

肩も腕も悪くしてから、ずっとかばって重たいものは避け、ストレッチもするきはしなかった。
腹筋もぜろ。
これではいかんかもと気づく。

つづく

※ボトックスが、きれてきた。

そーいえば゛「耳鳴り、飲み込み難さ」をボトックスのセイにしてきたが、多分ちがう。
介護がおわっていらい、両方ぱったりやんだ。
自分では、意識してなかったが、おそらく介護のストレスのせいだったと推測する。







久しぶりのポトックス

2010-05-01 | 病気と健康


五反田
この川、目黒川だったのか。標識がレトロ。


前回、ボトックスをうってから、なんやかやあり間あく。
半年もあいたようだ。

さすが首の痛みぶりかえし、首をかかえて歩いてた日がじょじょにもどってきてた。

半年の間、身内二人と愛猫を見送り、生と死が、いつも頭の中で、ぐるぐるしてた。
自分の残り時間も、近からず遠からずだなあと強く意識しだす。





五反田
早い時間だったので、少し歩いてみる。ブックオフで、古本みてたら、もう夕暮れ。


昨年ひどくなってた耳鳴りがいつのまにかやんでいた。

多分、ボトックスがきれたせいと思っていたが、今のところ、ぶり返さないので、やはり先生がおっしゃったように関係ないようだ。




五反田駅前


最近、ツイッターをはじめたので、それに時間くう。

これは、「素直になれなくて」というドラマにもでてくるツールだが、ドラマでは、出会い系もどきで使われているが、自分は、もちろんそーいう使い方には、関心ない。

ちなみに「素直になれなくて」というドラマは、つまらんので、みるのは時間の無駄でみないことに。

ブログのよーにトップページ一覧があるわけでなく(あるのか?)、あましひとさまのつぶやきを無差別にみれないようなのだが、一体どこでみられているのか、いろんなひとが、フォロー登録してくる。

このブログを登録してないので、言うのだが、自分には、ほとんど関心ない業種や人様からのフォローが日々きているのが、なんかなー。
一方通行(ツイッター用語で片思いというらしい)では、わるいかなと思って、一応こっちも登録はすることに。

登録するとその方々のつぶやきが、ずらずら流れてくる。
自分は、日があさいので、少ないのだが、何千人も何万人も登録してるひとも、ざくざくいて、そーいうのきっと流してるだけだろなと思う。
全部読んでるヒマないし、それだけで一日おわる(?)。




認知症予防

2010-04-13 | 病気と健康


工事中の秋葉原駅前

父が、逝って2カ月になる。
フロイトは「喪の仕事」で、対象喪失の悲哀は、3カ月すぎからじょじょに回復していくと言ったが、
あたり!!

父の介護がはじまったときには、私を信用しない父のこと嫌悪し大嫌いだったが、自分が知っていた老いてなかった頃の父は、そうではなかった。

私は、老いてから変化した父の性癖は、ほんとの姿で、今まで自分がしらなかっただけだとおもったのだが、逆だった。

高齢のせいで、変わった父を、気づいてやれなかった。
今さら気づくなんて、とりかえしつかない。

ホームに入居後は、元の穏やかでやさしい父にもどり、疑いもおさまった。
守るもの、隠すものが、なくなったからだ。

父は、まっとうな認知症症状ではなかったが、高齢の認知障害は、起きてた。
新しいことが覚えられず、記憶もながつづきしなかった。
わたしのことは、見分けられた。

ながくなるので、はしょるが、父なくなって、この本、図書館の新刊コーナーで、見つけて、借りてきて読んだ。

人間の体の仕組みが、よくわかった。
老いた親を、理解せず優しくしてやれなかった自分を深く悔やむ。

この本によるとこういうことだ。表現は、自分なりにしている。本の引用ではない。

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ひとは(ひとでなくても生き物すべてだが)、細胞の死と再生を繰り返して、生き延びているのだが、シトの再生回数は、最初から50回と決まっている。

この回数は、生物により異なる。(前にデスカバリーチャンネルでもやってたので、それの知識と混ぜてある。)

細胞は、ずっと同じ状態で、再生されるのでなく、コピーは、元のオリジナルとは、次第にかけ離れていく。それがすなわち老化で、細胞が、再生途中で、あちこちいたんだりこわれたりボロボロになっていくわけだ。

再生されず一生使いつづけていく細胞(器官か?)もあり、神経、脳の血管、心臓などがそれ。(今、本を参照してないので、てきとー。違っているとこもあるかも。)

歯も再生されないよね。
再生してほしいものの一つだが。

で、長生きしていけば、ゆきつくとこは、脳の老化による認知症。
だれにもさけられない。

ただ老化を早めるか遅くさせるかの違いはある。

ひとが生きる能力は、140歳までと、デスカバリーチャンネルでは、言ってたと思うが、たとえ生きる能力ぎりぎりまで行ったとしてもほんとに生きてるとは言えない状態になること間違いなし。

だから、もうしょーがないのだな、限界なんだなと、最近ではやっと思えるようになった。
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山口 登
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父は、生きたがり屋だった。
健康の本、沢山読み、サプリをいろいろのみ、つい数年前まで運動機具もいろいろ揃えてやってた。
狭心症、軽い糖尿などになってからは、薬は、きっちり飲んでいた。

高齢になってから早く死にたいと、口癖していた母が薬をさぼってたのとは、大違いだった。

わたしには、マネできないし、するきもないから、父の年齢までは、きっと生きれない。

酸素マスクをハメ、いつ危篤になるかの瀬戸際なのに
「いつ帰れるって?」と息たえだえにきき

ナースが、父が酸素マスクはずすので腕をベットにつないでると言ってたので
「酸素マスクはずすと死んじゃうんだからね。死んでもいいの?」と聞くと
「死にたくない。」と言うのだった。

「うわ。死ぬなんて、家族じゃないと言えない言葉ねえ。」と近くにいた看護士さんが笑った。

わたしは、少し驚いた。
父さん、どんな姿になっても、生きてたいんだーと思った。
それに、こんな状態になっても、「もうおわりだな。」と思ったりしてないんだと思った。

1カ月近くねたきりの入院だったので
「退院しても、もうねたきりだね。」と言ったのだが、それでも死ぬよりは生きていたと思ってたのだろう。

入院中、文藝春秋を買ってきてというので、届けたが、読める筈ないと思った。

父の荷物をひきあげるとき、その雑誌があり、すこしページをおったとこもあり、いくらかは読めたのかと思った。

キャラメルと酒悦の福神漬けも買ってきてと言ったので、おもゆをやっとすすってて、何かんがえてんだ?と思ったが、買って用意はしていた。
「ごはんがおいしくない。福神漬けでもあれば゛おいしく食べれると思う。」と言った。

それは、届けなかったのだが、あとに残ったそれをみると、悲しくなる。

もう食べる日は、こないし、食べたいというひともいなくなった。

明け方危篤と電話があったとき、電車なくタクシーでかけつけながら、足腰たたず、オムツをしてても、まだ生きていたかった父が、死んでしまうなんて、と胸がいたんだ。

嘘のようなきがした。

父は、きれいな静かな顔で眠っていた。
最後に「おかあさーん」と呼んだと看護士が言った。

彼女は、父が自分の母親を呼んだと思ったようだったが、妻を呼んだのだというのは、わたしには、わかった。
父は、幼い頃に、母をなくし、自分の妻が大好きだった。

それから、今まで、父と母の夢を沢山みた。




母は、死にたいと常々言っていたので、ホントに死んだ時には、希望がかなってそれでよかったのだと、ずいぶん後になってからは思うことができたが、「死にたくない。死んだらつまんないよ。」と言ってた父が、死んでしまうと、なんだか納得できない。

物を捨てたがらない父は、遺品整理したとき、わたしが小学校1年のときの、ぼろぼろの国語の教科書と、高校の薄汚れてきたない教科書(生物だったきがしたが、なぜか覚えてない。)を保存してた。小学生の書き方も。わたしが描いた絵も沢山保管してた。
とっておこうかと少し迷ったが、結局捨てた。

あとから、せめて写真でもとっておけばよかったなと悔やんだ。

父が書いたいろいろなものも、すでに捨てていた。
読みもしないで。
父はなんでも記録していた。

一時、仏像彫刻を習いにいって、試作品を沢山ほっていたのだが、それも少し迷ったのだが、捨てた。

これもひとつくらいは、保管しておけばよかったと今は思うし、写真にだけでもと思う。

でもまあ、わたしが死ねば、廃棄だ。結局のところ。





耳なり、むくみ、漢方

2010-03-28 | 病気と健康


最近、静かだなあと気づく。
耳鳴りガやんでいる。

多分、ボトックス効果。
ボトックスが、きいてなくなった模様で、耳の裏の血管かどくどくいわなくなった気がする。

ボトックスする以前のつっぱりに、完全に戻ったわけではないが、でもボトックスきいてた時の首のリラックス感は、消え始めている。
昔ほどではないが、ちょっと首をおさえたりして歩いている昨今。




去年末ごろからか(忘れた)、漢方を処方してもらって飲むようになったのだが、しばらくしてむくみが、ひどくなる。

冬になると冷えがひどく、夜ねていると、氷水に足つっこんでねているような感覚になり、足のつけねからすねにかけて、じんじんした痛み(かな?)で、表現できない不快さに悩まされる。年々悪化。

上と下電気毛布。
しかし、足以外は、冷えないようで上半身汗だくになるので、電気つけたり消したりして安眠妨害。
温めていれば、苦痛は軽減する。

なんなんだ?
動脈硬化とかなんとかで血流が悪いのかと検査してもらったが、それが原因ではないらしかった。

で、内科で漢方をすすめられ、漢方外来で、もらった漢方薬を飲み始めたのだが、朝、まぶたが、むくんでひどい状態になりはじめる。

最初は、よくわからなかったが、次第にひどくなり、やめてみた。
むくみは、やや軽くなるが、以前よりはむくむ。

だいたいが、健康な時は、はれたような瞼だったのだが、けいわんや形成舎兄になり始めたころから、まぶたの肉がおち貧相な疲れ顔になってた。
それがいやだったのだが、まぶたがむくむというのも、同じくみっともない。

年だからもうどうなってもみっともない容貌なのが悲しいが。

んで今回は、煎じて飲む漢方になった。
甘草が、むくみの原因だそうだ。

しかし、粉になってる調合薬には、ほとんどこれが調合されているらしい。
で、先生が、種類を指定したせんじ薬になった。

毎日、30分ぐつぐつ弱火でにてのむ。
案外おいしいので、つづけられてる。
せんじる鍋もあるらしいが、買わない。
以前だったらすぐ道具に走ったが、最近では、物は買わないし、買うきもない。

ボトックス注射する時期とっくにきてるが、どうしようかなあ。
ったくあちこち障害おきてきてやになるなあ。





耳鳴り

2009-10-20 | 病気と健康



最近、耳鳴りがきになり出した。
気づいたのは、昨年夏ごろだったきがする。

実家で夜ねているとき、ドッキンドッキンと耳に響く音がして、なんだろ?この音、どこから聞こえるのかな?と意味わからなかった。

頻繁にはしていなかったきがする。
時々しか気にならなかったから。



最初は、左耳のみだったきがする。

最近は、右耳も音がひびいている。

起きている時も、聞こえてくるので(毎日ではない)、もしかして、これが耳鳴りか?と思いついてネットで検索。

ずっとなんなんだ?と疑問だったのだが、耳鳴りかもとは思いつかなかった。

やはり、どうもそうらしい。
ねている時が、一番おこりやすいのだが、目覚めた時、、ドックンドックンと音がして、気持ち悪い。
この音でめざめたのかもと思ったりする。

脈うっているような音なので、心臓の鼓動がひびくのか?と思ったが、まさか。

どくどくと脈打つというので、思いだすのは、ステーヴン・キングの「やせゆく男」である。

この小説に、ドクドクと脈うつチエリーパイが出てくる。
くわしいストーリーは、忘れてしまったのだが、後に映画にもなった。

でまあ、「やせゆく男」とは、なんの関連もないのだが、父は、難聴で、以前、耳鳴りがずっとしているんだといっていたのを思いだしたので、先日、いった時に、聞いてみた。

父の場合は、車がザーザー通過するような音かしているそうだ。
「老化現象だよ。なれるときにならなくなる。」と楽観的に、いい心配してくれる気配なし。

で、図書館で本をかりてきてみてた。

やはり病院へいって、聴力など検査してもらったほうかよいようだ。
突発性難聴というだったら、早くいかないと聴力回復しないなどとも書いてある。

聴力は、変化ないと思うし、めまいもしない。
でも聴力は、自分で、わからなくても障害がでている場合もあるかもしれんし。

また通院項目増えるのか。
やになるなあ。

最近では、音がやんでいる時間の方が短いきがする。
何も音がしないと、「あー、静かってよいなー」ときがつく。


ボトックス3回目

2009-02-24 | 病気と健康
2回目をうったあと、昨年末近く、母が、急死したので、あとがゴタゴタして落ち着かず、3カ月以上経過。

すこしずつ、ぶりかえしてきて、苦痛がもどってきたので、3回目を打つ決心をする。

五反田の駅は、エスカレーターがなく階段だったのが、苦痛だったが、久しぶりにいくと工事中だったエスカレーターが、動いていた。
とてもうれしい。

あとお茶の水駅にもエスカレーターがつくとよいけどな。
あそこは、場所的に無理なのかな。

ボトックスだが、首の周辺の肩は、また痛くなったのだが、前よりは、楽なきがする。
ただ、前の時は、母が待ってくれていたので、休まず介護に通ったのだが、今回は、ボトックスをうったあと、完璧に2週間近くあけてから、父の介護にいったので、負担がすくなかったかも。

介護にいくと、動くので、いたくなりそうなのがわかっていたから、避けた。
もう、あんなクソじじいのとこには、介護にいきなくないくらいだったが、生活能力ゼロの老いたじいさんを、放置しておく勇気(?)もない。

じいさんは、電話をかけてきたが、出なかった。
少しは、不自由して、反省しろよといういきおいである。

一番、最初にボトックスを打った日、実家に介護にいき、一泊して、翌日帰宅に向かう時、正面むいて歩けた時には、ほんとに感動だったのを思いだす。

頭をかかえないで、前方向いて、さっさと歩ける日がくるなんて、夢のようだった。

あのときは、母もいたのにな。

ただ、やはりボトックスを打つた数日後から、物を飲み込みにくくなるのは、今回も感じる。
特にシナールは、まるごとは、無理になる。
のどに、ひっかかってしまい、あわてる。
そのため、3~4こに割ってのむ。
食事も、沢山はのみこみにくい。

これは、自分の場合、首の乳鎖なんとか筋のつっぱりが、ひどいため、ここに注射をうつせいかなと思う。
これのつっぱりが、ひどいため、首が向こうをむいてしまうようだ。

何回かうっているうちに、治ってしまうひともいると先生が、おっしゃっていたので、そうなるとよいけどなと思うが。

はなしかわって、冬になると、右足が、じんじんと芯の方からひびれるというか冷えこむというか、表現しずらい不快感に襲われる。
ねている時が、ひどい。
電気毛布はかかせない。
次第に、ひどくなってきている。

なんだろう?
親たちが高齢になって、歩行困難になっているのを目のあたりにして、自分もいずれ歩けなくなるのか?と恐怖なので、この足の状態がきになる。

本やネットで調べてみたのだが、どうも下肢静脈りゅうというのに、該当するきがする。
血管が、こぶのようにでているわけではないので、この病名は知っていたが、関係ないと思っていたが。
改めてよくみると(ふくらはぎなんて、そんなに観察したわけではなかったので。)いくらか、もりあがっている血管もあるようなきがする。

昔、へびがはうように、ふくらはぎに血管が、うきでていた女性(30代くらい)を知っていたが、あんなふうではなかったので、関係ないと思っていた。

血管外科がこの病気の担当らしいので、検査にいってみようかなと思うけど。

なんかあちこち具合わるくなりやになるなあ。





肩がいたい

2008-11-09 | 病気と健康
ボトックスをうつと、1~2カ月は、肩に負担がくる。

今回は、前回ほどひどくないが、その分、動いてしまうせいか、前回より別の意味で肩に負担がきて、いたみ続いている。

右腕をつかうせいか、とくに右肩。
先週、ボトックスの検診にいき、肩がいたくて苦痛だったので、痛みどめの注射をうってもらう。

介護で実家から戻った時が、ひどくなる。
先週、帰宅したら右腕がいたくてあがらず、目薬がさせずあせった。
目薬は、毎日ささねばならないので、ずっとつづいたらどうしようと思ったが、翌日はあがるようになった。

ねておきると、痛みがぶりかえす。
へんなの。
シップは、必需品になった。

前回は、肩に漬け物石がのっかり、おさえこまれているような重みと痛みだったが。

首のいたみは、軽減したが、肩のいたみが発生したので、どのみち痛みから開放されない。
でも首のいたみよりは、マシかも。
外あるくのが、以前ほど苦痛でなくなったし。



ボトックスをうつ(1)

2008-08-05 | 病気と健康
鉢植え栽培トマト

実家の近くにデカイホームセンターがあるので、時々かえりによるのだが、夏のはじめにトマトの苗2本かい、大きめの鉢に植えた。

すくすく育って、次々実をつけ、感激。

エンドウや種もかって、ぷらんたーにまいたのだが、そのとき、まいた覚えのないきうりが、1本でてきて、このきゅうりも、すくすく。

本日は、トマト3個、きゅうり1本、収穫。


はなし変わって、6月某日にボトックスを注射してきた。
1カ月半くらいになるのかな。

今回は、前回と比較にならないよい結果。
完璧には、もとどおりの首にはなってないが、首をかかえなくても、歩けるようになったのが、うれしく楽。

もう入力に疲れたので次回つづく。

この入力画面は、文字が小さく目にきつい。
そしてキーボードのタッチが、強くて、手に負担。
もっと手に楽な軽いタッチのキーボードに、かえなければと思うが。



暗闇で。

2007-11-30 | 病気と健康
きんぴらづくし(大根のきんぴら、ごぼうのきんぴら)

この間、信号をわたっていると、前方から首をかかえた女性が歩いてきた。
薄暗かったので、あ、これは、もしかして痙性斜頚のヒトか?
と思いジロジロみながら向っていく。

相手はうつむき加減で、こっちをみていない。
すれちがい様、なんだ、携帯電話かけながら歩いてたんだとわかった。


11月最後の日が、もうすぐ終わる。

2007-11-30 | 病気と健康
昨日、起きたら体調わるし。
うっ。こりは?
何回もやっているので、大体検討がつく。
膀胱炎になりかかった模様。
やばい。
以前、もらってあった薬(ダリビット)を、飲む。
ぐずぐずしていると、すぐに悪化して、つらくなるのがわかっているので、薬があってよかった。

先週、睡眠3~4時間で、親の介護にいき、なんかずっと疲れがぬけなかった。
んで、寒いせいもあり、ついトイレを我慢することが多かったのが、たたったのだと気づく。

出かける前日、ぜんぜん眠れなくて、これは眠剤で眠るしかないとマイスリーを探したが、みつからず。
母も睡眠障害で、睡眠薬を処方されて、ずっと飲んでいるのだが、これは2週間分しかもらえないので、すぐになくなる。

で自分のマイスリーをあげたので手持ちが少なくなってた。
わたしは、出かける予定がなければ、自由にねたりおきたりできるので、無理に民剤で眠ることは、あまりしないのだが、でも外出予定があると、そうもできないので、薬に頼ることもある。

その日は、いくら探してもみつからないので、睡眠不足ででかけた。

うーむ。やっぱ薬つかってでも眠る時は、ねなくちゃだなと痛感。
疲れると膀胱炎になるようだ。

実家にいくと、夜8~9時頃には、就寝してしまうので、最初は、眠るのだが、早朝に目覚めてしまいいやになる。
母は、大体夜中に目がさめて、睡眠薬を飲んでまたねるようだ。
そのため、朝は、9~10時頃起床で、生活パターンがあわない。

2日目の本日は、膀胱炎おさまってきたので、ホッとする。


夏が去り秋がきて。

2007-11-13 | 病気と健康
ここずいぶん久しぶり。
晩秋に突入。

親の介護に、毎週通うようになったせいか、季節のせいか、いちじ減少していた肩のシップはりが、かかせなくなってる。
腕のつけねが、ひえひえして使い捨てカイロも必需品。

昨日は、母が役所から支給された(長寿のお祝いのようだが。よくしらん。)商品券をもって、近所の洋品店へ、二人ででかけた。

2冊もっていて、1冊あげるというので、「いらないよ。こんなもんもらっても使うとこないし。」と断る。
その券は、決まった店でしか使うことができない不自由な券。

額をみたら1冊4千円分だった。
父の分と合わせて8千円分もっていた。

で、指定の店へいくと、券を使うために高齢婦人が、何人もいて混み合っていた。
個人の小さな洋品店で、狭い。
その地域では、唯一券が使える店なのだ。
へんな券だ。
他の街へいけばあるようだが、高齢者にいける筈がないのに。

母は、わたしに何かほしい服ないかというが、どうもどれも田舎のばーさんが着るよーな服ばかしで、きにいったのがない。
安物は好きだが、生意気に、好みの色やスタイルがあってうるさいのだ。自分。

結局、モスグリーンのTシャツを買ってもらい(胸にへんな模様があるのがいやなのだが、家できるにはいいか。)、母も自分の上着のよーなものと下着をかった。

年とっても服装に関心もつのは、好ましい兆候。

母は、初夏、わたしが介護はじめた頃は、歩くのものぼつかなく、ぼーっとしていたが、その後、薬や食事を管理したせいか(完璧にはいかないが)、かなりしっかりしてきた。

薬は、1週間のポケットがついたビニール袋をはり、そこに一日分づついれておくと、次の週にいった時に、飲み忘れがないか確認できるようにしてある。
当人にもわかりやすい。

夏には、とうてい歩けなかった距離を片道は、歩くことができ、かえりは、無理なので、タクシーで着宅。ワンメーターの近距離である。

火曜日、父が、通院するというので、ほんとは付き添っていってやりたかったが、猫がびょうきで、どうしても月曜の夜には、帰宅せねばならなかった。
でも、猫ぎらいの母には、そんな理由は、通用しないので、「目医者にいかねばならないので、帰らなければ」といって帰宅する。

眼科にいかねばならないのは、事実だが、それは水か木にする予定なので、事実の理由とはちと異なる。


「死」を想う

2006-12-13 | 病気と健康
8月に「認知症か」と疑って記事にしたKさんが、永眠した。
11月の後半に、入院先の病院で、なくなったらしい。
最近、みかけないなあと気にしていたが、まさかこんなにあっけなく、亡くなってしまうとは思わなかったので、聞いた時には、ぼうぜんとした。

風邪が悪化して肺炎でなくなったよーなことを聞いたが、夏ごろ、はためにもおかしくなっていたのに、同居している息子は、放置していたようだった。
ひとさまの家庭内のことを、批判してもはじまらないが、早く治療すれば、治る(?)か進行おくらせられるのにねえなどと、彼女を知っている近所のシトと、はなしたものである。
なぜ医師にみせない?
家事を手伝わない(ゴミ捨てなど)?などと、としよりの虐待もどきにみえたりした。
ある時は、顔に青あざをつけていた。
聞くと、転倒したといっていたが。
ふらふら歩行してたので、それもありえるのだが、ほっぺたのところだったので、なんだか殴打されたようにも見えた。

廊下にでると、もう二度と彼女がでてこない扉が、向こうの方にみえ、人間の生命の不思議さを思う。
自分もいつか、二度とこの廊下にたつことがない日が、必ずくるのだ。

ある時は、なくしたといってた入れ歯がでてきたのか、つくったのか、口の中に、ただ入れ歯をアメのようにつっこんで、もごもご言葉もしゃべれず、当人はまじめだったので、おかしかったが、わらうにわらえなかったこともあった。
きちんとはめることも、難しかったのだろう。

かわいそうな最期だったなあと、元気だった頃や、急激に衰弱してきた日の姿などを思いだしてしまう。

先日、父に、DVDビデオレコーダーを、もらったので喜んで、父がHDDに録画した番組を点検しながら削除した。
250GBのHDDに、ほとんどめいっぱい、いろんな番組を録画していた。

この種のマシンは、はじめてなので、操作がわからず、取説をみて、とりあえず削除のとこから、はじめたのだが、(後に、一覧表示ができ、確認しながら簡単に削除できる機能もあるのがわかったのだが)ずいぶんいろんなものを録画していて、どんなものをみているのか、プライバシーをのぞいてる気がした。(テレビ番組なので、プライバシーもめったくれもないのだが。)

父は、まだ生存しているが、なんだか消しながら、父の存在の記憶も消しているようなメランコリー気分におちいった。
難聴で、耳に補聴器をしながら大音響で、これらの番組をみている静かな父をほうふつとしてしまう。

スポーツが多いのだが、歴史やNHKのドラマや火曜サスペンスや思いっきりテレビ、たけしの本当は怖い・・・や、こんなもんみてるのかーというようなつまんねー若いもんむきのドラマまであった。

取説は、ボロボロで(マシンは、1年以内の新しいものだが)になり、父がひいた赤線やメモがきなどか書き込まれ、年とってこの手のマシンを取説片手に、苦労しながらおぼえたあとがみえる。

父は、次々と電化製品を買い換えているが、その度に、操作をおぼえねばならないので、年寄りには、頭のよい刺激になるなあと、自分も取説と格闘しながら気付いた。

近所のKさんが、亡くなったこととダブって、遠からずいずれは父も母も、いなくなるだろうと思うと悲しい。かくいう自分だとて。
そしてねこたちも。
「死」とは、なに?
100年後は?
500年後は?
どんな世界になっているだろう?















街の明かりはファッション・ライト

2006-11-18 | 病気と健康


薬局で不足している薬を、今頃やっと受け取りにいく。
3~4日経過。
前回まではクリニックの近くの薬局でもらって帰っていたが、不足分があると、あとで郵送してくれるので、悪いから、近所にすることにしたのだが、帰りによるのを忘れてあせった。
有効期限もきれてた。

で、こっちでも不足分がでて、翌日もらいにいくことになってたが、昼夜逆転が回復せず、日中の外出は、無理だった。
ズルズルのばしにして本日夕方いく。

最近、ワイパックスからレキソタンに変えてみた。
毎日飲むわけではないが。

帰りオフイスビルの中にある本屋へよる。
最近は、本屋へいってもながめるだけで買わない。
図書館が近いからだ。
むこうにいた時は、そうもいかなかったが。

ビルの中から、ぞくぞくと勤労者がでてきて、家路へいそぐ。
ああ、もう自分には無縁の世界だなあと、うらやましくながめる。
働いていた時は、退社時間は、精神開放で、自由になり、ほっとしたのだったが。

クリニックへ。インフルエンザワクチンうつ。

2006-11-12 | 病気と健康
クリニックへ行く駅は、出口が、こっちとあっちがあり、あっちの方が、近いのだが、歩道橋が無理(無理すれば、わたれないこともないけど)なので、最近では、こっちにでて、ぐるっと回っていく。



いつもここで、朝鮮漬を路上販売している女性。一度くらい買ってあげたい気もするけど、清潔かな?←殴るぜ。←おばさん。




きょろきょろあちこち眺めながら(写真をとるターゲット探しのためなので、別に怪しくない←解説)歩いていると、道の向こうに、塀へひらりと飛び乗る人影発見。
空き巣か?と思わず立ち止まりカメラとりだす。

しかし、その道は、ヒト通りがあり、自転車で通りかかってたヒトもあり、まさかね。
顔まるみえで、やる空き巣はいないだろう。

クリニックに着くと、混んでいた。
最近は、いつも混んでる。
診察がおわり、物療は、順番まちだった。
待っていると、S病院時代から顔みしりの、A氏が、物療室から、でてきた。
「今日、インフルエンザワクチンしてもらうんだ。ここ、安いし。しないの?」というと、
「安くても高くても、関係なく、しない。」という。
薬名は、伏せるが、バックから、こびんを出して「これ飲んでるから。」とみせた。
1本1万円前後の価格をいってたので、たまげる。
頸肩腕症にかかると、金にいとめをつけず(か?)健康にこだわる傾向になるシトが多い。って自分もそのひとりだが(ただし金には、いとめをつけるので、豪勢な健康さぷりなどとは無縁。)。

健康にめざめるのは、別に頸肩腕症患者に限ってないか。

物療のあと、インフルエンザワクチンを打ってもらい、待合室で、少し安静にしたあと帰宅。

翌日、はれも傷みもなく、変わりなし。
昨年、別の病院(前いた近所の医院)で打った時は、翌日、はれあがり打ったとこに熱をもったのを記憶している。

帰宅後、早々とねた。
翌日は、なんだか疲れてしまい、夜しっかりねているのに、午後からまたどっぷりねる。
おかげで、また夜昼さかさま。

最近、ワイパックスを飲んでないと、頭がぐらぐらゆれる感覚があり(ひとから見たらみえるのかどうか不明。)、やばいな。

近所の知人で、頭が左右にぐらぐらしているヒトを知っているのだが、あんなふうになったらやだなあ。
当人も意識しているそうだ。
あれもジストニアの一種かな。
細木和子も、少しゆれているが、彼女の場合あれよりひどくはっきりしている。
最初に知っていた頃は、多少という感じだったが、最近は、かなりめだつ。

ワイパックスを飲むと、わたしの場合、その感覚は、あまりない気がするが。
そのうちワイパックスもきかなくなると、やだなあと思ったりするが。
飲むのやめようかとも思うが、のまないと傷みが発生して、外を歩きずらくなるし。
うちにいる時でも、料理をはじめて、少し長くたっていると 首の傷みがでてきて、しんどいので、ついのみたくなるので、依存症になってるのかも?

健康にめざめるといえば、先日、はなまる(6チャン)にゲストででてた、大橋巨船が、胃ガンで胃を、半分切り、食生活には、工夫が必要で不自由そうなのだが、「今の目標は、100歳までいきること。」と言ってた。

キョセンは、56歳で、現役引退し、多分70歳くらいで死ぬだろうから、好きなことをして楽しんで生きたいという目標だったそうだ。
で、70歳(?)で、ガンになり、死ぬのかなと思ったら、生きたので、次の目標は100歳と決めたと。

100歳が目標なんて、聞いただけで、なんか勇気でてくる。

でも、庶民感覚とちと違うとこは、寒いのが苦手なので、常に温暖で過ごしやすい気候の地(外国問わず)に、あちこち家をもち、移転して過ごしているとこだ。

今は、日本の気候が好きなので、日本にいるだと。
千葉のすごくよい環境のとこにいるらしい。地名をいってたが忘れた。
クリスマスの頃は、日本は寒いので、カナダだかどこだか(忘れた)に、行ってしまうそうだ。

わたしだって寒いのは苦手。
海外でなくても日本でよいから、夏用、冬用の別荘くらい欲しいものだ。
見果てぬ夢。とほほ。