伊賀の冬「花」手水 その1 二つの猪田神社と…

2022-01-14 18:14:03 | 神社仏閣など
たまのお参りですけど、行くたびに「凛と」した気持ちになります。
そして、お花がいつも綺麗なのです…

「猪田神社」(下郡)……(リンクは「紫陽花の頃」の様子。)
 
何度伺っても、スッキリと美しい景色を撮ってしまいます、
順序は逆になりましたが、活けられたお花たちをじっくり見たかったので…
 
睦月らしく、綺麗でしょ
やはり「本殿」も見たいです…

この本殿は17世紀初頭の建立のようです。
側壁の装飾がとても鮮やかで美しい…
拝殿横から上がればいつでも拝めるので嬉しい場所です。

田んぼの中の道を少し西へ走ると、ここに出ます。
「猪田神社」(猪田)……(リンクは「近くに二つ、猪田神社」です)
  
以前、お参りした時にはなかったものが増えていました、
「さざれ石」(牛サンノヨウニ 見エルノハ ワタシダケ?)、令和3年正月に設置されてました。
桃山時代の粋を集めた、極彩色の「本殿」(国重文)、楽しみなんですよね…
三重県内で最も古い建物と聞き及んでいます。
  
防災設備もバッチリです。(他にもいろいろ設備はあるんですよ)

「猪田神社 天真名井(アマノマナイ)
  
2020年6月に伺った時は、ちょっと行けなかったんです(鬱蒼さが怖くて )
冬なら大丈夫です、竹林も綺麗だし、新年をお迎えしてるので歩きやすく…
  「天真名井覆屋(アマノマナイオオイヤ)」
竹藪も冬の光に輝いて、通るのが嬉しかったデス(夏とはエライ違いです )。
 
天真名井(アマノマナイ)」とは、
≪この天真名井は神事に使う神聖な聖泉で、
倭姫命(ヤマトヒウメノミコト)が穴穂宮(現・神戸神社)に巡幸された時に掘ったとされる井です。
元旦の早朝、若水取りの神事・御井祭が行われる名井で、伊勢神宮外宮の忍穂井と通じており、
大干ばつにも枯れない井≫だそうです。

元旦に「神事」が行われていたようで、
おかげさまで竹林はスッキリととても通りやすかったです
神聖で心落ち着くいい日です。(2022/1/9訪問)

では「平井神社」へつづきます…

2022/1/19 追記
【猪田神社】(猪田)
『三重のステキな歴史的建造物』という冊子(三重県教育委員会発行)で
猪田神社本殿の修理」というページを見つけました。

これを読んでいて、自分の撮った写真の中にあるかしら?と
探していたら、丁度コレ☟
  2022/1/9撮影
かろうじて見えました(笑)
※戦国時代 大永7年(1527年)の棟札が残っており、
 三重県最古級の建造物のひとつ。

猪田神社の本殿は、すぐ後ろの山裾から見ることことができます、
是非一度行かれてみてはいかがでしょ?
令和元年に修理が終わったばかりなので、ほんとに極彩色は綺麗ですよ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

う~ん、ここもなくなっちゃいますか?

2022-01-14 01:14:22 | つれづれ思うまま
薄々聞いていたこととはいえ、ついに現実になる!ということですね。

名阪国は、1965年(昭和40年)12月16日に暫定2車線で開通しています。
その時、開通を記念して「名阪国道 天理・亀山間」をリレー形式で走るイベントがあったようです。
家人が丁度中学3年生の時らしく、勉強しなくていいのなら「走りたい!」と手を上げ、
しばし、格好よく走る練習?若しくは長距離に慣れる練習?に明け暮れていたそう(笑)。
因みに、家人が走ったのは「白樫~五月橋間」(約4km?)だそうです。(google計測による)

「えっ?意外と長いし、県を跨いで走ったん? しかも上り坂じゃん?」
2022年現在では、絶対に走れない経験をした人、何人いるでしょうねぇ…

この自動車専用道路は、当時の河野一郎建設大臣のもとで早期着工、早期開通の方針が検討され、
1963年(昭和38年)1月、国道25号改築工事の早期着工が建設大臣の指示により決定したそうで、
1000日間で完成させる」という目標が立てられていたことから「千日道路」と呼ばれています。(語り継がれている…)
河野大臣の「天理教の大会に間に合わせろ」というのが千日のターゲットだったのは事実のようで、
1966年(昭和41)年1月26日から天理教の「教祖80年祭」が行われていた、とWikipediaには書かれております。

そして、その年1966年9月に「名阪上野ドライブイン」はオープンしています。
半世紀以上の歴史があり、この間実に多くの車や人の往来を受け入れ、食を提供し、
お土産を売っていました。
(上野の地元民にしてみたらわざわざ伊勢まで行かなくても、
ここで「赤福」を買えたのです(笑))

ここのドライブインからたくさんの観光客の人が上野へ寄ってくれましたね。
当時、大型バスの駐車場はほとんどなく、
「上野公園」まで観光バスで送り届けて、🚌はドライブインで待機していたものです。

滞在時間の短い観光客のみなさんに、いかにもっと長く滞在してもらうか、
伊賀の美味しいものを食べてもらうか、
「秘境の地 忍者の里」ならではの体験をしてもらいたいとか、ほんといろいろ工夫してきました…
伊賀上野城下町和菓子街道」もその一つだったような、、、

そんな努力も吹っ飛ぶような寂しいドライブイン閉鎖です。


なんだか、一気に何もかもが崩れていくような、廃れていくような…
「赤福」を買いに「関ドライブイン」まで行かなあかんのかぁ…
(個人的見解でスミマセン、そんな問題っちゃうっちゅうねん

どうする、伊賀よ
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする