「プチット・マドレーヌ」は越えたので許してほしい

読んだ本の感想を主に書きますが、日記のようでもある。

「盆踊り」の「復活」と「コミュニティ」について

2023年08月22日 | 日記
 先日のブログでも書いた、僕の実家の「村」の盆踊りが、30年ぶりに復活したことについて、その後の出来事ともかかわりながら考えることがあった。30年ぶりに復活した盆踊り大会は、人もたくさん集まっていた。僕も歩いて会場まで行く。久しぶりに村内の小道を歩き、本当に何十年ぶりに通ったという道もあった。


 「復活」の盆踊りの開催は、台風上陸間際ということもあって、不安定な天候の下でおこなわれた。おそらく天気は持つのではないかと思っていたが、4曲ほど踊ったところで、猛烈な雨が降ってきてしまい、「中止」となってしまった。せっかくの「復活」であっただけに、大変残念であった。4曲目の踊りのときに、今まで少し吹いていた風がピタッと止まったので、これは雨が降ってくるかもしれないな、と思ったら、案の定の豪雨だった。雨は2時間ほど降り、僕はずぶ濡れになって家に戻った。
 
 雨が降る前に、盆踊り「復活」の主催でもある、同級生の「会長」と少し立ち話をした。「会長」は盆踊りの復活を、数年前から友人同士で語り合っていたようで、そこから準備をしてここまで漕ぎ着けたという。広場の中心に設営されていた演台の櫓には「30年ぶり」の文字が記してあった。「会長」は子供たちが地域で集まれる場所がなくなったことを心配しており、当日大勢集まった子供たちを見ながら、子供たちが集まれる場所が作れてよかった、と言っていた。僕は、資金集めから会場の警備まで、ものすごく苦労をしていたのを聞いていたので、「よくやれたな」という讃嘆しかなかった。「盆踊りの「復活」」の日記でも書いたが、「村」の盆踊りがなくなり、特に実家の「村」では「コミュニティ」の解体が進んでしまい、かつてのような人々が雑多に集まれる場所がなくなっていた。僕と同世代から下の人々が、それは男根中心主義的なものの「復活」も含みながらではあるが、不安を抱えているのは、なんとなくわかった。盆踊りの「復活」のための主催者の委員には、見た範囲ではあるが、「手伝い」をしている人を除いて、女性はほとんどいなかったように思う。

 そのような盆踊りの最中に、あいさつに来た国会議員と町議会議員がいた。ともに自民党系である。特にこの国会議員は、インフラも含め民営化を推進する政策を打ち出しており、僕はかなり彼に対して批判的である。しかし、この二人は復活した盆踊りを祝い、景気のいい話をしていった。その「祝辞」ののち、おそらく10代から20代の若者たちが、国会議員と記念写真を撮り、はしゃいでいたのを見た。これは今回の「復活」に関わった主催者側のだれかが、盆踊り大会の「箔」や権威づけのために呼んだものだと思われる。その10代20代の若者が、その「民営化」を推進する国会議員の周りに集まるのを見て、本当に「コミュニティ」を壊しているのは誰なのか、という問題を考えさせられることとなった。ナショナリズムをあおり「コミュニティ」への忠誠や「愛国心」を求めながら、しかしインフラなどの「民営化」を推進することで、資本の脱構築作用を昂進させ、貧富の差や地域格差によって人々の分断を図る。新自由主義的自民党議員の主張は、資本化に資するナショナリズムや「愛国心」は推進するが、資本化に抗するような「コミュニティ」や「愛国心」は敵対者とみなしている。これは「維新」に顕著だとは思うが、今ほとんどの保守政党が掲げるナショナリズムや「愛国心」は結局、資本化のためのものに過ぎない。むしろ資本の手先であり、本来的な意味での保守性などほとんど持っているとは言えないだろう。

 とはいうものの、10代や20代の若者は確かにこのような盆踊りのような「コミュニティ」はこれまで失っていたのである。その意識があるからこそ盆踊りに参加しているのであろう。だが、それを掬い取りに来たのは、保守的な地盤であるゆえに、自民党議員であった。僕の眼から見て、これは非常に不幸なことだと思う。先にも書いたように、このような盆踊りの「復活」には「コミュニティ」という男根主義的共同体に対するノスタルジーが多分に含まれている。では、これは男根主義だと言って切り捨てられるのか、というとそういう単純なものではないだろう。このような男根主義を残すくらいなら、「コミュニティ」自体を消滅させた方がよい、と理論的な強度では言えるかもしれない。しかしながら、やはりそこで生きなければならないとき、「コミュニティ」がないのは非常につらい事態を招く。実際僕の「村」では、子供を育てる環境が狭まり、「家庭」の負担が自己責任的に高まっている。資本化による公共的な「コミュニティ」の解体。しかしその解体に抗う側がねじれた形で、本来は解体している側にいるはずの、新自由主義に権威と希望を見出してしまうという矛盾である。

 この盆踊りに続いて、僕は「義理」のある神社の講演会を聴くことになった。そこにはある職業から地方の神社の宮司となったという人物が、その「異色」な経歴を踏まえて話をするというものだった。結論から言えば非常にくだらない内容で、結局は「コミュニティ」が大事、「米」を作る村落共同体の崩壊が今の日本の衰退を招いている、「子供」をいっぱい生んだ方がよい、という「どうしようもない」ものであった。そして最後に、「神社」はかつて村落という「コミュニティ」の中心であり、「祭り」が大事だということが「落ち」となっていく。僕はどうしようもないくだらなさを感じながらも、この講演会を直近にあった盆踊りの「復活」と重ね合わせざるを得なかった。また、その講演会には「義理」も含めて、数百人単位の大勢の人が聞きに来ており、見渡すと、うなずきながら講演に耳を傾ける人々は確かに多くいたのだ。

 その講演会には弁当のほかに、様々な持ち帰り資料が渡されるのだが、そこにはきっちりと「神道政治連盟」の「冊子」が入っていた。ここにも盆踊りと同じ構図が存在する。「コミュニティ」や「祭り」の擁護は本来、新自由主義やすべてを商品化しようとする資本主義への抵抗とともにあるべきではないのか。そもそも「コミュニティ」や「祭り」を商品化し、そこから神性をはぎ取ってきたのは、資本主義だろう。神社はそれに抵抗すべきはずである。だがここでも現代における「コミュニティ」や「祭り」とは、経済的発展や商品化に資するものという意味にしかなっていない、ということがあらわになっている。結局は「コミュニティ」や「祭り」は経済的発展につながらなければ、擁護されないわけである。そしてそこに現れるのは、結局は「反共」という意味での「神道政治連盟」との癒着なのだ。しかし、本来的な神性や人々の繋がりを分断しているのは、この自民党や「維新」的な存在、「神道政治連盟」といった資本主義の翼賛者たちなのではないだろうか。

 「コミュニティ」の「復活」や「共同体」の擁護というのは、必然的に男根中心主義を呼び寄せる。それは確かに批判されるべきものではあるが、そこに単純な意味での「リベラル」で「多様性の擁護」的な「啓蒙」を施しても、おそらくうまくいかない。それは「コミュニティ」を作りたいという人びとの欲望の「核」に、そのような「啓蒙」が届かないからである。「啓蒙」はむしろ欲望の「核」に光を当てることで、それ自体を解体してしまう。欲望の「核」は本来その欲望を抱く当事者にも見えないものであり、だからこそその「核」に人は執着する。しかし「啓蒙」の光は種明かしの中で、その人々の欲望をめぐる執着を解除してしまうのだ。結果的に人々の欲望を尊重しないという事態を引き起こす。その「リベラル」が抱える「啓蒙」の困難の隙をついて、保守派(僕は保守とは思ってないが)は、その欲望の「核」を「愛国心」や「経済発展」(資本)と重ねて、人びとの欲望の代弁者であるかのようにふるまって力をつけている。自民や「維新」が比較的成功しやすいのは、人びとの欲望の「核」が「ずれ」たところにあることを知っているからだろう。すなわち、本来は「コミュニティ」や「祭り」を破壊しているはずの「経済発展」や資本主義が、現代の大多数の人々の欲望の「核」になっているという「ずれ」(差異)を利用し、それと「コミュニティ」の「復活」を短絡させていることである。この「ずれ」をいくら「啓蒙」して気づかせようとしても、それはうまくいかない。なぜならこの「ずれ」(差異)こそ人々の欲望の「核」を形作ってくれているからである。それを「啓蒙」によって手放せといっても、反発を買うことになるのは当然だといえる。

 この「ずれ」(差異)を含んだ循環を断ち切る方法は、やはり「リベラル」が、そこに別の欲望の「核」(差異)を投げ込むことだと思う。その欲望の「核」(差異)はしかし、通俗的な「リベラリズム」、「コンプライアンス」や「ポリティカルコレクトネス」では到達しないものだと考えるが、しかしそのような欲望の「核」(差異)を考える環境にあるかというと、非常に悲観的にならざるを得ない。今の多くの「リベラル」は、「多様性」や「配慮」という資本主義の許す範囲での「差異」しか提示できていないと見えるからである。