サファイア

日記です。

夏休みの苦い思い出

2007-08-20 19:04:18 | 思ったこと

ォ~、今日はいい風が入って来る。
ヒンヤリと心地良い、扇風機も要らないくらいょ
ア~~!、今日から昼間は私一人の時間を過ごせるゎ。
家事を済ませて、市内へ・・・勿論バイクでネ!
風が気持ち良い、開放感~
ぁ、マックバーガー!と、思ったら?もう店に並んでた
食べたかったWバーガーを買って出た。
この陽射しの暑い中、ジッとしていられないのは?何時から??
いつも、盆明けに決まって思い出すのは『悪い事した』という後悔。
毎年頭の中で何度?『あんなことするんじゃなかった!』と思った事だろう。
ケド、今回は書くことで終わらせたいと思う。
姑小姑は居ない!、天涯孤独だと聞かされて世帯を持ったのに~?
結婚と同時に姑が現れて・・・困った事も多々あった。
親が居て困ったとは、ヘンだけれど~勘弁して欲しい!と何度思った事か??
給料日前に生みの親と育ての親が10日も滞在しても何も言えない。
安月給の上に生まれてくる子の為に、蓄えどころか?!
今、思い出しても・・・情けなく、苦しかったァ~
主人が言えない?のに、言ってはイケナイ!と当時は思っていた私です。
「盆と正月は、必ず帰って来てくれ」と言われて、毎年何処にも行く事は無く
冴えない盆正月を我慢していたものです。
帰っても何もありません、子供が物心付いてもお年玉もありませんでした。
「貧乏しとるけえの」というだけです。
大金は要りません、気持ちだけでいいんです。
オシメ洗いは井戸水、産後直ぐで手が痺れ今でも冬に水は苦手です。
何の為に?何故帰るのか?~って、マジで何度も思いました。
育てて貰って居ないからか話題もありません。
朝「おはよう」と言ったら、もう~話しかける言葉は見当たりません。
息子が小学校に上がった夏、意を決して?盆は帰らず~大串のキャンプ場
で過ごしました。(あれから30年、一度も行く事はありませんでした)
狭い町ですから、スーパーは近くの同じ所です。
走っていると、目の前を姑が横切りました
何故か?淋しそうに見えたのは気のせいでしょうか?
でも、姑は気が付きませんでした。(ソウ見えました)
それが、良かったのか?悪かったのか?・・・
楽しい日々を過ごして、そのまま帰りました。
次の、正月も「私は早く死にそうだから~帰って来てくれ」と言うのです。
「イヤだ嫌だ」と思いながら、それでも我慢したあの頃。
たった一度の、あの後ろめたさが・・・そこまで? 何を学んだのだろう?
3年後の正月、変わり果てた姑の顔を見て「今回は帰っといて良かった!」と、
思ったものでした。
直ぐ、入院する事はありませんでしたが~6月19日69才で逝きました。
尊敬も出来ず、到底マネをしたいとも思わない生き方でしたが、
好き勝手で自由奔放、幸せな人生だったのでは?ないでしょうか
何故に何時までも、ソコを引きズルのか?
ソレは、ハッキリ言わずに隠れてした行為だからです。
「子供の為に、海に連れて行ってやりたい」と言えば良かった!と。
年玉袋を渡し「おばあちゃんからよ」と言えば良かった?とは思わないケドね。
自分も姑になって見て、解ったことはある!
でも、自分がした行為と比例した『お願い』や『遠慮』はあるものでしょう?
余りにも堂々としているのは何故だろう?~ソコをモット、話してみたかった!
本音は?と、今になってみれば言えるかもしれない。
あれから28年~そんな事を考えるようになったのは?
好きにはなれないけれど、年が近くなってきて思い遣れるようになった?
ということかしら と、フト思った。




コメント (6)
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