とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

手術中にヒーリングメッセージを流すことで術後疼痛が改善する

2020-12-14 08:17:07 | 疼痛
全身麻酔の導入前から術中、覚醒までイヤホンで20分のメッセージ(+10分の静寂)を繰り返し流すことによって術後24時間までの鎮痛薬(オピオイド)投与量を減少させることができるというRCTの結果です。メッセージの内容は"you can relax and rest, recover and draw strength, because you are safe now, well-protected."とか"The surgery is going well. Surgeon and anesthetist are very satisfied. Everything is going according to plan, very professional, organized, and smooth."などと言ったようなもので、静かな音楽とともに手術の間ずっと流すそうです。外科医の側も聞きながらやったほうが暗示がかかって手術がうまくいったりして(⌒∇⌒)
Nowak et al., Effect of therapeutic suggestions during general anaesthesia on postoperative pain and opioid use: multicentre randomised controlled trial. BMJ 2020;371:m4284

新型コロナウイルスワクチンBNT162b2の安全性、有効性

2020-12-12 23:14:52 | 新型コロナウイルス(治療)
Pfeizer社が開発中のSERS-CoV-2に対するmRNAワクチンBNT162b2の安全性、有効性についての結果が発表されました。すでにニュースなどで皆さんご存知のことと思いますが、95%という驚くほど高い有効性です。New England Journal of Medicine誌に論文が発表されましたので、内容を詳細に見てみました。
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対象となったのは確定したCOVID-19感染の既往がない被検者36,523人、これに既往のある人を加えた40,137人です。投与はBNT162b2 30 µgあるいはプラセボを21日あけて2回筋注です。エンドポイントとしてはfirst primaryがA群、second primary end pointがB群における2回目投与後7日以降のCOVID-19発症です。またmajor secondary end pointは重症COVID-19発症に対する有効性です。ここでCOVID-19発症の定義はFDAのものを用いており、COVID-19の発症とは発熱、咳嗽、息切れなどの臨床症状のうち1つ以上を示し、ウイルス陽性というものです。有害事象としては2回目投与後7日までの局所、全身反応、および6カ月までの投与と関連・非関連の有害事象を検討しています。
152の医療機関から16歳以上の43,548人がランダム化(BNT162b2群21,720人、プラセボ群21,728人)されました。データのcut-offを行った10月9日までに2カ月以上の安全性データがとれたのは37,706人でした。このうち82.9%が白人で9.2%が黒人あるいはアフリカ系アメリカ人、アジア系は4.2%、Hispanic or Latinxが27.9%という内訳です。16-55歳が57.7%、55歳超が42.3%(中央値52歳)、BMI 30以上の肥満者が34.8%で、21%に何らかの併存症がありました。投与後局所反応の詳細なデータは8,183名の参加者で取られ、疼痛を訴えた参加者は多かったものの、7日以内にsevere painを訴えたのは1%未満でした。全身の投与後反応としては倦怠感や頭痛が多く、ワクチン群で頻度が高いという結果でした(ワクチン群でそれぞれ59%, 52%、プラセボ群で23%, 24%)。Severeな反応はワクチン投与群で倦怠感3.8%、頭痛2.0%、その他は2%未満でした。体温38度以上の熱発は若年ワクチン群で16%、高齢ワクチン群で11%に見られました。38.9度から40度の熱発が初回投与後7日以内にワクチン群の0.2%、プラセボ群の0.2%、2回目投与ではそれぞれ0.8%, 0.1%に見られました。有害事象は27% vs 12%、このうち投与に関連したものは21% vs 5%でした。ワクチン投与群の64例(0.3%)、プラセボ投与群の6例(<0.1%)にリンパ節腫脹が見られました。重篤な有害事象はほとんどなく、試験中断が必要だったケースもごくわずかでした。
有効性についてはご存知の通りで、確定した感染の既往のない36,523人のうち、2回目投与の7日目以降にCOVID-19を発症したものはワクチン群の8人、プラセボ群の162人で有効性は95%(95% CI, 90.3 to 97.6)の有効性、これに感染既往ありに人を含めると、ワクチン群で9人、プラセボ群で169人にCOVID-19発症と94.6%(95% CI, 89.9 to 97.3)の有効性を示しました。年齢、性別、人種、民族、肥満の有無、併存症で層別化しても同程度の有効性が見られました。1回目と2回目の投与間でワクチン群の39例、プラセボ群の82例にCOVID-19感染あり、ワクチンの有効性は52% (95% CI, 29.5 to 68.4)でした。このうち重症なCOVID-19を発症したのはワクチン群1例、プラセボ群9例でした。
ということで投与時反応はあるものの、うわさ通り有効性はかなり高そうです。今後有効性がどのくらい維持されるかのデータが示されるものと思います。
Polack et al., Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine.  N Engl J Med. 2020 Dec 10. doi: 10.1056/NEJMoa2034577. 

ヒト癌株細胞の転移臓器マッピング

2020-12-11 11:42:37 | 癌・腫瘍
悪性腫瘍の転移臓器は腫瘍の種類によって特異的なパターンがあることが知られています。例えば骨転移の頻度が高いものとしては前立腺癌、乳癌、腎癌、甲状腺癌、肺癌などが有名です(鉛のヤカン=PBKTL; P: prostate, B: breast, K: kidney, T: thyroid, L: lungと覚えました)。この論文で著者らは遺伝子バーコードでラベルした様々なヒト株細胞をNOD-SCID-gamman(NSG)マウスの心臓に投与するという転移モデルを用いて、500もの腫瘍株細胞の転移部位(脳、肺、肝、腎、骨)マップMetMap500を作成しました。また臨床データベースからこのMapが臨床的な観察とも合致することを示しています。様々な転移部位から脳転移に着目し、脂肪酸代謝が重要な役割を果たしており、脂肪酸代謝を制御するsterol regulatory element-binding protein(SREBP)-1の脳転移への関与を明らかにしました。普通骨転移に着目するやろ!という文句はさておき、今後このデータベースを用いて様々な部位の転移メカニズムが解明されることが期待されます。 
Jin, X., Demere, Z., Nair, K. et al. A metastasis map of human cancer cell lines. Nature 588, 331–336 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2969-2 

リハビリテーション医療の重要性ーGlobal Burden of Disease Study 2019よりー

2020-12-09 05:46:44 | 整形外科・手術
Global Burden of Disease Study 2019から、リハビリテーション医療の重要性を指摘した論文がでました。24億1千万人(95% UI 2·34–2·50 billion)において疾患に対してリハビリテーションが有益な効果を有し、障害生存年数(years lived with disability: YLD)にして310 million (235–392) YLDsの効果があること、疾患の中では筋骨格系疾患に対する寄与が最も大きく17億1千万人、149 million YLDsの効果があること、中でも腰痛は最も重要な疾患であることを明らかにしています。リハビリテーション医療の定義をどのようにしているのか(日本でよくあるような腰痛に対して「電気をあてる」ような治療も含むのか)については疑問が残りますが、リハビリテーションの有用性を数値として指摘した点で重要な論文です。
Cieza et al.,  Global estimates of the need for rehabilitation based on the Global Burden of Disease study 2019: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2019. Lancet. 2020 Dec 1:S0140-6736(20)32340-0. doi: 10.1016/S0140-6736(20)32340-0.

腱板損傷の治療についてのRCT

2020-12-05 23:25:36 | 整形外科・手術
腱板損傷(rotator cuff disease, RCD)は高齢者に多い疾患で、保存療法が奏功しない場合には、しばしば外科的治療が行われます。この論文では実臨床に即した方法で保存療法と外科療法を比較するRCTを行っています。
著者らは3カ月以上の保存療法に抵抗性であったRCD患者に対して腱板の損傷程度を明らかにするために造影MRI (MRI arthrography, MRA)を撮像した後、保存療法群と外科療法群にランダムに振り分けて治療による差を検討しました。
Primary outcomeはランダム化2年後のVAS scoreで調べた疼痛の変化、Constant score(CS)で調べた肩関節機能の変化です。Secondary outcomeとしてはRAND 36-Item Health Surveyで測定した健康関連QOLを調べました。
ランダム化されたのは187人190肩で、95肩が手術群(全層RCD50肩、うち44肩は棘上筋腱単独損傷)、95群が非手術群(全層RCD48肩、うち44肩は棘上筋腱単独損傷)に振り分けられました。保存療法が失敗した(強い痛み、機能不全あり)患者に対しては手術療法が勧められ、12肩(13%)で手術が行われました。また手術群のうち36肩(38%)は手術前に疼痛が改善したため手術をうけませんでした。結果として75%がプロトコール通りの治療をうけました。
(結果)2年後のVAS scoreは非手術群で31(95% CI 26 to 35)、手術群で34(95% CI 30 to 39)減少し、両群に差はありませんでした。Constant scoreは非手術群で17.0、手術群で20.4改善し、これも有意差はありませんでした。部分RCDのsubgroupで検討した場合も疼痛、CSの改善に有意差はありませんでしたが、全層RCD患者ではVAS score改善が非手術群24、手術群37と手術群における改善が有意に良好でした(mean difference: 13, 95% CI 5 to 22; p=0.002)。CSの改善も13.0 vs 20.0と手術群が良好でした(mean difference: 7.0, 95% CI 1.8 to 12.2; p=0.008)。全層RCD subgroupにおいて、RAND-36で調べたQOL scoreは非手術群、手術群で有意差はありませんでしたが、疼痛スコアは手術群で有意に良好でした。
全層のRCDに対する保存療法、外科療法を比較した過去のRCTの結果は必ずしも一定しておらず、両治療法に差がないとするものもいくつかあります。本研究とそれらとの違いは、外傷性の損傷を17%含んでいること、十分な保存療法後に部分損傷、全層損傷両者を対象にしてランダム化したことなどが挙げられていますが、このような点にも手術を対象にしたRCTの難しさがあるように思います。
外科療法の有効性を検証したRCTにおいて、しばしば手術が無効であるという結果が報告されています。実際に無駄な手術をしている場合もひょっとしたらあるのかもしれませんが、外科医としては何らかの効果を実感しているから手術をしてきたはずです。おそらくこのようなケースの多くは、手術が無駄という訳ではなく、「手術が有効なsubgroupを同定できていない」ことが原因ではないかと思います。
もちろん全症例を解析しても有意差がでるような素晴らしい手術も少なくないのかもしれませんが、何らかのsubgroupでは成績に差が見られるが、全体で解析すると有意差がなくなってしまう、というような場合も多いのではないでしょうか。今回の研究では部分損傷か、全層損傷かという比較的わかりやすいところで差が出たわけですが、例えば腱板損傷の部位や関節拘縮の程度などによっても差があるかもしれません。将来的に外科療法が生き残るためには、手術が本当に有効なsubgroupをしっかりと同定すること、すなわち適応となる症例の選別をしっかり行うことが重要になってくるのではないかと思います。
Cederqvist et al., Non-surgical and surgical treatments for rotator cuff disease: a pragmatic randomised clinical trial with 2-year follow-up after initial rehabilitation. Ann Rheum Dis doi: 10.1136/annrheumdis-2020-219099.