腫瘍性骨軟化症(tumor-induced osteomalacia, TIO)はPMTMCT(phosphaturic mesenchymal tumor, mixed connective tissue variant)によって産生される過剰なFGF23のためにリンの排泄が促進し、重篤な骨軟化症に至る疾患ですが、日本では抗FGF23抗体burosumabが治療薬として承認されています。FGF23は共受容体であるKlothoとともに受容体であるFGFR1に結合して細胞内へのシグナルを伝えますが、この論文では66歳の男性TIO患者に対してFGFR1–3 tyrosine kinase inhibitorであるinfigratinibが有効であったことを報告しています。Infigratinibは胆管癌などに対して臨床試験が行われていますが、副作用などの問題がなければ今後TIOに対する治療薬としても使用される可能性があるかもしれません。
コロナウイルスは遺伝子変異を自分で修復する"proofreading"の仕組みを持っているため、HIVやインフルエンザウイルスなど他のRNAウイルスと比較して変異が起こりにくいことが知られており、SARS-CoV-2も例外ではありません。それでも変異自体はこれまで多数報告されているのですが、アミノ酸の置換を伴わないなど、あまり意味のない変異がほとんどです。しかしKorberとMontefioriらが報告した614番目のアミノ酸がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に変異したD614G変異型ウイルスは2月以降拡大し、6月には世界のほとんどのウイルスをこの変異型ウイルスが占めるようになりました。Korberらはこの理由がD614Gウイルスの感染力が高いためではないかと考察しました。以来D614G変異については様々な研究報告がなされていますが、それを肯定するもの、否定するものなど様々で、いまだに結論はでていません(最近ではTexas Medical Branch in Galvestonからの報告で、実際に変異型ウイルスを作成し、そのヒト肺細胞やハムスターへの感染力が高いことを報告していますhttps://doi.org/10.1101/2020.09.01.278689)。またCOVID-19 Genomics UK Consortiumにおける約25,000のウイルスサンプルの検討では、D614G変異によってCOVID-19の臨床像は変わらないが、わずかに感染力が強い(早く拡散する)可能性はあるとしています(https://doi.org/10.1101/2020.07.31.20166082)。またこの変異自体は抗ウイルス抗体に影響を与えるものではなく、むしろこの変異はワクチンの標的になりやすい可能性もあるようです。しかし今後抗体の認識部位に変異が入ったウイルスが出現する確率は、極めて少ないもののゼロではないと考えられます。
https://www.nature.com/articles/d41586-020-02544-6
オランダのNeteaらは以前から"自然免疫記憶(trained immunity)"に着目して研究を行っています。Trained immunityとは、ウイルス感染などの記憶が自然免疫細胞においてヒストン修飾変化やDNAメチル化などのepigeneticな変化を誘導し、その結果再感染に対してT細胞とB細胞に依存せず自然免疫系の応答をもたらすという現象で、獲得免疫のような非可逆的な変異や組み換えには依存しない現象であるとされています(Netea et al., Nat Rev Immunol. 2020 Mar 4. doi: 10.1038/s41577-020-0285-6)。
彼らはBCGにはtrained immunityを刺激する効果があり、そのために他の感染症を抑制する可能性があるとの仮説から、65歳以上で何らかの理由で入院していた高齢者に対するBCGとプラセボ投与の感染症予防効果を検証するRCTを行っています。ACTIVATE(A randomized Clinical trial for enhanced Trained Immune responses through Bacillus Calmette-Guérin VAccination to prevenT infections of the Elderly)と名付けられたこの臨床研究は2017年から開始されたもので、当然COVID-19の予防を目的として行われたものではありませんでした。しかしBCGがCOVID-19に有効ではないか、というような都市伝説があったため、その結果に期待が集まり、今回前倒しで中間解析が行われました。
組み入れられた患者はプラセボ群78人、BCG群72人で平均年齢はそれぞれ79.6歳、79.9歳です。基礎疾患や併存症におおむね群間差はありませんでした。投与後12カ月までで何らかの感染症を新たに生じたのはプラセボ群42.3%、BCG群25.0(hazard ratio 0.55, 95% CI 0.31-0.91, P=0.039)と有意差があり、特に呼吸器系のウイルス感染症は17.9% vs 4.2%(HR 0.21, 95% CI 0.06-0.72, P=0.013)と大きな差を認めました。この理由としてはBCGワクチン投与によってTNF-αやIL-6などの遺伝子の制御領域にepigeneticな変化が生じてこれらの遺伝子発現が上昇していたことから、BCGによってtrained immunityが活性化されたのではないかと考察しています。
研究途中での解析になったため、解析できていない被験者がかなりの数いること、COVID-19を予防できるという保証はないことなどの問題はありますが、BCGワクチンの感染予防効果をRCTで示したという点では重要な研究結果かと思います。こんな結果がでると、またBCGワクチン投与を希望する成人が増えそうで、それはそれで問題になりそうです。。あと蛇足ながら子供の時にうけたBCGの効果が示された訳ではありませんので、誤解なきよう。
Giamarellos-Bourboulis et al., CELL DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.051
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(20)31139-9