とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

Extracellular vesicles and particlesを用いた癌の診断法

2020-08-21 08:32:46 | 癌・腫瘍
Liquid biopsyは癌の早期診断における有用性が期待されている手法です。米Weill Cornell Medicineの星野歩子先生らのグループは以前から癌のバイオマーカーについて網羅的な解析を行っておられましたが(Nature. 2015 Nov 19;527(7578):329-35など)、今回は多施設共同研究によって患者血清および癌を移植したマウスの血清からextracellular vesicles and particles (EVPs)を単離、解析し、機械学習と組み合わせることによって90%以上という高い感度・特異度で多くの種類の癌の診断が可能なバイオマーカー(を用いたアルゴリズム)を明らかにしました。大変すばらしい成果であり、今後の癌早期診断のスタンダードな手法になる可能性があります。 

下腿浮腫に対する圧迫帯の装着は下腿蜂窩織炎再発予防に有用

2020-08-13 14:06:35 | 整形外科・手術
下腿の蜂窩織炎(cellulitis)は比較的一般的な感染症ですが、入院の原因として軽視すべからざる病態です。またしばしば再発することが知られており、Coxは3年以内に下腿蜂窩織炎の47%が再発すると報告しています(Br J Dermatol 2006; 155: 947-50)。ペニシリンなどの抗菌薬の予防的投与が再発予防に有用ですが、投与中止によって予防効果は失われることが報告されています(Thomas et al., N Engl J Med 2013; 368: 1695-703)。さて下腿浮腫は主として静脈流やリンパ流のうっ滞が原因で生じる病態ですが、慢性的な浮腫の存在が下腿蜂窩織炎のリスクを高めることが知られています。この論文で著者らは機械的圧迫による下腿浮腫の予防が下腿蜂窩織炎の再発を抑制することを明らかにしています。
組み入れ基準としては2年以内に2回以上の下腿蜂窩織炎を経験し、また同側、あるいは両側の下腿浮腫が3カ月以上持続する患者です。すでに下腿の圧迫帯(compression garment)を週に5日以上着用している人や下腿に創のある人は除外されています。参加者は浮腫予防の教育と圧迫帯着用群(compression群)、教育のみの群(control群)の2群に分けられました。圧迫帯は患者の下腿の状態に合わせたもので、膝下までの弾性ストッキングあるいはcompression wrap(マジックテープでとめる包帯のようなもの)が処方されました。Control群で蜂窩織炎を発症した場合にはcompression群へのクロスオーバーが認められています。
(結果)Compression群に41人、control群に43人の患者が割り付けられました。途中でリンパ浮腫のセラピストから両群に大きな違いがあるのではという報告があり、予定されていた中間解析の結果、その時点で生じていた23例の蜂窩織炎再発例のうち6例(15%)がcompression群、17例(40%)がcontrol群から発生しており、、両群に重大な不均衡が存在することが判明しました。このため倫理委員会は研究の中止を推奨しました。
結果としてcompression群で蜂窩織炎のhazard ratioは0.23(95% confidence interval, 0.09-0.59; P=0.002)、relative riskは0.37(95% CI 0.16-0.84; P=0.02)でした。Compression群の3例(7%)、control群の6例(14%)に入院加療が必要でした(hazard ratio, 0.38; 95% CI, 0.09-1.59)リンパ浮腫のQOL指標であるLYMQOL, EQ-5D-3Lには両群で差はありませんでした。
単施設での研究であること、途中で中止となったため観察期間が短かったこと(中央値186日)、症例数が少ないこと、open label試験であることなどのlimitationはありますが、下腿の圧迫帯着用が浮腫予防だけではなく、蜂窩織炎再発予防にも有用であるのは大変重要な情報と思います。

ロシアでCOVID-19ワクチンが承認された

2020-08-12 06:32:44 | 新型コロナウイルス(治療)
ロシアにおけるCOVID-19ワクチン承認のニュースは世界に驚きと疑念を持って迎えられました。このワクチン(Gam-COVID-Vac)はアデノウイルスベクター(rAd5)を用いてSARS-CoV-2 spikeタンパクを発現させるというもので、戦略としてはこれまで報告されている他のワクチンと同様と考えられます。ただClinicalTrials.govに登録されている情報によると、6月17日に治験が開始されたばかりで、まだphase 3 trialは行われていない(あるいは施行中の)もののようです(https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04436471…)。ということは大規模な臨床試験による安全性や有効性の情報がないままの見切り発車であり、人体実験的なにおいがするために当然科学界からは批判的な論調が大半なのですが、phase 3 trial(のようなもの)と平行しながらある程度投与する対象を絞って有効性、安全性についてさらなる情報を集積する(走りながら考える)というのも戦略的にアリなのかな~などと思ったりします(日本では無理ですが)。まずは医療従事者と教師に投与するということらしいですが、結果が注目されます。
私自身はそもそもDNAワクチンやRNAワクチン自体の有効性に懐疑的なので、もしプーチン大統領に「優先的に投与してやる」と言われても謹んで遠慮させていただきたいと思いますが。。
https://www.nature.com/articles/d41586-020-02386-2

ずれの少ない舟状骨骨折に対する手術療法vs保存的治療(SWIFT)

2020-08-09 14:07:28 | 整形外科・手術
舟状骨骨折は手根骨骨折の90%、全骨折の2-7%を占める骨折で比較的若年者に生じます。初療で見逃されることが多いので、研修医には、手関節痛がある外傷患者では「骨折があるものと考えて」診断にあたるように指導しております。さて骨折のズレが大きいものについて手術を行う事にはどなたも異論無いと思いますが、ズレが少ない症例について保存的に治療するか、手術をすべきかについては議論のあるところです。このScaphoid Waist Internal Fixation for Fractures Trial (SWIFFT)はこのような疑問に答えるべき行われたものです。
受傷後2週間以内のbicorticalの舟状骨折でズレ(step, gap)が2 mm以下の症例が対象となりました。Proximal poleやdistal poleに骨折が及ぶもの、脱臼を伴うもの、同肢に多発外傷のあるもの、逆側に橈骨遠位端骨折があるものなどは除外されています。
同意が得られた患者はランダムに手術(手術群219人)あるいはキャストによる固定(保存群220人)に振り分けられ、手術群は経皮的あるいはopenによるスクリュー固定(Standard CE-marked headless compression screws)、保存群は肘下キャストで6ー10週間の固定(固定期間は外科医が判断)によって治療します。保存群においては6ー12週後のCTで偽関節が認められた場合にはすぐに手術を行うことになっています。その結果保存群のうち17例が手術となりました。
患者の平均年齢は32.9歳、男性が83%、骨折のズレは1 mm未満が61%でした。
(結果)Primary endpointである52週後のpatient-rated wrist evaluation (PRWE)スコアは手術群、保存群で11.9点および14.0点でやや手術群で低い(良好)なものの有意差はありませんでした(P=0.27)。喫煙状態や施設の違いなどを考慮しても同様でした。26週後のPRWEスコアにも有意差はありませんでしたが(16.2 vs 16.5, P=0.89)、12週後のスコアは有意に手術群が低く(21.0 vs 26.6, P=0.01)、6週後は有意差はないものの手術群で低い(35.6 vs 39.8, P=0.06)という結果でした。52週後のPRWE painスコア、SF-12 mental component scores、可動域、握力にも両群で差はありませんでした。
52週後の偽関節は手術群2例(1%)、保存群9例(4%)でしたが有意差はありませんでした。手術群のうち8例(4%)はスクリュー抜去(6例)、偽関節(2例)の追加手術が必要でした。保存群のうち1例(0.5%)は途中経過で偽関節が見られたため手術を行いましたが、癒合が見られず再手術が必要でした。手術群のうち3例には麻酔や手術に関連したserious adverse eventがみられました。52週後のCTでは手術群の約半数に1-2 mm、1/4に2 mm以上のスクリューの突出が見られましたが、抜去が必要だったのは上記のごとく6例でした。
この結果から、ズレが2 mm以下の症例についてはまず保存的治療→偽関節がみつかったら手術というストラテジーが良いのではないかと結論しています。この研究結果は患者に説明する際の参考になりそうです。とはいえ52週後の成績が同じでも偽関節率が比較的少ないこと、固定期間が短いこと(86%は固定なし)などの手術のメリットについても説明しないとfairではない気がします。


大学キャンパスで感染を拡大させないためには。。

2020-08-07 16:36:59 | 新型コロナウイルス(疫学他)
5000人の大学キャンパスに10名の無症状ウイルス陽性者がいた場合、どのくらいの頻度でウイルス検査をすればコスパよく感染拡大を抑えられるかというシミュレーションです。毎日新たに外部で感染が生じることになっており、陽性者(あるいは有症状者)は寄宿舎に隔離します。
Rt=2.5で毎週10人の感染者が新たに発生する(外部からの持ち込み)というシナリオの場合、検査の感度が70%、特異度が98%とすると毎日検査をすれば隔離者は116人/日、21人/日が真の陽性者というところでほぼ定常状態に達し、設定した80日間で真の感染者の総数は162人となります。検査を2日に1度とすると偽陽性者が減るので隔離は76人/日に減りますが、真の陽性者は28人/日に増加し、総数は243人になります。週に1度の検査にすると隔離者は121人/日、108人/日が真の陽性者となり、設定した80日の観察期間内に約半数が感染することになり、症状のみに依存して隔離を行った場合はほぼ全員が感染するという結果になります。このほかにもいろいろなシミュレーションを行っていますが、感染者の総数に影響するのは検査の頻度であり感度はほとんど関係しないそうです。そして結論としては2日に1度のスクリーニングが、コスパがよさそうとのことです。と書きますとPCR推進派の方々が大喜びしそうですが、実際問題として現在のPCR検査を2日に1度全員に行うというのは不可能です(中国でも)。とすると感度を落としてでももっと安価な検査法が必要だということになります。となるとやはり抗原検査だと思うんですが、それにしても2日に1度と言われてもねぇ。。